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■春老(5)
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(C)Eriko Kawaguchi 2016-07-22
「3人目が大堀さんという人で」
「ステラジオですか!」
と言って青葉は驚いた。
「はい、そうです」
「大堀さんって、事務所の副社長のピュア大堀さんですよね?亡くなったんですか?」
「先週亡くなりました。死因は膵臓癌ということでした」
「膵臓癌は勝負が早いし、あれ自覚症状も無いんですよ」
「そうなんです。本人はいたって元気で病院にも掛かっていなかったんですよ。それで、その話聞いてから森元課長に言ったんですよ。こういう事態はうちの社員でも起きうる。全員に強制的に健康診断受けさせましょうよと」
「制作部の人たちってみんな忙しいから健康診断サボッてそう」
「そうなんです。そしたら『おまえもう7年くらい受けてないだろう?』と言われました」
「あはは、薮蛇でしたか」
「でもそれで取り敢えず、いちばんサボッている北川と南に今週中に1日休んで人間ドックに行って来いという社長命令が出ました」
「社長命令ですか!」
「町添部長が言ったくらいではあの2人、聞きませんから」
「八雲さんも健康診断受けるんですか?」
「私の身体の状態に配慮してくれて、みんなとは違う自分の好きな病院でいいから今月中に受けろという命令です」
「いや、ちゃんと見てもらった方がいいですよ。でもピュア大堀さんがステラジオを担当なさってたんですね」
「ここまで2代続けてマネージャーが亡くなったこともあり、社員にやらせると尻込みするかもというので、共同オーナーでもある彼女が自分で担当したんですよね。それで彼女は押しが強いし人脈も豊富なのでそのおかげもあって、ここ1年ほどステラジオも快進撃を続けてすっかりビッグなアーティストになったのですが・・・・」
「どうするんです?この後?」
「社長の妹さん、サニー春吉常務が担当することになったようです。3代続けてマネージャーが死んだとなると、誰もやりたがらないから。それでシアター春吉社長、サニーさん、ホシとナミに、バックバンドのトリテリスのメンバー、それにTKR(*1)の担当の住吉君と三田原課長まで一緒にお祓いを受けてきたらしいですよ」
(*1)ステラジオはこの1月にアクアなどと一緒に★★レコードから新会社TKRに移管された。
「うーん。単なる偶然ならいいけど、お祓いは気休めかも知れませんね」
「私もそんな気がしてですね。いや、実は私も大堀さんが亡くなったこと知らなくて。今日の午前中に、ばったりと放送局でホシとナミに会いましてね」
「それでその話を聞いたんですか」
「そうなんです。彼女たちが、これ怖いし、もしサニーさんまで亡くなったら気の毒だし、誰か良い霊能者とかがいないだろうかと言われて、それで考えていたら、去年の秋に凄く気持ちいいヒーリングをしてくれた大宮先生のことを思いついたんですよ。確か本職はヒーリングより心霊的なトラブルの対処だと聞いた気がしたので。向こうの社長さんも、もし適当な人がいたらお金はいくら掛かってもいいから、正式に依頼したいと言っているそうです」
「私、この手の相談については最低100万円取りますけど」
そのくらいは取らないと、命がいくつあっても足りない。
「そのくらい出すと思います」
「状況次第ではもう少し高くなるかも知れません。また必要経費は別途請求します」
「そのあたりは大丈夫です」
「それと私には手が終えない案件と判断したら辞退させて頂きますが」
「それはやむを得ないと思いします」
「じゃ、一度取り敢えず、そちらに行ってみましょう。それぞれの方が亡くなられた時のことをもう少し詳しく聞きたいです。今週の土日とかはどうでしょうか?」
「芸能事務所は土日当然営業してますから大丈夫ですよ。話をしておきます。あ、それと」
「はい?」
「大宮先生は、ローズ+リリーのおふたりと親しいですよね?」
と八雲さんは少し言いにくそうにする。
少なくともステラジオ側はローズ+リリーをライバルと思っている。何度かそのような発言もしている。しかしローズ+リリー側はほとんど気にしていないように見える。冬子さんは自分がいちばん脅威を感じるのはラビット4だと言っていたが、実は青葉はラビット4を必ずしも評価していない。感性は良いものの楽曲自体の造りが素人だと思っていた。青葉はステラジオを結構評価していた。そしてこの時期実はもっと関心を持っていたのが、小野寺イルザや北野天子に楽曲を提供している上野美由貴である。
「大丈夫です。霊能者は守秘義務についても厳しく法律で定められていますし全ての物事に対して中立です。少なくとも相談ごとを他に漏らしたりはしませんよ」
と言いつつ、★★レコードの権力争いで町添さんたちの側に荷担したことが自分を責める。
「助かります。でもそんなの法律にも定められているんですか?弁護士とか医者は分かるけど」
「ええ。刑法第134条の2に、ちゃんと書いてありますよ」
「へー!」
そういう訳でその週の週末、4月16-17日に青葉は急遽、東京に行くことにした。
交通費に関しては八雲さんが新幹線のグリーン席の片道分×2(往復料金よりも少しだけ高くなる)の料金を翌日朝に振り込んでくれたので取り敢えず行きの切符だけ予約しておいた。帰りは出た所勝負になる可能性が高い。
図らずも不可解な連続死に同時に2つ関わることになってしまった青葉は、今週末に東京に行く前に、何とか水泳部に関わる問題の方だけでもメドをつけたいと考えた。
そこで翌日、12日。青葉は水泳部の4年生女子、圭織さんに相談してみた。
「最初にこれお渡ししておきます」
と言って青葉は《心霊相談師・川上瞬葉》という名刺を渡した。
「これあんたの名刺?」
「あまり出したくないんですけどね。怪しい人だと思われるから」
「いや、そんな怪しい人だったのかと驚いた!」
「私バイトしてるから時間取れませんと言ってましたでしょう?実は心霊相談の仕事なんですよ。それで今週末も東京まで行ってこないといけないんですけどね」
「へー。じゃ結構はやってるんだ?」
「宣伝とかは一切してないのですが口コミで色々相談が持ち込まれてきて。でも実際問題として持ち込まれる相談の大半をお断りしている現状です。とても手が回らないので」
「そんなに相談事が持ち込まれるんだ!」
「それでですね。昨日言っておられた、部長さんが3代続けて亡くなったという話なんですが」
圭織さんは腕を組んだ。
「あれね。ひょっとして何かの呪いということはないかって、何人かと話してたのよ。実際には部長以外にも病気とか事故とかで亡くなった人がいるのよ。ここ1年ほどほんとに水泳部の男子は凄い死亡率でさ」
「やはりそうでしたか・・・」
「何かの呪い?」
「実は私もどうも巻き込まれてしまったみたいで。私自身が下手すると命を落としかねない状況で」
「え〜〜〜!?」
「でも私はまだいいんです。おかしな幽霊とか妖怪とかに襲われても、何とか身を守れると思うので。それより筒石さんが心配で。筒石さん、完璧に巻き込まれています。今のままでは本当に命が危ないです」
「マジ?」
「それで私としては不本意なんですが、何とかしてこの問題を解決せざるを得ません。それで、以前亡くなった方のことをもう少し詳しくお聞きできないかと思って」
「うん。私が知っている範囲のことなら、何でも話すよ」
まず青葉は亡くなった人の人数を尋ねる。圭織はしばらく考えていたが、やがてこの1年間に亡くなった男性は5人だと思うと言った。
「その男性たちなんですけど、亡くなる前に彼女ができたみたいなことを言っておられませんでした?」
「え?ちょっと待って」
と言って圭織さんは考えている。
「うーん・・・このスマホじゃチェックできないなあ。古いツイッターの書込みを見れば確認できると思うんだけど」
「私のパソコン使って下さい」
自分のAQUOSでテザリングしてPCをネットに接続した状態で、彼女に渡す。すると圭織はツイッターのサイトを開き、発言検索をしてひとつずつ確認していった。
「最初に亡くなったのは工事現場で死んだ木倒部長だと思う。亡くなる3週間くらい前に単純に『わくわく』という書き込みがある。その後、『♪』とか『はーと』とかの書き込みが続いている。やはり女の子と付き合っている」
そこまで言ってから圭織さんはハッとするように言った。
「私、男子のことばかり考えていたけど、この事件はもしかしたら、ジャネさんの事件から始まっているのかも知れない」
「女性ですか?」
「うん。凄い人だったよ。2015年の世界選手権の日本代表にほぼ内定してたんだ」
「そんな凄い選手がいたんですか!」
「あの人も考えてみると事件の少し前から誰かに付きまとわれているみたいなこと言ってた。そしてその日、交通事故に逢って。ダンプカーに轢かれて右足を切断して」
「わあ。でも死んだ訳じゃなかったんですか?」
「彼女、事故に遭うまでは全国的にも注目されて、将来を嘱望されてた選手だったからさ」
「あぁぁ」
「それで片足を失って、もう自分は選手としてはダメだって絶望してしまったんだと思う。お母さんも国体に出たことのある選手でね。小さい頃からお母さんに厳しく鍛えられていた。うちの部にはほとんど籍を置いているだけで実際には、スイミングクラブで毎日6時間くらい泳いでいたのよ」
「凄い練習量ですね」
「それで、その挫折に耐えられなかったんだと思う。入院中に病院の3階の窓から飛び降りて・・・」
と言って、圭織さんは目を瞑って口をつぐんだ。
青葉は絶句した。仕事柄自分の感情を表に出さないように訓練している。しかしこれは青葉も涙を浮かべてしまった。
「悲しいですね」
「うん。みんな泣いたよ。どうしてもっと彼女の心を癒してあげられなかったんだろうと、みんな落ち込んでしまった」
「いや、他の人に罪はないです」
「それは頭では分かっているんだけどね」
「男子で2番目に亡くなったのが**さん。この人は部長はしてない。ちょっと気の弱い人で無口で、彼女とかできそうにないタイプだった。だから死ぬ少し前の変化に女子部員の間でも何あったんだろうね?と言ってたんだよ。凄く積極的になって。この人は海に浮かんでいるのが発見された。大量のアルコールが検出されたから、酔って誤って転落したのだろうということになった。やはりこの人も亡くなる3週間前に女の子と会った感じだね。デートしたっぽい書き込みがある」
「なるほど」
「3番目が、ガス中毒で死んだ多縞部長。この人は水泳は大したことないけど、美形でさ。女装させたくなるくらいだったから、けっこう女子たちには人気があったんだよ。でも彼女作らないみたいだから、もしかしたらホモかオカマかもね、なんて言ってたんだ。それが亡くなる3週間くらい前に『可愛い女の子だったなあ』という書き込みがある。そしてこの書き込み見ると、どうも自分の部屋に連れ込んでいる感じだなあ」
「だったら亡くなった時も、その彼女と一緒だったかも知れませんね」
「あり得る。その次が**さんかな。この人も部長はしてない。この人のことは覚えてる。それまでいつも暗い顔していて、とっつきにくかったのが、亡くなる少し前から妙に明るくなったんだよ。それで『彼女でもできたの?』とからかったら『いやあ』とか照れ笑いしてさ。それが体調が悪いと言って病院に行ったら、医者が青くなって。緊急入院させられたけど、その日の内に逝ってしまった。医者は急性白血病と死因を書いたらしいけど、亡くなる前日までどこも悪い所なんてあるようには見えなかったんだよ。いくら急性と言っても。そんなのってある?原子炉の中にでも入ったのなら別だけどさ」
「ああ」
「もしかして、男をたぶらかしては殺している女がいる?」
「今の段階ではひとつの仮説です」
「最後の溝潟さんは・・・・これ最近だったから結構覚えてる。彼ね、最初『変な紙を拾った』と言ったのよ」
「紙ですか!?」
青葉は自分が拾おうとして《雪娘》が制止してくれた赤い紙のことを思い出した。筒石さんはあれを拾ってしまった。
「その後、明らかに彼女ができたような雰囲気だったのよね。それが突然の事故で」
と言って圭織さんはまた涙を浮かべている。最近のことなので、特に当時の記憶が強烈なのだろう。
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