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■春老(15)
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「祈祷は何も物理的な意味での仕事はしません。ただ触媒になるだけです」
「というと?」
「幽霊が見える仕組みなんかも似たようなものなんですよ」
と青葉は言う。
「例えば写真に人の顔が写っていたとしますね。ところがそれはよく見たら偶然葉っぱの形がそう見えるだけだった。なーんだ。ただの葉っぱじゃんと思う。ところが、それは How を説明しただけなんですよね」
「ほほお」
「概して科学は How しか説明しません。しかし霊能者や祈祷師は Why を重視します。確かにそれは葉っぱにすぎない。でもなぜ、その時、その葉っぱがそんな形に見えたか」
「なぜなの?」
と教授は青葉を試すように質問する。
「その写真を撮影した人が、そのように葉っぱが形を取る瞬間に撮影したからですよ」
「あああ」
と言って教授も納得しているようである。そばで聞いているジャネのお母さんも感心している。
「それはおそらく、その写真を撮影した人が何かの雰囲気を感じ取ったり、あるいは本人の心にやましいことがあったりしたので、そういう瞬間を切り取ってしまうんです」
「それはあるかも知れないね」
「霊的なものって、そのように物理法則には矛盾しないところで作用するんです。ですから、科学は霊的なものを探求する道具にはなりませんし、私の治療法は科学的に証明された、などとおっしゃる祈祷師さんはまずニセモノです」
「ああ、それは思ったことある」
「私がジャネさんにしていた治療法はですね。簡単に言うと、ジャネさんの脳内で怪我の後、正しくない形で癒着してしまった微細箇所を見つけては、そこをいったん切り離した上で、正しく接合し直すというのを何百回と繰り返したものです」
「それを霊的に?」
「そうです。実際には私はそのような変化が起きるようにジャネさん自身に心理的に働きかけただけです。まあ催眠術にも似ていますよね。身体の特定の部位にだけ作用する呪文の唱えかたがあるんです。右の腎臓だけに効く呪文、左の卵巣だけに効く呪文といった唱え方があるし、その臓器の場所を細胞単位で特定する呪文があります。もう数字の羅列ですけどね」
「そこまで細かい指定ができるんだ!」
「それでこちらはそういう暗示を掛けているだけで、実際にその細胞のつながり方を修正したのはジャネさん自身です」
「いわば自然治癒力を後押ししているんだ?」
「そうなんですよ。ですからこれは生きていて最小限以上の意識の働いている人にしか適用できません。昏睡状態の人は事実上モノと変わらないので私の手には余ります(ということにしておこう)」
「それなら何となく分かるね」
「川上さん、お願いです」
とお母さんが言った。
「その治療法、私が正式に依頼します。娘にもっともっとしてあげてもらえませんか?」
「いいですよ」
と青葉は言った。
中川教授も微笑んで頷いていた。
「水泳部の怪異の件、青葉が解決したって?」
と連休明けの9日の昼休み、星衣良は青葉に尋ねた。
「耳が早いなあ。私は誰にも何も言ってないのに」
「上級生の女子の間で噂になってたから。誰か凄い霊能者の在学生が解決したらしいと聞いたけど、そんな凄い霊能者ってきっと青葉だと思ったし」
と星衣良。
「まあね。でもあまり人に言わないでよ。依頼が殺到すると、私勉強する時間無くなっちゃうし」
「うん」
「例の部長さんが3代続けて死んだ奴?」
と蒼生恵が尋ねる。
「そう。もう大丈夫だから、蒼生恵ちゃんも安心して水泳部入るといいよ」
「そうしようかなあ」
「じゃ、放課後連れて行ってあげるよ」
と青葉は微笑んで言った。
この日の放課後は、その水泳部に「入ろうかなあ」と言っている蒼生恵も連れて、圭織さんと一緒にジャネさんのお見舞いに行ったのだが、行くと彼女は病室で歌を歌っていた。
青葉たちが病室に入っていくと「きゃっ。恥ずかしい」などと言ったが
「歌を歌うのもリハビリですよ。続けて下さい」
と青葉が言うと
「じゃ続けちゃおう」
と言って、ステラジオの『虹色の日々』を最後まで歌った。
「ジャネさん、歌が上手い」
と蒼生恵が言う。
「水泳選手は肺活量があるから、声量が出るんだって、高校の時の音楽の先生が言ってたよ」
と本人。
「確かに。水泳選手の肺活量は一般に凄まじいです」
と青葉。
「でもステラジオ、ゴールデンウィークに予定していた野外ライブをお休みしたんだって? 体調でも悪かったのかな」
「どうでしょうね。忙しすぎるから体調崩したのかも」
と青葉は顔色ひとつ変えずに言う。
「私、あの人たちインディーズの頃からのファンだったんだよ」
「へー。早い時期に目を留めてたんですね」
「ローズ+リリーもいいんだけど、歌詞がレスビアンっぽいじゃん」
「あはは。マリさんのセクシャリティが出てますね」
「ステラジオの歌詞はむしろ男らしいからいいな」
とジャネさんが言うと
「違いが分からん」
と圭織さんが言った。
5月10日(火)。この日青葉は午前中は会社設立関係の手続きで休み、お昼から出てきたのだが、学食に行くと星衣良と蒼生恵が手を振っていたので寄っていく。それで青葉もお昼を買ってきて食べながらおしゃべりしていると、吉田君が近くに来た。
「やっと正しい学生証をもらった」
と彼は言っている。
「良かったね」
「ちゃんと名前の読みは『ほうせい』になってるし、性別は男になってる」
「女子学生になるチャンスだったのに」
「性別女の学生証を欲しがっている男の子たくさんいるのにね」
「そんなにたくさんいるか!?」
「吉田、そういえば部活とかは入った?」
「ああ。俺“しょうげきだん”に入った」
「衝撃の弾丸?」
「小さな劇団?」
「ショーをやる劇団?」
「オカマショーをするとか?」
「違う違う。お笑いだよ。笑劇団」
「そちらか」
「お笑いは吉田に結構合ってる気がするよ」
「でもちょっとびびってるんだよなあ」
「なんで?」
「実はうちの笑劇団の部長がさ」
「ん?」
「3代続けてさ」
青葉は緊張した。また何か怪異か?ここも3代続けてってどうなってるんだ?
「3代続けてどうしたの?」
と星衣良が訊く。
「3代続けて、男だったのが性転換して男優から女優になっちまったらしい」
「ぷっ」
と青葉も星衣良も蒼生恵も吹き出した。
「いいんじゃない?そういうのも」
「こういう所にいたら、俺もふらふらと性転換したくなってしまったらどうしようと思っちゃうよ」
「まあそうなった時はそうなった時で」
「お化粧教えてあげるね」
「いや、お化粧は練習中」
「ほほお」
「なんか新入生は全員男は女役、女は男役するんだって」
「どういうポリシーなんだ?」
「男と女の両方の感覚が分かってないと、お笑いはできないと言われた」
「そうなのか?」
「だから、今ひらひらしたドレス着てお化粧して『アリババと4人の盗賊』のモルディアナ役を練習してるよ。セリフがダジャレのオンパレードなんだけど」
「それ事実上の主役じゃん」
「いきなりそんな大役もらって、びっくりした」
「それは頑張って女の子らしく振る舞えるよう練習しなきゃ」
「日常生活も女子学生として送って、女としての行動に慣れよう」
「女子トイレに入りたかったら付き添ってあげるよ。女子更衣室はダメだけど」
「勘弁してよぉ」
「だけど『4人の盗賊』なんだ?」
「40人も居ないからしかたない」
「でもドレスだけ?ブラジャーとかは?」
「下着も女物つけてないと女の感覚になれないから、自分に合うサイズの買ってきて本番までに付けられるよう練習してと言われた。8月の本番ではブラジャーの中にパッド入れるからって」
「もう買った?」
「まだ。だって、そんなの買いに行ったら変態みたいで」
「よし。だったら、放課後、吉田の女性下着購入に付き合ってあげるよ」
「え〜〜?」
「それともひとりで買える?」
「いや。実は女下着コーナーに行ってみたけど、近寄れなくて帰って来た」
「まあ普通はそうなる」
「男なのに堂々と女下着コーナーに近づけるのはきっと変態だけ」
「じゃ、一緒にきてもらおうかなあ」
「OKOK」
「パンティは?」
「それもどうしようかと思ってた」
「じゃ、それも一緒に買おうよ」
「うん」
「しかしこういうのやるから、女装に目覚めて、性転換したくなる人が出るのでは?」
「俺、自分が怖いよ」
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