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■春卒(16)
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「ね、君、住む所探してるの?」
「はい」
「大学はどこ?」
「目黒区の大岡山なんです」
「まさか東京工業大学?」
「はい」
「すごーい!才媛じゃん」
「そ、そうですか?」
「ね、君、料理得意?」
「あ、取り敢えずカレーとかおでんは作れますけど」
「充分充分。運転免許持ってる?」
「はい。夏休みに取りました」
「だったらうちに下宿しない?」
「へ?」
すると奈々美が説明する。
「私、青葉や日香理の中学の時の同級で寺島奈々美です。海香さんちは神田のマンションなんだけど、マンションの表半分が事務所で裏半分が住居。3LDKだから3部屋あるのよね。そのうち1部屋を海香さん、1部屋を私が使うんだけど、もう1部屋空いてるねって話してたのよ」
「もしかしてそこに入れてもらえるんですか?」
「うん。住み込みで、私の運転手兼食事係してくれたら、家賃タダ、給料月2万という線でどう?作曲やるんなら私の機材も使っていいよ」
「月2万ですか!?」
と空帆の母が半ば呆れぎみに訊く。
「いや、家賃8万くらい掛かる所をタダにしてもらって2万もらえるなら、悪くないと思う」
と空帆は言う。
「あ、でもすみません、音楽関係のお仕事の方ですか?」
と空帆は海香に尋ねた。
「KARIONのバックバンド、トラベリング・ベルズのギタリストだよ」
と日香理が説明する。
「あれ?ギターの人って男の人じゃなかった?」
「うん。性転換したんだ」
と海香。
「あ、そういうのもいいですね。蘭子さんも性転換してるし」
と空帆。
「うん。今の時代、性別なんて自分で決めればいいんだよ。あと奈良の山奥の旅館の東京事務所を作るんだ。それで神田のマンションを借りたんだよ」
などと海香は言っている。
「なるほどー!」
「スタジオとかに行く時や、旅館の方の仕事で営業に出る時の運転手をしてもらえると助かる。学業に支障の無い範囲で」
「でも寺島さんは?」
「私は食事係兼経理担当。でも私、バスケットをするから練習で夜は遅いし、土日は試合とかで、ほとんど出ているのよね。だから夕食と土日の食事を作ってくれると助かる」
と奈々美は言っている。
「あと多少の雑用」
「多少なのか多大なのかは微妙」
「やります!」
と空帆は明るく言った。
青葉は3月28日に富山市の運転免許センターで大特の免許を取った後、そのまま金沢市まで北陸自動車道を走り、K大学に行った。これは自分のETCカードを使っての初高速となった。
この日は大学でパソコンのセキュリティ・チェックを受けることになっていた。大学の講義などでノートパソコンを使用するので、そのセキュリティ状況の検査を受けないといけないのである。青葉は怪しげなソフトは絶対にインストールしないし、ウィルスバスターを入れているので、問題無く合格となった。
3月31日(木)夕方、川崎市の舞通体育館でレッドインパルスの今年度の締めの会が開かれ、今年度で退団する選手の挨拶があった。
翌4月1日(金)午後には、同じく舞通体育館で新年度の始めの会が開かれ、新入団選手の紹介と挨拶も行われた。千里も新入団選手として紹介されたが
「去年既に居たよね?」
「いや7〜8年前から居たような気がする」
などと言われた。他の新入団選手としては関東大学リーグの常勝チームK大学卒業の小松日奈(センター/ユニバーシアード2015代表候補)、札幌P高校/神奈川県J大学出身の久保田希望、千里と同じ旭川N高校出身で昨年まで実業団チームに居たもののチーム事情で退団した黒木不二子、そして同じWリーグのブリッツ・レインディアから移籍してきた鞠原江美子、などがいる。不二子の加入は同じ高校の出身者として千里も心強い気分だったし、江美子は出羽の修行仲間である。
この日の練習から早速参加してもらったが、ベテラン組中心のAチームと新入団選手や2軍からの昇格選手中心のBチームで紅白戦をしようということになった時、千里はベテランチームの方に入れられてしまう。
「私、新人ですよぉ」
と千里は言ったが
「いや、このチームの主(ぬし)のような顔してるからベテラン組」
などと言われてしまった。
この日千里はBチームの江美子とマッチアップしたが
「そこの2人の対決すげー!」
とベテラン選手たちが言っていた。
4月3日(日)には江東区内の飲食店で40 minutesで千里の送別会兼新入団選手の歓迎会が行われた。今期の退団者は千里のみである。
「まあこの1年1度も顔を見なかった選手もいるけど、本人から退団の申し出がない限りは在籍選手として数えるということで」
「バスケ協会の会費はこちらでまとめて払っておくし」
「千里も選手としては退団するけど、運営会社のオーナー・会長としてチームには残るから本当は送別会も必要無いんだけど」
新入団選手としては、運営会社の総務部長兼任で選手としても登録されることになった石矢浩子、元江戸娘の上野万智子、元ジョイフルゴールドの門脇美花、そして札幌P高校出身の松山聖子(旧姓宮野)が新キャプテンの竹宮星乃から紹介される。
「あのぉ、歌手さんではないですよね?」
「それは松田聖子。私が歌を歌うとジャイアンも卒倒するよ」
と聖子。
彼女は関東の強豪校・K大学を出た後、2年間Wリーグのトップチーム・サンドベージュで活動した。しかし強豪チームなのでさすがの彼女もほとんど出番が無かった。それで退団して昨年5月に結婚したのだが、結婚して半年もするとバスケがやりたくてやりたくてたまらなくなってしまった。そこで1月頃から近所の体育館で個人的に練習していた所を旧知の暢子が見つけて勧誘したのである。
「すごーい!インターハイとウィンターカップを制したチームの副主将?」
「聖子ちゃんは実質主将だったよ。名目上の主将の玲央美が日本代表で忙しかったし、そもそも主将の仕事をする気が全く無かったから」
と千里は補足する。
「そんな凄い人がうちみたいなチームに?」
「いや。このチームも充分凄い。でもインターハイやウィンターカップなんてただの過去の栄光だよ」
と本人は言っている。
「新婚さんなんですか?旦那の世話はしなくてもいいの?」
「放置。離婚されたらされた時だし」
「偉い偉い」
「私も最近晩御飯全然作ってなーい」
「でも私が新入団選手の中で最年少なんだ!?」
と聖子。
「まあうちは姥捨て山だからして」
とやはり旧知の麻依子が言っていた。
「これで登録選手数は39名になった」
「一度全員を見てみたいね」
この日出席していた選手は千里も含めて26名である。それでも「うちにこんなに選手いたっけ?」という声が出ていた。
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千葉市内の体育館。
原口揚羽・紫の姉妹がその日練習に出ていくと、チームのメンバーはまだ誰も来ていなかったが、誰か見知らぬ女性が黙々とシュート練習をしていた。
前の時間帯を借りていた人かなと思い「どのくらい使いますか?」と声を掛けようとしたのだが、揚羽は声を掛けられなかった。そして紫とふたりで彼女のシュートをじっと見ていた。
5分くらいそうしていた時、彼女の方がこちらに気づいた。
「すみません。時間オーバーしちゃったかな。もうあがりますね」
「あ、いや。まだ大丈夫ですけど、すみません。どちらのチームの方ですか?」
「私どこにも所属してないんですよ。中学時代はバスケやってたんですけど、高校3年間は何もしてなかったんです。でも年末にウィンターカップをテレビで偶然見て急にやりたくなって。でも私が入った大学、女子バスケ部は無いみたいなんですよね。それで受験が終わった後、バッシュと安いゴム製のボールだけ買ってこないだから少し練習していたんですよ」
「バスケ部無いんだったら、うちに入りません? うちクラブチームだから女性なら誰でも、学生さんでも入れるんですよ。えっと女性ですよね?」
と揚羽は彼女に言った。
「あ、たぶん女じゃないかなあ。あまり自信無いけど。でも、とてもチームとかに入って使い物になるレベルじゃないですよ」
「そんなことないです。凄く上手いと思った。あの、お名前は?私、原口揚羽です」
「須佐ミナミです」
「須佐さん、もしよかったらとりあえず練習、一緒にしません?ひとりじゃパス練習とかにも困るでしょ?」
「そうですね。じゃ取り敢えず練習に出てみようかな」
4月2日(土)、青葉は朝から星衣良を乗せて一緒にK大学のキャンパスまで行った。この日は午前中に法学類・新入生女子の健康診断が行われるのである。受付のところで伝票と紙コップをもらい、採尿のためトイレの方に行こうとしていたら、同じ法学類に入学する吉田君がやってくる。
「吉田君、なぜここに来る?」
「え?健康診断と聞いたから」
「今日の午前中は女子だよ」
「あれ?そうだったっけ」
「それとも吉田君、性転換した?」
「性転換したつもりはないけど」
念のため吉田君は受付の人の所で名前を言うと
「男子は午後からになっています」
と言われている。
「やはり男子として登録されているようだ」
「じゃ午後からまたおいでよ」
「また出てくるの面倒だな。学内の見学でもしてるか」
「いいけど、ここには居ないでよね。女子の健診してるから」
「それとも性別変更届け出して女子として受診する?」
「おっぱい無いから無理かも」
なお医学類のヒロミは4月6日のやはり午前中に健康診断を受けたらしい。
「受験の時に徹底的な検査受けたのに、また受けたんだ?」
「うん。でも検査項目が全然違ってる感じだった。前回は心電図とか胸部レントゲンとか取ってないし」
青葉たちはその日の午後、杜の里のイオンでおしゃべりしていた。
「まあ心電図は性別には関係無いよなぁ」
「でもまわりがみんな女の子で緊張した」
「そりゃヒロミを男子と一緒に健康診断受けさせるわけにはいかないもん」
「そっか。高校時代はヒロミ、身体測定は1人だけ別に受けてたね」
「うん。今回、もし私がたとえば胸はあるけど、まだおちんちん付いてるとかだったら、やはり1人だけ別扱いになってたのかな」
「ああ、そうかもね」
「性転換手術済みなら、もうふつうに女子と一緒でいいもんね」
「青葉は中学の時健康診断とかどうしてたんだっけ?」
「中学1年の春はまだ女子でないことがバレてなかったから女子と一緒に受けた」
「ほほぉ」
「でもその後でバレたから、1年の2学期と3学期は1人だけ別に計られた。でも2年生からは女子生徒扱いだったから、また他の女子と一緒になったよ」
「なるほどー」
「性転換手術前でも女子と同じ扱いで問題無いのが青葉の凄い所だ」
などと星衣良は言っている。
そういえばちー姉は中学や高校の身体測定とか、どうしてたんだろう?と青葉は思った。訊いても正直に言いそうにないしなあ。さすがに大学の健康診断は女子と一緒だったんだろうけど。あれ?でもそのあたり桃姉にはどうやってごまかしてたのかな??
「あ、そうだ。吉田だけどさ」
と星衣良が楽しそうに言う。
「うん?」
「こないだの健康診断の日、午後からまた保健センターに行ったら、女子は午前中で終わりましたと言われたらしい」
「なぜそうなる?」
「自分は男子ですと言ったら性転換したんですか?と言われたと」
「あいつは意外に性転換しても女として生きていける気がする」
と杏梨。
「ああ、いけるいける。順応性ありそうだもん」
「元から男子で性転換もしていませんと主張して、まあ見た目が男だしいいかということで健診受けられたらしいけど、健診シート上の性別は女になっていたらしい。あとで学生課で相談すると言っていた」
と星衣良。
「きっと女子の健診の時間帯に来て受けようとしたから、その時に何かのミスで性別が書き換わってしまったのでは?」
「かもねー」
「性別変更届け出してくださいと言われたりして」
「いっそ身体の性別を変更しちゃえばいいのに」
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