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■春卒(12)
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翌14日の午後、その日は奈々美の誕生日であったこともあり、中学時代の友人数人がイオンモールに集まりフードコートでおしゃべりをした。
「お誕生日おめでとう!」
「ありがとう」
「ウィンターカップもオールジャパンも惜しかったね」
「うん。特にウィンターカップの予選では、あとちょっとで勝って東京体育館に行けるかなと思ったんだけどね〜」
奈々美はバスケット部で3年間活動し、ずっと控え選手だったが昨年夏のインターハイで初めて本戦(京都)のベンチに座ることができた。しかしウィンターカップは富山県予選の決勝で敗れ、オールジャパンも北信越予選の決勝で敗れ、どちらにも出場することができなかった。
「誕生日のプレゼント何も用意してなかったけど、ホワイトデーにもらったクッキー、そのままあげよう」
と世梨奈が言って、不二家製のクッキーの箱を出す。
「そんなのあげていいの?」
「父ちゃんからもらったクッキーだし」
「だったらいいか」
「しかしマメなお父ちゃんだ」
「じゃここでみんなで食べちゃおうよ」
と奈々美。
「あ、それもいいね」
それで奈々美は箱を開けた。
「あ、これ結構美味しい」
「なんか自分で買ってもいいな、これ」
「奈々美は結局どこに行くんだっけ?」
「T大学の理学部。東京のW大も通って一応入学手続きはしたけど、やはり国立で。W大に行きたい気分もあったんだけどね。バスケ強いし。でも東京の私立なんて学費も高いし生活費も高いから地元の国立にしてくれと父ちゃんから言われてるし」
「それは切実な問題だね」
「T大の女子バスケ部は?」
「そこそこ強い。今回もオールジャパンの北信越大会までは行ったけど優勝した所といきなり当たって負けた」
「奈々美たちがそこと決勝戦で戦ったんでしょ?」
「そうそう。めっちゃ強いチームだったよ」
「T大学は水輝も合格してた。人間発達科学部」
「こちらでも美津穂がT大学に行くよ。人文学部だけど」
「まあ結構知り合いがいるから心強い」
「美由紀は今日美大の試験受けているんだよね」
「まあ落ちるだろうね」
とみんな言っている。
「T大芸術学部に落ちた人が美大に合格するのはあり得ない」
「まあそれは言える」
「じゃ金沢組が多いね」
「うん。青葉と星衣良がK大、明日香と世梨奈がH大、多分美由紀もG大になる」
「それってキャンパスも近くだっけ?」
「近くはないけど、まあ割と同じ方角かな」
「星衣良が津幡の叔母さん所に下宿する以外、4人で相乗りしていくことになりそうだなあ」
「朝6時半に出発すれば全員を大学近くに置いて私も8時に大学に入れるかな」
と青葉。
「公共交通機関を使えば5時半に出ないといけないから、かなり助かる」
と世梨奈が言っている。
「正直、大学入試でお金を使い果たして、下宿代まで出ないんだよね」
と明日香が言っている。
「でも更にローン組んで自動車学校に行くつもり」
と明日香。
「お、すごい」
「私が免許取れば青葉と交代で運転できるし」
「うん。よろしくー」
「それガソリン代はどうするの?」
と奈々美が訊く。
「その件、世梨奈と話し合ったんだけどね」
と明日香は青葉に向かって言う。
「ガソリン代として1人月1万円くらい青葉に払おうかと言ってたんだけど」
と明日香は提案した。
「それ私も計算してみたんだよね」
と青葉は答える。
「あの車、無茶苦茶燃費がいいんだよ。こないだ福島まで往復したのでもガソリンは1300km走って40Lちょっとしか使ってない。給油も東京で1回しただけ。だから燃費がだいたい30km/Lだと思う。うちからH大とG大を回って戻って来るのがだいたい120kmくらいだから消費燃料4Lくらい。すると1ヶ月に20日通って80Lだから1L=120円で計算しても約1万円。これをまあ美由紀まで入れて4人でシェアすればいいと思う。だから1人2500円払ってもらえばいいよ」
「そんなに安く済むんだ!」
「どう考えても市内に住んで使う定期代より遙かに安い」
「じゃ1人3000円払うよ。車の借り賃込みで。ガソリン代が高騰したら見直し」
「うん。じゃそれで」
「遅くなったりして高速を使ったら都度清算」
「OKOK」
「じゃ私も月1000円払っとく」
と星衣良。
「了解了解」
「ところで昨日の番組だけど、結局あれってKARIONのらんこ=ローズ+リリーのケイというのを認めたということなのかな」
「だと思うよ。これまだ内部情報ということで他の人には言わないで欲しいけど、それで今月19日から始まるKARION春のツアーでは毎回ローズ+リリーが幕間ゲストで出てくる」
「おぉ!」
「去年の熱愛報道以来、レコード会社の社長からマリを絶対に1人にするなと厳命が出ているらしい。それでケイがKARIONのツアーで全国飛び回っている間にマリがひとりで東京に居ると何するか分からないから、もうKARIONに付いていってもらおうという趣旨なんだよね」
「なるほどー」
「今回、KARIONのツアーを3月、ローズ+リリーのツアーを4〜5月と分けたのも、1人で両方のツアーを同時にするのは体力的に無理なのでと説明するらしい。その背景で、やっとふたりが同一人物であることを事実上認めたみたい」
「ああ、色々背景があって動いているんだね。そういうの」
「まあ偶然の要素をうまく利用しているけどね」
「でもそれならそのKARIONのライブ見てみたくなった。今からチケット無理だよね?」
「ちょっと待って。訊いてみる」
と言って青葉はケイにメールを入れてみた。すると30分くらいで返信があり、21日・金沢公演のチケットはソールドアウトしているが、見切席でもよければ用意させるから枚数を教えてとあった。
「少し見づらい席でなら用意できるって」
「じゃお願い」
「何人行くの?」
「ここに居る5人と美由紀もだな」
「美由紀の残念会も兼ねて」
ともう不合格確定ということにされている。
「あ、日香理も行くかも。訊いてみよう」
それで青葉が電話してみると行く!ということだったので結局7枚で冬子さんにお願いした。
3月18日(金)。千里を含む40 minuteの選手一行と青山さんたち江戸娘一行は夕方17:10の新幹線で福山に向かった。明日から3日間、全日本クラブバスケットボール選手権大会が行われるのである。これが千里にとって40 minutesの選手として出る最後の大会になる。
時刻がとっても微妙なので、会社勤めしているメンバーで早引きもできずにこの新幹線に間に合わなかった子が40 minutesで4人、江戸娘では8人も居て、彼女たちは明日朝の新幹線で移動することにしていた。
40 minutesで行くのは選手18名、監督・コーチにマネージャー登録とトレーナー登録のメンバーで合計22名、江戸娘は選手15人、監督・コーチ・マネージャー登録のメンバーで合計18名。両者合わせて40名である。但しこの新幹線に間に合わなかった子が両方で12名いて、行きは28名での行程だった。
新幹線の中で買っておいたお弁当とお茶・おやつを配ったが、28名なのにお弁当は念のため用意していた50個が全て消えた。おやつがもっと欲しいという声があり、車内販売のお菓子やみかんを買って追加で配ったりした。
「でも40 minutesってこんなに人数いたんだっけ?」
などという声が新幹線の中では出ていた。
「いつも練習の時は10人くらいだよね〜」
「3〜4人でやってる時もあるし」
「一応現在40 minutesに登録されている選手数は36名」
「そんな人数見たことない!」
「まあ幽霊部員も多いからなあ」
「ごめんなさい。私、ほとんど幽霊部員」
と今回マネージャーとして連れてきた聡美は言っていた。
彼女はマネージャーは誰に頼もうかなどと言っていた時に
「お久しぶりです」
などと言って練習場にやってきたので
「あんた今週末の大会のマネージャーやって」
「今週末って何の大会ですか?」
「全日本クラブ選手権」
「そんな凄い大会があるんですか!」
などという会話を交わして連れてきたのである。
「ところで全員女性なんだっけ?」
「男が女子チームに入れる訳無い」
「いや、性別は自己申告だから」
「そのあたりはばれない程度に」
「ヒゲはきれいに処理しておくこと」
「胸は平らでは無い程度に」
「あ、それ私やばい!」
「ちんちんがあったら試合中は取り外しておくこと」
「あれって取り外せるんだっけ?」
「でも試合やってると、ホントにこいつ女か?と思う選手結構いるよね」
「ごめん、それ私だ」
福山からは高速バスでしまなみ海道を越えて今治まで行くが、人数が多いので1台専用に割り当ててもらっていた。一応アルコールは禁止にしているのだがおやつが欲しい、コーラが欲しいという声があり、福山駅で調達しておいた食べ物・飲み物は今治に着くまでに全て消えた。
「せっかくのしまなみ海道の景色が夜だから見られないのが残念」
「この大会、最後まで残った場合も見られないんだよね」
「でも途中で帰るはめにはなりたくないなあ」
「うちら2チームで決勝戦したいね」
到着したのがもう22時半なので、この日はそのまま寝た。
翌日19日の朝8時半に簡単な開会式が行われ、その後9時から試合が始まる。千里たちは12:10からの試合で、この日朝に東京を発ったメンバーはこの試合には間に合わない。ともかくも居るメンバーだけで適当に回して快勝した。千里はこの試合でスリーを9本入れた。
江戸娘は15:20からの試合だったので何とか今朝東京を出発したメンバーも間に合った。長旅の直後の試合は大変だったと思うがこちらも何とか快勝した。ローキューツは10:35からの試合で、昨日の内に来たメンバーだけで頑張らざるを得ず、実はキャプテンの薫も来ていなかったのだが、何とか勝つことが出来た。
20日は2回戦と準々決勝が行われる。1日2試合なので40 minutesは2回戦を控え選手を中心に運用して快勝、準々決勝は主力を中心に運用してやはり快勝した。千里はどちらの試合にも出たが、2回戦で7本、準々決勝では11本のスリーを入れた。ここまでスリーは27本である。
江戸娘は2回戦で福岡のチームに敗れてしまった。
「今帰ったらしまなみ海道の景色が見られるけど」
という声もあったものの悔しいので大半のメンバーはその日の午後の準々決勝まで見て夕方のバスで福山に移動し新幹線で帰った。つまり結局しまなみ海道の美しい景色は見られなかった。キャプテンの青山さんなど数人のメンバーが翌日の決勝まで見てから帰ることにしたようだ。
ローキューツは2回戦で北海道のチームと激しい闘いを演じたものの最後は4点差で何とか逃げ切った。そして準々決勝では江戸娘を破った福岡のチームと今度は延長戦にもつれる激戦を演じる。最後はソフィアのブザービーターで1点差勝利。この日のローキューツは2試合とも本当に大変な試合であった。
そして21日は準決勝と決勝が行われた。
9:00からの準決勝の組合せは
40 minutes(東京) vs レディ加賀(石川)
ローキューツ(千葉) vs ミヤコ鳥(沖縄)
となった。ミヤコ鳥は準々決勝で昨年2位のセントールを倒している。パワープレイヤーの多いチームのようであった。
レディ加賀は以前愛媛Q女子高にいた180cmの長身シューター・菱川さんがいるチームである。背が高いので一応センターの登録になっているがスリーも当然上手い。中に進入すればダンクもするしリバウンドも取る。遠くにいてもスリーを撃つというので、極めて防御しにくい選手である。
40 minutesは彼女に182cmと彼女より長身の橘花をマッチアップさせた。橘花に言ったことはひとつ。自分では点を取らなくてもいいから、菱川さんに一切仕事をさせるなということである。
それでこの試合、橘花はひたすら彼女をマークし、他の選手からのパスはほとんどカットするし、シュートは3本に2本は叩き落としたり軌道を変えたりした。
その結果この試合での彼女の得点をわずか12点に抑えることに成功した(それでも12点も取られた)。
その一方で暢子と千里がどんどん得点を重ねるし、リバウンドについては誠美を温存するためにこの試合のセンターを任せた神田リリムと松崎由実が自分の出番が来たら競い合うようにボールを取る。
それで終わってみると78-93の15点差で快勝していた。千里はスリーを8本入れた。ここまで35本である。この時点で実は昨年自身が出したスリー34本というこれまでの最多記録を突破している。千里は10年くらいは破られない記録を出してやろうと頑張った。
「しかし勝てたけど全く気の抜けない相手だった」
「いや結構ヒヤヒヤだったよ」
「15点差はただの結果。実際には1点を争うゲームという気がした」
「菱川さんの相手疲れたぁ」
「お疲れ様」
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