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■春卒(3)
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青葉はこの件をずっと考えていたら、運転がお留守になりかねないと思い、気分を変えることにする。《雪娘》にも少し協力してもらって意識の10%程度を使ってカーナビを操作し、Flying SoberのCDをまとめて放り込んでいるフォルダを選択する。歌いながら走る。ずっとKARIONの美しい歌を聴いていたので、空帆のボーカルを聞くと落差が凄くて目が覚める! うん。音楽ってやはり美しいだけでは疲れるんだよ!
あ、それってちー姉が書いた『Roll over Rose+Lily』の話じゃん、と思うと少し楽しくなった。
俺たちはもう下手な歌しか歌えない身体になってしまった。ローズ+リリーの曲を掛けてくれ。あの美しい歌を聴いたらこの病気も治るかも知れない。ローズ+リリーを褒めているようで「きれいなだけでつまらん」と言外に言っている曲である。千里姉と冬子さんの信頼関係無しではとても書けない曲だ。実際冬子さんは「聞いて吹き出した」などと言っていた。
基本的にちー姉も冬子さんも争わない性格だからなあと思う。自分もそうだけど、やはり睾丸を取ったことで、そういう物が消えた気がする。
先行する2台はオービスにはひっかからない程度の上品な(?)速度で走って行く。青葉もそれに続いている。歌いながら走ることで心を無にし、運転に集中する。やがて彼らは津川ICで降りて行く。彼らがハザードを点滅させるのでこちらもハザードでお返事した。
裏磐梯方面に行くとか言っていたので、国道459号方面に分岐したのだろう。459という数字から「シゴク」きつい道と呼ばれる、素敵な「峠」である。
車列の先頭になってしまったが《雪娘》が『青葉、遙か後方から覆面パトカーが近づいてきている。制限速度まで落とした方がいい』と言うので、青葉はアクセルを少し戻して速度を落とし、制限速度のジャスト70km/hにした。
さてここは一車線区間である。追越ができない所で70km/hで走っている車がいると、後ろの車はイライラしがちだ。青葉が70km/hに落として少しした頃に後方から追いついてきた赤いインプが、至近距離まで寄ってきて走っていたが、やがてクラクションを鳴らしたりする。何か叫んでいる。まあ、覆面パトカーには気づいてないんだろうね。青葉は平常心で制限速度を守って走って行った。
やがて追越車線のある区間が来る。すると後ろで青葉のアクアをさんざん煽っていたインプがまだ車線の別れる前、ゼブラゾーンを突っ切って前に出て凄い速度で追い越していった。追越際に助手席に乗っていた女性がこちらに何かわめいた感じだったが何と言ったかは聞こえない。その車はどんどん速度を上げ、推定120km/hくらいで飛ばして行く。そのあと2台青葉の車を追い越して行ったが、彼らは90km/h程度である。しかし他の車は青葉の後をそのまま70km/hで走る。
そしてやがて白いポルシェが屋根に出したサイレンを鳴らし、物凄い速度で青葉の右側を追い越して行った。あぁ、可哀想にと青葉は思う。
そして数分走った所で青葉はさっきのインプと警察のポルシェが停まっているのを見た。まあ制限速度を50km/hもオーバーしたら捕まるよね〜、などと思いながらその場所を通過すると、少しずつ速度を上げて84km/h程度で走行を続けた。青葉の後ろの車もそれに合わせて走っていった。
しかし赤いインプといえばちー姉の前の車だよなあ、と青葉は思った。あの車のこと、そしてそれを昨年買い換えたアテンザのことをちー姉は桃姉には「お友達から借りた車」と言っているが、なぜ桃姉に隠す必要があるのだろう?なにかいろいろまずいことでもあるのかね〜。
桃姉がちー姉に内緒にと言うのは、だいたい恋人や元恋人に関わること、あとうっかりちー姉の持ち物を壊したりしたこと(千里姉はぼんやりしているので何かが無くなっていてもマジで気づいていないことが多い)などだ。ちー姉の「内緒にしてて」は、音楽関係の活動と細川さんに関することが多い。あのアテンザの名義人は見るなとちー姉言ってたけど、もしかして名義人は細川さんだったりして??
いや、こないだのちー姉の表情は別に見られても平気だけど、まあ見るなよという感じだった。それは私も知っている人。。。。。。
その時青葉は気づいた。
あ、分かった。
きっと雨宮三森だ。
インプレッサ・スポーツワゴンにしてもアテンザ・ワゴンにしても、あれって雨宮さんの好みだよ! 細川さんの好みは、もっとがっちりした系統って気がするもん。
その時、このアクアを母朋子の名義で登録したことを思い出す。未成年では車のオーナーになれないので、母が名義上の所有者になってくれたのである。
あ。もしかして。ちー姉も前のインプを買った時、未成年だから雨宮先生が名義上の所有者になったのでは。でも今回の買い換えではちー姉の名義にしてもよかったはずなのに!?
うーん。まだ何か隠された事情があるのかなあ。
14時半頃、五百川PAで休憩する。残りはほんの40kmである。このまま最後まで走ってもいいだろうが、長距離走行では最後の数十kmがいちばん事故を起こしやすいことを青葉は6年ほどの!運転歴で知っている。
トイレに行ってきた後少し仮眠した。起きると15時半である。再度トイレに行き体操をして、缶コーヒーを1本飲んで運転席に戻る。冬子さんにあと30分ほどで福島西ICに到着する予定とメールする。
そして残りの距離をまあまあの速度で走って、16時頃、青葉は福島西ICを降りた。料金は6360円と表示された。
イベント用の臨時駐車場に入れる。スマホを見ると冬子から「★★レコードの水島さんに行ってもらうことにした」というメールと、その★★レコードの水島明星さんという人からもメールが入っていて「ケイさんからお迎え頼まれました。駐車場の北ゲートの休憩所に居ます。黄色いパーカーを着てKARIONの『メルヘンロード』を持っています」と書いてある。
それで「今到着しました。こちらはピンクのセーターに白いスカートを着ています。荷物3つ持っています」と返信して、北ゲートの方に歩いて行く。途中でメールが着信し「休憩所の外に出ています」とあった。
黄色いパーカーを着た人はいた。FUKUSHIMA2013 という文字が入っている。以前の復興支援イベントか何かの再利用なのだろう。このイベントは売上をまるごと寄付するということで、経費は全て主催者の負担なので、費用もできるだけ掛けないように運営されている。
その人は確かに『メルヘンロード』っぽいCDを持っている。
でも・・・・水島明星さんって書いてあったから、私、男の人かと思ったんだけど、あの人、女の人に見えるけど・・・
と思ったら向こうがこちらに気づいて近づいてきた。
「大宮万葉先生ですか?」
「はい」
「水島です。お世話になります」
と言って名刺をくれた。
確かに《★★レコード制作部 JPOP担当 水島明星》と書かれている。こちらも《作曲家・大宮万葉》の名刺を渡す。
「すみません。お名前は『あかり』さんとお読みするのでしょうか?」
と青葉は尋ねた。
「すごーい!いきなり読めた人ってまだ2人目!」
と彼女は感動している。
「何となく思い浮かびました」
「この名前まずみんな『みょうじょう』とかせいぜい『あけぼの』と読んで、性別も誤解されるんですよね。高校入試の時も大学入試の時も『あんた受験票が違う』と言われたし、★★レコードの面接受けた時は『性転換したの?』と言われたんですよ」
「苦労してますね」
「20歳すぎたら改名しようと思ってたんですけどねー。でも結構営業する時にネタに使えるし、かえって名前覚えてもらえるから、まあこのままでもいいかと思っているんですよ」
「確かにネタにはなりますね」
彼女がお荷物お持ちしますと言ったが、楽器の入っているのは自分で持ちますからと言い、着替えの入っているバッグだけ持ってもらった。それで彼女の車に乗せてもらい、ホテルに入った。
「先週も富山から往復してくださったのに、今週もって、大変でしたね」
「いえいえ。私などはお客様たちから印税を頂いていますからその利益還元と思っていますけど、水島さんたちこそ、立場上参加せざるを得ないのに交通費自腹とか大変でしょう」
「まあ福島支店のスタッフに頑張ってもらっていますが、私たちみたいな東京からの遠征組は交通費に関しては車の相乗りで来た人もいますし、町添のポケットマネーでバスを借りて、それに乗ってきた人も多いですし」
「町添さんも大変だ」
「でもケイさんとか個人的に数千万円負担しておられるようですし」
「言い出しっぺとはいえ大変ですね」
「でもこういうイベントできるのは今年最後になるかも知れないですね」
「やはり負荷が大変だからですか?」
「何か社内の体制が変わりそうで。あ、すみません。内輪の話を」
「いえいえ」
「でも晴れて良かったですね」
「ええ。先週は大変でしたから。明日も曇りの予報なので何とかなるかなと」
「ほんと先週はヒヤヒヤしましたから」
「巷ではケイさんはどこでもドアを持っているのではなんて噂も出てましたね」
「全くあの人は神出鬼没ですね」
「でもアクアのイベントは天候が悪かったおかげで、観客の過度の興奮も抑えられたかなというのがありました」
「ああ、確かに2万人の観客が興奮しすぎると、とても制御できなくなりますよね」
「椅子に座らせるのは移動防止もあるんですが、立たずに座って鑑賞してくださいという指示に観客がなかなか従ってくれなくて、何度か演奏をいったん中断して、アクアちゃんに『座ってください』と言ってもらったんですよ」
「いや、なかなか大変でしたね」
「まあここまで熱狂するのもさすがに今年いっぱいでしょうけどね。高校生になる頃にはたぶん声変わりも来るだろうし、そうしたら少しファンも落ち着くのでしょうけど」
などと水島さんは言っている。
「まあどんなアーティストでも、だいたい熱狂的に売れるのは2〜3年ですよね」
と青葉は言う。
「ええ。歌手の旬って短いんです」
確かにアクアは去年・今年が旬だろう。そしてローズ+リリーは・・・たぶん2013-2014年度が旬だったんだろうなと青葉は考えたりしていた。ミリオンの連続が2015年度も途切れなかったのは多分に偶然の要素が大きい。
作曲に関しても2013年10月に自分が冬子のセッションをして、ケイは迷路から抜け出してかなり良い曲を書くようになってはいるものの、2012年頃までの天才の煌めきのような曲はもう生まれないのかも知れない。『ピンザンティン』、『夢舞空』『海を渡りて君の元へ』『天使に逢えたら』『影たちの夜』『星の海』、『花模様』『キュピパラ・ペポリカ』『花園の君』。どれも1曲だけで歌謡史に名前が残るような名曲ばかりだ。
今回物凄い評価を受けた『振袖』もあれは高校時代に書いた曲なのだと言っていた。
ホテルで少しくつろいでいると、∴∴ミュージックの花恋さんがやってきて
「大宮先生お疲れ様です。これ明日演奏する曲のスコアです」
と言って楽譜の束を渡す。
「明日朝7時からこちらのスタジオでリハーサルをするのでよろしくということです」
と言って花恋はスタジオの案内も渡す。
「今回、ギターはどなたが弾かれるんですか?」
本来のギター担当者である相沢孝郎さんは、奈良県の温泉宿から離れられないのではないかと思った。
「TAKAOさんが、先週迷惑掛けたからと言って今週は福島まで来てくださるんですよ。ですから従来のトラベリング・ベルズで演奏できるんです」
「それは良かった。でも相沢さんも頑張りますね」
「ええ。新体制は下旬のツアーでお披露目になると思います」
「新体制?ギターの後任、決まったんですか?」
「相沢さんの性転換バージョンということで」
「性転換しちゃうんですか!?」
「詳しいことはまだ秘密で」
と言って花恋は帰っていった。
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