[携帯Top] [文字サイズ]
■春卒(8)
[*
前p 0
目次 #
次p]
『しかし貴司君って浮気はするけど暴力はふるわないから、千里も見捨てないんでしょ?』
と《いんちゃん》は言う。
『いや、実際問題として貴司君の浮気の既遂って凄く少ない。ほとんど千里が潰してるから、未遂ばかり』
と《こうちゃん》。
『あんたたちが勝手に潰したのもあるみたいだけど』
『まあそれは親切心で』
『若干は暇つぶしで』
『貴司君はむしろ千里にも阿倍子さんにも浮気の罰でおしおきを受けてるよね』
と《こうちゃん》
『あんまりやってると、ちんちん切っちゃうぞと警告してるんだけどね』
と千里。
『緋那さんからもそれ言われて、ちんちんに包丁を突きつけられてこのまま切り落とすよと一度言われてたね』
『へー。緋那さんもそのまま切り落としちゃえば良かったのに』
『千里、貴司君のちんちん無くなってもいいわけ?』
『うーん。無ければ無いで何とかなると思うけどなあ』
『それだけど、こないだちんちん取り上げてもあまり焦らなかったし、実は本人無くてもいいんじゃない?』
『あれってあんたたちのしわざ?』
と千里が訊くと、《こうちゃん》はゴホッゴホッと咳をして誤魔化す。
『でも貴司君ってM?』
と《いんちゃん》が訊く。
『うーん。どうだろう?確かにSよりはMかもね〜。一度入れてあげたら痛い痛いとか言いながらも喜んでいる感じだったし』
『・・・・・』
『どうしたの?いんちゃん』
『あれ本当に痛がってる気がしたけど』
『そう?』
青葉は3月8日の午後はアクアで郊外のスーパーに買い出しに行き、お肉や野菜、お米などを買ってきて、せっせと食糧の冷凍ストックを作った。そしてこの日は国立大学前期の合格発表なので、友人たちから合格・不合格の報告が入るのを見てはひとつひとつ返事をしていった。
日香理は東京外大に合格していた。凄く喜んでいる様子だったので直接電話して話した。
「本当に良かったね」
「これで来月からは東京暮らし。生活費は基本的に自分で稼ぐ約束だからバイトしながら勉強もしないといけないけど、長年掛けて親を説得したから頑張るよ」
「頑張るのはいいけど無理して身体壊さないようにね」
「うん。ありがとう」
美由紀はT大芸術学部に落ちていた。彼女とも直接電話で話した。
「残念だったね。でも第1希望の美大の試験はこれからだし、一発大逆転を狙って頑張ろう」
「うん。頑張る」
同じT大学の人文学部を受けた美津穂は合格していた。T大学を受けた子としては別の高校であるが中学の時の親友のひとりでC高校に行っている奈々美もT大に合格したという報告をうけた。
また青葉と同じK大学の国際学類を受けた彩矢、経済学類を受けた凉乃、青葉と同じ法学類を受けた星衣良、数物科学類を受けた水泳部の杏梨も合格していた。
青葉は取り敢えず友人で同じ大学に行く子ができたので心強い気分だった。特に中学以来の友人の星衣良が同じ大学の同じ学類に通ったのは本当に心強かった。彼女はT高校を受験した時はかなりギリギリに近い所で合格したのだが、この3年間に本当によく勉強したのだろう。
「星衣良すごーい。T高校に入った時は私たちと似たような成績だったはずなのに」
「ほんとによく勉強頑張ったんだね。おめでとう」
などと最初から国立は諦めてH大学を受けた明日香・世梨奈から祝福されていた。
「部活さぼってひたすら勉強してたし」
などと星衣良は言っている。
彼女は一応茶道部に入っていたのだが、実質ほとんど部活には顔を出していなかったようである。1年生の時は人数合わせで軽音部と合唱部に参加してもらったものの秋以降はそちらからも離れている。
「1年生・2年生の内は進研ゼミで基礎固めして、3年生になってからZ会も受けたんだよ」
「学校の補習も受けながら、よく頑張ったね」
紡希は京都大学に合格していた。空帆も東京工大に合格していた。どちらにも《おめでとう!これからがもっと大変だろうけど頑張ってね》とメールしておいた。紡希は普通科からの帝大合格というのは、本当によく頑張ったと思う。帝大組では、絢子は超難関の東大理三、徳代は東大文一に各々合格を決めた。
男子では明石君は阪大法学部、江藤君も東大文一、寺田君は東大理一、そして吉田君は青葉と同じK大学の法学類に合格した。彼は理数科なので理工学域を受けるのなら分かるのだが、なぜか法学類なのである。彼は後期ではT大学の知能情報工学科に願書を出すという不思議なことをしていた。
「あんた法学部に行って何すんのさ?」
と同じクラスの空帆から訊かれていた。
「弁護士を目指すよ」
「あんたが弁護したら全員有罪になりそうだ」
と空帆から言われるし
「あんた他人に言いくるめられやすいもんねー」
と6組から出張してきていた須美にまで言われている。
「弁論は鍛えるよ」
と本人は言っていた。
つまり青葉、星衣良、吉田君が同じK大学法学類に通うことになる。
そして問題はヒロミであった。青葉はヒロミの話がどうにも理解できないので高岡に帰ってから詳しく聞かせて欲しいと言った。ヒロミの方もどうも青葉に聞いて欲しい雰囲気であった。
その晩、桃香は7時頃帰ってきた。
「例の生酒が楽しみ〜」
などと言っている。青葉は桃香のおつまみ用にスルメを買ってきていたのでわざわざ石油ストーブを焚いて、その上であぶる。
「うんうん。こういうのはストーブとか七輪であぶるのがいいんだよ」
と桃香は言っている。
青葉も微笑んで生酒の瓶を開け、桃香のグラスに注いであげる。
「美味い!青葉も飲まないか?」
「そうだなあ。もらっちゃおうかな」
「よし。母ちゃんには内緒で」
「うん」
それで結局青葉はその晩、桃香と生酒の一升瓶を半分くらい空けてしまうほど飲んで、さすがに酔っ払って完璧にダウンしたのであった。
やはり攻撃的な呪術を使ったことで青葉の良心が痛んでいて、この日は自分の神経を麻痺させたい気分になったのである。
翌3月9日朝青葉は頭痛とともに目が覚める。うっ、これが二日酔いかなあと思いながらも朝御飯を作り、桃香を会社に送り出した。桃香は青葉以上に飲んだはずなのに平気そうであった。
「じゃ私はもう帰るからね」
「うん。気をつけてな。昨日渡したこのアパートの鍵はそのまま持ってていいから」
「了解」
それで青葉はたくさん水を飲み、お昼すぎまで寝て何とか酔いが覚めた気がしたので、荷物を整理して車に積み込み、高岡に向かった。
やはりたくさんお酒を飲んで、そのあとぐっすり寝たことで、青葉もだいぶ気持ちが楽になった気がした。
「私悪いことはしてないよね?」
などと自問する。《ゆう姫》が言った。
『青葉はまだああいう呪法を使うには純粋すぎたな』
『ちー姉は平気なのかなあ』
『あの子は達観してるね。必要だと思ったことは冷静に実行する。あの子はそれが本当に必要だと思ったら自分の恋人でさえ殺すだろうね』
《ゆう姫》の言葉に青葉は緊張した。
『でもそんなことしたら、あの子はその後恋人の後を追って自殺するよ』
その言葉に青葉は顔がほころんだ。
『必要なことは実行しなければならない。しかしそれは自分の感情とは別なのだよ』
『そうかも知れませんね』
『青葉』
『はい』
『お前はもう卒業しなければならない』
『はい?』
『高校から卒業したろ?』
『ええ』
『お前は今までみんなから守られていた。霊的な物事だけに限らず、世の中には仏の顔で行動すべき時と鬼の顔で行動すべき時がある。でもお前の周囲の人たちがお前には鬼の顔をしなくてもいいように守ってくれていたんだよ。瞬嶽師匠、菊枝先輩、美鳳さん、朋子母ちゃん、桃香姉ちゃん、千里姉ちゃん、学校の先生。それぞれが本当はお前がしなければならない闇の部分・裏の部分を代行してきた』
青葉は《ゆう姫》の言葉を聞いていた。
『ここ2年くらい千里が今まで隠していた自分の能力を青葉の前で見せるようになったのはなぜだと思う?』
『え?』
『あの子は瞬嶽が亡くなる直前に頼まれたからだよ。自分に代わって青葉の霊的なバックアップをしてやってくれと』
『そうだったのか・・・』
『まあ、まだ数年は千里は青葉のバックアップをしてくれるだろうから、その間に少しずつたくましくなれ』
青葉は少し考えていた。そして明るく答えた。
『はい』
と。
『あ、それでだな青葉』
『はい』
『お前まだ酔いが醒めてないぞ。今呼気検査されたら免許取り消し、2年間免許取得不可になるな』
『きゃー!!』
『悪いことは言わん。次のSAで駐めて今晩はぐっすり寝ろ』
『そうします!』
それで青葉は結局双葉SAに車を駐め、また充分に水分を取ってぐっすり寝たのであった。青葉は翌3月10日朝《ゆう姫》に
『私、酔い醒めました?』
と訊く。
『今0.13mgくらいかな。検挙はされんが注意はされる』
『もう少し寝ます!』
『アルコール・チェッカー買っておくとよい』
『それがいいかも』
それで結局青葉が双葉SAを出発したのは3月10日の夕方で、高岡に帰着したのは3月11日朝であった。
「お帰り、安全運転してた?」
「うん。帰りは少し疲れが溜まってたから結局、途中山梨県で丸1日寝てた」
さすがに酔っ払って1日寝てたとは言えない。
「うん、そういうのがいいね。そうそうカード来てるよ」
と朋子は言った。
「ありがとう。今回ETCで2万円くらい使ったから返すね」
と言って青葉は現金で2万円渡す。
「でもあんたお金は大丈夫?」
「うん。桃姉が学費とか出してくれたから今余裕あるんだよ」
「じゃもらっとくね」
と言って朋子はお金を受け取った。
銀行のキャッシュカード、クレジットコード(ゴールドカード)、ETCカードの封筒が到着している。カードを見てみたがETCカード以外はエンボスレスである。古いインプリンターを使った詐欺行為がかなりあったのでそれを防止するためオンラインの新しい端末でしか使えないようになっている。AOBA KAWAKAMIの文字がプリントされている。
青葉はそれを見ていて「あれ?」と思った。
「お母ちゃん、クレカってMRとかMSの表示が無かったっけ?」
「え?どうだっけ?」
それで朋子が自分のクレカを見てみると、それもTOMOKO TAKAZONOの印字だけでMSの表示は無い。しかし青葉が取り出してみた北海道のH銀行の子会社が発行したクレカを見ると、それには AOBA KAWAKAMI MS のエンボスが入っている。
「そうだ。聞いた気がする。最近のクレカってICカードが入っているでしょ?」
「あ、うん」
「このICカードの中に性別も含む個人情報が入っているからカードの表面からは性別表示も無くしたとか」
「なるほどー」
「MRとかMSの表示があったら、青葉みたいな子は使いにくかったろうし、良いことだと思うよ」
「ほんとそうだよね。マイナンバーカードとかあれ酷いよ」
「あの性別表示を消してくれって運動している人たちもいるみたいね」
「うん。時代に逆行していると思う」
[*
前p 0
目次 #
次p]
春卒(8)