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■春卒(2)
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冬子にも電話してみたが話し中だったので車で行く旨メールを送っておいた。
それで青葉は荷物をアクアに積み込み、自分のETCカードはまだ来ていないので、母のETCカードを借りてセットする。
「気を付けて」
という母の言葉に
「うん」
と答えて出発した。
途中の安いGSでガソリンを満タンにし、小杉ICまで行く。ちょうど9時をすぎたのでIC近くのコンビニでお金を下ろす。冬子さんは8万円も振り込んでくれていた。これは多分飛行機を使った場合の往復運賃かなと青葉は判断した。じゃ4万くらい冬子さんに返さなくちゃと思う。お金は念のため20万円下ろしておいた。冬子さんからのメール返信も来ていて《車は了解。福島西ICそばの臨時駐車場に駐めて。連絡したらそこに迎えに行かせる。急がなくていいから安全運転でね》とあった。
コンビニでクールミントガムと缶コーヒー3本、それに非常食用におにぎりとカニパン、カロリーメイトを買った。
高速に入る。ETCゲートを通過する。ピッという音がしてバーがあがり、青葉はこの車で初高速走行をすることになった。
車は快調に走っていく。比較的速い車の流れができていたので、青葉はそれに合わせて走って行った。睡眠防止を兼ねてカーナビに放り込んでいる音楽を鳴らす。今日は予習を兼ねてKARIONの初期の頃からのCDを一挙流していた。音楽に合わせて自分でも声を出して歌ったりもする。しかし和泉さんってクリアできれいな声してるよなと思う。フルートを頼むと言われたからと思い、曲の中でフルートが吹いている旋律も気をつけて聴いていた。
富山県から新潟県の県境付近には大量のトンネルの連続があり居眠りしやすい。青葉はこれまで何度かこの区間を(無免許で)走っているので、眠気予防でコーヒーを飲んだり、ガムを噛んだりしながら走った。実はこの区間は電波も弱いしトンネルも多くてラジオがまともに使えないので、車に放り込んでいる音楽頼りなのである。
11時半頃、黒崎PA(新潟市)に入れて休憩する。ここはPAとはいっても実質SAに近い広さと設備のある所である。
トイレに行ってからスナックコーナーでラーメンを食べる。その後いったん車に戻り、毛布と布団をかぶって30分ほど仮眠した。再度トイレに行き、少し体操をしてから車の所に戻り、ドアをアンロックしたら
「やったぁ!」
という声が近くでする。
何だ?何だ?
と思って見ると、20歳前後の男の子4人のグループが居て
「やっぱりアダルトだったよ」
「残念、絶対ヤングだと思ったのに」
などと言っている。
「あのぉ、何か?」
と青葉が声を掛ける。
「あ、いや、すんませーん。俺たちこの目立つ車のドライバーって何歳くらいの女かなと賭けしてたんですよ」
「絶対これ19か20(はたち)くらいの女だと思ったんだけどなあ」
「25歳以上の女に賭けた俺たちの勝ち」
む?つまり私、25歳以上と思われたってこと?
青葉はちょっとムカついた。
「ちょっと、あんたたちそれ酷い。私まだ18だけど」
と青葉は言う。
「え〜〜〜!?」
と彼らは一様に驚いた声をあげる。
「じゃ俺たちの勝ちか?」
と言っている奴もいる。
それで青葉は唐突に悪戯心が湧いた。
「でも、あんたたちどちらも外れだね」
「なんで?」
「だって、あんたたち20歳くらいの女か、25歳以上の女かってんで賭けしてた訳でしょ?」
「うん」
「私は男だから両方外れ」
「嘘」
「証拠はこれだよ」
と言って青葉は自分の国民健康保険証を取り出して彼らに見せてやった。
「げー!!!」
「ほんとに男と書いてある」
「信じられない!!」
「あんたオカマだったの?」
「あんたたち何賭けてたのさ?」
「いや、負けた方がコーヒーおごるということで」
本当にささやかな賭けだ。
「じゃ両方負けだから、私にコーヒーおごってよ」
「少しお話していいなら」
「じゃ15分間」
「OKOK」
それで青葉は車をロックし、彼らと一緒にPAの施設に戻る。彼らが自販機のコーヒーをおごってくれて、青葉はしばし彼らとおしゃべりした。
「ね、ね、身体はどこまで直してんの?」
と訊かれるので
「あり、なし、なしだよ」
と青葉は答える。
「どういう意味だっけ?」
ああ、一般の人は知らないか。
「おっぱいあり、おちんちん無し、たまたま無し」
彼らはしばらく考えていたが、やがて言った。
「じゃ、ほとんど女の身体になってんだ?」
「うん。ちゃんと結婚できる身体だよ」
「結婚できる身体って・・・・じゃまさか穴もあるわけ?」
「あるよ。ちゃんとセックス可能なこと確認済み」
「すげー!」
「でも20歳になるまでは性別変更できないんだよ。だから健康保険証はまだ男なんだよね〜」
「すごーい。やっぱモロッコとかで手術したの?」
「モロッコが性転換手術のメッカだったのはもう遙か昔だよ。今はタイだよ」
「へー、そうだったのか」
「じゃタイで?」
「ううん。日本国内で手術したよ」
「へー。できるんだ?」
「あんたたちも手術して女になる?病院紹介してあげようか?」
「いや、遠慮しとく」
「だけど、お姉ちゃん、声も女だね」
「変声期が来る前にタマタマ取っちゃったからね」
「すげー」
「やはり手術して?」
「うん」
「取れるもんなんだ?」
「最近では時々いるよ。タマ取っちゃう子」
青葉はチラッと腕時計を見る。
「5分経過したね。あと10分かな」
「でもあまり色気の無い時計してるね」
「お姉ちゃんが買ってくれた時計なんだ」
「へー。お姉ちゃんって生まれながらの女?」
「ふたりいるよ。ひとりは生まれながらの女だけど、もうひとりはお兄ちゃんだったのがお姉ちゃんに変わったんだよね」
「え〜〜?じゃ兄弟から姉妹になっちゃったの?」
「そうそう。洋服を融通しあったり、女性ホルモン剤をもらったりしてたよ」
「なるほどー」
「手術も同じ日にしたんだよ」
「手術って性転換手術?」
「うん」
「1日にして兄弟から姉妹になったのか」
「なんか凄いね」
「右前袷のブレザーにズボンの男子高校生と学生服の男子中学生から、左前袷のブレザーにスカートの女子高校生とセーラー服の女子中学生に変身」
「なんか画期的というか」
「高校生と中学生の時に性転換したの?」
「うん」
「すごっ」
「しかし親も息子2人娘1人でバランスいいなと思ってたら、いきなり娘3人になっちゃったわけね」
「うん。親には悪いなとは思ったけどね」
「俺ちょっとチンコ痛くなってきた」
「遊びすぎじゃない?もう切ってもらったら?」
「嫌だ!」
「そういえば最近売れてるアクアっているじゃん」
「うん。可愛い子だね。私も好きだよ」
「あいつ、やっぱタマ取ってるよね?」
「どうだろうね。タマ取っちゃう手と、もうひとつは女性ホルモンを飲んで声変わりを押さえておく手もあるよ」
「そういうのがあるんだ?」
「でも女性ホルモン飲んでたら、おっぱい大きくならないの?」
「微量飲んでいたら、おっぱいは大きくならずに声変わりだけ遅れさせることもできるかもね。あの子の所にはファンの女の子たちから大量に女性ホルモン剤が送られて来ているらしいから調達には困らないかもね」
「そのホルモン剤送りたくなる気持ちは分かるなあ」
彼らとは途中からアクアの話題で随分と盛り上がった。
「さて15分経過したから行くね。コーヒーありがとう」
と青葉が言うと
「ね、ね、ね。25歳以上だったらホテルに誘いたい所だけど未成年だと俺らが捕まるからやめとくけどさ、良かったらおっぱいちょっと触らせてよ」
「うーん。おっぱいくらいはいいよ。お友達になったしね」
それで彼らは青葉の胸にかわるがわる触っていたが
「すげー。ほんとにちゃんと胸ある」
などと言って感動?していたようである。
「それシリコン入れてんの?」
「豊胸はしてないよ。これは女性ホルモンだけで大きくしたんだよ」
「すごいなあ」
「あんたたちもおっぱい大きくしてみる?」
「うーん。おっぱいあったらいいかも知れないけど、お婿さんに行けなくなるから、やめとく」
「まあ結婚した時に奥さんがびっくりするかもね」
「じゃね」
「うん。またどこかで会えたら」
「そうだね。縁があったら」
と言って青葉は彼らと別れた。
なんか結構楽しかった!
かなり脚色は入れたけど、私たぶん嘘は言わなかったよね?
彼らと何となく同期して車に戻る。腕時計を見ると12:50である。何となく彼らの車と一緒にスタート。彼らは赤いマツダ・ロードスターと青いホンダ・アコードである。その2台の車に続いてチェリー色の青葉のアクアが走っていく。かなり目立つ車列である。
PAを出てすぐに、彼らは新潟中央JCTから磐越道に入る。青葉も同じ方角である。
ふと彼らにあまり色気の無い時計をしてるねなどと言われたなと思う。うーん。可愛い時計とか買った方がいいのかなあ、などと悩んだりする。
青葉が使用している腕時計は震災の後、高岡に来てからすぐに桃香が買ってくれたCASIOの白いデジタル腕時計である。安物好きの桃香が選んだものなので、「1480円だったんだよ。いい値段だろ?」と桃香は言っていたが、桃香の好みらしくデザインはシンプルだが、安い時計の割にしっかりしていて、電波時計ではないのにほとんど狂わない。防水仕様だしラバー製のバンドなので運動をする時につけていても問題ない。電池は1度交換している。
そんなことを考えていた時、青葉はハッとした。
ちー姉の時計!!
先日福島から盛岡まで千里姉と一緒に行動した時、千里姉は「青い時計」をしていた。それは青葉が千里姉と知り合った2011年春から2012年夏に性転換手術を受けた(と称している)頃までしていた時計である。その後は銀色の時計をしていた。
銀色の時計は一度見せてもらったこともある。U20アジア選手権のベスト5になった記念品である。そして青い時計は青葉が推測するに細川さんからもらったものだ。
千里姉が青い時計をするのをやめて銀色の時計にしたのは、細川さんと破談したからだと青葉は推測している。それをまた青い時計をするようになったのは・・・・ふたりの仲に変化が生じたからか?
そういえばこないだちー姉は奈良から秋田まで走るのに細川さんの車を借りていたが、青葉が『よく堂々と借りるね?』と言ったら『夫婦だから平気』と言っていた。つまり・・・ちー姉は、細川さんと再び夫婦になったのだろうか?
そこまで考えた時、青葉は11月頭に東京に行った時、千里姉が巨大なアクアマリンの指輪を左手薬指につけているのを見たことを思い出した。アクアマリンは千里姉の誕生石(3月)だ。あれは物凄くいい指輪だと思った。もしかしてあれは細川さんからもらったエンゲージリングなのでは? まさか細川さんが千里姉にあれを11月にくれた?
違う。
あれは多分元から千里姉が持っていた指輪だ。きっとかなり昔、ふたりが蜜月状態にあった頃に細川さんがプレゼントしたんだ。
先日彪志が自分にエメラルドの指輪を「ファッションリングとして」くれたのと同様に、あれはきっと正式のエンゲージリングを渡すまでのつなぎとして細川さんが千里姉にプレゼントしたものではなかろうか。どこかに保管していたのだろうけど、それを急に取り出してつける気になったんだ。
しかししかし・・・
いったいふたりの間に何が起きているのだ!?
細川さんは子供が生まれたばかりだ。今阿倍子さんと離婚することはたぶんあり得ないのに!??
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