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■春順(16)

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アクアと親のことを文月に話してみようかというのは昨夜彪志と愛し合っている時に唐突に思いついた。
 
青葉は和実にも唆されて、結構子供を産む気になっているのだが、常識的には卵巣も子宮も無い青葉には子供を産む能力は無いはずである。それで、子供は養子や里子をもらう手もあるんだという道を提示しておこうと思ったのである。
 
先日桃香たちからも指摘された「常識に迎合した話」もしていかないといけないよなあというのを青葉は考えていた。
 
3月1日はむろん宗司は仕事に出て行くが、青葉は彪志と一緒に文月を連れてショッピングセンターに出かけ、買物をしたりお茶を飲んだりして過ごした。
 
そしてその日の夕方、彪志が就職予定の会社からメールが入った。
 
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「お母ちゃん、青葉、俺の勤務地が決まった」
 
「どこになった?」
「東京支店だって」
 
「あぁ・・・・」
 
「結局今の行動パターンがそのままかな」
「まあ盛岡にも高岡にも、千葉よりは少しだけ近くなるかな」
と彪志。
 
「だったらあんた大宮の近くに住みなさいよ。少しでも近いから」
と文月が言う。
 
「そうだね。じゃ5月すぎに引越考えるよ」
 

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「私毎月2回くらい車運転して会いに行くね」
「俺も車買って毎月2回青葉に会いに行こうかな」
 
「だったら毎週デートできるんだ?」
「まあ忙しかったら行けない時もあるだろうけど」
 
「むしろあんたたち、それ毎月1回ずつにして、そのお金を貯金した方がいい」
と文月が言う。
 
「そうだね」
「それがいいかもね」
「じゃ会いに行かない週はガソリン代・高速代分程度を貯金するということで」
 
「往復900km 燃費15km/Lの車を使ったらガソリン60L 140円/Lとして8400円。これに高速代14000円を足して22400円。45回。4年もあればエンゲージリング代が貯まるから、青葉が大学を出たらすぐ結婚できる」
 
などと彪志は言う。文月が「へ〜」という顔をしている。文月も今日は「まあいいか」という気分になっているようだ。
 
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「彪志、車は何買うの?」
と青葉が訊くと
 
「そうだなあ。やはり親父の店で買わないと悪いかな」
と彪志。
 
「ごめーん。私、別メーカーの買っちゃった」
と青葉はマジで今気づいて謝った。
 
「いや、盛岡で買って富山で乗るのは手続きが面倒だし」
と文月は言ってくれた。
 

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一方千里は2月29日の夜、青葉たちと別れると盛岡駅に行き、秋田新幹線の切符を買う(山形新幹線は福島から、秋田新幹線は盛岡から分岐している)。発車時刻まで少し余裕があったので、お酒売場で素直にお勧めの地酒を尋ね、勧められた銘柄の物を買ってから新幹線に乗った。
 
23時頃秋田駅に到着。自分の泊まっているホテルに戻った。妙子キャプテンには戻って来たことをメールで報告した。
 
翌日は午前中練習をした後、午後は試合に出る選手たちは試合に備えて休憩になりホテルに戻って寝ていた選手もあったようだが、同行している2軍選手・練習生は自主的に午後も練習を続けた。
 
19時から試合が行われ、レッドインパルスはビューティーマジックに勝利した。この結果、2月27,28日と3月1日の3試合でレッドインパルスは2勝1敗と勝ち越し決勝戦に駒を進めた。
 
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その日はもう遅いのでもう1泊して、3月2日のお昼の新幹線で東京に戻った。秋田駅でまた金萬を2箱買っておいた。
 
いったん用賀のアパートに行き、荷物を整理する。東京→鹿児島→大阪→東京→奈良/秋田/福島→秋田→福島→盛岡→秋田→東京となかなか複雑な旅であった。
 
少し落ち着いてから用賀のアパート近くに駐めているアテンザに乗り、郊外のスーパーに行って食料品を買い出しする。それを経堂のアパートに置いてからいったんアテンザは用賀の方の駐車場に戻し、ジョギングして経堂のアパートに戻る。そして食料品のストックを作ったり晩御飯を作っている内に桃香が帰宅する。
 
「お帰り」
「ただいま」
 
と言ってキスする。
 
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「青葉が盛岡の彪志君の実家に行くのに同行していって挨拶してきたよ。ついでに青葉に合格祝いも渡しといた」
 
「千里、ここ10日ほど、結局どこに行ってたんだっけ?」
「うーん。私も何だか分からなくなった。これお土産」
 
と言って鹿児島土産の芋焼酎《森伊蔵》と盛岡で買った《浜千鳥》純米吟醸を出す。
 
「おお、分かっているではないか」
と桃香は喜んでいた。
 
「千里、鹿児島に行ってきたの? あれ?でもこの日本酒の方は岩手だし。あっそうか。彪志君の実家に行ってきたからか」
 
「そうそう。2月20日から23日は鹿児島に試合で行ってたんだよ。その後いったん東京に戻ってきたと思ったら、改札出る前に友だちに捕まって奈良に行くはめになって。それから27日から3月1日までは秋田で試合で、その途中の試合の無い日29日に青葉と一緒に盛岡に行って、青葉は向こうに置いてきた。秋田はどんなお酒がいいか分からなかったから買わなかった。これ秋田のお菓子」
 
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と行って金萬を1箱出す。取り敢えずお茶を入れて飲みながらお菓子の箱を開けて食べる。
 
「あ、これ好きかも」
「良かった良かった」
 
「お酒は秋田なら新政とかかなあ」
「ふーん。次行った時は買っておくね」
「分からない時はメールしてくれたら教えるぞ」
「うん。今度10日から12日は信州方面、松本と甲府に行ってくる」
 
今度はいよいよ決勝戦なのである。相手は三木エレンのいるサンドベージュである。
 
「忙しいね!松本なら大信州かなあ。甲府はうーん・・・七賢とか笹一とか」
「ふーん」
「まあ甲州はワインも美味い」
「ワインなら私も分かりそう。ワイン買って来ようかな。日本酒は飲んでみても美味しいのか美味しくないのか全然分からなくて」
 
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その夜は桃香とたっぷりと愛し合ってから寝て、翌日3月3日は朝御飯を作り、桃香を会社に送り出してから、午前中は食料品の買い出しに出た。お昼過ぎに東急で川崎市に移動しレッドインパルスの練習に参加する。こちらは10日からの決勝戦に向けての練習である。夕方には東急/半蔵門線で40 minutesの練習場に行き、こちらでも練習をする。今の時期は全日本クラブ選手権に向けての練習だが、その大会が千里が40 minutesの選手として出る最後の大会になる。
 
この日、男子の日本代表候補が発表されたが貴司は入っていた。これから7月のオリンピック最終予選に向けて、また合宿に次ぐ合宿となる。
 
3日はひな祭りなので、川崎から江東区に移動する途中、お雛様ケーキと白酒を買っておいた。それで練習が終わると経堂のアパートに戻り、御飯を炊く。お刺身を切っていたら、桃香が9時頃帰ってきた。
 
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「お帰り」
「ただいま」
と言ってキスする。
 
「お、今夜はお刺身?」
「一太郎買ってきたよ」
 
「もしかして、すし太郎?」
「あ、それそれ。一太郎はお絵かきソフトだった」
 
「・・・・」
「どうかした?」
「一太郎はワープロソフトだが」
「あれ〜〜〜〜?」
「お絵かきソフトは花子だ」
「そうだったっけ?」
 
「専門外の私でさえ知っていることをなぜSEの千里が知らん?」
「ごめーん。私、ソフトには弱くて」
「ハードにはもっと弱いよね?」
「あはは」
 
「やはり千里のソフト会社には絶対にソフトを頼まないことにしよう」
 

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御飯が炊きあがるまでまだ少しあるので、白酒で乾杯して、お雛様ケーキを食べる。
 
「私は子供の頃、お雛様とかしたことなかった」
と桃香が言う。
 
「雛人形とか飾ってなかった?」
「実際問題としてそんなことする経済的余裕が無かったんだと思う」
「そっかー。女手ひとつで子供育てるって、昔は今よりもっと大変だったよね」
 
「うん。でも私も女みたいなことするのあまり好きじゃ無かったから良かったと思うけどね。ひな祭りに友だちんちに呼ばれていくと、あら男の子も来てるのねとか言われてたし」
と桃香。
 
「私の場合は男の子もおいでよと言われて行くと、あら今年は全員女の子ねと」
と千里。
 
「千里最近少しは自分が最初から女の子していたこと認めるようになったな」
「まあだいぶバレたしね」
 
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3月4日(金)も似たような感じで1日過ごした。
 
5日(土)午前3時。桃香は寝ている。桃香は休日はお昼過ぎまで起きない。
 
それで千里はアパートを抜け出し、経堂のアパート近くに駐めているミラに乗って、用賀のアパート近くの駐車場まで行く。そこにアテンザが駐まっている。そこでアテンザを出庫してからミラを入れる。アテンザに乗って江戸川区内の駐車場まで走る。実はここが本来のアテンザを駐めている駐車場だが、今日はそこにはプラドが駐めてある。
 
実は2月29日の朝、矢鳴さんと一緒に秋田を出た後、千里と矢鳴さんで交代しながら運転して福島に移動したのだが、福島で千里は青葉が泊まっているホテルに行き、矢鳴さんにはそのままプラドを運転して東京に戻ってもらい、この駐車場に駐めてもらったのである。今回は矢鳴さんも25日から4日間連続で動いてもらった。お疲れ様である。
 
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千里はプラドを出してアテンザを枠に駐め、そのあとプラドを運転して大阪に向かった。《こうちゃん》と交代で運転し、10時頃、千里ICを降りる。近くのGSで満タンにした上で洗車もし、貴司のマンションの駐車場に入れた。オドメーターは2000kmを示している。このうち1600kmほどが今回の旅で使った距離である。トリップメーターはリセットしておく。
 
ハンディ掃除機と超強力粘着シートを使って車内をきれいに掃除する。特に長い髪の毛には気をつける。阿倍子さんに長い髪の毛を見られたら千里が乗ったことがバレバレである。それで千里は貴司の車を自分がマンション駐車場に入れた時はしっかりチェックしているし、貴司が入れた場合も女の眷属にチェックしてもらっている。
 
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千里は前席シートの裏側のポケットに阿倍子さんの読みかけの本があるのを取り出すとその本のページの間に1万円札を入れて戻した(先日貴司が583万円の所を数え間違って584万円千里に渡した分の返却である)。それからいったん外して荷室に置いていたベビーシートを後部座席にしっかりセットした。
 
そして先日矢鳴さんが貴司から預かった車とマンションの鍵、それに秋田で3月2日に買った金萬の1箱を助手席に置いてから車はロックせずにマンションを出た。このあと新幹線で東京に戻る予定である。
 

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その頃貴司は焦っていた。7日からまた合宿に入るので、阿倍子がその前に買い出しに付き合ってくれと言ったのである。ところがプラドは先週千里に貸したまま、どうも返却までに時間が掛かっているようだ。
 
車を友人に貸したことを阿倍子に説明したら、誰に貸したのかと追及されそうで、どうしようと思っていた時、ふと貴司は何かを感じて、窓の所に行った。すると遙か階下の地上で千里がこちらを見上げて手を振っていた。
 
それで貴司は
「うん。じゃ出かけようか」
と阿倍子に言うと、自分が京平を抱っこして部屋を出た。
 
地下の駐車場まで降りると、自分の駐車枠の所にちゃんとプラドが駐まっているのでホッとする。車はロックされていない。しかし助手席にキーが置いてあるので安心してそれを取った。京平を後部座席のベビーシートに寝せて自分は運転席に座る。阿倍子が京平の隣に乗る。それで車を出した。
 
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阿倍子はショッピングモールまで時間があるし、京平はスヤスヤ寝ているしで暇つぶしにポケットに入れていた本を取り出し先日の続きを読み始めた。少し読んでいる内に、ページの間に1万円札がはさまっているのに気づく。
 
きゃー!私ったらこんな所に1万円はさんでいたなんて。でも落としたりしなくて良かった。と思い、阿倍子は楽しい気分で1万円札を自分の財布に入れた。
 
 
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