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■春順(4)
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1月16日、青葉は高岡市内の私立大学のキャンパスに出かけて行き、指定された教室に行った。途中の電車でも何人かの友人に会ったが、教室に行くと、やはり数人、同じ高校の子がいる。青葉はその子たちと目が合ったら手を振って自分の受験番号の席に座った。
今日と明日はセンター試験である。
初日の午前中は「地歴・公民」で、青葉は日本史Bと「倫理、政治経済」を回答した。後期で受けるT大学では公民は他の科目を選択してもよいのだが、前期で受けるK大学は「倫理、政治経済」の指定なので、これで受ける必要がある。ただしK大学は一般入試ではセンター試験の地歴公民は2科目なのに、推薦入試では1科目で、この場合、先に回答した日本史Bの得点が使用される。青葉は日本史は大得意なので、この順序で回答した。
センター試験の科目選択というのは、しばしばパズルになる。
お弁当を食べた後、国語、そして英語となる。英語は1時間20分の筆記試験のあと1時間リスニングがある。
朝9:30から18:10までの長丁場で、ずっと集中していたため、青葉はくたくたになって家に帰った。
受験ってほんってに体力勝負だ!
これって体力の無い子はもう最後のリスニングは集中力が維持できないのではと思った。リスニングこそ最も集中力を必要とするのに!
メールで数人と連絡を取ると、空帆や徳代などは「ばっちし」と言っていた。ヒロミも「知り合いはいなかったものの、女子ばかりの教室で集中して試験を解くことができた」と言っていた。日香理も「今日の科目はだいたい満点近い点数を取ったと思う」と言っていた。彼女にしても徳代にしても難関大学を目指す子はセンター試験でかなりのハイスコアを取ることが要求される。
美由紀は「時間が足りなかった。えーん」などと言っていた。彼女は第1志望の金沢美大に行くためには相当のハイスコアが必要で、これは無理かなぁと青葉は内心思った。もっとも美大にしても第2志望のT大学芸術学部にしてもセンター試験を何とか乗り切れば、後は実技試験の勝負になる。
17日も朝から出て行く。午前中は理科基礎の試験が行われるので青葉は物理基礎と化学基礎で回答した。青葉の場合、生物基礎で受けてもいいのだが、物理基礎のほうが全問正解を狙えるので、敢えてそちらを選んだ。
その後50分間の休憩を経て、数IAを受ける。これはK大学・T大学ともに必須科目である。更にお昼休みを経て数IIBを受ける。このあたりも青葉は満点が狙える科目である。文系の学部で数学や理科にハイスコアを出すと、著しく有利になる。実を言うと青葉がいちばん自信が無かったのは国語である!
数IIBの試験が14:40で終わる。センター試験はこの後、更に理科発展科目の試験が行われるが、青葉はこれは受けずに帰宅する。
今日は昨日よりは体力的にかなりマシであった。
17日、試験会場から戻ると、青葉はまずは仮眠した。
そして夜中起き出すと、先日マリからうやむやの内に押しつけられてしまった『白兎開眼』の作曲作業を始めた。
先日からこの曲に関するイマジネーションはかなり膨らませていたので、夜中の集中しやすい時間帯を利用して、まずは手書きで五線紙にメロディーを綴ってみる。
うーん。。。。
なんか微妙だなあと思う。
それで青葉は母にちょっと声を掛けて、ヴィッツを運転し、近くの雨晴海岸まで出かけた。
ドアがロックされていることを確認の上、万一眠ってしまった場合に備えて毛布をかぶり、目をつむって瞑想する。夜中なので海岸の景色などは全く見えないものの波の音は聞こえる。そして天空に数体の龍が舞っているのも青葉は感じ取った。
龍っていつ見ても美しいよなあ、と思っていた時、唐突に1本の糸のようなメロディーの「端」を青葉はつかまえることができた。頭の中でそのメロディーの「続き」を追う。そのメロディーはまるで天空を舞う龍のように躍動した。
パッと目を開けた青葉は車内灯を付け、今「捉まえた」メロディーを大急ぎで忘れない内に五線紙に綴った。
何だか凄く元気な曲だ!
「よし!」
青葉はヒントを与えてくれた龍さんたちに「ありがとね」と声を掛けると車を自宅に戻した。
青葉は自宅に戻ると、車内で書いたアイデアのメモのような五線紙の譜面をあらためて曲の形にまとめあげていく。
だいたい青葉が雨晴海岸に行っていたのが夜中の1時から3時頃までであったが、青葉が曲の形に譜面をまとめあげたのは、もう朝6時である。冬子との電話連絡で、今回はCubaseに打ち込まなくても、手書き譜面のレベルでよいことになっている。それで青葉は起きてきて
「青葉、あんたずっと起きてたの?」
と声を掛けてきた母に
「私、今日学校休む」
と宣言して、カーテンを閉め、布団に入ってぐっすり眠った。
目が覚めたのは18日のお昼くらいである。母はもちろん会社に行っている。「学校には連絡しといたよ」というメモがテーブルに乗っていた。
冷蔵庫の中からあり合わせのものを出してきてお昼を食べる。
それから青葉は譜面の推敲を始めた。
自分で実際に歌ってみて、気になった所に訂正の書き込みを入れていく。それを結局夕方4時頃までやっていた。
「まあこんなものかな」
と思った所で青葉は譜面を再度きれいに清書した。
もう一度歌ってみて、少しだけまた修正する。
そして夕方6時に冬子のマンション宛てFAXで送った。
疲れたぁ!と思っていたら、母が帰宅した。
「お帰り〜。お母ちゃん、お疲れ様」
と青葉は言ったが
「あんたもお疲れ様」
と母は優しく声を掛けた。
その日の夜遅く、さて明日はちゃんと学校に行かないといけないし、もう寝ようと思っていたら東京の冬子(ケイ)から電話が掛かってくる。
「おはようございます」
「おはようございます」
と挨拶を交わす。
「青葉、忙しいのに作曲ありがとうね」
「いえ。センター試験が終わった後でしたから」
「試験の結果はいつ分かるんだっけ?」
「センター試験には合格とか不合格は無いです。私は推薦入試なので、このあと30日に面接を受けて、2月8日に合格発表です」
「それ青葉なら合格するよね?」
「合格できたらいいのですが、推薦で落ちたら一般入試を受け、それも落ちたら別の大学の後期試験を受けます」
「じゃ合格したという前提で2月28日のローズ+リリーのライブで龍笛を吹いてくれないかと思って」
「ローズ+リリーのライブがあるんですか?」
「うん。復興支援ライブなんだよ」
「ああ! でも随分早い日程ですね」
「11日が金曜日だから、その前の土日、3月5-6日にやるつもりだったんだよ。ところが、そのメンツの中にアクアが入っていてさ」
「あぁ・・・」
「アクアが入っていたらアクア目的のファンだけでチケットが買い占められてしまって、他の子のファンが全くチケット買えないじゃん。それでアクアは一週間前の28日に独立させることにした。しかしアクアだけを独立させたら、元々これって08年組のローズ+リリー、KARION、XANFUSが共同企画したものなのにと、私たちのファンからクレームが入る、と。それで巻き添えでローズ+リリーも独立」
「じゃ28日にアクアとローズ+リリーが出演するイベントをするんですか?」
「まさか。アクアのイベントとローズ+リリーのイベントを続けて行う。チケットは別」
「なるほど!」
「それで場所は今回は福島市内なんだけどね。例によって復興支援ライブで、売上を全て被災地に寄付するから、出演料が払えないだけじゃなくて、交通費・宿泊費・食費も、全て出演者の自腹になるんだけど」
「きゃー」
「だから、そういう無理が言える人、かつ経済的な余力のある人にしか声を掛けていない」
「なるほどー」
とは答えつつ青葉は少し悩んだ。
アクアが11月25日に発売したCDの印税が4月末(但し4月30日が土曜なので実際に入金するのは5月2日)に入るしなあと思う。入る金額はまだ集計結果をもらっていないが、恐らく1000万円を超す。それなら福島まで自腹で往復くらいしてもいいかと思った。でもその1000万円が入る前に入学金も授業料も払わないといけないし、あまりお金を使いたくないので福島までは高速バスで往復しようかなというのまで考える。
実は最近霊関係のお仕事はあまりしていない上に、先日の妖怪騒ぎとか愛奈のアパートの件のように、高額の費用が掛かったにも関わらず報酬を受け取れなかったものもあり、霊関係のお仕事がかなりの赤字になっている。現実問題として今青葉は貯金が100万円を切っているのである。
そこで青葉としては、その貯金から2月中旬に払わなければならない大学の入学金、4月末(こちらは4月29日まで)に払わなければならない前期授業料(合計約80万円)を払っておき、通学用の車に関してはアクアの印税が入るまで買えないので、4月いっぱいは朋子のヴィッツを貸してもらえないかと頼むつもりでいた。朋子は車を使わない場合、通勤に倍の時間が掛かってしまうのだが。
もっとも朋子は入学金とかは心配するなとは言っていた。しかしあまり負担を掛けたくないとも青葉は思っていた。
「でも万一K大学に落ちた時は、対応できないので、その場合は例えば千里姉とかには頼めないでしょうか?」
と青葉は冬子に言う。
「いや、実は青葉は受験中だからと思ったし、先に千里に照会したんだよ」
「わ、そうでしたか」
「そしたら、その日は秋田で試合があるらしいんだ」
「ありゃー」
「それで出演できないから青葉を推薦すると言われて」
「あはは」
「千里は青葉はもうその時点で合格を決めているはずだからと言っていた」
うむむ。それはちー姉の「期待」なのだろうか、それとも「神託」か何かなのだろうかと青葉はいぶかった。
「まあいいですよ。では合格していたら出演するということにさせてもらえませんか?」
「うん。それでいい。よろしく」
ところが冬子との電話を切ってすぐに今度は千里から電話が掛かってくる。
「夜分ごめんね」
と千里。
「大丈夫だよ」
と青葉。
「たぶん、冬と電話していると思ったから、それが終わったくらいのタイミングで電話してみた」
などと言っている。まあちー姉なら電話できるタイミングは分かるよね。
「それで福島のローズ+リリーのイベントの件だけど、青葉してくれる?」
「うん。行くよ。その時点で合格を決めていたら」
「青葉は大丈夫のはず。それでその旅費は私が出すから」
「それ助かる! 実は5月2日になるまでちょっとお金が無いんだよ」
「青葉のことだから、高速バスで0泊で往復するつもりじゃないかと思ってさ」
「実はそのつもりだった」
「そんなんじゃまともな演奏にならないよ。音楽って楽器が鳴るんじゃない。楽器というチャンネルを通して自分を奏鳴させるんだよ。だから自分の体調をしっかり管理することが大事」
「確かにそうかもね」
「だから体調を整えるためにもちゃんと新幹線で行って前泊しなよ」
「ちー姉がお金出してくれるならそうしようかな」
「青葉も進歩したね。昔なら私や桃香に言われてもヒッチハイクで行って野宿しようとしていたから」
「うーん。私も少しは常識的になってきたかも」
「でさ」
「うん」
「このことを現地で冬子に言っておくといいよ。私に言われて費用も出してもらったから体調を整えるために新幹線で来て前泊したって」
と千里は言った。
へー! 要するに私をダシに使って、冬子さんに体調管理について忠告しようというのか。まあいいけどね。冬子さん本当にいつもハードスケジュールだし、冬子さんに遠慮無く忠告できるのって、私やちー姉に和実、奈緒さん・若葉さんくらいだもん。氷川さんは会社の立場との板挟みになりやすいから思っても言えないことが多い。
「了解〜」
「あと大学の入学金も払わないといけないんでしょ?」
「そうなんだよ」
「その大学の入学金・授業料も私が出してあげるから」
「え〜!?」
「あと、通学用の車も買わないといけないよね?」
「あ、うん」
「車ってお店で買ってから諸手続が終わって実際に手にするまで結構時間がかかるよ。だから合格したらすぐにも買いに行った方がいい。その資金も私が200万円くらい貸しといてあげるからさ」
「それも助かるかも」
「アクアの分の印税が入ってから車の代金は返してもらえばいい」
「そうする」
「入学金・授業料の分は返さなくていい」
「ありがとう」
「じゃチケット取れたら、そちらに持たせるね」
「ありがとう」
と言って電話を切ってから、青葉は千里の最後の言葉が気になった。普通なら郵送するとか言うところを「持たせる」と千里は言った。それってちー姉の眷属さんが持って来てくれるんだったりして!?
入学金・授業料の問題については、翌日19日の夕方に朋子から言われた。
「青葉、あんたの大学の入学金・授業料なんだけどね。私も頑張って貯金してたから何とか払えるかなと思っていたんだけど、今日のお昼に桃香から電話が掛かってきてね」
「うん」
「桃香が入学金・初年度授業料は全部出してあげるから心配するなと言ってた」
「わあ」
,実際にはちー姉が自分が出すと言うとお母ちゃんが心理的に負荷を感じるので桃姉に頼んで、桃姉が自分の貯金で払うとお母ちゃんに言ったんだろうなと青葉は想像した。
「あの子もお金無いみたいなこと言っていたのに、あんたのために頑張って貯めていたんだね」
「桃姉って、前にも貯金して、ちー姉とお揃いの指輪を買っていたし」
「あ、そうだったよね!」
「あれ、エンゲージリングが80万円、マリッジリングが10万円×2で合計100万円使ったみたいだもん」
「よく貯めたもんだよね」
「国立大といってもけっこう初年度納入金は高いもんね〜」
「貧乏人には辛いよね。こんな設定だと、才能があるのに貧乏な人が大学に行けなくて、結局日本の国力が衰えてしまうと思うんだけどね」
と朋子は半ば憤慨するように言っていた。
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