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■春順(11)
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数日前。
千里は今月は2月20-22日の3日間、鹿児島市でレッドインパルスの試合があったので、それに同行した。今回はフラミンゴーズとの準々決勝3連戦であった。2勝1敗で準決勝(秋田)に進出。22日も鹿児島市内のホテルで泊まる。
23日(火)には鹿児島市内の中学校を訪問してバスケット教室を行った。このイベントには千里も33の真新しい番号を付けたレッドインパルスのユニフォームを付けて中学生たちを指導したが、模範演技で千里がスリーポイントサークルの外側からボールを正確に全く外さずに放り込むので、中学生たちから「プロって、わっぜぇ!」という声があがっていた。
(他に渡辺純子の美しいフォームでのランニング・シュートにも感嘆の声があがっていた)
「どうしてそんなに入るんですか?」
と中学生のバスケ部で補欠だという女の子から千里は訊かれた。
「ボールを離す直前までゴールの上辺付近をしっかり見て意識しておくことが大事だよ。シュートが入らない人って、途中まではゴール見てても、離す瞬間にそこを見てないんだよ」
と千里は語った。
夕方の便で帰るが、ここで千里は羽田行きに乗る他のメンバーと別れて、ひとり大阪行きの飛行機に乗った。
千里の「不倫」のことを知っている広川キャプテンが「あまりマスコミとかに知られない程度にしておけよ」とだけ言っていた。
千里は大阪空港に降り立つと、鹿児島遠征の荷物を、マンションで京平に付いてくれていた《すーちゃん》に持たせて新幹線で東京に帰ってもらった。桃香へのお土産もあったし、ユニフォームや下着を洗濯しておいてもらう。京平には代りに《てんちゃん》が付いた。
その後自分は地下鉄で移動して、大阪市内、いつものNホテルに入って2泊ということで泊まる。その日は千里も遠征の疲れを癒やすかのように、シャワーを浴びた後ふかふかのベッドでぐっすりと寝た。
翌24日、朝から貴司と会う。貴司はこの日は有休を取っている。朝はふつうに「行ってきます」と言ってマンションを出てきたものの、会社には行かずに市内某所で千里と落ち合った。
午前中、体育館で一緒にバスケ練習をして汗を流した。
そのあと一緒にNホテルに行き、まずはバスルームを使って交代で汗を流してから1階のレストランに降りて行き、いつものスペシャル・ランチを食べる。
「今日はシャンパンはよろしかったですか?」
と顔なじみのボーイに尋ねられるが
「ごめんなさい。今日はこの後運転するので、シャンパンはまた来月ね」
と答えた。
食事の後、近くの駐車場まで歩いて行く。貴司は今朝プラドで出てきてここに駐めていたのである。
「運転する?」
と貴司が訊くので
「運転する」
と答えて千里は運転席に座った。貴司が助手席に座る。
「どこ行こうか?」
「高速を走りたいね。青森あたりまで行く?」
「それはさすがに今日中に戻って来られない」
「じゃ近畿道方面に行くか」
「へー!」
それで千里は近くの阪神高速に乗った後、近畿道に入り南下する。松原JCTまで来た時
「偶数なら西名阪、奇数なら阪和」
と千里は言ってから車の時計を見る。13:31であった。
「奇数だから阪和に行くね」
と言って和歌山方面に進行する。
「面白い決め方だね」
と貴司が言う。
「2択の時はよくやるよ。概して積極的な選択は奇数、防衛的な選択は偶数」
「へー」
「性転換手術を受けることを決めた時も9が出た」
「ふーん」
「奇数で積極的選択だし、それにね」
「うん?」
「9は長陽で、陽は極まりて陰に変わるんだよ」
「あ、それ母ちゃんが言ってた」
「だからまさに男から女への性転換にふさわしい数字だったんだ」
「すごい。でもそれっていつのこと?」
「え?その数字を出したのは中学1年の時だけど」
「じゃ千里やはり中学1年の時に性転換したんだ?」
「想像に任せる」
「ふーん・・・」
千里はそのまま阪和道を南下し、和歌山ICで降りて加太の浜まで来た。
「きれいな所だね」
「左が沖の島、右が地の島。その向こうには淡路島がある。ここに沈む夕日、私大好きなのよ」
「へー。夕日まで見る?」
「今の時期はたぶん沖の島方面に落ちるんじゃないかな。日没は17:50だよ」
「じゃそれまでここに居よう」
「いいよ」
それでせっかくここまで来たならということで、千里が貴司を人形供養で有名な淡嶋神社に連れて行くと、大量に並んでいる人形に貴司は「ちょっとこれ怖い」と言っていた。
「別に動いたりしないから平気だよ」
「いや、これ夜中に来たら絶対動いてるよ」
「夜中に来なければいいんだよ」
ふたりは加太の浜に戻り、一軒の飲食店に入って、適当に飲み物や食べ物を注文しながらゆっくりと、おしゃべりで時を過ごした。むろんふたりの話題はバスケのことで、千里は楽しそうに試合の話や選手の評などをする貴司を微笑ましく感じていた。
やがて夕日が迫る。
ふたりは外に出てじっと太陽が沈むのを見ていた。
千里が言ったように太陽は沖の島方面に沈んでいった。
ふたりはそのままじっと西の空を見ていた。
そして自然にキスをした。
周囲に人目があるのでほんの3秒くらいで離れる。
「美しかった」
「きれいだよね」
それで帰りは貴司が運転する。コンビニで食料を仕入れた上で高速に乗り、車内で食べながら走行する。そして19時頃、豊中市内の貴司のチームの練習場のところに辿り着いた。
「じゃ車は私がマンションの駐車場に入れておくね」
「うん。じゃまた」
と言ってふたりはキスをして別れた。
千里は車をマンションに戻すと地下鉄でNホテルまで戻り、お部屋に入ってまたぐっすりと眠った。
翌朝、6時頃爽快に目が覚める。千里は身支度を調えてホテルをチェックアウト、新大阪駅に行って7:10の《のぞみ106号》に乗車した。
車内でも結構ぐっすりと寝て9:52頃、東京駅に到着する。本来の到着予定は9:43だったのだが、雪が降っていたので遅れたかなと千里は思った。
それで列車から降りたら、目の前にKARION御一行様が居る。
彼女たちは千里が乗ってきた列車が折り返し10:00発《のぞみ221号》になるのでそれに乗って京都まで行くらしい。
千里は「おはようございます」などと挨拶だけ交わして出札口方面に行くつもりだったのだが、美空が「まあまあまあ」などと言って引き留める。それで立ち話をしている内に美空や冬子たちの列車の発車時刻になってしまう。
千里は
「じゃ、私はこれで」
と言って立ち去ろうとしたのだが、美空が強引に千里を列車に乗せてしまった!
それで千里はせっかく東京に戻ってきたのに、また東海道を西進することになってしまった。
美空たちの目的地は奈良県の山の中にある温泉だという。相沢さんの実家が経営している所らしい。千里はそのあたりの話を聞いていて、これはどうも「介入」されているなと思った。
「誰か」が自分や冬子・美空たちの運命に介入して何かをさせようとしているのである。これはたいていは「親切」なことだと千里はこれまでの経験で感じとっていた。
結局、自分はどうもKARIONの4人と一緒にその温泉まで行かなければならないようである。それで千里は自分の専任ドライバーである矢鳴さんにメールを送った。
《関西方面で運転をお願いすることになりそうです。空振りになる可能性もあり悪いのですけど、明日朝から新幹線で大阪まで来て頂けませんか?》
すると矢鳴さんから
《雪が降っていて交通が遅れるかも知れないので、今日中に大阪に移動して、今日は大阪市内で1泊します》
という返事が返ってきた。
この人って結構先読み先読みしてくれるよなあと千里は思った。
この日25日は京都でお昼を食べた後、2台の車に分乗して奈良県のその温泉に向かう。そして雪がますます強くなってきていること、途中から雪道になってしまったことを見て、どうやら自分の勘は当たっているようだと思う。
26日(金)。千里は貴司が会社に出て行って朝の様々な書類の整理を済ませ少し時間が取れるかなと思われた10時頃、電話を掛けた。
「私急用で奈良に来ちゃったんだけど、明日までに秋田に行かないといけない用事があるのよ。プラド貸してもらえない?」
「秋田まで走るの?」
「うん。雪道になるけど、スタッドレス履いてたよね?」
「うん。ちゃんと履かせてる」
「貴司がまだ400kmくらいしか運転していないのにいきなり1600kmほど走っちゃうけど」
実際にはその400kmの内200kmが先日の和歌山市加太までの往復で、半分は千里が運転している。つまり本当に貴司が運転したのは300kmである。
「それは構わないよ。千里、プラドのキーもうちのマンションの合鍵も持ってたよね?」
「それが私が奈良に居るからお友達に取りに行かせたいのよ。矢鳴美里さんっていう30歳くらいの女性、貴司の会社に行かせていい?」
「うん。OKOK」
それで千里はホテルで待機していた矢鳴さんに電話し、貴司の会社に行ってマンションの鍵と車のキーを受け取り、プラドを運転して奥八川温泉まで来て欲しいと頼んだ。
「ちょっと目的があって車にはいつも毛布積んでいるから、美里さん休憩する時は、私たちが使っているものでも気にしなければ使って。一応先月一度洗濯したんだけど」
「はい。私はそういうの全く気にしませんので使わせてもらいます」
と彼女は答えた。
「あ、それとタコ焼きを4パックくらい買っておいてもらえません? お預けしている私の財布で」
千里は自分の財布のひとつを常に矢鳴さんに預けている。中身はだいたい数万円入っているようにして時々調整している。もっとも矢鳴さんはそれ以外にも会社から現地で急に現金が必要になった時のためにやはり数万円の現金と会社のカードを預かっている。
「はい。美空さんへのお土産ですか?」
「うーん。多分マリちゃんへのお土産になると思う」
「へー!」
実際に矢鳴さんが貴司の会社に行ったのが10時半頃で、鍵を受け取った彼女は千里が指定したお店(マリのお気に入りのお店)に行ってタコ焼きを4パック買った上で千里中央まで行き、マンションの鍵で中に入り、エレベータで地下2階の駐車場に行く。千里が伝えたナンバープレートのプラドを見つけて貴司から預かったキーでドアを開け乗車した。
千里から伝えられた場所に置いてあるリモコンで駐車場のシャッターを開けて外に出る。これがだいたい12時頃であった。
吹田ICから近畿道に乗り南下。いったん阪和道に入り、美原JCTで南阪奈道路に乗る。更に県道を走って五條市まで来た。
ふつうなら千里中央から五條市までは1時間半くらいで来るのだが、この日は雪が降っており、速度制限が掛かっていた。更に高速を降りた後、一般道に入ってから何カ所か工事のため片側通行になっている所があった。それでここまで3時間以上掛かってしまい、既に15時すぎである。長時間運転したので会社の規定に従い、スーパーの駐車場に駐めて車載の毛布をかぶって30分ほど仮眠した。そのあと軽食を取り、トイレも済ませてからT村に通じる国道に行こうとしたら道路が封鎖されている。
「どうかしました?」
と彼女は立っている警官に訊いた。
「どちらまで行かれます?」
「T村の八川という集落なんですが。大原の近くです」
「今この道は雪があまりにも積もりすぎて走行不能なんですよ。上田付近までなら何とかなるんですけどね。大原まで行くのなら明日にしてください」
「今日は無理ですか?」
「無理です。この状態で除雪作業すると事故が起きかねないので、明日朝からやりますから」
それで矢鳴さんは五條市内のコンビニにいったん車を駐め、千里にメールで状況を連絡した。
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