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■春順(8)

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2月4日(木)にK大学医学部推薦入試の「一次選考」(いわゆる足切り)の結果が発表され、ヒロミは合格していた。二次試験(面接)は2月8日に行われる。
 
2月5日(金)には明日香と世梨奈が受験したH大学の合格発表があり、2人とも合格していた。青葉は「おめでとう」と言って2人を祝福した。
 
2月8日(月)。
 
朝9時、美由紀が受験した金沢のG大学の合格発表が行われた。美由紀は合格していた。青葉や明日香は「おめでとう!」と言ったのだが、美由紀が悩んでいる風なので、青葉たちは顔を見合わせた。
 
その日青葉は6時間目が終わるとすぐに帰宅した。今日納車されるアクアを受け取るためである。ディーラーの人を待っている内に16:00になる。
 
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この時刻に青葉が受験したK大学法学類の推薦入試・合格発表が行われた。青葉はネットでK大学のサイトを参照して、自分の受験番号が合格者リストにあることを確認する。それから担任と教頭に「合格していました」というメールを取り敢えず送った。すぐに「おめでとう!」という返信があった。
 
16:30頃、ディーラーの人がやってくる。あはは、お母ちゃんが「ショッキングピンクだと言っていたけど、ほんとにそんな感じ。凄いインパクトじゃん!
 
『青葉は何でも物事を控えめ控えめにしようとする癖があるからこういう色はむしろ青葉のためには良い』
と後ろから《姫様》が言った。
 
それ、桃姉にもよく言われるよなあ、と青葉は思った。
 
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夕方朋子が帰宅するが、ヴィッツを駐めている駐車場と同じ所に新たに枠を借りた場所に駐めているアクアを見てきたという朋子は
 
「なんかほんとに凄い色だね」
と言った。
「お母ちゃん、ドライブでもしない?」
「じゃイオンにでも行って、青葉の合格祝いしよう」
「うん」
 
それで若葉マークを貼った新車のアクアを青葉が運転してイオンモールまで行き、駐車枠にとりあえず駐めたものの、通りがかる人がいちいちこちらを見て行く感じだ。うん。これインパクト凄い!
 
夕食時なのでどこも列ができているが少し待って「海天すし」に入る。それで各々好きなのを取って食べようということにするが、例によって青葉が安い皿ばかり取っているのを見て、朋子は中トロとかイクラとかを取って青葉の前に置く。
 
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「あんた、こういうのは全然改善されないね」
「ごめーん。貧乏性だから」
 
「でも青葉がうちに来てからまだ5年なんだね。私は何だかもう30年くらい、あんたと一緒にいる気がするよ」
「私まだ18歳だよ!」
「あんた、年齢も不詳だもんね」
「よく言われる。でも私も何だかずっと長いことお母ちゃんと一緒にいるような気がする」
 
「でもあんた最初から普通に女の子だったね」
「えへへ」
 
「私最近、自分が男の子だった頃のこと忘れてしまってる。私本当に男だったんだっけ?とか思ったりして」
「そりゃあんたは男の子だったことなんて無いんだから当然」
「そうかも」
 
「彪志君の勤務地はまだ分からないの?」
「うん。3月上旬になるまで分からないみたい」
「大学出たら、彪志君の勤務地に行って結婚しちゃいなよ。私のこと気にしてたら、いつまでも結婚できないよ。私はひとりでも何とかなるからさ」
 
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「そうだなあ。でも私、彪志の所に行くにしても、少し社会に出てお仕事してから結婚したい」
 
「青葉、とっくの昔に社会に出てお仕事してるじゃん」
「うーん。桃姉からそういう指摘をされたことはある」
 
「あんまり彪志君放置していると、他の女の子に取られるよ」
「それ、こないだから何度もちー姉から言われた」
 
「そのあたりが青葉、まだ恋愛というものの経験が浅いからかも知れないけど、愛ってね、確保できる時にしっかり確保してないと、大きな後悔をすることになるから。それはほんの1時間決断が遅れただけでも逃げて行ってしまうものなんだよ」
 
青葉は朋子の言葉を目を瞑って考えた。
 
「彪志が富山以外の勤務地になったら、私、毎月2回くらいアクアを走らせて会いに行こうかな」
「うん、頑張れ、頑張れ」
 
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青葉はK大学に合格したことから、T大学、△△△大学で事前面談をしてくれた先生に連絡し、行き先が決まってしまったので、そちらは受験しない旨、また今回は縁が無かったものの、色々親切にしてくれて感謝しているという旨いづれもメールで連絡した。どちらからも「そちらでお勉強頑張って下さい」というお返事をもらった。
 

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2月9日、青葉の所にまたまた相沢孝郎さんから電話が掛かってきた。
 
「会計監査の結果が出た。それで番頭夫妻には辞めてもらうことにした」
「これからがむしろ大変でしょうけど頑張って下さい」
 
「うん。それでさ、刑事告訴をするかどうかはまだ決めてないけど、穴を開けた金額を番頭夫妻の借金ということにしてやれ、とうちの祖母さんが言っているんだけど、どう思う? 長年旅館に貢献してきた人なんだからと言ってさ。まあ400-500万なら考えてもいいけど、5000万もあるんだよ。判明しただけで」
 
「天沢履の上爻変。これその番頭さん、たぶん経済的に破綻しかかってますよ」
「ああ、そうかも知れん気はした」
「たぶん個人的にどうにもならなくなって、会社の金に手を付けてしまったんですよ。本人に確認してみてください。たぶん破産寸前くらいではないでしょうか」
 
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「だとすると、これ借金ということにしてやったら、破産でチャラになるよね?」
「なります」
 
「じゃ、その対応は無しだな」
「天沢履というのは、道を行けということでもあるんです。先日も似た感じの卦が出ましたけど、やはり原則通りに行った方がいいです」
 
「ありがとう。それから、ちょっと個人的なことなんだけど」
「はい?」
 
「正直な所、俺はここに骨を埋める覚悟ができてきた。ここまで引っかき回しておいて、あとは誰かお願いって訳にはいかなくなった」
「上に立つ者の辛さですね、それって」
 
「まだちょっと∴∴ミュージックの社長と話し合わないといけないけどさ」
「ええ」
 
「でもそれ以上に困っているのがさ、女房のことで」
「はい?」
「女房がこんな山の中の何も無い所には住みたくないと言っている」
「あぁ・・・」
「いちばん近いショッピングモールまで車で2時間掛かる」
「東京に住み慣れた人には辛いですね」
 
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「どうしたもんかと思ってさ」
 
青葉はまた易を立てた。
 
「雷山小過の5爻変、沢山咸に之く。六五。密雲あれど雨ふらず。我が西郊よりす。公よくして彼の穴に在るを取る。象に曰く、密雲あれど雨ふらず、はなはだ上なればなり」
「え、えっと・・・」
 
「2時間掛かるといっても2時間あれば行けるんでしょ?」
「うん」
「奥様を買出係とかにして、毎日でもそこまで車で往復させればいいですよ」
「ほほぉ!」
「片道2時間、充分日帰り可能ですよ。東京あたりだと通勤に2時間なんてざらだし」
「言えてる言えてる」
「誰か他の人に運転してもらって寝ててもいいですし」
「まあ、それはあるな」
 
「それからですね」
「うん」
「沢山咸というのは愛情を意味するんです。奥様をたくさん愛してあげてください」
「・・・・」
 
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相沢さんはしばらく沈黙していた。
 
「考えてみる」
と少し照れたような声が返ってきた。
 
「はい、頑張ってください」
 

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電話を切ってから青葉は考えた。
 
「密雲あれど雨ふらず、はなはだ上なればなり」というのは、現代語でいえば「雲は厚いのに雨は降っていない。それはその雲より上に居るからである」ということである。
 
つまり、ちゃんと恵みを得られる場所に居ないことを表す。相沢さんの占断では、これを町から遠い山の上にいるからと読み、ちゃんと雨の降る場所(町)まで降りて行けば良いと読むと同時に、奥さんと睦みごとをして、愛情豊かにしてあげれば良いというのにも読んだ。
 
しかしそれって自分のことでもあるじゃんと青葉は思う。
 
自分は彪志を愛情飢餓の状態に置いてないか?と青葉は悩んだ。
 
また雨の降らない場所というのは、子供を産めない女である自分のことをも意味するようで青葉は自己嫌悪に陥ってしまった。
 
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「寝ようかな」
と小さい声でつぶやいた所に和実から電話が入る。
 
「はい」
「こないだから連絡しようと思っていたんだけど、何か最近忙しくて」
「そんな時あるよね」
「あ、そうだ、大学合格おめでとう」
「ありがとう」
 
「私なんか大学に合格した時、やった!これで春からは女の子生活できると思ったもんだけど、青葉は元々女の子生活してるから凄いよ。私も女子高生したかったなあ」
 
「和実、本当に男子高校生してたんだっけ?」
「うん。中学高校3年間は男子として通学してるよ」
 
「私の手元に、法隆寺の五重塔の前で和実が女子制服を着て並んで映っている集合写真があるんだけど。これ修学旅行の時のかなあ」
 
「嘘!?」
 
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「和実もいろいろ嘘ついてる気がするなあ」
 
「あ、そうそう。それで私の赤ちゃんのことなんだけど」
 
どうも和実も過去のことには触れられたくないようだ。
 
「経過はどう?」
「もう完全に安定期に入ったみたい。昨日も行ってエコー写真見て来たけど順調に育っている感じ」
 
「良かった良かった」
「でもエコー写真見てたら、代理母さんじゃなくて私自身が妊娠しているみたいな気がして」
 
「それは間違いなく和実自身が妊娠しているんだと思うよ」
 
青葉は和実の赤ちゃんの妊娠週数表をパソコンに表示させた。
 
「あ、明日は5ヶ月目の戌の日じゃん。和実、腹帯とかしてみたら?」
「それいいね! 明日買って来よう」
「うちのちー姉も何だか5ヶ月目の戌の日に腹帯してたよ」
「へー!」
「ちー姉も彼氏が奥さんとの間に子供作るのにけっこう協力したから、自分が妊娠している気分になって、そういうのつけてみたんだと思う」
 
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「私たちって、取り敢えず妊娠能力ないけど、そういう精神的なものって結構大事だよね」
と和実は言う。
 
「うん。それはいつも悩む所だけどね」
「私も赤ちゃん作れたんだからさ、きっと青葉も赤ちゃん作れるよ。覚えてる?初めてクロスロードの集まりを東京でした時、小夜子さんの叔母さんのビストロにみんな集まった時」
 
「うん」
「あの時、青葉、あそこに居た全員に子供ができると言ったじゃん」
 
「そんなこと言ったね」
と言って青葉も懐かしい気分になる。あれは実際には青葉の守護霊さんが言ったことばである。
 
「あの当時はまだ小夜子さんのお腹の中に、みなみちゃんが入っていただけで、子供のいる人はいなかった。あきらさんと小夜子さんの子供は3人に増えた。私も妊娠中だし、千里もあれ結局子供産んだんだよね?」
 
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「それ他の人には言わないで。まあ隠し子のようなものだし」
「ふむふむ。それでさ、政子と冬子の間の子供は時間の問題という気がするんだよね」
 
「たしか契約上28歳だかまでは子供作れないみたいよ」
「まあそうだろうね。桃香はたぶん2−3年以内に子供産むよね?」
「桃姉にOLなんか務まる訳ないと思うんだよね。だからそうなると思う」
 
「すると残りは青葉だけだよ」
 
青葉はドキっとした。
 
「私、青葉は絶対子供産めるって確信してるから」
 
青葉は少し考えた。
 
「本当に産めるかなあ」
「自信持ちなよ。青葉っていつも自己否定しちゃうからさ」
「それはいつもちー姉からも、冬子さんからも言われる」
 
「前にも言ったと思うけどさ。私は震災で色々頑張って人助けしたご褒美に神様から赤ちゃんもらえることになったみたい」
 
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「うん。それは最初から感じていた」
 
「震災のことについてなら、青葉は私よりもっとしている。だからきっと青葉もご褒美をもらえるんだよ」
 
青葉はまた考えた。
 
「そうなるといいなあ」
 
「そうなるって」
「うん。ありがとう」
 
和実との電話を終えた後、しばらく青葉は微笑んだまま余韻に浸っていた。
 
 
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