広告:放浪息子(3)-BEAM-COMIX-志村貴子
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■春順(15)

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「結局通学は何人かで相乗りして行くんだ?」
「うん。免許を持っているのは今の時点で私だけだから、当面はひとりで運転する。誰かが免許取ったら少し交替できる」
 
「充分仮眠を取って事故起こさないようにね。青葉っていつも寝不足状態にあるから。少しでも眠気が来たら脇に寄せて仮眠。事故起こして他の子を怪我でもさせたら大変だからね」
 
「うん。そうする」
「もちろんクールミントガムと缶コーヒーと化粧水スプレーは常備しておいて」
「化粧水スプレー?」
「100円ショップに売ってるよ。これが結構スッキリするんだ」
 
「へー。探しとこう。でもガムは結局クールミントガムがいちばん効くよね?」
「そうそう。眠気防止をうたっている少し高いのとかもあるけど、そんなのよりクールミントがいい」
 
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「私コーヒー飲み過ぎているのか、カフェインの強いガムは気持ち悪くなる」
と青葉は言う。
 
「ああ。私も。作曲とかしていると、ついついコーヒー飲むから」
と千里も言う。
 

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「でも青葉も女子高生を卒業して女子大生か」
「あっという間の3年間だった」
「中学は最初の何日かだけ女子中生したけど性別バレちゃっていったん男子中学生になっちゃったと言ってたね」
 
「そうなんだよねー。実は小学校の時も最初は女子児童だったんだけどなあ。結局最初から最後まで女子で通したのは幼稚園の時以来ということになる」
 
「理解のある幼稚園だったんだね」
「今思えばそんな気がする」
 
「青葉見て男だと思う人はいないから。私も最初に青葉を避難所で見かけた時、男の子の服着てるけど、本当に男なんだっけ?と思ったよ」
 
「いや、あの時は参った。あの時期はけっこうなしくずし的に校内で女子制服も着ていたんだけど、よりによって学生服着ている状態で被災したから」
 
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「でも青葉、私たちが行くまでの間、たぶん学生服を着たままで女子トイレ使ってたでしょ? 万一通報されたら全く言い訳できない状態で」
「そのあたりはノーコメント」
 

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途中で駅のカフェに移動しておしゃべりを続け、15:17の《やまびこ》に乗る。千里は別の車両なので別れてひとりで自分の席に行くと、彪志はスーツを着て座っていた。
 
「青葉、可愛い!」
と彪志は本人が少し照れるような顔で言う。
 
「彪志もスーツ着て来たんだ?」
と青葉は言う。
 
「いや、お姉さんに言われて。でも服装のことは青葉には言うなと言われてたから」
などと彪志は言っている。
 

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「そうだ。K大学合格、あらためておめでとう」
と彪志は言った。
 
「ありがとう。ここではイチャイチャできないけどキスくらいは受け付けるよ」
と青葉が言うので、彪志は周囲を見てから、さっと青葉の唇にキスした。
 
「それで、これお祝いにプレゼント。少し早めのホワイトデーも兼用で」
 
と言って彪志が青いジュエリーケースを出してくるので青葉はびっくりする。
 
「え!?」
「大丈夫、そんなに高いものじゃないから」
「うん」
 
それで受け取って開けて見ると、小さなエメラルドの指輪である。リングの材質は金、たぶん18金のようだ。
 
「わぁ・・・」
 
「ファッションリングということで。指輪のサイズは実はお母さんに電話して聞いた」
「あ、それで指のサイズ計られたのか!」
 
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「とりあえず合うかどうか、青葉ちょっとハメてみて」
「うん」
 
それで青葉はその指輪を右手薬指に填めた。
 
「大丈夫。OKだよ。少し余裕あるから、これ左手薬指にも填まると思う。ね。確かめてみたいから、ちょっとだけ目を瞑ってて」
「いいよ」
 
それで青葉は彪志が目を瞑っている間に指輪を左手薬指に移してみた。青葉は左利きなので左手の方が少し大きい。しかし指輪はこちらにもきれいに填まった。それを確認して、また指輪を右手薬指に戻す。
 
「ありがとう。ちゃんと填まったよ。もう目を開けていいよ」
「良かった良かった」
 
「じゃ、これは指輪の御礼に」
と言って今度は青葉が彪志の唇にさっとキスをした。
 
「いや、合格のお祝いに何あげようかと思ってさ。指輪を思いついたんだけど、そんなのあげてもいいものかと思って、実は素直にお母さんに電話して相談してみたんだよ」
 
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「へー!」
「青葉、インターハイではメダルに届かなかったから、今回は受験で頑張ったご褒美の金メダル代わりということにしたら、とお母さんが言うものだから」
「すごーい」
 
と言いつつ、青葉は考えていた。合格したら金メダルあげるって・・・えっとあれれ、確か桃姉かちー姉かどちらからか言われた気がする。もしかしたら、お母ちゃんからその話を聞いていたのかも知れないなと青葉は思った。そうか。金メダルのプレゼンターは彪志だったのか。うん。それは最高のプレゼンターだよ。
 
青葉はとても幸せな気分になった。
 

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仙台で《やまびこ》から《はやぶさ》に乗り継ぎ、16時半すぎに盛岡に到着した。彪志が電話連絡の上、駅で少し時間調整してから3人でタクシーに乗り、17時すぎに彪志の実家に入った。
 
実家では彪志の父・宗司がちょうど帰ってきたところでジャージに着替えて文月にお茶を入れてもらい、それを飲みながらテレビを見ていたようである。
 
彪志が自分で鍵を開けて「ただいま」と入って行くと、文月が、ややだれた感じで「あ、お帰りー。青葉ちゃんもいらっしゃーい」と言ったのだが、ふと見ると彪志がスーツ、青葉が振袖、千里が訪問着を着ている。それで文月は
 
「きゃー。私、こんな格好!」
と言って奥の部屋に走り込んでしまう。
 
それでジャージ姿のお父さんが
「いや、遠い所いらっしゃい」
と言って3人をあげ、お茶を入れてくれた。ほどなくお母さんがビジネススーツを着て出てきた。
 
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「青葉の家族の葬儀の時にはお目に掛かりましたが、その後。全然ご挨拶とかにも来てなくて申し訳ありませんでした」
と千里が彪志の両親に謝る。
 
「いえ、こちらの方こそ、一度富山までご挨拶に行かなければと思っていたのですが」
とお父さん。
 
「それと平日に押しかけてしまった失礼をお詫びします」
「いや、ちょうど日曜日に青葉ちゃんが福島の音楽のイベントに参加したんでしょ?そういうイベントの前に来る訳にもいかないし、仕方ないよね」
とお母さんが言ってくれた。
 
「そうそう。これ、うちの母から言付かったお土産です」
と言って、青葉は辻口博啓さんのお店の洋菓子を出した。
 
「これNHKの『まれ』にも関わっていた人よね?」
とお母さんが言う。
 
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「ええ。監修をなさったようですね。能登半島は『まれ』ブームで結構あの時期観光客も増えたみたいですよ」
と青葉。
「何か物語の筋は、いつもの朝の連続テレビ小説だなあとは思ったけどね」
「私も思いました!」
 

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「こちらはついでですが。私、今日は秋田から来たものですから」
と言って千里が金萬を出す。
 
「あ、これ私好きー」
とお母さんが言う。取り敢えずご機嫌は良いようである。
 
「お姉さんはお仕事だったんですか?」
と文月が訊く。
 
「そうなんですよ。ちょうどこの子がこちらを訪問するのとタイミングが合うみたいと思ったので、一緒に寄せて頂きました。青葉は置いて私は今日帰りますので、あとはよろしくお願いします」
 
「うん。OKOK。私は青葉ちゃんはもううちのお嫁さんのようなものと思っているから」
と笑顔で文月は言っている。
 
こないだそれを妨害しようとしたくせによく言うよ、と彪志は内心思いながら聞いていた。
 
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「でも何のお仕事なさっているんですか?」
と母。
 
「バスケット選手なんですよ。実は秋田で試合があったんです」
と言って千里は名刺を出した。
 
へー!この名刺は初めて見た!と青葉は思った。
 
《舞通レッドインパルス 選手・村山千里》
 
と印刷されており、チームのエンブレムも大きく入っている。
 
「わっ、舞通に所属なさっているんですか」
と文月が驚いたように言いながら名刺を受け取る。
 
まあレッドインパルスなんてチーム名は知らなくても大企業の舞通は知っているであろう。
 
「はい。正式には4月からなんですけどね。今年度は趣味のクラブチームで活動していたのですが、スカウトされて移籍するんですよ」
 
「それは凄い」
「もう1月以降はチームに同行して、練習相手兼応援をしているんでけどね」
 
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「なるほどですね」
 
「お母ちゃん、千里お姉さんは、お正月の皇后杯でスリーポイント女王とベストファイブになってるから」
と彪志がコメントする。
 
「そんなに凄い選手なんだ!」
「去年アジア選手権でも優勝したしね。オリンピックにも出るでしょ?」
「まあ何とか出場権を獲得しましたけど、オリンピックにも出してもらえるかはこれからの鍛錬次第ですけどね」
 
「すごーい!オリンピックに出るような選手なんだ!」
 
青葉はそういう会話を聞いていて、今回千里姉は、青葉自身の「商品価値」を高めるために付いてきてくれたんだなというのを感じていた。
 

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そのあたりまで話した所で文月は青葉の右手薬指のエメラルドの指輪に気づく。
 
「あら、きれいな指輪」
「彪志さんから先ほど頂きました」
「へー」
「うん。大学の合格祝いにあげた」
「あんたにしては気の利いたものをあげたね」
 
「青葉、正式に婚約する時は今度は、今空いている左手の薬指用にダイヤのプラチナリングをあげるから」
と彪志は言う。
 
青葉は返事をせずに微笑んで唇に左手の指を当て、少しうつむくようにした。その仕草がすごく可愛いと彪志は思った。が実は父親の宗司まで可愛い!と思ってしまった。文月は一瞬ピクッとしたものの
 
「まあお金を貯めてからね」
と笑顔で言った。
 

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文月は、自宅で焼きそばでもしようと思っていたようであるが、青葉の振袖のインパクトで、どこか外に出て食事でもしようということになる。
 
結局盛岡市内の割烹に出かける。そこの支払いは「突然押しかけてしまったので」と言って千里がしていた。千里はその夕食まで一緒にしたあと、また明日秋田で試合があるのでと言って帰っていった。
 

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青葉はその夜は2階の彪志の部屋で一緒に寝た。翌朝は朝早く目を覚ます。文月が起きて朝御飯の準備を始めたなというのを感じ取って下に降りて行き、「お母さん手伝いますね」と言って朝御飯を一緒に作った。
 
「青葉ちゃん、前から思ってたけど料理の手際がいいね」
と文月は褒めてくれる。
 
「今のおうちに来てから習ったんですよ」
「そんなこと言ってたね」
 
「大船渡時代は親にネグレクトされてたから、料理とかも習ってないのを自分が食べる分だけ作るのに最低限のことだけ覚えてたから、お魚とかもおろせなかったし、揚げ物なんてしたことなかったし」
 
「いや、それは普通の女の子でもできない子が多い」
 
「私、常識とかも無いし、あまりいい娘じゃないかも知れないけど、彪志さんのために頑張りますね」
 
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「うん。私も青葉ちゃんのことは好きだよ」
と言って文月は微笑んだ。
 

「私、基本的にはクライアントのこと話してはいけないんだけど、今凄い人気の男の子アイドル、アクアのセッションとかしているんですけどね」
 
「へー!」
 
「あの子、2歳の時に両親を交通事故で亡くしているんですよ」
「あらぁ」
「そのあとお友達の所に里子として預けられて、そこのお父さんも今度は崖から転落して亡くなって」
「きゃー」
 
「それで偶然知り合って仲良くなった今のお父さん・お母さんの所に来たんですけどね。今の御両親は実は医学的に子供が作れないんですよ」
「わぁ」
 
「それでかえって、アクアちゃんを本当に可愛がって育てたみたいで。あの子、すごくほんわりした柔らかい性格なのは、今の御両親の愛をたっぷり受けて育ったからなんでしょうね」
 
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「へー。何かちょっと見るとちゃらちゃらしてるみたいに見えるけど、若いのに苦労しているんだね」
 
「芸能界にいる人には、けっこう家庭的に恵まれていない人って多いみたい」
 
「それは聞くね」
 
「まあ今日の話は内緒ということで」
「うん」
と文月は明るく言った。
 

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