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(C)Eriko Kawaguchi 2016-03-19
青葉は12月初旬に受験予定の△△△大学・K大学・T大学から「願書提出前に1度会っておきたい」と言われ、事実上の事前面談を受けた。これは事前に青葉の性別問題で、各大学および大学入試センターに照会した所、全てから「女生徒として在籍しているのであれば、願書の性別は女でよい」という回答があったものの、実際には大学側では「どの程度女なのか」を確認しておきたかったためではないかと、青葉や教頭先生は想像した。
ところが、青葉同様に実質女生徒をしている理数科の呉羽ヒロミはそのような「事前面談」は受けていないと言い、更に聞いてみると、センター試験の願書もK大学の推薦入試の願書も、戸籍通りでないとまずいかなと思い『呉羽大政・男』で出したという。
しかし彼女の生徒手帳は『呉羽ヒロミ・女』になっている。その問題について青葉は自分の担任・音頭先生に相談した。
「それまずいかも知れないね」
と先生は言い、教頭先生に相談する。教頭先生は理数科・担任の松原先生を呼んで更に話し合った。
「え?戸籍通りはまずかったですか?」
と先生は逆に驚いていた。
「だってその名前では試験会場で揉めるよ。彼女が持っている生徒手帳が戸籍と名前も性別も違うから」
「あ、そうか。しまった!」
彼女のようなケースが初めてだったので、先生もその問題に今まで気づかなかったのだろう。
そこでヒロミ本人も職員室に呼んだ上で、教頭先生がセンター試験を管轄している大学入試センターに問い合わせた所、試験会場をそもそも男女で分けているので、本人が実質女子であるのなら、至急訂正届けを出してくれと言われた。またできたらこの電話をもって会場割当ての変更をしたいというので、こちらも承諾した。
それでヒロミは「呉羽ヒロミ・女」でセンター試験の訂正届を書き、すぐに学校の封筒に入れて投函した。
また教頭先生はヒロミが受験を予定しているK大学の医学類、T大学の医学部にも連絡を取った。するとどちらからもまず「通称の使用は問題無い」とした上で「高校に女生徒として在籍しているのであれば女子学生として受け入れるのは構わないが事前に一度本人と会いたい」と言われた。
それでもう年末もギリギリになってヒロミは12月21日にK大学、22日にT大学まで行って事前面談を受けてきた。これには教頭先生が自ら付き添って行った。青葉はしっかりしているので1人で行かせたものの、ヒロミは1人では不安だと教頭も感じたのであろう。
その結果、どちらの大学も「『既に性転換手術まで受けておられるのなら』女子学生として受け入れるのは全く問題無いので、願書は高校の生徒手帳に記載されているのと同じ、呉羽ヒロミ・女で提出してください」と言ってくれた。
また既に提出済みのK大学の推薦入試の願書に関しては、その場で「呉羽ヒロミ・女」に受験生のデータベースを書き換え、新しい受験票を発行してくれた。
性転換手術の問題はヒロミが面談で「既に手術して女の身体になっています」と言ったら、付いていた教頭先生も内心驚いていたようであったらしいが、ヒロミがそう明言したのは、青葉が事前にヒロミにそう言えとアドバイスしていたからである。確かに手術まで済んでいるのと、肉体的にはまだ男であるのとでは、向こうの対応もかなり変わるはずである。
実際にはヒロミは性転換手術など受けていないのだが、青葉の「親切心」と「好奇心」の『犠牲』になって、彼女は起きていて意識が明確な時は女の身体なのに、眠っている時や眠り掛けや起き抜けで意識が朦朧としている時は男の身体になっている(実際朝立ちもするらしい)という、面倒な状態にある。このことはクロスロードの集まりで、冬子の友人で医学生の奈緒が確認してくれた。
青葉たちの学校の授業はいったん12月24日(木)の終業式で終わったものの、高校3年生は補習がある。今年の補習は12月25-29日と1月2-4日の8日間あり、更にその後1月5-6日はセンター模擬試験を受けることになっていた。3学期の始業式は1月8日(金)である。つまり実質休みは12月30日〜1月1日と7日しか無い。
その12月30日には桃香が帰省してきた。桃香は「千里はソフト会社の仕事で年の瀬も正月も無いらしい」などと言っていたが、青葉は千里が大晦日には安中榛名でローズ+リリーのカウントダウンライブに出て、正月には東京でオールジャパンに出るのを知っている。
実際には千里のチームは1月1日の1回戦から4日の準々決勝まで勝ち上がったのを青葉はバスケット協会のサイトで見ていた。準決勝は1週間おいて9日(土)に行われる。
12月30日の夕方、桃香と朋子がお正月の買物に出ている間、青葉はずっと2階の自室で問題集を解いていたのだが、そこに東京の政子(マリ)から電話がある。うーん。何かまた面倒なこと押しつけられなければいいけどなあと思いながら取る。
「おはようございます、政子さん」
「おっはよー。大宮万葉さん」
大宮万葉というのは政子が勝手に付けてしまった青葉の作曲者名である。それで青葉は『ああ・・・何か曲を付けてくれということかな』と想像が付き、今は忙しいので無理ですと断る態勢になる。ところがマリはいきなり青葉に訊いてきた。
「ねね。因幡の白兎って、どうして皮を剥がれたのに、死なずに生きてたのかなあ。普通なら死ぬよね?」
「え?」
青葉は唐突に思わぬことを訊かれて戸惑う。
「えっと、そうですね。太い血管を傷つけずに表面の皮だけじょうずに剥げば即死はしないかも。実際中国には昔、皮剥ぎの刑があったらしいですが、執行された人は1日くらい苦しみ続けてから絶命していたそうですから」
「へー、凄い!でもそうきれいに皮を剥がせるものなの?」
「そうですね。人間や動物の皮剥ぎは見たことないですが、私、性転換手術の時にお医者さんがおちんちんの皮をきれいに剥ぐの見ましたよ。剥いだ皮を女性器の材料にして中身は捨てるので」
「ああ、なるほど〜。そのビデオは私も見たことある。何か楽しそうだったね」
楽しいのか!?
「私も一度おちんちんの皮を剥いでみたいなぁ」
などと政子は言っている。うーん。マリさんって、やはりどこか壊れているよなあ、と青葉は思う。
「でも人間や兎がまるごと皮を剥がれたら、やはりいつかは死ぬよね?」
「丈夫な人でも2〜3日で死ぬと思いますよ」
「だったら、剥がされそうになったら逆襲しないといけないよね?」
と政子は訊く。
「そうですね。死にたくなかったら必死に戦うべきですね」
と青葉は答えた。
「やはり戦わなくちゃね。じゃ、FAX送るからよろしく」
と政子。
「は!?」
「期限はセンター試験が終わった後の1月20日まででいいから」
「え!?」
「じゃ、またね〜」
と言って政子は電話を切ってしまった。
それで青葉が1階に降りて行くと、家電のFAXに政子の書いた『白兎開眼』という詩が送られて来ていた。岡崎天音名義である。つまりローズ+リリーではなく、たぶんKARIONか誰かに提供する曲なのだろう。詩を読んでみる。
洪水で沖の島に流されてしまった白兎が、陸地に戻るのに、ワニを欺して1列に並ばせる。そしてワニたちの上を歩いて岸まで行こうとする。ところがその嘘が途中でバレてしまいワニは怒って白兎の皮を剥こうとする。それで剥がされてはなるものかと、白兎は開眼しスーパー・パワーアップ・ホワイトラビットになりワニと必死で戦う。
バトルを表す擬音がバシャパタ・ズダーン、グリチャリ・ドキュバンッ、などと並んでいる。ここは16分音符の連続だよな。早口言葉的に歌ってもらわないとなどと考える。この部分にうまく曲を付けると本当に楽しい曲になるぞ、と青葉は思った。
そして最後は「ワニ皮のハンドバッグって素敵ね」という白兎のセリフで終わっている!?
いいのか〜〜〜!?
と考えていた時、青葉はハッとした。
でもでも・・・・
私、曲付けますって同意したっけ!???
大晦日の日も青葉は晩御飯を食べた後、自室で勉強していたが、23時過ぎてから「年越し蕎麦を食べよう」と言われて居間に出ていく。そばを入れた丼が4つ並んでいる。
「4つ?」
「うん。ひとつは千里の陰膳だ」
「へー!」
ちー姉は今たぶん安中榛名の特設ステージでキーボードを弾くか龍笛を吹いているんだろうなと思いながら、青葉はお蕎麦を食べた。千里の陰膳は結局桃香が「代理」と言って食べていた。
スポーツしているちー姉がたくさん食べても太らないのは分かるけど、桃姉もけっこう食べる(本人は男に負けない食欲と言っている)のに、そんなに太くないのは、どこで消費しているのだろう?と青葉はふと思った。
やがて0時の時報が鳴り、2016年の新年になる。
「明けましておめでとう」
と言い合う。
「青葉も正月くらいいいだろ?」
と桃香が言って、日本酒を3つのグラスに注いだ。青葉もまあいいかなと思ったので、あらためて「明けましておめでとう」と言ってグラスをチンと言わせる。
「おとそ代わりね」
と桃香は言っている。
青葉は一口飲んだが、何だかフルーティーな香りが口の中に広がる。これ美味しいじゃん!
けっこう行けるかなと思って2口、3口と飲んでいる内、いきなり頭がくらっとする。
うっ・・・
と思った所で母が
「そこでやめときなさい」
と言って停めてくれた。
グラスに残った分は桃香が飲んでくれた。
「いや、今酔いそうになったけど、美味しかった」
と青葉は言う。
「これ例のお酒だっけ?」
「そうそう」
先日のJ市の妖怪騒ぎとクラクション事件の解決御礼にと言って年末に水城さんがわざわざこちらまで持って来てくれたのである。今回は一升瓶のセットで、大吟醸2本と清酒・生酒1本ずつであったが、今出したのは大吟醸らしい。
「正月の間にこの開けた奴は飲んでしまうと思うから生酒1本持ち帰ろうかな。残りの2本は次私か千里がこちらに戻って来た時に持ち帰るよ」
などと桃香は言っている。
「次はいつ帰ってくる?」
「うーん。ゴールデンウィークかなあ」
「だったら、桃姉、もしかしたら私が次東京に行く時に持って行けるかも」
「あ、だったら頼む」
「未成年がお酒とか持ってて、大丈夫?」
「私だいたい大人びて見えるから多分大丈夫」
「なるほど」
元旦に起きてからは、お雑煮を食べ、朋子が「お年玉」と言って、青葉、桃香、千里にポチ袋を配る。
「千里ちゃんのは桃香、渡しといてね」
「うん。預かる」
「今年は桃姉がお母ちゃんにお年玉渡すのかと思った」
と青葉が言うと
「いやー、お金が無くて」
などと桃香は言っている。
桃香は目の前にあるお金は全部使ってしまうタイプだから貯金とかもできないだろうなと青葉は思う。例の千里とお揃いのマリッジリング?を買ったお金は大学1〜2年の頃に友人(と言っていたが多分恋人)の女の子に勧められて買った株が意外に値上がりして、それを売却した資金を使ったらしい。
「まあ私がまだ現役の内はいいよ。年金暮らしになったら娘3人に期待しておこう」
と朋子は言っていた。
そのあと初詣に行くが、桃香が「私はお酒飲んじゃったし」と言って青葉に「運転してよ」と言う。青葉も、もう無免許じゃないしと思い、母のヴィッツを運転して近くの神社まで行き、お参りをした。
おみくじを引くと学業は「成る。気を引き締めよ」とあり、縁談は「よし。大事にせよ」とあった。勉強は油断するなということ、そして彪志とのことは、彼との絆を大事にするように行動しないといけないなと思った。どこかで彪志の実家にも顔を出しておきたいな。
桃香のおみくじは「金運、悪し」「縁談、悪し」「売買、悪し」となっていた。ところがそれでも「末吉」なので
「なぜこれが吉なんだ〜〜!?」
と桃香は言う。
「まあ末吉って、実際には軽い凶だよね」
と朋子は言っている。朋子のおみくじは中吉で全体的にまあまあの雰囲気の内容になっている。
ただ桃香のおみくじで「お産」だけば「すこやかなり」となっていて良好なようである。
「ふーん。赤ちゃん産むのは吉なのか。赤ちゃん産んじゃおうかなあ」
などと桃香は言っていた。
この日(1月1日)、千里の40 minutesは九州代表の大学生チームに勝ったので「おめでとう」のメールを青葉は送っておいた。夕方、桃香と千里は電話で15分ほど話していたが、バスケットの話題は出ていない雰囲気だった。
やはり、ちー姉はオールジャパンのことを桃姉には言わないんだ?などと思う。千里はどうも昨年アジア選手権で優勝してオリンピック出場権を獲得したことも桃香に言っていないようである。ユニバーシアードは「補欠で繰り上げ出場した」と言っているようなのだが。その後のオーストラリア・ニュージーランド合宿や中国遠征もフル代表の活動であることは言っていないようで、桃香はU24(24歳以下世代)の強化活動の一環と思っているようだ。
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