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■春順(10)
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2月15日(月)、青葉が夕方自宅で勉強していると、確定申告の作業をお願いしていた税理士さんから電話が掛かってきた。
「あ、どうもお世話になります」
「川上さんの今年の確定申告の書類、一応作成はしたのですけど」
「何か問題がありました?」
「2月計上の490万円(黄金の琵琶)と11月計上の4078万円(アクアの曲)が大きくて他に槇原愛分もかなりありますし、経費を引いても所得額が4400万円ほどになりまして、これ税金の追納もかなり発生するのですが大丈夫ですか?」
「あらぁ、追納になります?どのくらいですか?」
「現在の計算では1060万円ほどなのですが」
「え〜〜〜〜!?」
と青葉は驚きの声をあげる。
「でもでも、印税って源泉徴収されてますよね?」
と青葉は焦って質問する。
「源泉徴収は100万円以下の支払いに対して10.21%、100万円を越える場合はその越えた部分に対して20.42%なのですが、川上さんの2015年の所得は4000万円を超えているので税率が45%の適用になるんです。もう少しうまく経費を発生させておけば良かったのですが。ですから差額を支払う必要が出てきます」
うっそー〜〜!!
昨年は必要経費を差し引き、青色申告控除を引くと所得はだいたい100万円以下だったので税率は5%だった。それで確定申告では印税の源泉徴収されていた分がほとんど還付されたのである。それで青葉は今年も数十万円、ひょっとしたら100万円くらい戻ってくると思い込んでいた。
「えっと、それいつまでに払わないといけないんでしたっけ?」
「3月15日です。一応半額以上納付すれば、残りは5月までは待ってもらえます」
「ちょっと姉に相談します」
「はい」
それで青葉は素直に千里に電話した。
「ごめーん、ちー姉。お金貸してくれない? 実は所得税が払えなくて」
「ああ。税金は発生した収入に対して掛かるけど、お金は後から入ってくるもんね〜。いくら?」
「3月15日までに1060万円、払わないといけないんだけど」
「んじゃ取り敢えず1200万円ほど明日青葉の口座に振り込んでおくよ。印税が入ってから返して。もし足りなかったらまた言って」
「ごめーん」
しかし千里は最後に青葉にトドメの言葉を言った。
「確定申告で納付するのは国税だけど、それ以外に住民税も払わないといけないからね。国税がそれ2000万くらいでしょ?もっと節税しておけば良かったのに。それなら住民税も600万くらいあるよ」
「ひぇーーー!!!」
青葉との電話を切った千里はチームメイトの乃愛から訊かれた。
「妹さん?」
「そうそう、女子高校生の妹。お金を貸してくれっていうから明日振り込んであげることにした」
「女子高校生の妹と言わなくても、男子高校生の妹とか女子高校生の弟はいない気がする」
「いや最近はいろんな人がいるし」
「でもいくら?」
「1100万円欲しいというから余裕見て1200万円振り込んであげる」
「景気のいい話だね」
「何か最近物価が高くて、鉛筆1本1万円とかするらしいし」
「なるほどー。すごいインフレだね」
と言って乃愛は笑っていた。
2月24日(水)、アクアの4枚目のシングルが発売されたが、予約だけで100万枚を越えてしまったようであった。
青葉はその売上のニュースを見て税金のことで頭が痛くなった。これって年度末に急に大きな収入が発生した場合(今回の自分だ!)や、昨年までは売れていたのに今年は全く売れなかった、あるいは引退したなどという「変動」があった時は、物凄く辛いぞ、と青葉は思う。
ちー姉も高校生の頃、こういうのでかなり苦労したのではという気もした。節税しろって言ってたけど、どんなことすればいいんだっけ? 今度ちー姉に会った時に聞いた方がいいなと青葉は思った。
さて、今回のシングルの楽曲は、2枚目のシングルと同様に、マリ&ケイと東郷誠一さんの作品(本当に書いたのは青葉)が1曲ずつである。発売日にはアクアがコスモス社長、三田原彬子課長と一緒に記者会見し、エレメントガードの生演奏に合わせてアクアが生歌を披露し、例によって記者会見場に入りきれないくらい押し寄せた記者たちから歓声があがっていた。
アクアの曲のこと、また今後の活動のことなどについて多数の質問が出た後でひとりの記者がこんなことを質問した。
「アクアさんは結局三田原さんがご担当なさるんでしょうか?」
実はアクアの発売記者会見で、レコード会社側からは1回目は氷川さん、2回目は北川さんが出て、3度目が富永さん、アルバムの発表の時は福本さんだったが、今回は三田原さんである。ただし三田原さんは1月に★★レコードから分離された、事実上アクアのためのレーベルでは?と巷では噂されたTKRに移籍し、課長の肩書きになっている(★★レコード時代は係長だった)。
「はい。実は昨年の秋から私を中心にした体制で動いておりました。私も他のアーティストも抱えていたので、記者会見などは他の人に出てもらったりしていたのですが、それを年末までに他の人に引き継ぎ、1月から私はアクア君の専任になっています」
と三田原さんは言う。
「三田原さんって、性別を変更なさっていますよね?」
「そうです。ラララグーンを担当していた頃は男だったのだすが、ちょっと海外旅行してきたら女になってしまいました」
と三田原さんは失礼な質問にも笑顔で答える。
「性別を変更した三田原さんが担当なさるというのは、アクアさんが性別変更したいと思った時も、立派な女性に成長できるように指導できるということは?」
「そうですね。私が指導していれば、変な道に迷い込んで彼が自分の性別を見失うこともなく、気の迷いで性転換しちゃうようなこともなく、その内立派な男性に成長すると思いますよ」
と三田原さんは顔色ひとつ変えずに笑顔で言った。しかしここで三田原さんは唐突に
「それともアクア君、おっぱいくらい作っちゃう?」
などとアクアに投げる。するとアクアは
「僕は男の子なので、別におっぱいは要りません」
と困ったような顔をして、おなじみのボーイソプラノで答えた。
「アクアさん、今週末のライブではミニスカを穿くのではという噂があるのですが」
という質問に対して、アクアは何か言おうとしたが、コスモスがそれを遮って代わりに回答する。
「アクアは別にミニスカくらい平気で穿きますけど、アクアのライブでの可愛い衣装は、当日来てくださった方だけがおがめるということで」
とコスモスは笑顔で言う。しかしアクアは
「社長、僕セーラー服や振袖は平気ですけど、さすがの僕でもミニスカ穿くのは恥ずかしいです」
と言って、記者会見場には苦笑が漏れていた。
このコスモスとアクアの曖昧なやりとりは、ネットでは「やはりミニスカ穿くのでは?」という噂となって拡散したし、アクア・ファンの女の子たちは「アクア様のミニスカ姿見たーい」と書き込んでいた。
2月25-26日、国立大学の前期の一般入試が行われた。
ヒロミは金沢のK大学医学類、美由紀は富山のT大学の芸術学部、美津穂は同じT大学の人文学部、日香理は東京外大、空帆は東京工大(ヒロミ同様に推薦は落ちて一般入試での再挑戦)、徳代は東大文一、紡希は京大文学部(立命館には既に合格している)、をそれぞれ受験した。
そして青葉は27日の夕方の新幹線で大宮乗り継ぎで福島に入ることにしていた。
25日の夜中から雪が降っていたが、26日の日中降り方はどんどん酷くなってきて青葉はこれ新幹線停まらないよな?とヒヤヒヤであった。26日の夕方、ニュース関係をチェックしていたら、道路はあちこちで不通箇所が出ているようである。石川・富山地域でもかなり通行止めになっている区間がある。
それで情報を集めていたら「KARION雪に閉じ込められる」というのが出ているので「へ?」と思う。検索してみると、奈良県のローカルニュースの映像が動画投稿サイトにあるので、再生してみる。
すると奈良県の奥八川温泉という所にKARIONの4人が来ていて、今この村の付近に通じる国道が通行止めになっているということらしい。
これ相沢さんの旅館があるとこじゃんと思う。きっと彼女たちはそれでそこに行っていたんだ。でも冬子さんライブの直前になぜそんな所に行く?
ただ国道の除雪作業は明日の朝にも行われるということであったので青葉はホッとした。しかし青葉はその動画の先頭部分に一瞬映っていた人影がどうも気になった。
それで再度再生してみる。
これ・・・・ちー姉じゃん!?
ちー姉も2月27日と28日に秋田で試合があるとか言ってなかった?こんな所に居ていいの?
そもそも何でちー姉がKARIONと一緒に奈良県の温泉に居るのさ?
それで青葉は千里に電話してみた。
「ちー姉、まさか今奈良なの?」
「あ、もしかしてテレビ見た?」
「うん。それでびっくりして」
「美空に捕まっちゃったんだよ。強引に連れてくるんだもん。まあ明日の試合は15時だから、それまでには何とかして秋田まで行くよ」
「ちー姉ならまあ何とかするだろうね」
「冬子も明日中には福島に辿り着けると思うから」
「それ辿り着けなかったらやばいよ!」
「非難囂々でローズ+リリーは終わってしまうかもね」
「でもちー姉が付いているのなら、ライブ中止の事態は無いだろうね」
「あまり買いかぶらないで。でも最悪、私の秋田行きを犠牲にしても冬子は何としても福島に送り届けるから」
「うん。頑張ってね」
しかし事態は青葉の心配していた方向に急速に傾いていく。27日の朝の報道で国道から八川方面に通じる村道が積雪と倒木のため通れなくなり、復旧には数日かかるとあった。
やばいじゃん!
青葉は千里に電話してみたのだが「電源を切っているか電波の届かない所に」という応答が返ってくる。基地局がダウンしたか、基地局につながる光ケーブルが断線したかなと思った。
しかしほどなく千里からメールが届く。
《私とケイはスノーモービルで脱出して福島・秋田に向かうから心配しないで。ただしこの事は営業政策が絡むので絶対に誰にも言わないこと。青葉は明日のライブにそなえて、しっかり体調を整えて》
とある。
すごーい! 奈良県でスノーモービルを使うというのは思いつかなかった!しかし中継のKARIONの4人の表情が妙に明るいと思ったら、そういう脱出手段が確保できたからだったんだなと青葉は思った。
お昼過ぎ《今から脱出する》という千里のメールを受け取り、青葉は安心して旅支度をする。今回のイベントでは千里からの「天候が悪いから傷んでも構わないような楽器を持って行った方がいい」というアドバイスも受け、普段使っている龍笛ではなく、最近新たに買っていた別の花梨製の龍笛を持って行くことにした。
実は普段使っている物も花梨製で、本来はかなり安価な物だったと思うのだが、龍笛の上手かった曾祖母がかなりの年月使い、そのあと震災の時に海に沈んでしまったのを数ヶ月後に引き上げられるという運命を経た結果、独特の何とも言えない風情(ふぜい)の音が出るようになっている「奇跡の一品」なのである。
夕方、母に車で送ってもらって新高岡駅に向かうが駅で新幹線を待っていた17:50頃、千里からメールが来るので、もしかしたらそろそろ五條市あたりに着いたのかなと思い開いてみると《今冬子を福島市内のホテルに送り届けた》とあるので、青葉は「はぁ〜?」と思った。
《なんでもう福島なのよ?》
《F-15 Eagleで飛んできた》
《それってマクダネル・ダグラス社製イーグルじゃなくて、イーグルという名前の龍神様にでも乗って飛んできたのでは?》
《そんなこと無いよ。ちゃんとプラドで走ってきたよ》
《だったら間違いなくスピード違反。あれ?プラドって?》
《貴司が年末に車を買い換えたんだよ。その新しい車を借りてきた》
《よく堂々と借りるね!?》
《夫婦だから平気》
ちー姉、開き直ってるな。
しかし青葉はケイがもう福島に着いたというので安心して新幹線に乗車することができた。
《でも秋田の試合は残念だったね。明日は出られるよね?》
《今日の試合もちゃんと出席して客席から応援したよ》
。。。。。
もういいや!と青葉は思った。
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