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■春順(14)
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さて、その青葉である。
福島のローズ+リリーのライブに出るため27日夕方福島に向かおうとしていたところで、大雪のため奈良県の山奥の温泉に閉じ込められていたケイが千里と一緒に温泉を脱出し、わずか4時間後には「もう福島に着いちゃった」という報告を受け、呆れながらも安心して、新幹線の快適な座席に身を沈めた。
結構熟睡していたようで、大宮に着く少し前《雪娘》に起こしてもらい東北新幹線に乗り継ぐ。そして福島駅近くの予約されていたビジネスホテルに入り、またぐっすりと寝た。
翌日、ローズ+リリーのステージは16:00からなのだが、今回ケイは「午前中にリハーサルやろう」と言って出演者を集め、市内のスタジオで完全に本番通りの演奏をした。予定しているMCなども入れている。但し、マリはまだ寝ているということで、サマーガールズ出版の秋乃さんが代役を務めていた。
「まあ、マリちゃんはリハやらせたら、それで体力消耗しちゃって、本番で歌えなくなっちゃうから」
「それがローズ+リリーがあまりテレビ番組には出ないひとつの理由なんですよ」
「まあステージでは、周囲がしっかりしていればいいし、マリちゃんが無茶振りしてもケイは何とかしちゃうからね」
「とっさにうまい対応ができなかったらどうしよう?と不安になることもあります」
「でも最近はマリちゃんはケイちゃんの性別疑惑探求に燃えているよね」
「古い写真とか収集していましたよ。それで私が小さい頃から間違いなく女の子であったという証拠を集めているのだとか」
「実際、ケイって小学生の内から女児として通学してたんだよね?」
「私、高校生までは男子制服で通学してますよ」
「それはさすがに嘘が酷い」
「だって中学ではセーラー服で通学していたって、こないだ若葉ちゃんから聞いたよ」
「そんな馬鹿な」
青葉はこの日のステージで、龍笛を吹いたのは『振袖』『灯海』『門出』に『たまご』である。また『ダブル』『花園の君』『摩天楼』などでサックスを吹いた。『花園の君』は本来のサックス奏者である七星さんがヴァイオリンを弾いているので、代わりに青葉がサックスを吹いたのである。
また『コーンフレークの花』では今田七美花とふたりで振袖を着て日本舞踊を踊った。実際にはこの日の午前中のリハーサルの時に唐突に言われたので踊りの上手い七美花の真似をして踊っただけであるが、
「うまいうまい」
と氷川さんが言ってくれたので、まあまあの出来だったのだろう。
ライブが終わったのは予定を少しすぎた18:10頃である。
夕食を兼ねた打ち上げに出た後、20時すぎには同じ高校生である今田七美花(高1)・鈴木真知子(高3)・品川ありさ(高1)と一緒に宴会場を出る。何となく誘い合って近くのミスドに入り、
「おとなの相手するのも疲れるよね〜」
などと言いながら、女子高生4人でしばしおしゃべりした。4人は結構仲良くなり、お互いに携帯番号とメールアドレスの交換をした。
しかし民謡の一派代表継承候補者、ヴァイオリンの世界大会入賞経験者、人気アイドル歌手、ってここに居るのは凄いメンツだと青葉は思っていた。あ?自分も一応作曲家の端くれかな?あとそこそこの霊能者だし。
「絢香(品川ありさの本名)ちゃんのこの番号やアドレスって、マネージャーさんにも転送されるの?」
「こちらの携帯は大丈夫。営業用のこっちのスマホのはマネージャーに同報される」
なるほどー。
「携帯とスマホの2台持ちか」
「スマホ2台だとうっかり掛け間違ったりしかねないから、個人用はガラケーにしてるんだよ」
「なるほどね」
「そういえば、青葉ちゃんのお姉さんの醍醐春海さんも携帯とスマホの2台持ちだよね」
と鈴木真知子ちゃんが言った。
「あれ?そうだったっけ?」
「なんかスマホだと僻地に行った時に電波が使えないことあるからガラケーも持っているとか言っておられましたよ」
「ああ、それで2台持っている人はわりと居るよね」
青葉は内心「嘘〜!」と思っていた。ちー姉ってスマホは自分は静電体質だから相性悪いとか言って、私とかには携帯しか見せてないのに・・・・
と思って、ハッと気づいた。
浮気用だ。
たぶんちー姉は細川さんとのメールは全部スマホでやりとりしてるんだ。それでスマホは多分私や桃姉の目には触れないようにしているんだ。
青葉は千里姉の秘密をひとつ知ることができた気がして、ちょっと楽しくなった。
28日の夜、ホテルの部屋で千里は先に東京に戻っている《きーちゃん》に自分の携帯からメールした。
日曜の夜にもかかわらずJソフトに出勤していた《きーちゃん》は自分のスマホに千里の携帯からのメールが着信していることに気づき、トイレにでも行くような振りをしてさり気なくオフィスを出、地下のレストランに入った。ここはいつも音楽が流れているので、他の人に聞かれないようにビジネスの打ち合わせをするのにもいいが、実は社員がサボって個人的な電話を掛けたりするのにもいいのである。また、ここにノートパソコン(覗き見防止フィルターと盗難防止チェーンを使い、パスワードロックされていることを条件に社外持ち出しを許可している)を持ち込んで集中して難しいプログラムのコアを書いたりするSEも居る。
《きーちゃん》が持つスマホから千里の携帯に電話する。すると《きーちゃん》が持っている携帯にも着信の表示が出る。やがて千里が携帯を取る。千里が持っている携帯と《きーちゃん》が持っている携帯は「クローン携帯」なのでそちらも通話中の表示になる。
ふたりが持つ携帯は「同じ物」なので、ふたりが会話するには実は千里の携帯から《きーちゃん》のスマホに掛ける方法しかないのである。むろんふたりはテレパシーでも会話できるが、テレパシーでの会話は特に遠隔地ではエネルギーの消耗も激しいので、ある程度まとまった話をする時、千里はたいていこの方法を採っている。
「奈良から福島までの移動の件だよね?」
と《きーちゃん》は言う。
「うん。あれどうやったの?私、くうちゃんに頼んで移動してもらおうと思ったのに、その前に移動が済んでいるんだもん」
と千里。
「いや、あれは千里が百日祭の時に呼んでしまった龍神様のおかげなんだよ」
「あの人たちのしわざか!!」
「千里と交代して私が国道を運転していたらさ、窓をトントンとされるのよ」
「ああ」
「びっくりして見ると、若い龍神さんが居るのよね。これ誰〜?と思ったら天空さんが千里が霊祭の時に遭遇した龍神さんだと教えてくれたのよ。龍神さん、私を千里だと思ったみたいで。それで車を脇に寄せて停めてお話ししたらさ、その女歌手さん、急ぐのであれば自分が目的地まで運んであげようかと言うのよ」
「そういうことだったのか」
天空(くうちゃん)は他の眷属とは違い「遍在」しているので、千里および他の全ての眷属たちの動きを見守っている。それで千里が出席した霊祭も見ていたし《きーちゃん》が千里の身代わりになって車を運転しているのを見ていたのである。
「じゃお願いしますと言ったら、いったんその付近の雪を酷くして視界が効かないようにした上で、車ごと持ち上げてお空の旅」
「わぉ」
「奈良から福島まで、都会とかを避けて目立たない所を通りながら700kmくらいかな。自衛隊のレーダーに引っかからない程度の低空を飛んでる感じもした。結構雨雲の中も突っ切ったけど、あまり揺れないようにしてくれた。しかしあの龍神さん、凄い力なんだよね。2トンの車をひとりで抱えながらなのに飛行機並みの速度で1時間半くらいで着いちゃった」
「凄い。あとでお供え物とかしておかなくちゃ」
「どこの神様か知ってるの?」
「知らなかったけど見りゃ分かったよ。T村のお隣のE村のN神社の神様だよ」
「へー」
などと会話しつつ千里はなぜそういうのが分かるのか自分でも分からない。そういえば自分も「羽黒山大神によろしく」と言われたから、向こうもこちらの所属が分かったんただなと思い起こす。
「でもあの子を産んだお母さんにも会ったよ」
と《きーちゃん》が言う。
「へー」
「美人の人間の男の娘だった」
「やはり男の子なんだ!」
「女装してたけど、性転換はしてなかった」
「じゃ身体は男の子なの?」
「おっぱいはあったけど、下は完全に男だったよ。それにあの子、魂は普通の男の子だった。たぶん女装はただの趣味。おっぱいは多分子供産んじゃったから発達したんだよ」
「嘘!?そもそも男の子の身体で、どうやって子供産むのさ?」
「そのあたりはよく分からないなあ。まあ世の中には色々不思議な存在があるものだと思った」
「でも助かったね」
千里は翌29日朝、矢鳴さんと一緒にホテルのバイキングで朝食を食べてから「お着替え」した上で、荷物の大半は部屋にそのままにして、7時にホテルを出た。この日は試合が行われない。準決勝の3戦目は3月1日である。矢鳴さんのほうはホテルをチェックアウトした。
「美里さん、済みませんね。あちこち走ってもらって」
「いえ。昨日は丸一日ぐっすり寝ましたから。やはり雪道の運転でかなり消耗していましたね」
「あれは消耗しますよね〜。一瞬たりとも気を抜けないし」
矢鳴さんの運転する車は秋田自動車道方面に向かった。
青葉は29日朝、ホテルで朝食を食べたあとまたベッドの中で10時すぎ頃までうだうだしながら友人とメッセージの交換などしていたが、やがて出ることにする。彪志のお母さんに会うんだしと持って来ていた高校の女子制服に着替える。
それで部屋を出ようとしていたらドアをノックされる。あれ?ここチェックアウトは11時と思ってたけど、時間超過した?と思い
「済みません。もう時刻でしたっけ?」
とドアの所で声を掛けると
「青葉、私」
と千里の声である。びっくりして開けて中に入れる。千里は訪問着を着ている!?
「ちー姉?」
「私も同行するから」
「え?」
「心配しないで。私の席は別の車両だから、青葉は盛岡までイチャイチャしてていいからね」
「昼間の新幹線でイチャイチャできないよ! でも凄い服だね」
「青葉にも着せてあげるから」
と言って千里はルイヴィトンのバッグを開けて振袖を取り出した。
「わっ。凄い」
「商品は美味しく見せないとね」
「そうか。私って商品なのか」
「息子さんはいい品を買いましたよとアピールしておこう」
「うん」
それで千里は部屋の中で青葉に振袖を着せてあげた。千里自身が成人式の時に着た「友禅風」のものである。
「ひょっとしたら海外で作られたものかも。あそこの呉服屋さんは、かなりシステマティックに商売しているみたいだし」
「なるほどー」
「でも腕の良い職人さんの作品だよ。かえって本物の手書き友禅である私の訪問着の方が安物に見えるもん。実際値段もこの振袖のほうが、この訪問着の倍の値段したから」
などと千里は言っていた。
「すごーい。でも私、正直着物の善し悪しはよく分からない。洋服もだけど」
と青葉は言う。
「桃香も青葉も安い服しか着ないもんね」
「えへへ」
「去年の春に桃香に通勤用のスカートとか買わせたらスカートが1着3万円もするのか!?とか驚いていた」
「あー、桃姉はせいぜい3000円くらいの服しか着ないし」
「そもそもあの子、めったにスカートなんて穿かないもんね」
「まるで女装しているみたいだとかよく言ってるね」
「うん。あの子はスカート穿くと女装の感覚みたい。アクアとかスカート穿いても別に女装ではないと思っている感じなのに」
「えっと、ごめん。私、クライアントの噂話はできないから」
と青葉。
「うん、いいよ。たぶんあの子は振袖でも女装と思ってない」
と千里。
「うーん・・・・」
と言って青葉は少し悩んだ。
「ほら、これアクアの振袖写真」
と言って千里は携帯を開いて写真を1枚見せてくれる。
「いつの間に!? でもすごーい。かわいいー!」
30分ほどで振袖を着せてもらい、それからチェックアウトする。実際には1階のポストに部屋の鍵を放り込むだけである。
「ここチェックアウト何時だったっけ?」
「12時なんだよねー。チェックインも12時。ビジネス客の多い新しいホテルではたまにこういう所がある。どうせ部屋の掃除は時間がかかるから、空いた所から順に掃除していけばいいと割り切って、客に利便を提供してるんだろうね」
なるほど。
ホテル近くのレストランでお昼を食べる。福島牛のたたきが美味しかった。
あらためて大学合格おめでとうと言われ、桃香の字で表書きされた祝儀袋までもらった。
「私ちー姉たちに1400万円借りているのに」
「それはちゃんと返してもらうから問題無い。この中身は私と桃香が半分ずつ出した」
「ありがとう」
と言って素直に受け取っておく。
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