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■春色(1)
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(C)Eriko Kawaguchi 2015-06-26
「では卒業生を祝う会で合唱する曲はAKB48の『心のプラカード』ということにします。皆さん、当日は黒い服で統一したいと思いますので、よろしくお願いします」
3年生の「母親の会」で会長の田心さんがそう言うのを聞いて、男性ながらもこの会に出席していた貞治は、私、黒い服とか持ってたっけ・・・と考えていた。今度金沢か高岡に出た時にでも黒いトレーナーとパンツでも買ってくるかなあなどと考えた。
2月上旬、東京。
「ね、ね、千里ちゃん、この子4月から巫女さんになってもらう林田風希ちゃんっていうんだけど」
と佐々木副巫女長は千里に若い女の子を紹介した。
「よろしく〜、私、村山千里です」
「よろしくお願いします。林田風希です」
「でも私は3月いっぱいで辞めますけど」
と千里は言う。
「うん。でも、この子中学・高校のブラスバンドでフルート吹いてたらしいのよ。龍笛を吹く要員にしたいと思って」
と佐々木さん。
「へー」
「短期間にはなるけど、この子に龍笛を教えてやってくれない?」
「いいですよ。ただ私このあと出てこられる日がかなり限られると思いますが」
「うん。出てこられた日だけでいい。この子には今月から臨時雇い資格で入ってもらって、巫女の作法とかもいろいろ覚えてもらうから」
「なるほどですね」
「それとね。ほら、この子、千里ちゃんには分からないかなあ」
と佐々木さんは言う。
「けっこう霊感がありますよね」
と千里は言う。
「え?そうなの?」
「変な物が見えることあるでしょ?」
「あ、はい。見直すと何も無いから、きっと気のせいとは思うんですが」
「うん。気のせいなんだよ。でもそれをそのまま感じ取っていればいいんだよね。変に自分には霊が見えると思っていると、今度は頭の中で勝手に解釈された形で見えちゃう。何でもない雑多な気の塊が兵隊さんに見えちゃったりね」
「なるほどー」
「だから別に自分には霊なんて見えないと思ってた方が、いいんだ」
「それ、実は亡くなった、ひいお祖母ちゃんにも言われていたんです!」
「ひいお祖母ちゃんって、霊感体質だったの?」
「なんか神さんしていたみたいです。亡くなった後誰も継がなかったから教会は消滅してしまったんですけど」
「ああ、九州か何かの出身?」
「はい。佐賀県の多久(たく)って所なんですけど」
「孔子(こうし)の聖廟がある所だね」
「よくご存じですね!」
西九州の一部では、東北地方の「拝み屋さん」に似たお仕事をする人たちを「神さん」と呼んでいる。占い師などの看板をあげている人もあれば、教派神道系の教会の看板を掲げている人も多い。
「なんか思わぬ展開になっちゃったけど」
と佐々木さんが言う。
「えっと、何でしたっけ?」
「いや、千里ちゃんなら分かっちゃうかなと思ったんだけど、この子、実は男の娘なの」
と佐々木さんが言うと、風希はちょっと恥ずかしそうにしている。
「へー。全然そうは見えないですね」
と千里は言う。それは気づいてはいたのだが、わざわざ言う必要もないだろうと思っていたのである。足の不自由な人を見てもわざわざそれを指摘しないのと同じ感覚である。
「でしょ? この子、女の子にしか見えないもん。だから採用したのよ」
「大学生?」
「はい。4月から千葉市内のJ大学に入ります。でも実はつい先日までは学生服着て男子高校生していたんです」
「髪は長いね」
「最後に切ったのが10月なんです。受験勉強で忙しくて切りに行けないと言い訳して、もう卒業間際なので、髪を切れという生徒指導に頑張って抵抗して伸ばしました」
「偉い偉い。じゃ高校卒業と同時に女の子ライフに移行したんだ?」
「はい。ちょっと勇気がいるけど、女の子の格好で大学に出て行こうと思っています」
「うん、頑張ってね」
「それでさ、男の娘特有の困ったことあった時に、相談にのってあげてくれないかなと思って」
と佐々木さんが言う。
千里は苦笑した。
「いいですよ。何でも訊いてね。あまり参考にならないかも知れないけど」
「はい、あ、えーっと」
「私も元男の娘だから」
「え?そうなんですか?」
「もう完全に女の子になっちゃったけどね」
「手術もしちゃったんですか?」
「してるよ」
「戸籍は?」
「女性に修正済み」
「すごーい」
「風希ちゃんも頑張ってお仕事して手術代貯めるといいよ」
「頑張ります!」
「私は一応3月いっぱいでこの神社は辞めるけど、境外末社の玉依姫神社にはしばしば顔を出すから、その時にでも声を掛けてくれたら」
「分かりました!」
2月下旬。高岡。
「ね、ね。24段の雛飾りが展示されるんだって」
という情報を持って来たのは今回美由紀であった。
「どこで?」
と青葉は尋ねる。
「七尾駅前のパトリア。これなのよ」
と言って見せてくれたのはネットのページをプリントしたもののようだ。
「770のひな人形展? 24段の雛壇に770体のお雛様が並ぶの?」
と横から日香理が尋ねる。
「あ、いや。770というのは七尾を数字で書いただけで実際には千体らしい」
「へー。でもちょっと見てみたい気もするね」
「いつから?」
と青葉は訊く。
「2月28日から。ちょうどその日、能越自動車道の氷見−七尾間が開通するのよね」
「ああ、とうとうつながるのか」
氷見も七尾も能登半島の町だが、氷見は富山県側、七尾は石川県側にある。
能登半島の富山県側と石川県側の間には高い山があり、これまで互いに行き来するにはその山を越える険しい道路(国道160号,県道18号,国道415号のどれか)を走る必要があった。3本の道の中で最も山道自体が楽なのは国道160号だが、この道は道幅が狭い上に海岸線を走る部分に急カーブが多く、波が高い時は通行止めになるので実はとても走りにくい道であった。
それが今回の高速道路開通で、やっと「まともな道」で往復することができるようになるのである。
「誰か車が出せる人いないかな?見に行こうよ」
「うちのお母ちゃんはしばらく土日は仕事だと言ってたなあ」
と日香理。
「吉田は?」
と美由紀が唐突に近くに居た吉田君に訊く。
「え?何?」
と全く話を聞いていなかった吉田君が訊き直す。
「2月28日にさ、吉田のお母さんかお姉さん、車を運転できたりしない?」
「母ちゃんはなんかバーゲンに行くとかで張り切ってた。うち姉貴は居ない」
「吉田は運転できないの?」
「俺、まだ17歳だよ!」
「何だ。老けてるから24-25歳かと思ってた」
「勝手にしてくれ」
青葉はふと思い出した。
「うちのお姉ちゃんたちが来週末ならこちらに来るって言ってた。7日にこちらに来るから行けるのは8日になっちゃうけど」
「車で来るの?」
「車か新幹線かどちらかは聞いてない」
「新幹線で来ても青葉のお母さんの車があるよね?」
「うん。まあ」
「じゃ、それでお願いしようよ」
「行くのは誰だっけ?」
「私と日香理と青葉と吉田」
「私も行くの?」
「俺もかよ?」
真白はこれは夢を見ているのかな、と思った。どこかコンサートホールのようなところでイベントが行われていて真白はスタッフをしているようだ。
「ジュース無いの?」
という声があり、
「じゃ、私調達してきますね」
と言ったら
「おお、とうとうこのホールにジュースが導入されるのか!」
と喜びの声があがる。
え〜?ジュースってそんなに大したもんだっけ?
それで真白はジュース・サーバーのタンクを持ってホールの外に出た。ジュースを買ってこれに満たしてホールに持ち帰れば良い。
どこかで調達しようとしたのだが、このホールの売店には飲み物が全く売られていない。いわゆる乾き物ばかりである。少し行った所に食堂があった筈と思ってずっと廊下を歩いて行く。確かに食堂があって、自販機も置かれている。ところが、その自販機の横にお茶を入れたやかんが置いてあり、そばには空になったジュースの空き缶・空き瓶が並べられている。そしてこういう文字が書かれていた。
「缶や瓶に入ったジュースを買うと、これだけの資源が消費されます。それでもあなたはジュースを買うのですか?」
うーん。エコは大事だと思うけど、ジュースくらいいいじゃんと真白は思う。だけどここまであからさまに書かれていたら、何だか自販機でジュースを買うのは気が咎めてしまう。
それでここで買うのはやめて、もっと先まで行くことにした。
階段を登る。その時、自分とは違う制服を着た生徒とすれちがった。
「あれ、今の子、旧制服を着ていたね?」
と生徒が噂話をしていたる
「きっと旧校舎の方から来たんだよ」
え?私って古い制服を着て、古い校舎で勉強してたの?
初めて知った!
だけど制服ってどう変わるんだろう? 女子は学校によって随分変わるけど男子なんてみんな学生服じゃないんだっけ??
そんなことを考えていたら、真白は突然近くに居た先生から
「はい、次はウォームアップ・ウォームダウンの練習だよ」
と言われて、何だかよく分からないポーズを取らされた。
「これって男子と女子で練習内容が違うんですか?」
と質問している子が居る。
「そうそう。男子はウォームアップだから、頑張って校庭を30周走ってもらう。でも女子はウォームダウンだから、プランクトンのポーズでオーラを小さくして片足で立つ」
「わあ、校庭30周ってきつそう」
「男子って大変なんだね」
「生命を生み出すのには大変なエネルギーが必要なんだよ。心臓や筋肉にも頑張って動いてもらう。その代わり女は10ヶ月もの間、赤ちゃんを自分の身体の中で育てないといけないから忍耐力が必要なんだ」
と先生は言っている。
真白は自分が両手を背中で組み顔を上に向けて、片足で立っているのを認識した。
あれ〜〜? 私ってなんで女子と一緒にこんな練習してるの?
2月28日。福岡空港に降り立った§§プロ社長の紅川勘四郎は明智ヒバリのお母さんに連絡を取った上で、福岡市より少し東の方にある某病院まで行った。やがて面会室に寝間着を着て、少しボーっとした感じのヒバリがやってくる。
「照屋清子(てるや・さやこ)ちゃん、こんにちは」
と紅川は笑顔で言った。芸名を言うことでプレッシャーを与えないように本名で呼びかけた。
「社長!済みません。私、ずっと休んでしまって」
とヒバリは心ここにあらぬ様子で答えた。紅川はこれは薬の副作用ではないかと思った。
「いいんだよ。もっとゆっくり休んでいてね。また元気になったらCD作ろうよ」
と紅川は笑顔で言う。
「私、お花が見たいの」
とヒバリは言った。
「お花?」
「看護婦さんにお花見たいって言ったんだけど、なかなか見せてくれないの」
「どんなお花が見たいの?」
「コスモスがいいの」
「コスモス!?」
そばで母親が言う。
「さすがに今の時期にコスモスは無理なので、秋になったら外出許可もらって見に行こうねって言ったのですが、本人どうしても納得しないんですよ」
コスモスを見たいというのは、先輩の秋風コスモスの名前を唐突に思い出したからではなかろうかと紅川は思った。しかし紅川は今の時期にコスモスが咲いている場所を知っていた。
「清子ちゃん、僕はコスモスが咲いている所を知っているよ。一緒に行こうか?」
「ほんとですか?」
ヒバリが物凄く嬉しそうに言う。
「お母さん、この子の外出許可を取れますか?」
「取ります! ほんとに咲いている所があるんですか?」
「ええ。昨日それを聞いたばかりです」
と紅川は言った。
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