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■春色(15)

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千里は22,23日と全日本クラブバスケット選手権に出場し、チームは美事優勝を飾る。そして23日、同じユニバーシアード代表候補に招集されているチームメイトの森田雪子(N大学・修士課程1年)とともに、新幹線で東京に移動して、NTC(ナショナル・トレーニング・センター)で合宿に入った。合宿は3月28日までである。
 
一方桃香は25日、大学院の修了式に臨んだ。千里がいたら面倒くさい服を着させられるかも知れないが、居ないし適当でいいよね〜、などと自分に言い訳してアパートを出ようとしていたら、何と館山に住んでいる伯父夫婦(洋彦・恵奈)が出てきた。
 
「桃香ちゃん、卒業おめでとう」
と恵奈が言って、小さなお菓子の箱を渡す。このお菓子は箱は小さいもののとっても高い。そしてとっても美味しい。桃香のお気に入りのお菓子だが、高いので桃香は絶対に自分では買わない。
 
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「どうもどうも。これ大好き。でも大学は2年前に卒業して、この2年間は居残りでもしていたようなものだから」
 
などと桃香は言うが
 
「修士なんて凄いじゃん。これお祝い」
などと祝儀袋ももらう。
 
「あ、もらえるものはもらっておきます。ありがとう」
と言って受け取る。
 
「じゃ行ってきますね」
と言って、セーターにコットンパンツなどという格好で出かけようとしたのだが、伯母に停められる。
 
「あんたまさかその格好で卒業式に出るつもり?」
「いや、卒業式なんてただのセレモニーだから」
「セレモニーだから、ちゃんとした服を着なきゃだめじゃん。何か服無いの?」
 
と言って勝手にタンスの中を見ている。
 
「あら、きれいな振袖持ってるじゃん。これ着たら?」
「私自分で着られないし」
「うーん。私も訪問着とかなら着せてあげられるけど、振袖は難しいからなあ」
 
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と言って更に見ている。
 
「あら、これピエール・カルダンじゃん」
と言って取り出したのは、千里のビジネス・スーツである。千里が値段は聞かないでなどと言っていた服である。
 
「それは千里の服なのだが」
「ああ、千里ちゃんのか。何かクラブ活動の大会とぶつかって卒業式に出られないんだって?」
「うん」
 
日本代表なんて言ったら、その話だけで時間を食いそうなので桃香はそれでいいことにしておいた。
 
「それなら借りちゃいましょうよ」
「え〜?」
 
実は桃香はこの手の「良い服」を全く持っていなかったのである。基本的に服に1081円以上は使わない主義である。498円、298円大好きなので安っぽい服やデザインに難のある服で桃香のタンスは埋め尽くされている。先日美緒に見繕ってもらった品の良いスカートやビジネススーツなども、どうせ4月からしか使わないからと思って、新居の方に持って行ってしまっている。
 
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会社の面接に行った時は、イオンで買った5400円のスカートスーツを着て行っている。実は桃香の服でスカートは当時その1着しか無かった! めったにスカートを穿かないので、たまに穿いていると、朱音などから
 
「どうしたの?今日は女装してきたんだ?」
などとよく言われたものである。
 
結局伯母に言われてその千里の服を着せられてしまう。千里の方が身体は大きいので千里の服を桃香が着るのはだいたい問題無い(ただしウェストに問題が発生する場合はある)。
 
「じゃ一緒に出ましょう」
と伯母。
「いや、大学院の修了式に付き添いとか、みっともない」
と桃香は言うが
 
「ノーベル賞の授賞式にも奥さんとか付いていくじゃん」
と伯母は言って、結局会場まで一緒に行くことになった。
 
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そして、会場の千葉文化会館まで行くと、入口の所に、何と母、青葉・彪志に玲羅までいる。
 
「何なんだ?このギャラリーは?」
「桃姉とちー姉の卒業式だから」
 
母は訪問着、青葉は高校の制服、彪志はグレイの背広上下、玲羅は青いスケータードレスを着ている。物理的にはワンピースなのだがベルトの部分が細く絞ってあって、パッと見には同色のカットソーとミニフレアスカートを穿いているようにも見えるタイプである。
 
「桃姉、卒業おめでとう」
と言って青葉が桃香に色とりどりの蘭の花束を渡した。
 
「ありがとう。しかし私に花束など似合わないぞ」
「今日は卒業生だからいいのでは?」
「そうだなあ」
 
玲羅が
「桃香さん、うちの姉への花束も代理で受け取ってもらえませんか?」
と言うので
「OKOK、代理代理」
と言って受け取る。
 
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「お姉ちゃん、卒業おめでとうございます」
「ありがとう」
 
玲羅の花束は色とりどりのカーネーションである。
 
花束は取り敢えず「荷物係」の彪志が紙袋に入れて持っておく。その紙袋に入れてここまで持って来たのだが!
 

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式典の後、大学のキャンパスに移動して教室で学位記を桃香が自分の分と千里の分の両方をもらってきた。桃香は千里の学位記の写真を撮って千里の携帯に送っていた。
 
その後パーティー会場に入る。
 
玲羅は
「自分の卒業パーティー、お父ちゃんの卒業パーティー、お姉ちゃんの卒業パーティーと三連チャンだ」
などと言っている。
 
「ちー姉、玲羅さんのパーティーにもお父さんのパーティーにも顔出したのね」
と青葉が言う。
 
「だけど自分の卒業パーティーには出られないんだから、千里らしい」
と桃香が言う。
 
「ちー姉って、誰かを除外する場合に真っ先に自分を自然に犠牲にするんだよね」
と青葉が言うと
「そのあたりの性格が青葉と千里は同じだ」
と桃香が指摘する。
 
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「豪華客船に乗っていて氷山にぶつかり、救命ボートに定員オーバーで乗り込んでしまった時、まっさきに船が揺れて落ちたふりをして海に飛び込んでしまうのが千里だ」
と桃香は言う。
 
「確かにあの子、そういう性格よね」
と朋子も同意する。
「青葉はそのあたりが修行不足で、このままだとボートが沈む、というので全員に一瞬緊張感が走ったところで『さよなら』と言って海に飛び込む」
と桃香。
 
青葉は額に手をやって苦笑している。
 
「でも玲羅さんの卒業パーティーに行く予定だったのに夜中過ぎまで私の仕事を手伝ってもらって申し訳無かった」
と青葉は言うが
「ちゃんと間に合ったんだから問題無い」
と桃香は言った。
 

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「でも付き添いが6人というのはなかなか凄いね」
などと恵奈伯母は楽しそうに言っている。
 
「いや、この6年間、おばちゃんには色々お世話になった」
と桃香。
「でも卒業後も東京に住むのなら、頻繁に会えるね」
と恵奈。
 
「桃香ちゃんが結婚して孫ができるくらいまで俺も頑張らなきゃ」
と洋彦。
 
「そうですね。桃香が産む子供は洋彦さんたちにとっても孫のようなものですよね」
と朋子が言う。
 
洋彦夫婦には子供がいないので、桃香は娘のような感覚なのだろう。特に桃香の父・光彦(洋彦の弟)が若くして亡くなったこともあり、桃香には色々期待している感じもある。
 
「うーん。私は結婚するつもりは無いが、子供は産むつもりだから、孫はできるかもね、運が良ければ」
「まあそれでもいいかもね〜」
「取り敢えずタネは確保してるんですよ」
「あら、彼氏居るの?」
「居ない、居ない。精子だけもらった。冷凍保存中」
「へー!」
 
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子供ということばを聞いて、青葉は今大阪で千里の元夫・細川さんの奥さんの胎内で育っている子供のことを思い起こした。もうすぐ8ヶ月目に入る。これからなら何かあっても早めの出産ということで切り抜けられるだろう。ここまであの子が流産しないようにケアするのでは青葉はかなり神経を使ってきている。あの奥さん、ほんとに生理関係の回路が弱いんだもん。あの子は、細川さんと奥さんと、千里と自分と、4人の共同作品のようなものだ。
 
まあそれと卵子提供者とのだけど・・・・。その卵子提供者が誰なのか千里は教えてくれない。千里の言い方を聞いていると、まるで千里の卵子であるかのようにも聞こえるのだが、千里に卵子がある訳無いし。
 
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でも天津子は千里には卵巣も子宮もあると言っていた。
 
まさかね。
 
自分と千里と冬子には生理があるのだが、それは瞬嶽師匠の「悪戯」である。医学的には人工的に作った膣の最奥部が子宮のような役割をしていて、その部分に生理周期に合わせて軽い出血が起きるのである。量的にはふつうの女性の生理に比べてずっと少ないものであるがPMSなども伴っている。エストロゲンとプロゲステロンの濃度もふつうの女性と同様の変動をしていることを松井先生は青葉の身体の検査で確認している。
 
普通、男の子は胎内にいる間に生理周期を司る回路が破壊されてしまうのだが、青葉の場合も千里・冬子にしても、それが壊れずに残っていたのではないか。それを再活性化させたのだろうと出羽山の美鳳さんは言っていた。
 
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もっとも美鳳さんも何か隠している気がするのだが・・・。
 
瞬嶽師匠が「悪戯」をしたのは、青葉の家族の葬儀の日で、その時点で千里と自分はまだ手術前だったのだが、手術後に利いてくるような仕掛けをしていたようなのである。
 
もっとも千里は2012年に性転換手術をしたと言っている一方で2006年に手術をしたとも言っているので、本当に「手術前」だったのかはよく分からないのだが。
 
青葉は時々千里は2人いるのではないかと思うことがある。
 

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「私、キスってしてみたかったの。だからしちゃった」
と美里は言った。
 
「僕、美里に恋愛感情を持っているつもりはなかった。でも好きになることはできると思う。僕たち恋人になった方がいい?」
と真白は尋ねる。
 
「そんなこと言う真白の性格が好きだなあ」
と美里は言って微笑む。
 
「私たちの関係は友だちのままでいいと思う」
と美里。
「じゃ、今のキスは無かったことにする?」
「ううん。友だちでキスしたっていいじゃん」
「それ恋人じゃないんだ?」
「うん」
「友だちのままでいいのなら、僕もそのつもりでいる」
「セックスしてもいいよ」
 
真白はしばらくどう反応していいか分からなかった。
 
「私とセックスしてみたくない?」
「正直に言うと、美里のうなじを見てウッと思ったことある。後、うっかり美里の胸に触っちゃってドキッとしたこともある」
「胸くらいいつでも触ってもいいけど」
「それしてると自分に歯止めが利かなくなりそう」
「歯止めしなくてもいいのに」
「じゃ、高校卒業しても美里がまだそういう気持ちでいてくれたら、セックスさせて」
「いいよ。じゃ、その確認のキス」
 
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それでふたりは今度はお互いの意志で30秒ほどキスをした。
 
「でも僕たちは恋人じゃなくて友だちということでいいんだよね?」
「うん。そのつもりで」
 
ふたりは微笑んで見つめ合った。
 
「あ、そうそう。もし真白が女の子になりたいんだったら、女性ホルモンとか飲み始める前に精子を冷凍保存しておいて欲しいんだけど。私、気が向いたら真白の子供産んであげたくなるかも知れないし」
 
「いや、別に女の子になるつもりはないから」
「でも真白も高校生にもなるんだからブラジャーくらいつければいいのに」
「男はブラジャーつけないって」
「真白はブラのサイズはいくら?」
「そういう誘導尋問には引っかかりません」
「くっそー。絶対真白は女の子になりたいと踏んでいるんだけど」
「それ絶対誤解してる」
 
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