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■春色(10)

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青葉が瞬醒さんに電話すると「御札は用意しておく」と言ってくれた。この御札は、見た目は★★院に行くとふつうに参拝客に売っているものと同じなのだが、少しだけ特殊な「加工」がされたものを使うのである。
 
青葉はその後、友人たちと一緒にKARIONの富山公演(ゲストにアクアこと龍虎が出演している。震災イベントの衣装が「お姫様みたい」と言われてしまったので今回はマイケル・ジャクソン風の男っぽい衣装で「アクアちゃんが男装してた」と書かれた)を見て、そのあと空帆・冬子と一緒に東京のテレビ局の人と打ち合わせた。その打ち合わせが18時頃終わったので、テレビ局の人と空帆と冬子が夕食を一緒にという話は冬子に任せて!青葉は新幹線に飛び乗り、金沢でサンダーバードに乗り継いで、22:25に新大阪に到着した。
 
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(冬子が「私は青葉のマネージャーのようだ」と半分マジに文句を言っていた。この「日本一忙しいミュージシャン」を便利に使わせてもらっているのは、多分政子や蔵田さん・雨宮先生以外では青葉くらいだ)
 
少し遅れて22:33に千里が乗った新幹線が新大阪に到着する。少し早く大阪に着いていた矢鳴さんに連絡してインプレッサで新大阪駅の表口の所まで来てもらい、運転席に千里。助手席に青葉が座って高野山に向けて出発した。この行程でも青葉は寝せてもらっていた。
 
「そろそろだよ」
 
という千里の声で目を覚ますと、車は山道を走っている。
 
後部座席からのぞき込むと車は60km/h近い速度を出している。曲がりくねっていてガードレールも無い細い山道。カーナビにも掲載されていないのでカーナビの画面に頼ることもできない。むろん街灯なども無い。更に今夜は雨が降っている。普通の人なら晴れた昼間でも20-30km/hでしか怖くて走れない道だ。ここを雨の夜中にこんな速度で走るなんて超感覚的知覚無しには絶対無理だ。まあ、ちー姉には全然問題無いんだろうなと青葉は思った。
 
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やがて車はお寺の前に駐まる。ふたりで傘を差して降りて行くと、瞬醒さんと醒春さんが表まで出てきて歓迎してくれた。
 
「疲れたでしょう」
と言って、お茶をもらった。千里が
「仮眠できる場所があったら」
と言うので、醒春さんが部屋を用意してくれて、千里はそちらに行った。
 
「これ頼まれていた御札。特製」
「ありがとうございます」
と言って受け取る。
 
「なんか大きなものに巻き込まれているみたいだね」
と瞬醒さんは言う。
 
「完璧に仕組まれているみたいです」
「君たち姉妹が関わってくるのを向こうは待っていたんだよ」
 
青葉はふと思いついて尋ねてみた。
 
「瞬醒さんはうちの姉の力量をどう見ますか?」
「あの人は僕らとは系統が違うから、僕にはよく分からない」
と瞬醒。
 
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「神社体質ですよね?」
「そうそう。僕なんかは基本的にお寺体質」
「姉はやはり凄い人なんでしょうか?」
「僕には凡人に見える」
「そうなんですか〜?」
「でもね。たとえば僕があの人を呪い殺そうとしたとするでしょ」
「はい?」
「そしたら確実に僕は返り討ちにあうだろうね」
「そんなことを海藤天津子も言ってました」
 
「海藤君はまた僕らとも君の姉さんとも別系統だな」
「海藤のお師匠さんって、まだご存命なんですか?」
 
「羽衣さんか」
と言ってから瞬醒さんはお茶を飲み干した。
 
「名前だけは知られているけど、実際に会ったことのある人はごくわずか。性別も不明だし、そもそも人間なのかどうかも不確か」
 
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「人間なのかどうかもですか?」
「いや、瞬嶽師匠も、晩年はもう人間辞めてたと思わない?」
 
「思います!」
 
「でもひとつ言えることはだね」
「はい」
「川上君は、多分そういう様々な霊的関係者のクロスロードに位置しているんだよ。君、竹田宗聖さんとか中村晃湖さんとかとも交流があるでしょ」
 
「そういえばそうかも知れませんね」
 

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1時半頃、千里が起きてきたので、青葉は千里と一緒に瞬醒に御礼を言って★★院を後にする。買い出しに行かせたいものがあるとかで醒春を大阪まで同乗させてもらえませんか? というので乗せていくことにした。
 
その醒春さんは★★院から麓に降りる道で悲鳴をあげる。
 
「こんなに速度出してだいじょうぶですか?」
「このくらい平気ですよ。それにこの車は凄くグリップのいいタイヤを履いているんですよ。燃費は悪いですけど」
「へー。でも道路の線形とか見えないじゃないですか」
「そんなの見えなくたって分かるよね?」
と千里は青葉に同意を求めるように言うが
 
「ちー姉、私にもこの道を夜中にこんな速度で走るのは無理だよ」
と青葉は答えた。
 
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その千里が突然スピードを落とし車をいったん停止させる。何だろう?と思って前方を見ると、20mほど先で若いタヌキが道路の中央で固まっていた。車の音に驚いていわゆる「狸寝入り」状態になってしまったのだろう。タヌキはこれをやるので、夜間よく轢かれるのである。しかし車が停まったのを見て、安心したのかトコトコと道の脇に消えていった。
 
「ちゃんと先が見えているんですね!」
と醒春さん。
 
「そりゃ見えてなきゃ動物だけじゃなくて人間だってはねちゃいますよ」
と千里。
 
「いやさすがにこの時刻にこの道を人間が歩いている訳無い」
と醒春さん。
「そうですか? 何度か道の端に立っている人を見たけど」
と千里。
「それ、本当に生きている人でしたか〜?」
「生きてない人もいるの?」
「このあたりは多いです!」
「そういうのはよく分からないなあ」
 
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ちー姉、都合が悪くなると自分は分からないって言うなあ、と青葉は思う。
 
「でも、これだけのカーブのある道を正確に走れるって、瞬里さん、レースドライバーになれますよ」
などと醒春さんが言ったら
 
「あ、私国内A級ライセンス持ってますよ」
と千里は言った。
 
「ひゃー!道理で」
 
と醒春さんは、それで千里のドライビングテクニックを納得したようであったが、実際には昼間ならいざ知らず、全く道路が見えない夜中にこの走りをするのは、「国際」A級ライセンスを持っているドライバーにも厳しいのではと青葉は思った。
 
「でも、ちー姉いつの間にそんなライセンスなんて取ったの?」
「車に乗るのも女に乗るのも大好きという大先生に言われて取ってきた」
「なるほどー」
「今月もちょっとレースに出てきてと言われたけど忙しいから断った」
「ほんとに忙しそうだもん!」
 
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麓まで降りた後は阪和道・近畿道を走り、結局わずか1時間半で大阪市街地に辿り着き(一応スピード違反はしていない。千里は全行程を制限速度ジャストで走りきった)、瞬高さんが住職をしているЛЛ寺で降ろした。すると全然連絡していないのに、瞬高さんが自身で迎えに出てくれて
 
「お疲れさん。安全運転(!?)で来たみたいね」
などと言った。
 
ちゃんとこちらの到着時刻が分かっていたふうなのはさすが瞬高さんである。青葉は瞬嶽師匠の弟子の中で、いわば客人格の自分や菊枝を除けば、この人が最も力量が大きいのではと、しばしば思う、
 
その後千里は車を新大阪駅前のカラオケ屋さんの所に寄せる。電話連絡で矢鳴さんが店の前に出てきていたので、千里とタッチして、矢鳴さんが運転席に座り、青葉を高岡まで送ってくれた。矢鳴さんと青葉が高岡に帰着したのは16日の朝8時で、青葉はそのまま学校に出て行った。
 
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矢鳴さんはそのあとインプを運転して東京に戻っていった。青葉はひょっとして矢鳴さんは冬子の担当ドライバー佐良さんよりヘビーな仕事をしてないか?と思った。千里がしばしば「神出鬼没」なのは多分インプであちこち走り回っているからだ。JALのサファイヤ、ANAのプラチナだとも言っていたし、などと青葉は思う(実際には飛行機の搭乗が多いのは半分は雨宮先生のせい)。
 
一方の千里は新大阪のカラオケ屋さんで朝まで寝てから、6時の新幹線で東京に戻り、16日から18日まではバスケの練習でたっぷり汗を流したようである。
 

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月曜日、青葉は学校で郷土史に詳しい黒呉先生に、七尾城の攻防について教えて欲しいと言い、先生は資料なども取り出して詳しい経緯を話してくれた。
 
「その上杉謙信に内応して長一族を倒した遊佐続光とかはその後どうなったんですか?」
 
「謙信が生きていた間は良かったんだけど、やがて謙信が死んで越後の国が後継者争いの御館の乱(おたてのらん)をやっていた間に織田信長が侵攻して結局能登は信長の物になってしまう。それで前田利家が七尾城に入ったんだけど、利家はその城を使わず、七尾港のそばに小丸山城を築いて居城とした。現在の七尾市街地はこの小丸山城の周囲に発展したんだよね」
 
「はい」
 
「それで信長は長一族を殺したのは許さんと言って、遊佐一族を処刑してしまう」
「ああ・・・・」
 
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「でもなんか不条理ですね」
と話を聞いていた日香理が言う。
 
「戦争に正義なんて無いよ」
と黒呉先生は言う。
 
「勝利した側が、負けた側を悪と決めつけるだけ」
 
「まあ、そんなものかもね」
と近くで話を聞いていた小谷先生も言う。
 
「実際現代の歴史学では、そもそも畠山義慶・義隆を殺したのが遊佐続光なのではということになっている」
と黒呉先生。
 
「それも都合良く罪を押しつけられたって気がするけどね。だって正史を綴ることになった信長側から見たら長一族は都合の良い人で、遊佐は都合の悪い人なんだから」
と小谷先生。
 
「勝てば官軍、負ければ賊ですか」
と青葉も言う。
 
「そうそう。どんなに酷い悪事を働いていても、権力を握っている間はその人が正義なんだよ」
と小谷先生。
 
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「世の中なんか間違っているなあ」
と日香理は言う。こんなことを言える日香理はやはり純情な心を持っているんだろうなと青葉は思った。
 
「遊佐続光と一緒に内応をした温井景隆・三宅長盛の兄弟は信長勢が侵攻してきた時、逃げ延びて上杉家に保護され、本能寺の変の後、再度能登を奪還しようと上杉景勝の支援のもと、石動山(いするぎやま)を拠点に天平寺門徒と一緒に軍を起こすのだけど、前田利家・佐久間盛政と長連龍の連合軍に敗れて戦死している」
 
石動(いするぎ)というと、鉄道ファンには山口県の特牛(こっとい)駅と並ぶ難読駅名として有名な「石動駅」(小矢部市)が知られているが、そちらの石動は元々、この石動山の虚空蔵菩薩像を前田利秀(利家の甥)がその地に移転したことから生まれた地名である。石動町と石動山は30kmほど離れている。
 
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「ああ、そこで長連龍が出てくる訳ですか」
 
七尾城攻防戦の時に織田信長に支援を求めて行っていたため、長一族で唯一生き残った人である。
 
「一族の恨み晴らすべしというので凄い殺戮をしたみたいだよ。石動山って昔は何千人もの僧がいる山岳仏教の一大拠点だったんだけど、比叡山の焼き討ち同様に敵陣に居る者は幼い子供でも容赦なく殺し尽くしたらしい」
「わぁ・・・」
 
「でも命令とはいえ子供を殺すのは織田側の武士も辛かったと思うよ」
と小谷先生が言うと
「やはりそうですよね」
と日香理は納得するように言う。
 
「一方畠山家で生き残った畠山義春は上杉謙信の養子になり、上条上杉家を継いでいる。この家は関ヶ原では東軍に付いて家康に可愛がられ、徳川家の旗本としてその後ずっと存続したんだよ」
と黒呉先生。
 
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「へー。なんかそういう話を聞くと救われる気がする」
と美由紀が言う。
 
「春王丸の弟も上杉家の家臣・北条景広の養子になったらしいけど、彼の消息はよく分かっていない。北条景広は御館の乱で上杉景虎側に付いちゃったからね。景広自身はこの戦いで死んでいる。畠山義春の方は上杉景勝側に付いたから、その後も生き延びるんだけど。春王丸の弟は七尾城攻防戦は生き延びたけど、御館の乱で養父と一緒に死んだ可能性もある。もっとも畠山家の子孫であれば大事にしてもらった可能性もある」
 
「そういうのって、どっちにつくべきか凡人は悩みますよね」
「それで運命は大きく変るからね」
 

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