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■春色(9)
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(C)Eriko Kawaguchi 2015-06-28
「年度末で忙しいのにごめんね」
と桃香は大学時代の友人・美緒に言った。
「問題無い、この時期は逆に授業がほとんど無いからわりと負担は小さいんだよ」
と美緒は言う。
彼女は大学を卒業した後、地元の群馬県に戻って高校の先生になった。大学時代はさんざん男遊びをしまくっていた彼女が、先生なんかになっていいものか?と友人達は随分不安を持ったものである。
「いやスカートなんて穿いたことないから、どんなのがいいのかさっぱり分からなくて。会社の通勤着にズボンはやめてくれと言われたんでスカート買わなきゃと思ったんだけど、そもそも用語が分からないし。千里はなんか忙しいみたいだし」
「まあ私なんかは割と服装は適当だし、ズボンで学校に出て行っても別に何とも言われないけどね。でもだいたいはスカート穿いていく日が多いよ」
「なんかスカートなんて女装させられてるみたいでさ」
「桃香、男の子になりたいわけじゃないよね?」
「うん。そのつもりは無い」
「じゃ見に行こう、見に行こう」
と言って美緒は桃香をブランド・ショップに連れて行った。
「どんなのが好み?」
「あまり女、女、してないのがいい」
「そうだなあ。これとかは? 結構ビジネスっぽい」
「ふーん。2800円か。結構するなあ」
「桃香、1桁読み違ってる」
「ん?」
「スカートが2000円や3000円で買える訳ないじゃん」
「うっそー!? これ2万8千円!? たかがスカート1枚なのに」
「スカートは安い所でも1着5000-6000円するよ。桃香、上場企業のOLになるんでしょう? このくらいの服を着ていかなきゃ笑われるよ」
「ひぇーー!!女ってなんて大変なんだ?」
「やっぱり性転換する?」
「男は男で大変そうだしなあ」
「千里からは予算20万円程度でスカートとかセーターとか4-5セット適当に見繕ってあげてと言われているし。取り敢えずこれキープね。千里のクレカ預かってきてるんでしょ?」
「うん」
と言って桃香は千里のVISAカードを見せる。
「お、ゴールドカードじゃん。限度額は気にせず使えそう。じゃこのカードは今日は私が預かっておこう」
「頭がくらくらする」
さて3月15日の午前中、青葉のいる高岡では、先週事故を起こしていたのを助けた女性(?)遊佐さんが青葉の自宅までやってきて、これに合わせて、美由紀・日香理もやってきた。吉田君は「あの人が男だったか女だったか、結果だけあとで教えてくれ」などと言っていた。
遊佐さんが美由紀のリクエスト通り、ケーキを持って来てくれたので美由紀はご機嫌である。輪島のケーキ屋さんで吉野屋というところのケーキらしいが、田舎のケーキ屋さんのものとは思えない美味しさである。
「車の修理は終わったんですね?」
「ええ。実は昨日受け取ったんですよ。修理代10万も掛かりました」
「大変でしたね!」
「自分が居眠りしたのが悪いんですけどね。でもなんか最近車の修理ばかりしていて。車屋さんにとっては上得意って感じですけど」
「そんなに事故が多いんですか?」
「もうホント呪われてるんじゃないかと思うくらいですよ」
「お、呪いなら青葉の出番じゃん」
と美由紀が言う。
「もしかして何か霊関係のお仕事か何かなさっているんですか?」
と遊佐さん。
「青葉は日本一の霊能者ですよ」
と美由紀。
うーん。。。結局関わることになりそうだなと青葉は思う。本当は呪いにはできるだけ関わりたくないのだが。
「実は私を呪いたくなる人なら心当たりがあるんです」
と言って遊佐さんは語り始める。
彼女は現在フリーランスのライターで、様々なコラムを雑誌等に執筆しているらしい。イラストの腕もあり、挿絵とセットのコラムも人気があるということであった。
彼女が心当たりがあるといったのは、彼女がまだこの仕事を始める前、会社勤めをしていた時の同僚らしい。
当時、社内に病弱でちゃんと執務ができない状態になっている社長を廃して、メインバンクから送り込まれてきていた専務を新社長にし銀行の全面的な支援を背景に会社を建て直すべきと考える人たちと、社長の弟でMBAの資格を持ち、当時こちらの会社の経営からは離れ独自に自然派化粧品の会社を興してそちらの社長をしていた人を呼び戻して社長をさせるべきと考えている人たちが対立していた(両社には資本関係などは無いしメインバンクも別であった)。
遊佐さんはできるだけ中立を保ちたかったものの、結局専務派の友人に誘われてクーデターに参加し、社長は解任されて専務が新社長になった。しかしこの新社長が企画して出した新商品がいきなり大コケしたのであった。また新社長はクーデターの論功行賞のため、社内にやたらと多数の役職を作り、あわせていわゆるライン&スタッフ型の社内体制を確立しようとしていた。遊佐さんも取締役商品開発企画室長という、意味があるのかないのかよく分からない役職に就けられる(室長といっても部下はいない)。社員が150人しか居ないのに取締役の人数が20人にも及んだ。
しかしこの会社はこれまでトップの数人の取締役以外は全員基本的には平等なフラット型で、プロジェクト毎にリーダーを定めて仕事をする方式であったので社内には戸惑いの声が多かった。係長や主任が大量に生まれたが、主任になった層から係長になった人と給料に格差が付けられたことへの不満が高まったし、取締役になったことで残業手当がもらえなくなった層はこれまで凄まじい仕事をして高額の時間外手当をもらっていた人ばかりなので、住宅ローンが払えないなどといった悲鳴が出た。社内の手続きも煩雑化し、単純な書類の決裁にも時間が掛かるようになった。
また新社長は会社の業績が不安定なことから、ずっと取引があった大手メーカーにこちらの株を35%くらい買ってもらうことを画策していた。事実上の会社売却方針であり、これには古株の社員の中にかなりの反発が生まれる。
そこに前社長の弟から接触があったのである。
あの新社長のやり方ではこの会社は長くもたない。再度クーデターを起こさないか?自分を社長にしてくれ。この会社は自由な気風がないと運営していけない。メーカーに売却したら資産や顧客だけ取り込まれて社員は大半が解雇されるのが目に見えている。自分は社員のやる気を引き出す運営をしたい。役職の数もぐっと減らして社内の風通しをよくしたい。それで志気を高め、会社の業績を回復させようというのである。
悩んだ末、遊佐さんは新社長に不満を持っていた元常務でクーデター後は副社長になっていた人を巻き込んで、この再クーデターに参加した。それで元社長の弟が会長、元常務が社長に就任し、遊佐さん自身も新しい常務になってこの3人によるトロイカ体制で新しい秩序を確立した。取締役も7人に減量、旧取締役の大半は残業手当をもらえる、取締役ではない部長に降格。次長・部長補佐・室長などの微妙な役職も課長に統一。係長・主任も廃止して実質フラットに近い体制を復活する。それで5年ほど仕事をし、確かに会社は元気を取り戻し業績もあがった。しかしさすがに常務という仕事は心労も多く、副業でやっていたイラストの方の仕事をけっこう注文してもらえるようになってきたことから、会社を辞めて、能登に引き籠もったのであった。
基本的にネットさえあればどこでしてもいい仕事であったのもあったが、ここで能登を選んだのは、とにかく自然が豊かで仕事をするのに必要な発想を得るのに良かったこと、当時健康を害していて、空気や水のきれいな所に住んで身体を回復させたかったことなどがあった。
「それと実は妻の実家がこちらにあったもので」
と遊佐さんは初めて、自分に「奥さん」がいることに言及した。
「お子さんもおられるんですか?」
と美由紀が興味津々な様子で訊く。
「2人居ます」
「性別は?」
「そのあたり細かいことは勘弁してください」
と遊佐さん。
「美由紀、個人情報保護法、個人情報保護法」
「はーい」
「でもその2回のクーデータで私はけっこう恨みを買ったと思うんですよ。最初のクーデターでは当時、社長の奥さんから、かなりきつい恨み言を言われました。社長本人は、実質仕事ができない状態になっていたこともあり、仕方ないと受け入れてくれたんですけどね。私は社長にいちから仕事の仕方を習ったようなものだったから『ブルータスお前もか』という感じだったと思うんですよ」
と遊佐さんは言う。
「更に2回目のクーデターでは、結局自分は最初のクーデターを起こした同志を裏切った訳だから、ひどい罵り方もされました。私は会社を守り社員の生活を守るにはこれしかないという苦渋の決断だったんですけどね」
「そういうのって辛いですよね」
「彼らに理解してもらえるとは思っていません。でもそれで会社から追放された人の中に、私とけっこう心霊的なネタでよく話していた人がいましてね。あの人が本気で私を呪おうとしたら、利くんじゃないかという気もして。そもそも常務をしていた時代に私が健康を壊していったのが、ひとつはその呪いのせいではないかという気もしてですね」
青葉はじっと話を聞いていた。
そしてじっと目をつぶって考えていたが、やがて言った。
「これは呪いではありません」
「ほんとですか!」
と遊佐さんは嬉しそうに言う。
「強いて言えば、遊佐さん自身で、自分はいけないことをしたのではないかという罪悪感を持っていて、それが膨らんでしまったものです。そこに土地に関わるものが作用して、体調をくるわせたり、心の隙間を広げたりしているんですよ」
「そうか・・・・要するに自分が悪いのか」
「そうです」
「そんな気も半分はしていたんですよね」
「呪いかも知れないと思うのは、自分の心の弱さから来るものです。みんな物事がうまく行かないと誰か他人のせいにしたくなるんですよ」
「私がしっかりしないといけないんですね」
と遊佐さんは目をつぶるようにして言った。
「お子さんがふたりおられるんでしょ? ママとしても頑張らなきゃ」
と青葉は言った。
遊佐さんは顔を下に向けて苦笑するようにした。
「私ね、けっこう子供のお友達とかからは誰々ちゃんのママとか言われるんですよ」
「それでいいと思いますよ。親であり女性であればお母さんなんです」
「私、それでいいんですよね?」
「いいと思いますよ。あなた女性でしょ?」
と青葉が訊いたのに対して彼女は少し考えてから決意したように
「はい、私は女性です」
と答えた。
「遊佐さん、これをお渡しします」
と言って青葉は先週、七尾城で女装の男の子からもらった白い勾玉を彼女に渡した。
「これは神棚とかにでも置けばいいのでしょうか?」
青葉は考えた。そして言う。
「家の南側の敷地内に埋めて下さい。遊佐さんの家・・・・南側に窓がありませんか?」
「よく分かりますね。居間の窓が南に面しています」
「その窓のすぐ下に埋めるといいです」
「分かりました! ありがとうございます」
「土地の物の影響については、今日は午後から予定があるので来週にでもそちらにお伺いして見てみましょう」
「済みません。よろしくお願いします。あ、でも・・・」
「何か?」
「相談料はおいくらくらいお支払いすれば」
「気持ちでいいですよ」
と青葉は笑顔で言う。
そばから美由紀が補足する。
「この子はお金持ちからはたくさん、貧乏な人からは少ししか取らないんですよ。同級生の相談事は、おやつ1個で受けてますから」
「では適当な額を」
と遊佐さんは言った。
遊佐さんが帰って行った後で、青葉は美由紀・日香理や、他に空帆など総勢10人ほどで富山に移動して、KARION富山公演を見に行くことにする。青葉は富山に向かう、開業したばかりの《あいの風とやま鉄道》の電車デッキから千里に電話した。
「バスケの練習中だよね。ごめん」
「うん。いいけど何?」
「ちー姉。数日前に大船渡まで付き合ってもらったばかりで申し訳無いけど、来週って時間ある?」
今回の案件では千里の力を借りた方がいい気がしたのである。
「私は全日本クラブバスケット選手権があるから18日まではその練習に集中したい。19日は休んで、20日は某所に行って、21日から23日までは京都でクラブ選手権に出た後、28日までユニバーシアード代表候補の合宿」
「忙しいね!」
「そうそう。だから会社には全然出られない。でも19日だけ空けてたから、その日の15時くらいまでなら付き合ってもいいよ」
「じゃ、ちょっと**市まで付き合ってくれない?」
「いいよ。何か小道具要る?」
青葉は考えた。
「★★院の御札が欲しいかも」
「それって取りに行けばいいの?」
「でもいつ取りに行こう」
「今から行くとかは?」
「そうしようかな」
「今日の練習は19時くらいに終わるから、その後★★院まで付き合ってあげるよ。矢鳴さんが今日の夕方そちらにインプを取りに行くことになっていたんだけど、東京じゃなくて大阪に回送してもらう」
と千里が言う。
「えっと・・・」
青葉はすぐ頭が付いていかない。
「だから青葉はそちらの打ち合わせが終わったらサンダーバードで新大阪までおいでよ」
「あ、何となく分かった!じゃそうする」
千里の6-19日の行動
6日夜 桃香と一緒にエルグランドで東京を出る。7日朝高岡到着。
8日 桃香・青葉・美由紀・日香理・吉田を乗せて七尾往復
9日 午後から桃香・青葉・朋子を乗せて大船渡へ(朋子と交代で運転)
10日 青葉の家族の終焉の地を回る (運転は慶子)
11日 エルグランドで一関に移動(同乗者:朋子・桃香・宗司)。
インプに乗り換えて矢鳴と交代で運転して高岡へ(同乗者:朋子・青葉)。
※エルグランドは佐良が運転して桃香を乗せて東京へ。
12日 日中、矢鳴と交代でインプを運転して大阪へ。
矢鳴はそのあと新幹線で東京に戻る。
13日 夜インプを運転して富山へ。
14日 富山市で冬子・龍虎・支香を拾って高岡へ。
15日 朝、新幹線で東京に戻り40minutesの練習に合流。
午後矢鳴が新幹線で高岡に来て、インプを運転して大阪へ(1700→2200)
青葉は富山での打合せ終了後サンダーバードで新大阪へ(1911→2225)
千里は練習終了後、東海道新幹線で新大阪へ(2000→2233)
矢鳴は大阪で休憩し、その間に千里と青葉が高野山へ(夜0時着)
16日 130→300 ★★院から大阪の瞬高の寺へ
330 矢鳴と合流。矢鳴が青葉を乗せてインプを運転し高岡に戻る(330→800)
千里は大阪で休憩後朝一番の東海道新幹線で東京に戻り40minutesの練習に参加。
インプはその後矢鳴が高岡から東京に回送。
18日 夜桃香とふたりでミラに乗り高岡へ。
19日 桃香は高岡で留守番。青葉と千里がミラで能登へ。
20日 夜3時頃青葉と千里が高岡に戻る。朝6時頃、ミラで桃香と千里が高岡を出る。
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