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■春色(4)

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貞治は「やはりこれを着るしかない」と思ってその服を身につけた。中学校の駐車場に駐めた車の中で鏡を見て「変な所ないよね?」と再確認する。何か言われるかなぁ。でも「黒い服を着てきてください」「きちんとした服装できてください」という2つの命題を満足する服装はこれしかないと考えた。
 
時間が迫っている。もう行かなくては。
 
よし。
 
と決断すると、貞治は車を出て学校の校舎の中に入っていった。えっと・・・母親控室はどこだっけ?と思ってキョロキョロしていたら、見知った顔の教頭先生が通りかかる。
 
「おはようございます、遊佐さん」
「あ、どうもおはようございます」
「お母様方の控室はそちらを行って突き当たりを左手に行った所ですから」
「ありがとうございます」
 
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教頭先生がこちらの格好を見ても何も言わずにふつうに対応してくれたので貞治はちょっと拍子抜けする思いであった。
 

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保護者控室という紙が書かれている。貞治はちょっとためらったものの勇気を出してドアを開けて中に入った。
 
数人の見知った顔の母親と目が合う。こちらが軽く会釈をすると向こうも会釈してくれた。あれ〜。なんかみんな普通の反応だ。やはり私こういう格好で良かったのかな、と貞治は思う。
 
ひとりのお母さんが寄ってくる。
 
「おはようございます、遊佐さん」
「おはようございます、山倉さん」
 
「なんか緊張しますよね。歌詞、覚えました?」
「何とかなったかなという感じかな。でもわりと単純で歌いやすい曲ですね」
「やはり歌が下手くそなアイドルが歌う歌だから簡単に作ってあるんでしょうね」
「ですよね〜」
 
山倉さんと会話するうちに貞治はますます自分がこの格好で来て良かったんだというのを確信していた。
 
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やがて卒業生を祝う会が始まる。保護者一同は体育館に入り、保護者席と書かれたところに座った。1年生・2年生による「出し物」が演じられる。卒業生もステージにあがり、様々な楽器を持って今年大ヒットしたディズニーアニメの主題歌『Let It Go』を演奏した。
 
その後、2年生有志で編成した4人編成のバンドがステージに上がり、ゆずの『栄光の架け橋』、絢香の『にじいろ』、ZONEの『secret base〜君がくれたもの〜』を演奏した。
 
そのあと保護者の出番である。一同ステージに上り、府中さんのピアノ伴奏でみんな歌い出す。
 
貞治がきれいなソプラノボイスで『心のプラカード』を歌っていると、隣に立っている山倉さんが、へーという感じの顔をしていた。
 
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やがて歌い終わり、拍手とともに全員ステージを降りた。
 

その日の夕方、担任から自分の携帯にメールが来ているのに貞治は気づいた。
 
「遊佐さん、こういう所にスカートとかはやめてもらえませんか?ちゃんとズボンを穿いてきてください」
 
貞治は実際の祝う会の席では他のお母さんたちと結構和気藹々に会話していたので、担任からのメールにちょっと不快感を覚えた。でも・・・・私、背広なんて絶対に着たくないし。
 
そんなことを思いながらも、疲れを押してカレーを作る。小学生の娘・礼恩が妖怪ウォッチのビデオを熱心に見ているのを微笑ましく思う。そこに中学生の真白が帰宅する。
 
「真白、今日はお疲れ様」
と声を掛ける。
「お父ちゃんもお疲れ様。来てくれて、ありがとうね」
と真白が言うので、貞治は心の中で涙があふれてしまう。
 
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「礼恩、おやつは〜? あ、ひどーい。僕の残ってないじゃん!」
と真白が言うと、礼恩は逃げ出して2階に上ってしまう。
 
「ありゃー。ちゃんとお兄ちゃんの分、取っておけよと言ってたのに」
「まあしょうがないや。何か他におやつ無いかなあ」
「食パンでも食べる?」
「そうする〜。おなか空いた〜」
 
と言って、真白は食パンにサラミハムとチーズをはさんで食べ始める。
 
それから思い出したように言った。
 
「そうそう。お父ちゃん、今日は綺麗だったよ」
 
貞治は心の涙腺の蛇口が全開になってしまった。
 

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その日、七尾にひな人形を見に行くメンバーは朝、伏木駅に集合するということだったので、青葉は朝ご飯を食べた後で、千里の運転するエルグランドの2列目に座り、駅に向かった。助手席には桃香が座っている。
 
駅で美由紀・日香理・吉田君を拾う。美由紀と日香理が青葉と並んで2列目に乗り、吉田君が3列目に乗った。
 
千里は伏木駅からそのまま海岸沿いの国道415号を北上する。
 
「あれ?高速に乗らないの?」
「行きは低速、帰りは高速というのもいいかなと思って」
「なるほどねー」
 
青葉はぼんやりと曇り空の雨晴海岸を眺めていた。青葉は小さい頃、父の車に乗せられてここに来て、殺され掛けている。実はその時、小学生の桃香に命を助けられているのだが、そのことを青葉も桃香も認識していない。ただ青葉はあの場所ってどのあたりだったかなぁ、などと思いながら景色を見ていた。
 
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車はやがて氷見市街地を通り抜け、県道18号に入る。氷見市と七尾市を結ぶ県道で、富山県側は富山県道18号、石川県側は石川県道18号と県境を越えても県道番号は同じになっている。
 
「交通量が減ったかな?」
と桃香が言う。
「うん。たぶん高速を通る人が増えたんだよ」
と千里。
 
「この道、カーブが多いからなあ」
「都会の道しか走ったことのないドライバーさんには恐ろしい道に思えるだろうね」
 

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そして車が急傾斜で急カーブの続く道を登り切り、石川県側に入って少し行った時のことだった。
 
「千里、あれ」
「うん。停めてみよう」
 
道路の外に車が1台逸脱していて、女性が1人そのそばに立っているのである。
 
「事故ですか?」
と千里は運転席の窓を開けて尋ねた。
 
「すみません。ちょっと居眠りしちゃって。ここ携帯が通じないんですよ。もし良かったら電波の来る所まで乗せていってもらえたりしませんか?」
と女性が言ったが、その声は男声であった。
 
千里は気にせず答える。
「いいですよ。なんか雨でも降りそうな天気だし、アルプラザまで行きましょう」
 
それで千里はその女性をエルグランドの3列目、吉田君の隣に乗せると車を出した。
 
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「お仕事ですか?」
と2列目に乗っている青葉が彼女に尋ねる。
 
「ええ。ちょっと物書きをしているのですが、締め切り前になかなかアイデアが浮かばなくて。ドライブしながら考えている内に瞬眠をしちゃって。ハッと気づいたら草むらを走っているので、ブレーキ!!私の足、動いて!!と思ったら、何とか足が動いてくれて、ギリギリ崖からは転落せずに済んだのですが」
 
「それは不幸中の幸いでした」
 
「でもタイヤ全輪パンクしてるし自力では道に戻れないのでJAF呼ばなきゃと思ったんですけど携帯が圏外で」
 
「まあこのあたり何も無いですからね」
 
青葉と彼女の会話に日香理はポーカーフェイスだが、美由紀は彼女に興味津々な様子であった。
 
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やがて車は県道18号と国道159号の交点の所にあるアルプラザ鹿島まで降りてくる。巨大な駐車場を持った能登地区最大のショッピングモールである。
 
「ありがとうございます。助かりました。あの、あとで御礼にお伺いしたいので名前を教えていただけませんか? あ、私は遊佐と申します」
 
と彼女が言う。すると美由紀が
 
「あ、はいはい。高岡市**町**の川上青葉と言います。事情があって表札は高園になってます」
 
と言って、勝手に青葉の住所を書いて渡した!
 
「ケーキとかも大歓迎ですよ」
などと美由紀が言うので
 
「じゃ来週にでもケーキ持って御礼にお伺いしますね」
と彼女は笑顔で言って降りて行った。
 

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「私たちもここで一息入れないか?」
と桃香が言うので、アルプラザで休憩することにする。フードコートで適当に各自注文してきて一緒に食べる。
 
「ね、ね、ニューハーフさんだったよね?」
と美由紀がカツ丼を食べながら言う。
 
「でも声さえ出さなきゃ完璧に女性にしか見えなかった。たぶんああいう生活がもう長いんだろうね」
と日香理も言う。日香理はサーティーワンのアイスクリームを食べている。
 
「え?あれ男の人だったの?女の人と思ってた」
と桃香が言う。
 
「いや、俺は声の低い女なのか、女装の男なのか判断付きかねた」
と吉田君は言っている。
 
「まあ来週来てくれるらしいから、またその時にじっくり観察を」
などと美由紀は言っている。
 
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「しかしやはりこの山道は上手な千里の運転でも辛い」
と桃香。
「まあ道自体が曲がりくねっているからやむを得ない部分もあるよね」
「今回は行きと帰りの乗り心地比較ですね」
 
「ところで青葉、あの人に何したの?」
と千里が訊く。
「ああ、さすがちー姉は分かったね」
 
「乗ってきた時と降りた時の波動が微妙に違っていたから」
と千里は言う。
「何か霊的な攻撃を受けていると思ったから防御性能を高めてあげた」
と青葉。
 
「何かの呪い?」
と桃香が訊く。
「呪いではないと思う。だよね?ちー姉」
と青葉。
「さあ、そういうの私はよく分からないから」
 

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「越の国」は、最初、越前・越中・越後に分割された後、越中から加賀が独立した。そして加賀から能登が独立して5ヶ国となった。現在では過疎の地である能登が国として独立したのは、昔はここが物凄く栄えた地だからである。
 
博多から松前方面に至る日本海航路の拠点として能登には大きな勢力を持つ豪族が栄え、現在でもその屋敷跡が保存されていて史跡となっている。その能登国を中世に支配したのが畠山氏である。
 
特に七代目・畠山義総(1491-1545)は名君で難攻不落な七尾城を築き、能登の海産物や交易品などを中央に献上して、能登の地から国政にも関与したと言われる。
 
この七尾城は中世の典型的な山城で、七つの尾根(松尾・竹尾・菊尾・梅尾・亀尾・虎尾・竜尾)に曲輪(くるわ)が伸びていることから七尾城と名付けられた。この七尾城は現在七尾市街地にある小丸山城とは別のもので、七尾市郊外の山の上に建築されたものである。険しい山自体が自然の防御になっていて、非常に攻めにくい城であった。
 
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しかし義総の息子の八代目・義続は国主としての器量に欠け、家臣団の台頭を許し、能登国は家臣の畠山七人衆が実質的に共同統治する国となり国力も低下していく。
 
義続の息子の九代目義綱はこのような乱れを糺し、きちんと国主が統治する体制を整え直し、低下した国力の回復に努めた。ところがこれに不満を持った家臣団は、義綱を追放し、まだ13歳であった義綱の息子・義慶を当主に据えて家臣団の共同統治体制を復活させてしまう(永禄九年の変 1566)。このあたりから能登国は衰退の一途を辿る。
 
その義慶は21歳になった1574年に家臣団により暗殺されてしまい、次の当主にはその弟で2つ年下の義隆が据えられるが、これも意のままにならぬと見られると続けて暗殺され、とうとうまだ4歳であった、義隆の息子・畠山春王丸が当主に据えられてしまう(1576)。
 
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要するに「物を言う当主は邪魔」ということである。そして家臣団の中でやがて織田信長と親しい長続連が中心になってくるが、ここで困ったのが越後の上杉謙信である。
 
元々上杉は永禄九年の変で追放された畠山義綱を支持して、変後の家臣団たちと対立していた。しかし能登の勢力と対立すると日本海交易で同様に莫大な利益を得ている上杉としてはやりにくい。それでしぶしぶ彼らと和議を結んでいたのだが、あからさまに信長と親密な勢力が台頭してくると、ひじょうにまずい。そこで上杉は能登に直接介入したのである。
 
 
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