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■春色(2)
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紅川とヒバリ親子は午後の飛行機で福岡空港から那覇空港に飛ぶと、そのまま宮古島まで乗り継いだ。到着したのは18時であるが、この日の宮古島の日没は18:40である。空港まで紅川の娘が車で迎えに来ていたので、紅川が助手席、ヒバリ親子を後部座席に乗せて車は夕暮れ迫る宮古島の道を走る。そして1690mもの来間大橋を渡って、宮古島の隣に浮かぶ小島・来間島(くりまじま)に渡った。そして車は島の中の道を5分ほど走った。
「わぁ・・・・」
ヒバリが歓声をあげた。
「これは凄い」
とヒバリのお母さんも声をあげる。
一面のコスモス畑であった。
沖縄では、コスモスが1−3月頃に咲くのである。4人は車から降りてその景色を見る。もう太陽は西の海に沈んでしまうばかりである。しかしその夕日を浴びて、一面のコスモスは薄紫の花を咲かせていた。
4人は日が沈んでしまうまでその景色に見とれていた。
「社長、私、このコスモスが枯れるまで毎日見たい」
とヒバリは言った。
「うん。いいんじゃない? でもお薬はサボらずにちゃんと飲むのが条件」
「はい」
「ということで、どうですかね? お母さん」
と社長は尋ねる。
「私、娘のこんなに活き活きとした顔、久しぶりに見ました。病院に連れ戻すよりその方がいいと思います。でも滞在費は・・・」
「いいですよ。私の実家に泊めましょう。うちの女房をこちらに東京から呼び寄せて世話をさせることにしますよ。ってのでどう?」
と社長は娘さんに訊く。
「お母さんはいつも宮古に帰りたいなんて言ってるからいいと思うけど、お父さん、お母さんの目が無かったら浮気するんじゃないの?」
「いや、それは僕も控えるよ。月1回くらいで我慢するから」
「それそのままお母さんに言おうか?」
「勘弁して」
青葉が千里に電話して、こちらに来た時に七尾まで連れて行ってくれないかと言ったところ、じゃ車で行くよということであった。千里と桃香は実際には3月6日夜に向こうを出て夜通し走って7日朝、こちらに着いた。
「あれ?ミラじゃないんだ」
ふたりは友人からの借り物だというエルグランドに乗っていた。
「いや〜、ミラは私が一昨日、自爆してしまって」
と桃香は言っている。
「何したの?」
「駐車場が見当たらなかったんだけど、上の方にあがる道のようなものを見付けて、その先に駐車場があるのかなと思って進入したら、人が通る道だったようで。道幅が狭くて道路にはさまってしまって。強引にバックで出たら車体をかなり痛めてしまって入院中」
と桃香。
「まあ人に怪我させたり、自分が怪我した訳じゃ無いから」
と千里。
「この車はもしかして冬子さんの?」
「そうそう。ふたりは今週末仙台だから使っていいよというので借りてきた」
と千里。
青葉は石川県七尾市まで24段1000体のひな人形を見に行きたいのだと言った。
「何人行くの?」
「私を含めて4人。それでちー姉か桃姉に運転をお願いできたらと思っていたんだけど」
「このエルグランドは8人乗りだから、ふたりとも行けるな。運転交代要員ということで」
と桃香は言っているが
「私が往復運転するよ。桃香は助手席に乗ってて。冬の新車を本人もまだ運転する前に傷つけたりしたらさすがに叱られる」
と千里は言っている。
「うん。実は昨夜もずっと千里が運転して、私に運転を代わってくれなかったのだ。ひたすら寝てたから楽だったけど。この車は広くて寝やすいぞ」
と桃香。
「冬子さんまだこの車運転してないの?」
「そうなんだよ。私や★★レコードさんが付けてくれたドライバーさんが運転してて。あの人忙しいしね」
「まあそもそも運転手兼付き人くらい必要なレベルだよね」
「でも冬子の付き人は1週間で辞めると思う。忙しすぎて」
「かもねー」
「今日のホームルームの時間はコサージュ作りをします」
と担任に代わって教壇の所に立った家庭科の先生が言った。
「卒業式に卒業生と、お母さんとの胸に飾るコサージュをみんなで手作りしましょう。材料をこちらに用意していますので、左の席の人から順に、箱の中から1個ずつ取っていって下さい。なお、色は自由ですが、もしお母さんが来られなくて、お父さんが代わりに来る予定の人は、紺などの濃い色を選ぶとよいと思います」
それで左の列の子から1人ずつ出て行っては材料を1個ずつ取っていく。真白は列に並んで材料を取る時、リボンの色をどうしようと一瞬悩んだ。しかし、赤、黄色、青などの派手な色のリボンを選んで席に持っていった。
隣の席の美里が訊いてくる。
「遊佐君、派手な色のリボン選んだね。お母さん来てくれるの?」
「うーん。どうかな。お父さんでもいいと思うけど」
「そうだね。遊佐君のお父さんなら派手な色でも似合うかも」
そんな彼女の言葉を聞きながら、うちのお父さん、どういう格好で出てくるつもりかなあ、と真白は考えつつ、コサージュ作りの作業を始めた。
桃香と千里の今回の帰省の用事は、桃香が4月から就職する会社の誓約書に保証人の署名捺印が必要というので、それをもらいに来たのが主目的であった。一人は母(朋子)にお願いするが、もうひとりの保証人としては千葉県館山市に住んでいて、いつも桃香にいろいろ目を掛けてくれている伯父(桃香の父の兄)に頼むことにしている。
取り敢えず夕食の買い物に行くことにする。
最初千里は近くのスーパーに行くつもりだったのだが
「大型の車があるなら」
などと言われて、結局イオンモール高岡まで行くことになる。
青葉の本があふれているので、スライド式本棚を買おうという話で、そのほかトイレットペーパーとかキッチンタオルとか、お米とかかさばるものを色々買った。借り物の車なので車内を傷つけないようブルーシートを持参して、その上に置いた。
夕食に関しては桃香の希望が反映される。
「やはり鰤を食おう、寒鰤、寒鰤」
と桃香が言う。
「若干、シーズン終わりつつない?」
と千里。
「うん。さすがに1月頃からすると味が落ちてるんだよね〜。でも鰤買っていこうか」
と青葉が言って、結局、サクになっているものを買う。ついでにタラ、イワシ、スルメイカ、甘エビなど近海物を主に買って帰った。
もっとも夕飯になる前に、3人がかりでスライド式本棚の組み立てに1時間半掛かった!
青葉の部屋には本棚3つに本が収納されていて、それも入りきれなくなっていたので、本棚のひとつを桃香の部屋に移動させ、そこにスライド式本棚を置いたのである。
「しかしこういう作業では千里は全く戦力にならんということがあらためて分かった」
と桃香が言っている。
「ごめーん」
「でもソフトハウスの仕事してたら、現地に行ってパソコン組み立てないといけないこととかもあるんじゃないか?」
「うーん。そういう時は、分かる人に付いていってもらう」
「千里、プラモデルとか作ったことある?」
「少女雑誌の付録の紙工作も完成したことはない」
貞治は真白の担任の先生から回ってきたメールを見て困惑した。
「明日は卒業生を祝う会です。教職員一同もきちんとした服装をします。お母様方も、ジーンズや衿の無い服などはご遠慮ください」
え〜? じゃ用意していた黒いトレーナーとか、黒いコットンパンツとかは使えない?? どうしよう。
貞治はいっそのこと欠席しようかとも思った。しかし真白の大事な式典だ。欠席する訳にはいかない。
貞治は晩御飯を作りながら、コタツで勉強している真白をチラっと見て悩んだ。
本の収納があらかた終わった所で夕食にした。
「やはり炊きたて御飯に、新鮮な鰤の刺身はいい!」
と桃香は富山湾の海の幸に感動しているようである。
「千葉だと勝浦漁港とか?」
「うちの近所のスーパーは、マグロとかサーモンとか遠洋物ばかりだなあ。それも鮮度に問題がある」
と桃香が言うと
「ごめーん。鮮度の良い魚を売っているお店は遠いし高い。それでどうしても肉料理ばかりになっちゃうのよ」
と千里が言っている。
「都会はそんなものだろうね」
と母。
「桃姉のところはお仕事4月1日からなの?」
と青葉は訊く。
「うん。新宿の何とかホールという所に全国の新入社員800人ほどを集めて式典やるらしい。女性は振袖を着てくれと」
と桃香。
「お姉ちゃんたち、今年も新しい振袖作ったんだっけ?」
と青葉は訊く。
「そうそう。安いのだけどね」
と桃香。
「私も桃香も結局成人式の時の振袖がいちばん高い」
と千里。
「桃香、入社式には成人式の時の振袖着ていくといいよ。あれ糊糸目の加賀友禅だもん」
「そのあたりの用語が私にはさっぱり分からんのだが」
「糊糸目が正式の友禅の作り方でゴム糸目は略式。制作工程が簡単になるんだよ。加賀友禅は結構糊糸目のものがあるけど、京友禅は現在ほとんどゴム糸目になっている」
と千里は説明するが
「簡単になるなら、そちらの方がいいではないか」
などと桃香は言っている。
千里と桃香は「安いものが好き」という共通点はあるのだが、千里が品質を確保した上での安さを求めるのに対して桃香は、とにかく安ければいいという点が微妙な違いである。
「でも私はもう振袖の着付けが自分ではできん。千里1日の朝、頼んでいい?」
と桃香。
「うん。私もその日は桃香のアパートで朝御飯食べて桃香の着付けをしてから自分の会社に出ることにするよ」
と千里は言う。
ふたりはこれまで千葉市内の同じアパートに住んでいたのだが、4月からは各々の通勤の都合もあり、世田谷区内の別々のアパートで暮らすことになった。桃香のアパートは小田急・経堂駅から歩いて1分、千里のアパートは東急・用賀駅から歩いて5分ほどで、両者の距離は2kmほどである。実際には主として千里がミラで桃香のアパートに出かけて、結局夜は一緒に過ごしたりもするようだ。駐車場を両方のアパート近くに確保しているほか、自転車も装備している。
「千里ちゃんの所は入社式とかは無いの?」
「4月1日に新入社員5人をオフィスに並べて社長が何かスピーチするみたいなこと言ってましたよ。どっちみち5人とも既に仕事してるし。服装も普段通りで」
「なるほど」
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