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■春色(14)

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同じ3月21日東京。
 
玲羅は困っていた。千里からもらったリストにあったフラワーショップに行ってみたものの、青いバラは売り切れだというのである。そもそもあまり数を多く仕入れないものなので、この時期、あちこちで卒業式が行われていることもあり全部出てしまったようである。
 
しまったぁ、東京ならたくさん置いてあるだろうと少しなめていた。ちゃんと予約しておかないとやばかったと後悔するが今更どうにもならない。取り敢えず千里に、青いバラがどうしても調達できなかったので、赤や白のバラの花束を持っていくとメールした。
 
この日、渋谷区のNHKホールでは11:00から放送大学の卒業式が行われていた。父はこの式にスーツ姿で参列しており、この間、母と玲羅は近くのファミレスで待機していた。
 
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「青いバラより、この赤や白のバラのほうがよほどきれいだと思うなあ」
などと母は言っている。
「でも私がちゃんと昨日の内に予約しておかなかったのが敗因。せっかくお姉ちゃんにお金も出してもらったのに」
「お父ちゃんが何か文句言ったらお酒でも飲ませたら、またご機嫌になるよ」
などと母は言っている。
 
やがて式典が終わった後、13:30から赤坂のホテルニューオータニで卒業記念パーティーとなる。これに玲羅と母も付き添った。玲羅は今日は黒いドレス、母は玲羅の卒業パーティーにも着た濃紺のドレスである。
 
父は玲羅が赤や白のバラの花束を渡すと、案の定「青いバラじゃないのか」と文句を言ったが、母が「パーティーが終わったら、どこかでいっぱいやりましょうよ」と言うと、かなりご機嫌を直した。
 
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しかし凄い人数である。
 
玲羅の大学の卒業パーティーは22歳の学生に会費1万円は結構きついということもあり、参加者がそう多くは無かった。しかし放送大学の卒業生はみんな社会人で経済力があることもあるのだろう。会場はかなり混雑していた。食べ物を取りに行ったり、父が同じ北海道の受講生でスクーリングで会ったことのある人と立ち話をしたりしている間に、3人ともバラバラになってしまう。
 
パーティーもたけなわとなった、15時頃であった。
 
武矢は
「ご卒業、おめでとうございます」
という若い女性の声に振り返った。
 
見ると、きれいな振袖を着た、背が高く髪にきれいなカンザシを付けた女性が笑顔で、薄紫色の花束を差し出している。
 
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「ありがとうございます」
と言って、武矢は反射的にその花束を受け取った。
 
「こちらは、奥様とお嬢様に」
と言って、その花束になっているのと同じ花っぽい、1輪だけラッピングされたものを2つ渡される。
 
「あ、ありがとう」
「では失礼します」
 
と言って、振袖の女性は人混みの中に消えていった。
 
武矢がそれを見送っていると、
「お父ちゃん、やっと見付けた」
と言う声がする。
 
玲羅である。
 
「この人混みの中で、はぐれると、なかなか会えないね。お母ちゃんは?」
「分からん。それより何だか花束をもらった。卒業生へのサービスかな」
 
などと武矢が言うので玲羅が見てみる。
 
「これ、青いバラじゃん!」
「え?これが青いバラなの?」
 
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「確かに昨日私が付けてたコサージュの色とは色合いが違うね」
 
あのコサージュは貴重な品で借り物なので、昨日返却している。
 
そして武矢が持っている花束には生の青いバラが10本包まれているのである。
 
「それとこれ、奥様とお嬢さんにと言われて渡されたんだけど」
と言って、1本だけ青いバラを包んだものも2つ持っている。
 
「すごーい。私に?」
と言って1本もらう。
 
「あ、お母ちゃんのも預かっておくね。でもいい香りだぁ」
と玲羅は言っている。
 
「確かになんか凄い強烈な匂いがするな、これ」
「うん。バラって香りが強いからね。それが10本も束になっていると、本当に凄い匂いだ」
 
「でも何で俺に女房と娘がいること分かったんだろ?」
 
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玲羅は直感した。が念のため父に訊いてみる。
 
「渡したのどんな人だった?」
「あれ?何でかな?顔が思い出せない。でも紫色の蝶々の絵の入った振袖着てた。あ、髪に桃色の石が沢山ついたカンザシをしていた。背丈は俺より高かった。最近の女の子はでかいなあと思った気がする」
 
やはりお姉ちゃんだ!
 
お姉ちゃん、私の卒業式の時もオオムラサキの振袖を着てローズクォーツの石が沢山ついたカンザシしてたもんね。
 
今日は京都でバスケの試合だから行けないって言ってたのに、試合が終わってから駆け付けてきたのだろうか? でもよく、この青いバラをこんなにたくさん入手できたね!!
 

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千里はその日、京都の島津アリーナで9時半からの1回戦に出た。32チームでトーナメントをしているので、この日はこの1試合だけである。それで試合が終わるとすぐに会場を飛び出し、円町駅から山陰本線の電車に飛び乗る。そして12:05京都駅発の新幹線に乗ったのである。これが14:25に東京に着き、そこから丸ノ内線で赤坂見附まで行き、7分ほど歩いてニューオータニに入った。青いバラは玲羅から連絡をもらった後、実は桃香に頼んであちこち電話を掛けまくってもらい、確保できた所に取りに行ってもらって、東京駅で受け取ったのであった。
 
「でも妹さんの卒業式にもお父さんの卒業式にも顔出せて良かったな」
と桃香は言っていた。
 
「うん。今回は桃香にもだいぶ無理してもらったね。ごめんね」
と千里。
 
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「それは気にしなくていい。私と千里の仲じゃん。水くさいこと言うな。青葉にも隠すことなかったのに」
 
「いや実際今回はどちらもタイムスケジュールが厳しくて、本当に顔を出せるか自信が無かったんだよね」
と千里は言う。
 
「それに青葉のお仕事の手伝いして、それで玲羅の卒業式に間に合わなかったりした場合、それが青葉に知られたら、青葉が気が咎めるじゃん。だから取り敢えず黙っておきたかったんだよ。桃香が小松から飛ぶ方法があるの見付けてくれて、本当に助かった」
 
昨日の場合、羽田から飛ぶ方法、新潟から飛ぶ方法、小松から飛ぶ方法、伊丹から飛ぶ方法などがあったが、玲羅の卒業パーティーに間に合うのは小松から飛ぶ方法だけであった。
 
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最初に考えたのが羽田から飛ぶ方法だったのだが、これだと羽田に入るのがどうしても9時半になってしまうので札幌駅に13時過ぎにしか着かない。そもそもあの日は千里は自分で運転する体力がなく桃香頼りだったのだが、桃香の運転だと9時半に着けるかどうかも心許なかった。
 
新潟空港・伊丹空港を使うパターンは朝1番の便に乗れるといいのだが、それ自体がひじょうに微妙であった。富山→新千歳は14:20→15:50しか無いので話にならない。
 
ところが小松→新千歳は(この月は)8:20→9:55があり、これを使うと現地でブーケを調達した上で卒業パーティーには先頭にちゃんと間に合うという計算が成り立ったのである。高岡から小松までは(桃香の運転でも)1時間で移動できるのでこの飛行機には確実に乗れたのである。
 
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これを遊佐さんの家から高岡に戻る途中、青葉に運転してもらっている間に千里は桃香にメールして調べてもらったのであった。航空券は残席3だったのを即押さえ、ブーケも桃香が朝一番に札幌の花屋さんに電話して予約しておいたものである。
 
今回は2日とも、千里と桃香の連携プレイだったのである。
 

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「今日のバラの調達もほんとに助かった」
「うまい具合にストックのある店が見付かって良かったよ」
 
「今日の行程も綱渡りだったんだけどね。でもまあ両方間に合ったから後は青葉にも情報解禁ということで」
「OKOK。バスケの試合も勝てて良かったな」
「うん。ありがとう」
 
「だけどあの青いバラ、ほんとに高いな。青いサイネリアなら10分の1の値段で買えるのに」
「だって青いバラって、ご所望だったんだもん」
「千里の父ちゃんなら、きっとバラとサイネリアの区別はつかん」
「ああ、そうかも知れないけどね〜」
 
そして千里は父に青いバラの花束を渡した後、また新幹線で京都にとんぼ返りして、チームメイトの泊まっているホテルに戻ったのであった。
 
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なお父が千里の顔を「思い出せなかった」のはあの場で揉めないようにするため、父が千里の顔を認識できないよう《くうちゃん》にブロックを掛けてもらっていたためである。
 

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3月23日(月)。
 
真白は高校の合格発表を見に行った。自分の受験番号があるのを確認する。
 
石川県の公立高校では最初に受験者数が発表された後で1度だけ志望校を変更することができるようになっている。それで金沢市などの一部の有力校を除いてはだいたい定数とほぼ同程度に受験者が調整されてしまうので面接によほど非常識な服装で行くとか、変な言動をしない限りはまず落とされることはない。
 
真白もまあ落ちる訳が無いとは思っていたものの、番号を見たら安心した。高校の校舎内に入り、入学関係の書類を受け取る。それで帰ろうとしていたらちょうど美里がこちらに来る所だった。
 
「真白合格してた?」
「うん。美里は?」
「おめでとう。こちらも合格」
「そちらもおめでとう」
「あ、一緒に帰ろうよ」
「あ。うん」
 
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それで海辺の道を一緒に歩いていたのだが、美里が突然思い出したように言う。
 
「真白、こないだから、神社にお祓いに行かなきゃって言ってたじゃん。行った?」
「あ、まだ行ってなかった」
「じゃ、一緒に行かない? 高校合格のお礼参りも兼ねて」
「そうだねー」
 
それでふたりは市内中心部から少し外れた所にある大きな社殿を持つ神社に行く。実はお正月にもふたりは偶然遭遇してここに一緒にお参りしたのであった。
 
「今気づいたけど、この神社って姫神様なんだね」
「うん。**町の**宮と対らしいよ。祭られている神様が姉妹なんだって」
「へー」
「私たちも考えてみると、いつも姉妹みたいにしてたね」
「僕、一応男なんだけど」
「女の子になってもいいよ」
「ごめん。そのつもりは無い」
「女装はしないの?」
「美里に女装させられた時だけだよ」
「まあ私たちこのまま姉妹みたいな友だちってことでいいかな」
「姉妹というのにはひっかかるけど、僕たちは友だちでいいよね?」
 
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美里も頷いていた。
 
社務所で祈願の趣旨を説明すると「開運厄除でいいかな」と宮司さんが言い、紙に書いていた。祈願料に(実は父からもらっていた)五千円を払う。使い込む前で良かったなと真白は思った。
 
待つ人も居ないのでそのまま祓処に案内され、巫女さんから2人とも大幣でお祓いを受ける。そして昇殿する。
 
巫女さんが太鼓を叩く中、宮司さんが祝詞を奏上する。「**市**に住まいする遊佐真白の開運厄除」と名前が読まれるのを聞くと、ちょっと面はゆいような気分だ。
 
しかし真白は祝詞を聞いていて、心の中が洗われていくような感覚を覚えた。これ何だか気持ちいい・・・・。巫女さんの鈴祓いを受けると心身ともにきれいになったような感覚である。渡された玉串を捧げる。更に祝詞は続く。巫女さんが笛を吹く。真白は美しい音色だなと思って聞き惚れていた。
 
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「なんかいろいろもらったけど、これどうすればいいんだっけ?」
と真白が訊く。
 
「御札は神棚の左側に置けばいいよ。お米はふつうにご飯に混ぜて炊けばいいし、削り節は豆腐にでも掛けて食べればいいんじゃないかな」
と美里。
 
「お酒は?」
「まあ神棚に置いておけばいいんじゃないかと。真白んち、お父さんもお母さんもお酒飲まないって言ってたよね?」
「うん。うちの親はふたりとも酒もタバコもしない。健全というか面白くないというか」
「私たちで飲んじゃう?」
「入学前に退学になるようなことはやめとこーよー」
「だよねえ」
 
「ねぇ、真白のお祓いに付き合ってあげたから、私にもひとつしてくれない?」
「うん、いいけど」
「じゃ、ちょっと目を瞑って」
「何するのさ?」
 
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真白は笑って目を瞑った。
 
すると突然真白は唇に柔らかく生暖かいものが接触するのを感じた。
 
何これ!?
 
と思って目を開けると、そこには超至近距離に美里の顔があった。美里は目を瞑っている。
 
まさかこれキス!??
 
なんで美里が僕にキスするの〜〜〜!???
 
真白は頭の中が混乱していた。
 

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