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■東風(14)
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8月17日、日食観測取材の“オーディション”に合格してしまった青葉は、迎えに来てくれた矢鳴さんのオーリス(千里2の車)で帰宅した。
青葉はこの2日間の“オーディション”は業務として参加したことになっているものの、18日以降はすぐ金沢の放送局の仕事に復帰しなければならないのではないかと思った。それで矢鳴さんの車の中から石崎部長に電話してみた。すると
「休職期間中にバスケの実況1日、作曲家アルバムの取材5日しているから休職期間を6日延長して、8月25日まで休み」
と言われた。
現役継続問題も何か言われるかなと思ったがその話は無かった。青葉は1年間アメリカで訓練を受けるというのはあまりやりたくないので、だったら現役を続けた方がいいかなと、かなり迷いの気持ちも出ていたのたが、それについては宙ぶらりんである。
だいたい1年も彪志と離れていたら、きっと彪志のお母さんがまた変なことを始めかねない気がする(普段自分が彪志を放置していることは棚に上げている)。
浦和に戻ったら、取り敢えず1週間は水泳の練習でもしながらコスモスから頼まれた作曲もしようなか・・・と思っていた。が、翌18日(水)の朝、とんでもない人物から電話が掛かってきたので、青葉は仰天した。
日本水連の鈴木大地会長である。
鈴木大地さんは、水泳をする人にとっては神様のような人だ。
1988年のソウル五輪100m背泳で金メダルを取得。この時出した日本記録55秒05はルールが変更されてバサロ泳法が制限されたこともあり2003年4月の日本選手権で錦織篤が54秒54を出すまで、14年半も破られなかった。
現役引退後はハーバード大、順天堂大のコーチを務め2013-2014年に水連会長、2015年に初代のスポーツ庁長官になり、昨年退任後、今年6月、6年ぶりに水連会長に復帰した。
それで青葉はその日の午前中矢鳴さんに送ってもらい、国立競技場に近いJOC本部ビル (Japan Sport Olympic Square) 8階にある日本水連内で鈴木会長と会ったのである。
いきなり転ぶ。
「大丈夫?」
「はい。誰かに足首掴まれた気がしたけど、きっと気のせいです」
転んだことで心の防御壁が全部吹き飛んだ。
そして鈴木会長の格好良いビジュアルを間近に見て青葉はボーっとしてしまった。
「金メダル2個銅メダル1個おめでとう」と言われ、エア握手して座り、会長のお話を聞いたのだが、青葉は半分雲の上にいるような感覚だった。
会長は言った。
「君はオリンピックで金メダルを2個とって、頂点を極めたと思ったかも知れない。でもそれは違う。君はまだ発展途上だ」
そういう観点は無かったので、青葉は虚を突かれた思いだった。
「自分の場合もオリンピックで金を取った時、まだ21歳で自分としてはまだまだこれからのつもりだった。しかしルール改定で、自分の泳ぎ方が否定されてしまい、自分は再度ゼロからスタートしなおした。しかし力及ばず1992年バルセロナには行くことができず現役引退した。自分としては道半ばで挫折したような気分だった。川上さんはまだまだ伸びる可能性を持っている。何といっても、これまで弱点だった女子長距離界で日本に金メダルを持って来たのは大きい。川上さんに追いつき、追い越そうと必死で頑張っている若い中高生の選手たちも大勢いる。その子たちの夢となり、また追いつくべき目標となるためにもせめて後7年、ロサンゼルス・オリンピックまでは現役を続けて欲しい」
せめてパリまでというのは先日から、(同学年の)南野さんとかからも言われていたのだが、鈴木会長は2028年のロサンゼルスまでと言った。千里姉は
「青葉は見た目は実年齢より10歳年上に見えるけど、肉体的には5歳若い」
などと言っていた(前半は余計だい!)。
ロサンゼルスは31歳になるけど、5歳若いのなら26歳。まだ現役行けるかも知れない気がした。
元々凄い人と会って、少しぼーっとしていたこともあり、青葉は言ってしまったのである。
「分かりました。ロサンゼルスまでは自信ないですけど、取り敢えずパリまでは頑張ります」
「うん。パリでは今度は金メダル4個くらい取ってよ」
あはは・・・4個って、何と何のメダル取ればいいんだっけ?
それで青葉は現役継続に合意して、まだボーっとしたまま水連を出たのであった。
水連を出て矢鳴さんに(千里姉の)オーリスで迎えにきてもらって浦和に戻る最中に、現役継続に合意したことを少し後悔した。でもそれで1年間の訓練には行かなくて済むし。
取り敢えず石崎部長に電話した。
「おお、君はまだやってくれると思っていたよ。歓迎歓迎。君の退部届けは処分しておくね」
と石崎部長(本当は受け取ってすぐ捨てちゃったけど)。
「君の勤務体制は漆野君とも話し合ったけど、取り敢えず年内は君の担当番組だけの勤務ということとで」
「担当番組というと」
「作曲家アルバムと北陸霊界探訪ね」
「あはは」
「ニュースとか読む必要はないから、毎日水泳の練習していればいいから」
「分かりました」
結局3月からの体制に近い状態になるのかな。まあ霊界探訪はしてもいいかな。
「月に2〜3回、スポーツの実況とかを頼むことがあるかも知れない」
「はい、それはやります」
「私の身分は休職中のままになるんでしょうか」
「うーん。そのあたりは適当でいいんだけど」
いいのか?
「じゃパリ五輪までは通常のお仕事はしなくていいということで」
よく分からないんですけど!?
「給与は適当な名目で月30万は保証するから」
その程度の仕事量でそんなにもらっていいのかしら?まあスポンサー料みたいなものかな?(霊界探訪の分の霊能者としての謝礼をもらってないことを忘れている)
「じゃいただけるものは頂きます」
「よしよし」
ということで、青葉の身分は何だか曖昧な状態になるようであった。
青葉が東京オリンビックを終えるまでということで退職願いを保留されていた、森本メイはその日、漆野報道部長に呼ばれた。
「川上君がさあ、東京オリンピックで金メダル2個と銅メダル1個取ったでしょう」
「ああ、はい。凄いですよね」
「それで東京オリンピックで引退するはずが、このままパリを目指してという声が圧倒的でさ」
「そうでしょうね」
「結局説得されて、現役を継続することになったから、休職期間も続くことになって」
「えっと・・・」
「それで申し訳無いけど、取り敢えず2月くらいまで君もアナウンサー続けてもらえない?」
「え〜!?」
「来年度は1人多めに採用するからさあ」
「そうですねぇ。分かりました。頑張ります」
と森本メイは答えた。
青葉は19日にHonda-Jet で送ってもらい、金沢に戻った。そのまま放送局に行き、今年入社した片林アナウンサーが司会するローカル番組でメダル3個を披露。彼女のインタビューも受けた。
日食観測については、石崎部長の方から辞退の連絡を入れてもらった。それで1年間のNASAでの訓練の話はキャンセルになったものの、取り敢えず2月に1度他の4人と一緒にNASAに行き“宇宙飛行士テスト”だけ受けてきてくれと言われた。それでパスポートの期限を確認して必要なら更新してと言われる。
「パスポートは2017年に一度切り替えているので2027年まであります」
「だったら大丈夫だね」
青葉は20歳になって性別を変更したのでその時新しいパスポートを取得している。その有効期限が2027年まである。
「多分、川上君を念のため予備登録したいんだろうと思う」
と石崎さんは言う。確かに今のような状況では予備要員がいないと、何かあった時に困るだろう。コロナに罹り、万一後遺症が出ると超低圧環境に耐えられない身体になる可能性もある。
なお感染対策で、往復にはチャーター機を使用するし、日本のワクチンパスポートがあればアメリカには隔離期間無しで、メディカルチェックだけで入国できるはずという話だった。
でも千里姉が打ってくれたワクチン、パスポートとか出るのだろうか?と疑問に思う。
その点を千里姉に電話してみたら
「ああ。パスポートは発行してもらえるように処理しておく」
という話だった。
実際翌日「接種証明書」が送られてきた。接種者は東京都内の病院名が書かれていた。念のためネット検索すると実在する病院のようである。どういう経緯でここの病院の名義を借りたのだろう?と思ったが、いいことにした。
8月18日(水).
舞音withスイスイが歌う『こどものうた』が発売された。これは幼稚園・保育園などが園の費用で買う所(ほとんどが“おゆうぎ”の振付け付きのDVDセット)が相次ぎ、“隠れたベストセラー”となる。収録曲は下記22曲である。
『鬼のパンツ』
『山の音楽家』(りす:舞音、うさぎ:康恵、ことり:雪花、たぬき:コリン)
『めだかの学校』
『かわいいかくれんぼ』
『あまだれこぞうさん』
『やぎさんゆうびん』
『ドレミの歌』
『おさかな天国』
『タイカジキ、カニエビ、イカタコ、サケマグロ』
『パンのマーチ』
『黒猫のタンゴ』
『ニッキニャッキ』
『とんでったバナナ』
『およげ!たいやきくん』
『山口さんちのツトム君』
『おてんきじどうはんばいき』
『銀ちゃんのラブレター』
『猫ふんじゃった』(ピアノ:水谷康恵)
『鞠と殿様』(三味線:木下宏紀)
『クラリネットをこわしちゃった』(クラリネット:コリン)
『森のくまさん』(ギター:篠原倉光、バンジョー:木下宏紀)
『大きな古時計』(ギター:篠原倉光、バンジョー:木下宏紀)
『山の音楽家』では、舞音がリスでヴァイオリン、康恵がうさぎでピアノ、雪花がことりでフルート、コリンがたぬきで太鼓(スネアドラム)を実際に叩いている。つまり普通「キュキュキュッキュッキュ」と歌う代わりに実際のヴァイオリンの音を「ソファミミミ、ファミレレレ」と入れている。それで合奏もその4つの楽器の音がそのまま鳴っている。
コリンは他にも『クラリネットをこわしちゃった』で実際にクラリネットを演奏しており、他にもいくつかコーラスに入ったのが音として残っており、結構彼女のパフォーマンスはアルバムに残ることになった。映像としてもあちこちに出ている。
『大きな古時計』は日本でよく知られているスローテンポの“みんなの歌”版ではなく、本来の曲調に戻し、アップテンポのカントリー風に歌っている。日本ではこういう演奏は珍しいと思う。『森のくまさん』もカントリー風である。
2021年8月20日(金).
アクアはその日の昼12時から、ΛΛテレビで記者会見を開いた。ここで一緒に並んだメンツが凄かった。
アクア本人の左隣に醍醐春海(千里)、右隣がコスモス社長、その隣に雨宮先生、上島先生、千里の向こうには田代涼太、そして誰もが関係に首をひねった長野支香、そして多くの人が知らない女性(志水照絵)。つまりこう並んでいた。
照絵 支香 涼太 千里 アクア コスモス 雨宮 上島
アクアの記者会見で8人も並ぶのは異例である。
最初にアクアの後見人である千里が発言した。
「この会見には多数の記者さんがネット参加して下さっていますが、今日のアクアの話はひじょうに長いので、記者さんたちにお願いします。ご質問に関しては、たいへん申し訳ありませんが、アクア本人の話が一通り終わってからにして頂けませんでしょうか?このΛΛテレビの放送枠は1時間取って頂いておりますが、その1時間でアクアの話が終わるギリギリくらいになると思います。そこまではできたら地上波で全国のファンの方にお伝えしたいのです」
記者たちはだいたい頷いているようである。それでアクアが語り始める。
「私の記者会見にこんなにたくさんの記者さんがネット参加して下さって本当にありがとうございます。またテレビを見て下さっている方も、ありがとうございます」
とアクアは最初に挨拶した。
「本日は8月20日で私の20歳の誕生日です。そして実は私に関するある情報を20歳になるまでは公開しないことを、デビューする時点で関係者の会談により決めていたのです。それをとうとう解禁にするので発表させて頂くことにしました」
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