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■東風(4)

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「エルちゃん、でかした」
とコスモスはゆりこに言った。
 
「則竹さんは風来坊だからさ、いつひょいと辞められるかと不安だったけど、エルちゃんの旦那になってしまえば、逃げ出すことはないだろうから、こちらは大助かりだよ」
などとコスモスは笑顔で言う。
 
「少々遅刻しても叱られないので、楽みたいですよ」
「まあ技術部門のトップなんだから、彼を叱る人はいないけどね」
「それより“身内”になることで、労働時間無視して仕事させられるのではと戦々恐々としているようです」
 
「それはなかなか良い勘してるね!」
とコスモスは明るく言っていた。
 
「私妊娠してもいいですか?」
とゆりこはコスモスに尋ねる。
 
「じゃ妊娠中は、彼に女装して副社長を代行してもらおう。彼の女装がちゃんと女に見えるのは確認済みだし」
 
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以前ライブの打ち上げでうまく乗せられて女装したのをコスモスは偶然見ている。彼はW69のスカートが入るのである。
 
「技術部長の方は?」
「忍法影分身で」
 

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なお、この結婚では則竹の方が、ゆりこの苗字“蓮田”を名乗ることにした。これはコスモスの結婚同様、ゆりこが多数の会社の役員に名を連ねており、その名義を変更するのが大変すぎるからである。
 
それで彼は蓮田星児になるが、社内では旧姓の則竹をそのまま使用する。
 

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青葉たち“津幡組”はオリンピックの開幕が迫る7月20日になって、能登空港からA318を使って熊谷に移動した。
 
水泳日本代表の一部は、長野県東御市のGMO湯の丸高原アスリーツパークで高地トレーニングをしていたのだが、津幡組は、これにも参加していない。独占して練習ができる津幡プライベートプールでひたすら練習していた。
 
またこちらに出て来ても、基本的にレースのある日以外は熊谷の郷愁プール(50mx10)または深川アリーナのサブプール(25mx4)・臨時プール(24mx4)を独占的に使って練習を続ける。この臨時プールはオリンピック期間中だけという約束で特別に許可を取り、駐車場内に設置したものである。8レーン作ることで、津幡組(青葉・南野・竹下・金堂/ジャネ・筒石・福山・広島)が全員1レーン独占して使用できるようにしている。むろん津幡・熊谷同様各レーンをアクリル板で分離している。
 
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50mプールで泳ぎたい人は熊谷で、短水路でもいいから近くで泳ぎたい人は深川で、思う存分泳いでもらおうという趣旨である。
 
熊谷からは§§ミュージックのヘリコプターで東京ヘリポートに運んでもらえることになっており、体力的な負荷は小さい。東京ヘリポートからも深川アリーナからも会場のアクアティクス・センターまでは5kmほどである。
 
今回のオリンピックの日程は女子長距離組については、このようになっている。
 
7/24 20:05 400m個人メドレー予選
7/25 11:12 400m個人メドレー決勝
____ 20:06 400m自由形予選
7/26 11:20 400m自由形決勝
____ 19:49 1500m自由形予選
7/27 (競技無し)
7/28 11:54 1500m自由形決勝
7/29 19:02 800m自由形予選
7/30 (競技無し)
7/31 10:46 800m自由形決勝
 
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24日はメドレー代表の川上・金堂・南野の3人で東京に出て来た。そして予選に臨んだのだが、青葉が予選6位、金堂さんが8位で決勝に進出したが、南野さんは14位で決勝に進めなかった。南野さんは
 
「世界のレベル凄すぎる〜!」
などと言っていた。どうも気合負けしてしまったのもあるようだ。彼女は2年前の光州での世界水泳にも出ていないので、こういう大舞台は初めてだった(同年のイタリア・ユニバーシアードには出ている)。
 
青葉は世界水泳の時はこの400m個人メドレーでは予選でフライング失格になり、青葉の失格で繰り上げで決勝に進出した金堂さんが銀メダルを取った。金堂さんにとってはゲンの良い競技であるが、青葉も今回はきっちり決勝に進んだ。
 
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この日、青葉と金堂さんは深川アリーナに泊まり込み、深川のサブプールでひたすら泳いだ(サブプールは青葉・南野・金堂・竹下、臨時プールはジャネ・筒石・希美・夏鈴に割り当てている)
 
そして25日午前、会場の東京アクティクスセンターに入る。名前を呼ばれてスタート台に立つ。
 
思えば高校3年の時、体力を付けようと思って水泳部に入ってから、6年間、まさか自分が世界選手権、更にはオリンピックなどというものに出ることになるとは思わなかった。でも今回の大会で、自分の水泳選手生活も終わりだと思うと自然と気合が入っていく。
 
号砲を聞いてから一瞬置いて飛び込む。
 
最初はバタフライである。青葉は無心に泳いでいた。
 
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1往復してから、背泳ぎに切り替える。スタミナは充分あるので、スパートを掛けるように全力で泳ぐ。1往復してから平泳ぎである。更にスパートを掛けるが、さすがオリンピックのファイナルである。みんな速い速い!青葉は順番は考えずにひたすら泳いだ、
 
そして最後の自由形である。限界を超えて腕を動かし、足を動かす。水を叩く腕が痛いのは気にしない、青葉は必死で泳いだ。
 
そしてゴール。
 
一瞬意識が遠のくがすぐ回復させる。
 
時計を見る。青葉は首を振った。
 
1 JPN KANADO 4:30.74 NR
2 USA MILLER 4:30.75
3 JPN KAWAKAMI 4:30.77
 
金堂さんが、青葉の持つ日本記録(4月の日本選手権で出したもの)を破る好タイムで優勝である。この種目の日本記録はそれまで金堂さんが持っていたのを青葉が破っていたのだが、金堂さんは3ヶ月半でそれを奪回した。青葉も春のタイムを更新しているが、金堂さんに0.03秒負けている。
 
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青葉は隣のレーンの金堂さんとエア握手。エアハグをして彼女を祝福した。2月のジャパンオープンでメダルを1個も取れなかった不調から、美事に復活してのオリンピック金メダルである。
 
でも・・・私もオリンピックのメタル取っちゃったよ!?
 
なお、この種目の世界記録は、2016年リオ五輪でハンガリーのKatinka Hosszuが出した、4:26.36という物凄い記録である。Hosszuは今回も決勝には進出したが5位であった。
 

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この日(7/25)の午後からは400m自由形の予選があるが、青葉は出ないので千里姉の専用ドライバー・矢鳴春花に浦和の千里邸に運んでもらい、そこで練習した。なお、金堂さんは深川に行った。
 
400mに出る竹下リルとジャネが熊谷から出てくる。南野さんも出場するが彼女は24日の予選の後、深川にそのまま泊まっていた。
 
この400m自由形では、竹下リルだけが決勝に進出し、ジャネは予選20位、南野さんは予選10位(惜しい! 8位との差は0.77秒)で決勝に進出することができなかった。
 
南野さんの東京五輪はこれで終わった。彼女はひとり先に帰すことも考えたのだが、深川で竹下・金堂のコーチ代わりをしてくれることになり、深川に入った。
 
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7月26日(月)10:00からは、さいたま市の大宮アリーナで女子バケットの予選リーグ第1試合があった。千里たち日本代表はフランスと対戦し、74-70で勝利。決勝トーナメント進出に向け大きな1勝を掴んだ。
 
(13-17 21-19 18-13 22-21 T.74-70)
 
この試合に出たのは千里3である。フランス代表のメンバーたちは普段フランスリーグで千里2のプレイを見ているので、普段と全く違う動きに首を傾げていた。どうも千里対策で考えていた作戦が空振りしてしまったようであった。
 
試合終了後
「今日のキュー(*1)は変だ」
などと、向こうの選手が言っていた!!
 
(*1)キュー(queue)は千里のフランスリーグでの登録名。“しっぽ”という意味で、千里の長い髪をしっぽに例えたもの。千里3は千里2風にプレイすることもできるが、この日はわざと自分本来のスタイルでプレイしている。
 
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7月26日(月)11:20.
 
400m女子自由形の決勝が行われた。
 
このレースで日本選手で1人だけ決勝に進出した竹下リルは日本新記録となる4:00.18 で3位に入り、銅メダルを獲得した。
 

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26日夕方からは、1500mの予選が行われた。これに出場したのは青葉・竹下リル・ジャネの3人である。青葉は25日のお昼でいったん浦和に戻っていたが、自分でヴィッツを運転して東京に出て来た(深川に駐めてそこからSCCの運転手さんに運んでもらう)。ジャネは25日夕方400m予選が終わった後、一度ヘリで熊谷に戻っていたが、再度ヘリで東京に出て来た。リルは午前中の400m決勝の後、いったん深川に戻り、また出て来ている。
 
基本的にみんな会場はできるだけ短時間の滞在になるようにしている。また各自、深川・熊谷のどちらにいてもいいのだが、どちらにいるかは幸花に連絡しておくよう求めている(無論JADAにも報告する)。
 
この予選で、青葉とジャネは5組、リルは4組だった。
 
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最初にリルが泳ぐ。彼女はこの組のトップだった!15:50.11 という、春に青葉が日本選手権で出した記録を破る好記録である。青葉は俄然闘争本能に火が点いた。
 
そして青葉が出場する予選最終組が始まる。
 
青葉は同時に泳いでいる他の選手のことは何も考えていなかった。直前に見たリルの泳ぎが頭の中でプレイバックされる。そして彼女よりも速く泳ぐ!ということだけを考えて泳いでいた。
 
ゴール。
 
時計を見る。
 
やった! 15:37.20 という日本新記録(自らの日本記録を更新)で青葉が1位だった。しかし青葉の頭の中には“予選1位”というのより、日本新記録というのより、リルに勝てたというのしか無かった。
 
来年の世界水泳以降は、リルや金堂さんの時代だけど、このオリンピックまではまだ簡単に譲らないよ、と青葉は思った。
 
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リルは結局予選5位の成績で決勝進出である。しかし予選最終組で泳いだジャネは15:59.80 予選9位で決勝進出を逃した(8位との差が0.84秒。物凄く惜しい)。ジャネはレース結果を見て疲れたような表情を見せていた。
 
1500mの決勝は1日おいて7/28に行われる。
 

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ところでこの1500mの予選(19:53-21:22)が行われる直前の19:38-19:52に、女子200m個人メドレーの予選が行われたのだが、この予選に本来出場予定の無かった金堂さんが出場した。実は200m個人メドレーの代表選手2名の内1人が直前に怪我してしまい、日本選手権3位で補欠登録されていた金堂さんが繰り上げ出場したのである。
 
彼女は予選4位の成績で準決勝に進出した。
 
しかし彼女はもし1500mでも代表になっていたら、さすがにどちらかは諦めなければならない所だった。1500mは日本選手権4位で出場資格が無かった。
 

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7月27日(火).
 
12:13 女子200m個人メドレーの準決勝第2組のレースが行われ、津幡組から唯一この競技に出場した金堂さんは3位となり、決勝に進出した。
 

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7月28日(水).
 
東京アクアティクス・センター。
 
まず11:48に女子200m個人メドレーの決勝が行われた。
 
このレース、準決勝3位・3レーンで泳いだ金堂多江は2:08.52という自身の持つ日本記録(2:07.91)に迫る好記録で優勝、400m個人メドレーと合わせて2冠となった。
 

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このレースの直後11:54には、女子1500m自由形の決勝が行われる。
 
青葉は予選1位だったので4レーンで泳ぐ。両隣はアメリカの選手である。予選5位で通過した竹下リルは2レーンである。
 
11:54. 号砲が鳴り、一瞬置いて飛び込む。もう最初から全力で飛ばす。いきなり自分がトップに立ったのを感じた。青葉は無心に泳いでいく。
 
1500mは長丁場だ。しかし子供の頃大船渡湾横断とかやってた頃は、もっと長い距離を泳いでいる。あれは直線距離で2500m, 潮流に流される分を入れると3000m程度あったはずである。青葉はあの頃のことを思い出しながら泳いでいた。
 
あの頃、使ってたような古式泳法で泳ぐのも面白いかも知れないけどね!自由形って、どんな泳法で泳いでもいいんだから。
 
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そんなことを考えながらも身体はフル回転で水を掻き、水を蹴る。両側にいるアメリカ選手が自分より後にいるのを感じる。でもきっと彼女たちは後でスパートを掛けてくる。だからスパートを掛けられても追いつかれないくらい離さなきゃ。
 
ひとつ向こうのレーンで泳ぐ竹下リルも自分より後にいるけど、きっと彼女も後半追い込みを掛けてくる。
 
そんなことをチラッチラッと考えながらも、青葉は一心に泳いでいた。
 
1000mを過ぎた所で、5レーンのアメリカ選手が距離を詰めてくる。青葉は追いつかれてなるものかと、限界を超えて身体を動かす。そして突き放す。ペースは落ちることなく、更にペースアップする(と思ったのだが、後で中間タイムを見てみたら、後半少しペースが落ちていた)。
 
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あっという間にあと1往復の鐘が鳴らされる。
 
もうゴールまでの間に全てのエネルギーを使い切るつもりで青葉は泳いだ。しかし猛烈なスパートでリルが追いついてきたので、こちらも必死に引き離しに掛かる。
 
そしてゴール。
 
一瞬意識が飛ぶが溺れそうになって慌てて意識を戻す。
 
(オリンピックのファイナリストが溺れたら末代までの恥だ!)
 
時計を見る。
 
1 JPN KAWAKAMI 15:37.24
2 USA BROWN 15:38.41
3 JPN TAKESHITA 15:39.03
 
優勝である。リルも3位に入っている。青葉は1つ向こうのレーンのリルと手を振って喜びを分かち合った。
 
でも予選のタイム(15:37.20)より悪い!
 
 
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