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4月19日(水).
千里1はこの日も経堂のアパートで起きると、午前中桃香の病院に行った後、午後は昨日も寄った体育館でたっぷり汗を流す。それから合宿所に置きっ放しのアテンザを取って来ようと思い、北区の合宿所に行った。
顔パスで中に入り、駐車場に行くのだが、困惑する。
そこにはアテンザを駐めていたつもりなのだが、あるのはミラである。
(千里1は16日の晩にアテンザで経堂に行って桃香をF産婦人科に運び、そのまま合宿所に戻っている。実際にはその後、千里3が矢鳴さんに頼んでそれを葛西に回送したのだが、それを千里1は知らない。ミラは《きーちゃん》が今朝ここに持って来たもの)
あれ〜?私、ここにミラで乗り付けたっけ?と千里は疑問を感じたものの、この手の《記憶違い》はよくあることなので、気にしないことにし、ミラに乗って経堂に戻った。
この夜は《きーちゃん》から、京平とのデートは向こうの都合で無しと言われ、ぐっすりと朝まで眠った。
同じ19日、千里2は用賀のアパートで起きると、京平と一緒に朝御飯を食べてから、9時過ぎに一緒に電車に乗って、スカイツリーに行った。そこで展望台まで登って、景観を楽しむ。お昼くらいに渋谷まで戻って一緒に西武百貨店に入り、小籠包(ショーロンポー)のお店に入った。京平は小籠包は初体験だったようで最初はびっくりしていたものの「美味しい美味しい」と言ってたくさん食べていた。
「火傷しないように気をつけてね」
「うん。ちょっと熱いけど美味しいね」
東急でいったん用賀まで戻り、京平をアパートに置いて、留守番しててね〜と言って、ひとりでプラドに乗り、あきる野市の大間産婦人科まで行った。京平は用賀のアパートに置いておく限り、ひとりであっても絶対安全である。あそこはいわば《京平神社》なのである。
14時半頃、千里が病室に入っていくと、桃香は
「あれ?また来たの?」
と訊いた。
「え?来ちゃいけなかった?彼女が誰か呼んでる?」
「いや、そういう意味じゃなくて、午前中も来てくれたから」
「午前中は、私は都内を動き回っていたけど」
桃香は一瞬悩んだものの、まあいいやと思った。このあたりの混乱もまだ落雷の後遺症なのだろうか。そして千里は
「昨日は来られなくてごめんね〜」
などと言っている。
「千里、昨日も午前中来てくれたではないか」
「え?そぉ?あれれ〜?」
それでともかくもしばらく話していたら、そこに朋子と青葉がやってきた。駅から電話があったので、千里が迎えに行ってくれた。
「お母ちゃん、青葉、心配掛けてごめんねー?」
「だってあんた夜中に緊急入院したとかいうからさ」
と朋子は言っている。
平日ではあるが、今日はふたりとも仕事・学校を休んで新幹線で出てきたらしい。
それですぐには産まれない状況だと言うと、あんたやはり一時的でもいいから高岡に戻ってこない?と言われる。千里まで、私もそれがいいと思うんですけどねえ、などと言うが、桃香は頑張って抵抗して、実家に戻る話は無しにした。
「でも千里ちゃんはずっとは付いててられないんでしょ?」
「そうなんですよね〜。海外出張とかもあるし」
「いや入院していれば大丈夫だから」
と桃香は言っている。
「あ、そうだ。5月3日は、和彦(にぎひこ)じいさんの一周忌があるんだけど、今の状況じゃ、あんたたち来られないよね?」
と朋子が言う。
「私はさすがに無理だ」
と桃香。
「産まれる前なら動けないし、産まれた後でもすぐには動けない」
「だよね〜」
「だから済まんけど、母ちゃんと青葉だけで行ってきてくれ」
「分かった」
ところがそこで千里(千里2)が言った。
「だったら、私が桃香の名代で出席しましょうか?」
「来られるの?」
と朋子が驚いて言う。
「5月3日なら大丈夫。トンボ帰りになるけど」
「千里、その時もし私が産気づいたら?」
「大丈夫、その子はその週はまだ出てこないよ」
「そうか?」
それで千里が5月3日は高知県の高園和彦の家まで行ってくることになった。
「千里、落雷の方はもう大丈夫なの?」
と桃香が訊いたら
「ああ、もう全然平気」
と千里(千里2)は言っている。
「落雷って何?」
と朋子が訊くと
「千里は16日の夜に雷に撃たれたらしくて。それで1日入院していたんだよ」
「嘘!?」
「入院というより、私に全く異常が無いんで、病院の先生が不審がって徹底的に調べられただけで」
と本人は言っている。
「本当に大丈夫なの?」
「全然問題無い。ただ、ちょっとそのショックで私自身少し記憶が混乱している部分あるみたい。少し変なこと言っても気にしないでね」
などと千里は言っていた。
「ちー姉、手を握らせて」
と青葉が言う。
「いいけど」
と千里が言うので、青葉は千里(千里2)の手を握った。そしてどうもしばらく千里をスキャンしている感じだ。
一瞬顔をしかめた時、青葉のスキャンは下腹部付近に来ていたので、卵巣と子宮を発見して、顔をしかめたなと千里は思った。但し千里はすぐにその電子的視界をブロックしたので、青葉が確かめるかのように再度その付近をサーチした時、もう卵巣と子宮は青葉の探査にはひっかからない。それで青葉はまた顔をしかめていた。
「身体には異常は無いと思う。それに前よりパワーが上がっている気がする!」
と青葉は言った。
「そのパワーって分からないけど、ひょっとしたら雷で電気エネルギーがチャージされちゃったんだってりしてね」
と言って千里は笑っていた。
「電気人間?」
と言って朋子が顔をしかめる。
「千里ならありそうな気がしてきた」
と桃香まで言っていた。
「そうだ。それで私、その落雷で携帯が壊れちゃったのよ。桃香、私の新しい携帯番号を青葉に転送してあげて」
と千里2は言った。
「あ、うん」
と答えて、桃香は赤外線通信で、千里のデータを自分のスマホ(HUAWEI P9 lite Black)から青葉のスマホ(AQUOS PHONE SERIE mini SHL24 Blue)に転送した。青葉は転送されてきたデータを確認したが
「なんで3つも番号とアドレスがあるの?」
と訊く。
「ああ、壊れた携帯の番号と、新しい携帯の番号」
と千里が言うと
「壊れたら、新しい携帯にその番号を移行すればいいじゃん」
と青葉が顔をしかめていう。
「え?そうなの?」
と千里が言うので、桃香が苦しそうに笑っていた。
それで青葉も千里のいつもながらのIT音痴に呆れて「なぜ2つではなく3つあるのか」という問題には、思い至らなかったのである。
桃香は朋子のスマホ(Kyocera URBANO V03)にもデータを転送していた。
朋子と青葉は今夜は東京に泊まり、明日高岡に帰るということだった。(実際には2人は彪志のアパートに泊まった)
千里2は青葉に「仕事があるから帰るけど、そちらは帰りタクシー使って」と言ってタクシーチケットを渡すと16時半頃病院を出、プラドで用賀に戻った。
京平と少しふれあい、おっぱいも少しあげてからプラドの2列目中央にチャイルドシート、3列目にベビーシートを取り付け、京平をチャイルドシートに座らせる。そして北区の合宿所に行った。
ちょうど19時に宿泊棟の前に車を寄せる。貴司が出てくる。千里が京平にキスして車から降りる。千里と貴司は視線で会話し、言葉は交わさない。身体的な接触もしない。貴司はそのままプラドの運転席に就く。貴司はプラドを発進させた。京平がチャイルドシードから手を振っていた。
千里はプラドを見送ると
「さて頑張るか」
と自分に声を掛け、そこから赤羽駅までジョギングした。電車で深川まで行き、体育館に入る。着いたのが20時すぎだったが、千里は自分の持っている鍵で勝手に開けて中に入り、それから4時間ほど、夜の0時までひとりで練習を続けた。
この日の千里は、2日間ずっと一緒に過ごした京平と別れたこと、貴司と会いながら一言も会話が交わせなかったことで強いストレスがあり、そのストレスを解消するためにも練習をしていた。
「私ってやはり日陰の身なのかなあ。阿倍子さんと離婚させるための秘密工作でもした方がいいんだろうか」
などと、つい口に出して言ってしまった。
その後、千里2はタクシーで葛西のマンションに行き、珍しくビールを1缶空けてから寝た。
一方千里3は4/19は、葛西のマンションで朝起きてから、午前中は作曲、午後は川崎のレッドインパルスの体育館で練習した。そして21時頃、電車で用賀のアパートに入ってそこで寝た。
つまり今夜は千里2と千里3が入れ替わり、千里2が葛西、千里3が用賀で寝たのである。
4月20日(木).
千里1はこの日
・経堂で起きて
・午前中は桃香の見舞い
・午後は深川で練習した後、経堂に帰って寝た。
深川では麻依子と遭遇し
「千里どうかした?調子悪いみたいだけど」
と麻依子が心配して言った。
一方千里3はこの日
・用賀で起きて
・午前中は川崎で練習する。
・午後は葛西で作曲作業の続きをしそのまま寝た。
つまりこの日、千里3は朝は用賀で起きて夜は葛西に帰った。
なお川崎では不二子と一緒になり
「千里さん、どうしたんですか?なんか気迫が凄い」
と言われている。
同日(4/20)、朝、葛西のマンションで目を覚ました千里2は《きーちゃん》に
『2人だけで話したいことがある』
と言って、彼女を呼んだ。
《きーちゃん》は千里が3人になってしまったことに気付いた4/17夜から約2日半、3人の千里の調整のために飛び回っている。
千里にもさんざん過労を注意しているけど、自分もかなりの過労だなと思い、また、こんなんで3人の千里がまた1人に戻るまで3年くらい?やっていけるのだろうかと少し不安も感じ始めた。
そんな時、千里2から呼び出しがあったのである。
千里2は葛西のマンションに居るという。あれ〜?じゃ千里3はどこで昨夜寝たの?と思ったら《くうちゃん》が千里3は用賀で寝たことを教えてくれた。《きーちゃん》は冷や汗を掻く。お互いに自分の分身が存在していることを知らない3人の千里の行動調整は、本当に至難の業だという気がした。