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千里はキョロキョロした。
ここどこ?
どうも空港のようである。時計を見ると23:00であった。
近くに全日空のカウンターがあったので千里は素直に尋ねてみた。
「すみません。ここどこの空港ですか?」
グランドホステスさんは一瞬「へ?」という顔をしたものの、すぐ笑顔で答えた。
「ここは東京国際空港、通称羽田空港の国際ターミナルです。This is Tokyo International Airport, also known as Haneda Airport. This is International Terminal of It, Ms」
英語を添えたのは、ここが分からないというのは、アジア系の旅行者かも知れないと思ったからだろう。
千里は《くうちゃん》が転送してくれたのかな?と思った。
「いちばん早いバンコク行きは何時ですか?」
「0:20のタイ国際航空と全日空のコードシェア便、0:30の全日空便、0:40の日本航空便がございます」
「それ到着時刻もその順序ですか?」
「0:20の便は4:50, 0:30と0:40の便は現地時刻5:00にバンコクのスワンナプーム国際空港に到着致します。現地時刻との時差は2時間で日本の朝7時に相当します」
「0:20に間に合いますか?」
「間に合いますが、パスポート拝見できますか?」
「はい」
それで千里はバッグの中からパスポートを取りだして係の人に見せる。
「滞在日数と渡航目的を教えて頂けますか?」
「日帰りです。財布を無くした友人を迎えに行くだけですから、トンボ帰りになります」
「でしたら往復のチケットをご購入頂けましたら、ビザは不要になりますが」
タイは観光目的の30日以内の滞在にビザは不要である。但し6ヶ月以上有効のパスポートと帰りのチケットが必要である。
「帰りの便でいちばん早いのは何時ですか?」
「羽田行きでしたらスワンナプーム国際空港を9:35の全日空便があります。これは17:55に羽田に到着致します。成田行きでしたらスワンナプーム国際空港を6:50の全日空便があり、これは15:00に成田空港に到着します」
「では帰りはその6:50の成田行きにして、往復でチケット下さい」
「1名様ですか?」
「はい、そうです」
「承知致しました。お支払いは?」
「カードで」
それでGHさんはチケットを発行してくれた。もうビジネスは残っていなかったのでエコノミーにした。帰りはビジネスが取れるということなのでビジネスで取った。
「お荷物は?」
「このバッグだけです。機内に持ち込みます」
「ではこのまま保安検査場をお通り下さい。時間が無いのでお急ぎ下さい」
「分かりました。ありがとうございます」
それで千里は保安検査場・税関・出国審査を通過すると、搭乗口まで行った。
千里は取り敢えず雨宮先生に電話した。
「スワンナプーム国際空港に4:50に到着する全日空便でそちらに向かいます。先生、スワンナプーム国際空港まで来られます?」
「スワンナプームね?ドンムアンじゃなくて」
「はい。スワンナプームの方です」
バンコクにはふたつの国際空港があり、日本からはどちらの空港へも便がある。
「今私を拘束している男に言ってそちらに移動させる」
「男なんですか?オカマさんじゃなくて?」
「オカマに騙されたから、男に捉まっている」
なんだか分からないが、とにかく移動できるのであれば問題無いだろう。搭乗案内が始まるので千里は携帯の電源を切ってその列に並んだ。列に並んだまま考えた。
私、何か他にも大事な用件があった気がする。何だろう??
千里はその時、他のことは思い出すことができなかった。そしてそのままタイ行きの飛行機に乗り込んだ。
23:35頃に千里に連れられて救急外来に来た阿倍子は救急担当医の診察を受けた結果、インフルエンザと診断された。タミフルを処方される。しかしひとりでは歩けない状態なので、とりあえず入院させることにした。0:10頃、部屋に案内される。
「貴司に連絡するよ。今夜は残業?」
と千里が阿倍子に訊くと
「それが貴司は日本代表候補の合宿で東京に行っているのよ」
「え?そうなの?いつまで?」
「19日までなんだけど」
と言いながら、阿倍子は本当に千里はそれを知らなかったのだろうかと疑っている感じではある。
「じゃどうしようか?私は東京に戻らないといけないし」
その時阿倍子は少し考えてから言った。
「千里さん。悪いけど19日まで京平を預かってくれないかしら?あの子に移したくないから。それにあの子、何か千里さんに懐いているみたいだし」
千里も少し考えてから言った。
「分かった。だったら貴司と連絡取って、合宿が終わった貴司に京平を引き渡すようにしようか?」
「あ、そうね。だったらそれでお願いできる?」
「いいよ」
阿倍子としてはあまり千里と貴司を会わせたくはないものの、京平が一緒の状態で変なこともしないだろうと考えた。
それで千里は病院の看護婦さんに、貴司の携帯番号、自分の携帯番号を伝えた上で病院を後にした。ランドクルーザー・プラドを運転してマンションに戻る。戻ったのが0:45くらいである。
そして京平を起こそうとしたのだが、京平は自分で起きてきた。
「ママどうだった?」
「今週いっぱいくらい入院するって。でも大丈夫だよ」
「それなら良かった」
「それでママが入院中京平のお世話できないから、私に預かって欲しいというんだけど、一緒に東京に来る?」
「うん!」
と京平は少し嬉しそうに言った。
それで千里はタンスから京平の着換えを出して旅行用バッグに詰める。スカートも入れてなどというので入れてあげる。京平ひょっとして女の子の服にハマってないか?まあいいけど。パンツ型のおむつを1袋持つ。そして《くうちゃん》に頼んで一緒に東京に転送してもらおうとしたのだが・・・。
『くうちゃん!?』
《くうちゃん》とコネクトが取れないのである。
うっそー!?
どうなっているんだろうと千里は困ってしまった。そういえば、そもそも京平を見ていてくれたはずの《てんちゃん》も居ないことに気付く。
『なんで〜!?』
『お困りか?』
と京平を守っている伏見のお狐さんが言った。
『いえ大丈夫です。車で東京まで移動します』
『分かった。私も付いていってよいか?』
『もちろんどうぞ。よろしくお願いします』
それで千里は京平に青いパジャマに着替えさせてから、一緒に駐車場まで降りて行く。ランドクルーザーの室内にいったんまんべんなくアルコールのスプレーを掛けて消毒した上で、3列目左にチャイルドシート、2列目中央にベビーシートを設置した。
「じゃこの2列目中央の方に乗って」
と千里が言うと
「それに乗るの〜?」
と京平は不満そうである。本人としてはこれはもう卒業した気分である。
「チャイルドシートだと座ったまま眠らないといけないでしょ?」
「それはきついなあ」
「ベビーシートなら寝ていけるからね。このベビーシートは13kgまで大丈夫だから京平でも行けるんだよ」
京平の体重は現在11.7kgである。
「じゃ寝ていく」
「うん」
「朝になったらチャイルドシートの方に移動していいから」
「うん。起きたらそっちに行く」
それで京平を寝せてから運転席に就く。エンジンを掛けてから車の時計を見たら1:15であった。車を出す。リモコンで駐車場のドアを開け外に出る。千里(せんり)ICを登ると、名神方面へ車を向けた。
深夜なので貴司への連絡は明日にしようと思った。そもそも今貴司が阿倍子に連絡するのは、阿倍子の身体に負担を掛ける。
東京まではノンストップで5時間くらいだ。朝までには着くだろうと思う。いつもは《きーちゃん》たちに運転させているものの、千里はひとりでもノンストップで運転する自信があった。
しかし京平を守っているお狐さん(真二郎さんというらしい)が言った。
『ひとりで運転するなら途中1〜2度休憩した方がいいと思う』
『そうですね。だったら土山あたりで休むつもりで、状況次第で臨機応変に』
17日0:10.
桃香をF産婦人科に入院させた千里は桃香に言った。
「今回は何とかなったけど、私も忙しい中で、またこういうことがあったら、マジで危ないよ。桃香、いったん高岡に戻った方がいいと思う」
「うーん・・・・」
「また東京に出てくる件は、赤ちゃん産まれて落ち着いてからまたお願いすればいいじゃん」
「そうだなあ・・・」
「それに産まれたばかりの赤ちゃんを桃香ひとりでお世話できる?出産してからすぐはそんなに動けないよ。それでひとりでおむつとかミルクとか買ってきたりとかできる?私このあと海外出張もあるしさ」
「うーん。。。その時は誰か友だちに頼って」
千里は自分が日々付いていることもできないので、高岡に戻ってお母さんを頼ったほうがいいと言ったのだが、桃香は渋る。
「だったら出産まで入院してる?」
「高岡に帰るよりはそっちがいい」
「別にどこに住んでいても大差無いと思うけどなあ」
実際問題として日々全国を(時には世界を)飛び回っている千里はそういう感覚なのだが、ほとんど東京の外に出ていない桃香にとっては、必ずしもそうではない。住む場所は重要である。
それで結局、桃香は出産まで大間産婦人科に入院するという方向で考えることにし、明日の朝になってから、即入院可能か大間さんの方に照会してみることにした。
「じゃ、私は仕事に戻らないといけないから」
と言って、千里は0:30すぎに病院を出た。
駐車場に駐めているアテンザに乗り込み、合宿所に向かう。千里は何か桃香のこと以外にも大事なことがあったような気がしたのだが、それを思い出すことはできなかった。
30分ほど車を運転してNTCに戻る。ゲートを顔パスで通過し、選手専用の駐車場に車を駐める。そして自分の部屋に戻ろうとしていたら、廊下の自販機でジュースを買っていた高梁王子とバッタリ会う。
「サンさん、もう大丈夫なんですか?」
と彼女は驚いたように言う。
「もう大丈夫って?」
「雷に打たれて病院に運び込まれたと聞いたんですが」
千里はびっくりする。
「それどこの病院?」
と王子に訊く。
「えっと・・・B中央病院だったかな?」
と王子。
「分かった。ありがとう。行ってみる」
「へ?」
戸惑っている王子を放置して、千里は玄関まで降りて行くと、タクシーを呼んだ。今アテンザを運転して病院に行くのは混乱の元だと判断した。
そうか。何かどうも自分が《不完全》な気がしていたのは、そのせいだ!