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■△・落雷(12)

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ホテルのフロントには急用ができたと言ってチェックアウトする。ホテルを出てまずは電車で二子玉川まで行き、Jソフトのビル駐車場に駐めていたミラを出した。そして用賀まで行った。これがもう21:30頃である。用賀の駐車場にはプラドが駐まっている。
 
メールの内容と一致しているなと思う。
 
この時間帯には駐車違反監視員は回ってこないしと思い、車はアパートのそばに駐めたまま《きーちゃん》はアパートの1階102号室のドアを自分が持っている合鍵で開けて中に入った。
 
千里と京平が一緒の布団に寝ている。
 
その千里を観察する。確かにこれは本物の千里だ。でもB中央病院にいた千里も間違い無く本物だった。どうなってんだ?
 
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しばらく《きーちゃん》が見ていたら、京平がパッと目を覚ました。
 
そしてこちらを見ると指を立てて唇にくっつけ、そっと起きてきた。一緒にアパートの外に出る。京平は女の子用と思われるキティちゃんのパジャマを着ている。この子優しい顔立ちだし、阿倍子もこの子にこういう可愛い服を着せるのを好んでいるのではという気がした。
 
『きーちゃんさん、少し話したいんですけど』
『私も話したかった。車の中に入らない?』
『はい』
 

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京平はミラに乗り込むと言った。
 
「お母ちゃんが3人居るんです」
「やはりそうだよね?」
 
《きーちゃん》と京平はお互いの情報を交換する。それでやはり千里が3人おり、1人目はB中央病院に入院していて、今は退院して経堂のアパートにいること、2人目は大阪で阿倍子を入院させ、京平を連れてプラドで東京に移動してきて、用賀のアパートにいること、3人目はタイまで日帰り往復して来たが現在の所在地は不明であることが分かる。
 
「1人目がiPhoneを使っている。番号はこれ」
「2人目が元々持っていたT008を使っている。番号はこれ」
「3人目はAquosを使っている。番号はこれ」
 
「これどうしたらいいんでしょう?」
と京平は困ったように訊く。
 
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「たぶん千里のエネルギーが雷によって励起されて、1人の人間の身体ではとても維持できない量になってしまい、それで3人に別れてしまったんだと思う」
と《きーちゃん》は言う。
 
「時間が経てば次第にエネルギーは落ち着いてくると思う。だからそれを待とう。おそらく1〜2年の内には収まるよ」
「じゃその間は?」
 
「私と京平君でうまく調整してさ。3人がかち合わないようにしよう。でないと今のままの状態で出会ったら対消滅が起きるかも」
 
「ついしょうめつ?」
「お母ちゃんが爆発しちゃうということ」
 
「そんなの僕は嫌だ!」
 
「だから会わせないようにしようよ。時期が来れば収まるよ」
「じゃどうしたらいいか、僕にも指示して下さい」
 
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「うん。まず明日までに3人の千里に1人ずつマークを付けてくるから。そしたら、京平君にも、どの千里からテレパシーが飛んできたのか分かるようになると思う」
 
「そうしたら、各々のお母ちゃんに話を合わせればいいんですね」
 
「そうそう。あと、これ誰にも言わないようにしよう。私も他の眷属には言わない。口の軽い子もいるから、千里がこれ知ったら不測の事態を招きかねない」
 
「分かりました」
 
それで《きーちゃん》と京平はこの日の“秘密会談”を終えたのである。
 

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《きーちゃん》は京平を寝かせ付け、ついでに寝ている千里(千里2)にそっとタッチすると新たな暗号鍵を渡した。その暗号鍵を京平にも渡す。これで千里2は《きーちゃん》とも《心の声》で話せるようになるとともに、この千里からの《心の声》は《きーちゃん》や京平には他の千里のものと区別が付くようになる。
 
《きーちゃん》は続いてAquosのスマホにメールを送った。
 
『今脳内通信が不調なんです。今居る場所を教えてください』
 
すると
『きーちゃん!?よかったぁ。心細かったよ。今は磐梯山SAの新潟方面。今夜はここで車中泊になると思う』
という返信が帰って来た。
 
『そちらに行きます。そして取り敢えず私とは交信できるようにします』
と《きーちゃん》はメールした。
 
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それで《きーちゃん》はミラを発進させた。《きーちゃん》はこの千里を《千里3》と呼ぶことにした。
 

途中仮眠したので夜中の3時頃、《きーちゃん》は磐梯山SAに到着した。アテンザを見つけ、真後ろに駐める。千里が降りてきた。《きーちゃん》はこの千里をよくよく観察して、この千里も間違い無く本物であることを認識した。
 
ミラに乗り込んでもらう。
 
「取り敢えず私と交信できるようにしますよよ」
と言って《きーちゃん》は千里3の手を握り、新しい暗号鍵を設定する。この鍵は繋がっている京平にも送ってあげる。これで千里3は《きーちゃん》や京平とは繋がることができる。但し、他の眷属とはつながらない。
 
「急なことで申し訳無いんですけど、出羽の方でちょっと千里の眷属の使い方が問題になって」
「え〜?やはり私みんなをこき使いすぎたかな?」
 
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「そんなことないと思うんですけどね〜。色々うるさいこと言うお偉方もあって。それで当面、私以外の眷属とつながらないですけど、私が仲介して必要なことはしてもらいますから」
 
「だったら助かる」
 
「Jソフトの方は、私と青龍で担当しますから、千里は出てこなくて大丈夫」
 
出てこられると他の千里や《せいちゃん》とかちあってパニックになる。
 
「助かる。私、ソフトとかさっぱり分からないし」
「フェイの付き添いはもうやめてもいいと思う」
「うん。そうだね。だいぶ安定しているし」
 
「京平もそろそろ2歳だし、これを機会に放置で。京平にはいつも伏見の人が交代で付いているから、何かあったら対処してくれるだろうし。そもそも京平君自身が必要な時は、お母ちゃんを直接呼び出すよ」
「そっかー。じゃ見守りは終了で。やはり考えてみると随分みんなに負荷掛けていたかもね」
 
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「音楽データの入力は私に渡してもらったら、大裳に渡しますから」
「それやってもらうと助かるかも」
 
「運転は当面自分でやってもらえる?」
「矢鳴さんがいるから何とかなると思う。そうだよね。きーちゃん、ソフトの方もしてもらっているのに運転までしてもらって悪かったね」
 
結局この後、矢鳴さんは千里3が国内にいる間は千里3専任のような感じになる(千里3が海外遠征中は千里2が主として依頼する)。
 
「まあできるだけ早くあそこを辞められるようにしないと」
「うん。あれは初期段階で優秀な所を見せすぎたかもね」
 
千里3は《きーちゃん》と30分くらい話し、それで《きーちゃん》はミラを運転して、東京に戻ることにする。千里3の方はこのまま磐越道を新潟まで行き、関越経由で東京に戻る予定だと言っていた。
 
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《きーちゃん》は実際には次の磐梯河東ICで下に降りるとミラを路肩に駐め、いったんエンジンを切った。
 
『天空さん』
と《きーちゃん》は直信モードで話しかけた。
 
『何だい?天一貴人』
『千里が3つに分裂しちゃったことお気づきですよね?』
『分裂したのではない』
『え?』
『君は数学強いから、バナッハ=タルスキーの定理は分かるだろ?』
『はい』
 
『千里はあれと似た感じで3つになっただけで、分裂したのではない。むしろ増殖というべきだろう』
『増殖って・・・千里は無性生殖するんですか〜?』
 
『まあ一時的な現象だけどね。試しにひとりひとりの千里の体重を測ってごらん。みんな60kgほどあるから。もっとも千里は数学的な球と違って回転合同ではないから、バナッハ=タルスキーの定理のように、構成粒子を回転できないし、実は少し違うけどね』
 
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『質量保存の法則は?』
『エネルギー保存の法則は破れてないよ。物質の結合エネルギーが変換されているから。元々千里は神様並みのとんでもないエネルギーを持っているんだよ。でなきゃ眷属12人も独立して動かせないさ』
 
『一時的にとおっしゃいましたよね?だったらこれ元に戻るんですね?』
『戻るけど、3年くらい掛かると思う』
『そんなに!』
と言ってから、
 
『もしこの千里同士が遭遇したらどうなりますか?』
『千里0と千里1の合体は0が何も無い実質ヌルの状態だから問題が起きなかった。1と2、2と3、3と1が遭遇すると、君が危惧したように爆発する・・・かも知れないね。僕にも実は分からない』
 
『でも爆発とかさせずに元に戻す方法があるんですね?』
『それには条件がある』
と言っ《くうちゃん》はその“条件”を《きーちゃん》に伝えた
 
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『それは確かに今から仕込んで3年掛かりますね』
『だから落雷は引き金にすぎない。既に千里は1年くらい前から危険水域を越えつつあった。2人になるかもと思っていたけど、3つになったのは私も予想外だった』
『ガッチャンみたいだ』
 
『だからエネルギー水位が低くなれば自然と元に戻るけど、そのためには**が必要なのさ。ただ思わぬハプニングが起きてもっと早く元に戻れるような気もする。それは私にも分からない』
 
『3年間、何とか破綻させずにやっていきたいんです。協力してもらえますか?』
『もちろん。まあ君と僕が組めば、何とかなると思うよ。他の子たちには混乱するから言わない方がいい。美鳳君たちにもね』
『同感です』
 
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『だったら、帰蝶君、僕の瞬間移動能力を起動する鍵を君に預けるから、君の判断でいつでもそれを使っていいよ』
と《くうちゃん》は《きーちゃん》の本名を呼んで言った。
 
《きーちゃん》が手を差し出す。《くうちゃん》はその手を握って鍵を渡した。
 
『ありがとうございます。私の入れ替え能力だけではパズルが難しすぎると思っていました』
 
『まあ何とかやっていこう』
『はい』
 

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《きーちゃん》は《くうちゃん》と30分ほど話し合った上で、今度は用賀のアパートで千里2と一緒に寝ている京平に呼びかけた。
 
『京平君、京平君』
 
京平のパワーがまだ弱いので、こういう遠くからの通信はなかなか難しい。何度か呼びかける。
 
『あ、きーちゃんさん』
と言って起きた。
 
『今京平君のそばにいる千里と、東北に来ている千里に鍵を設定したから、京平君がふつうに呼びかければ、鍵が掛かってない、経堂のアパートにいる千里につながるよ』
 
『分かった。ありがとう』
『大阪に移動するから、それで千里1を呼ぶといいよ』
『はい』
 

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それで《きーちゃん》は《くうちゃん》の力を使って京平を吹田のマンションに転送した。それで京平は経堂のマンションに居る千里1に大阪から東京までリモートで呼びかける。
 
『お母ちゃん』
何回か呼びかけると反応がある。
『おはよう、京平』
 
『おっぱいとかだめ?』
 
すると千里1は答えた。
 
『そろそろ卒業した方がいいけどね〜。でもまだいいよ』
『うん』
『阿倍子さんのお友達は?』
『夜僕が寝た所で帰ったんだよ。また朝出てくるって』
『なるほどー』
 
それで千里1は《くうちゃん》に頼んで自分を大阪に転送してもらった。
 
それで京平は千里1のおっぱいを飲む。そしておっぱいを飲んでいて、やはりこれも間違いなくお母ちゃんだよなあと思う。
 
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「ねえ、おかあちゃん」
「うん?」
「最近、お母ちゃんと会うの、朝5時頃になってたけど、むしろママが寝てすぐくらいがいいかも」
「そう?ママは何時頃寝るんだっけ?」
「だいたい1時までには寝るよ」
「じゃ午前2時頃来ようか?でも京平眠くない?」
「お母ちゃんと会った後で寝るよ」
「そうか。その方がいいかもね。じゃ明日からできるだけ午前2時頃来るようにするね」
 
千里1は昨日は雷に撃たれて1日入院していたけど、もう大丈夫だからねと言った。京平は元気になるおまじないしてあげると言って、千里の後ろから両肩に手を置き、何か唱えていた。
 

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千里1は5:00頃帰って行った。
 
ちょうどその頃《きーちゃん》は千里3からの直信を受ける。
 
『京平とデートしたいんだけど転送できる?』
 
それで《きーちゃん》は
『じゃ次はお母ちゃん3だよ〜』
と京平に伝えた上で千里3を大阪のマンションに転送した。
 
京平が東京に来ていることを知っているのは本人を連れて来た千里2のみなのである。
 
京平は千里3にもおっぱいをねだってみた。それで乳房を吸ってみたのだが、出ない!
 
「あれ〜。おかしいな」
と本人も言っている。
「じゃ、おっぱい咥えてるだけでもいい?」
「うん、いいよ」
 
実は京平としては、乳房に吸い付いているだけでも結構満足なのである。おっぱいを「飲む」こと自体は、現在ではおまけのようなものである。
 
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京平はこの千里にもデート時間の変更を提案した。京平が希望したのは、昼間、阿倍子が昼寝している時間帯である。阿倍子は毎日だいたい14:00-16:00頃に昼寝するらしい。
 
「そうだよね。早朝会うと眠いもんね」
と言って千里はバスケの練習に掛からない限り、その時間帯に会いに来ることを約束した。
 

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千里3は6:30頃帰って行った。
 
『お疲れ様、じゃ東京に返すね』
と《きーちゃん》は言い、京平を用賀のアパートに転送して戻した。
 
『おかあちゃんとたくさん会えるのはいいけど、同じことを3人全員に話してないと僕が分からなくなりそう!』
と京平は言っている。
 
『ああ、二股・三股してる男みたいな感じだな』
『ふたまたって何?』
『まだ知らなくていいよ』
と《きーちゃん》は言った。
 
京平との交信を終えて車を東京に向けたのは6:40頃である。
 
しかし《きーちゃん》は翌日も物凄く忙しくなったのであった。
 
 
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△・落雷(12)

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