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(C)Eriko Kawaguchi 2017-10-06
龍虎はコスモスに電話をした。
「社長、先日お伺いした映画の話なんですけど、ドラマの撮影とぶつからないなら僕やりたいです。ですからお話を進めてもらえませんか? はい。大丈夫です。僕もだいぶ体力付けてきているから、行けると思うんですよね。この1年で体重5kg増えましたし」
それで龍虎は電話を切ると、そばにいた人物と笑顔で頷き合った。
千里3は飛行機の中でぐっすり寝ていた。
「間もなくスワンナプーム国際空港に着陸します」
というアナウンスで目を覚ます。
時計を見ると(日本時間で)4/17 6:45である。
しまったぁ!京平に会いに行ってない!と思うが機内からしばらく姿を消していたら大騒動になりそうだし、かといってここに京平を召喚する訳にもいかない。それで京平に向けて直信をする。
『京平まだ寝てるかな?』
『今起きた』
『ごめんねー。今日はお仕事で会いに行けないけど、明日は行くからね』
『あ、うん、いいよ』
飛行機はいよいよ着陸態勢に入る。それで京平との短い交信を終えた。
最近ちょっと疲れが溜まっている気はするなあなどと思いながら、つばを呑み込んで耳の中の気圧調整をしておく。やがてB747-400テクノジャンボはスワンナプーム国際空港に着陸した。
雨宮先生に電話連絡したら「今電話しようとした所だった」と言われた。向こうもちょうど空港に到着した所らしい。それで待合せポイントとして有名な3番出口で落ち合うことにする。千里は入国審査・税関を通り、その3番出口を出た。
ムエタイでもするのか?という感じの屈強なタイ人男性に連れられた雨宮先生が手を振っている。
「さんきゅ、さんきゅ」
と雨宮先生。
「千里、この人に代金払ってくれない?」
「はいはい」
それで千里はその男性に
「いくら払えばいいですか?」
とタイ語で尋ねた。するとその男性は意外なことを言った。
「あなたはこの人の娘さんですか?」
それで千里は答える。
「この人の奥さんの代理で来ました」
「奥さん?この人女なのに、奥さんがいるの?」
「結婚した後で一緒に性転換したんですよ。だから法的にはこの人が夫で向こうが奥さんなんだけど、ふたりとも性転換して、おちんちんとヴァギナ、たまたまと卵巣・子宮を交換したから、今は実質この人が妻で向こうが夫ですね」
「だったら、問題無いですね」
と彼は納得している!?
会話はタイ語でしているので、雨宮先生は全然分かってないようだ。
そして男性は
「では、あなたにこれ渡します」
と言って、男性は千里に見慣れた財布を渡す。雨宮先生が目を丸くしている。
「これは?」
「この人の夫?奥さん?からの電話で無茶な散財しないように財布を預かってくれと言われました」
その夫か奥さんかというのは、実際に三宅先生(雨宮先生の法的な内縁の妻!?で事実上の夫)のことだろうなと千里は思った。だったらもしかしたら三宅先生もこちらに向かっている所だったりして?
「ちょっと待って」
と千里は男性に言うと、三宅先生に電話を掛けた。
「おはよう、千里ちゃん」
「三宅先生、タイに電話掛けられました?」
「え?」
それで千里が事情を説明する。
「ああ。電話は掛かってきたよ。それでこれ以上無駄遣いしたら、財布取り上げるからね、と言ったんだけど。。。それでもしかしたらややこしいことになった?」
千里は私は何のためにタイまで来たんだろう?と思った。
「ごめんね−、千里ちゃん。お詫びに何か美味しい仕事そちらに回すから」
「分かりました。とりあえず雨宮先生は連行して帰ります」
「成田?羽田?」
「成田です」
「だったら僕が成田まで迎えに行くから、財布は僕に渡して」
「分かりました」
傍で雨宮先生が嫌そうな顔をしている。
「何時到着?」
「15:00です。もしチケット買えなかったらまたご連絡します」
「うん、よろしく」
それで千里は男性に話を中断したことを謝り、あらためて会計の金額を尋ねた。
「お会計は29,854バーツです」
結構使ってるじゃん!
3万バーツは為替レートで約10万円、貨幣価値換算なら20万円くらいである。
千里は念のため雨宮先生の財布の中身を見たが、バーツ札は少額しか入っていないようである。
「両替してから払います。両替所の場所を知ってますか?」
「ええ、こちらへ」
千里は彼にここまでの交通費も尋ねた。
それで空港内の両替所に行くと、雨宮先生の財布の中にある日本円をバーツに両替する。お会計と交通費、それに上乗せしてチップを支払い、飲食代金の領収書をもらった。
それで男性は礼を言って帰っていった。
「千里、その財布返してよ」
「三宅先生に言われましたから、三宅先生にお返しします」
「あんた、私の弟子でしょ?」
「三宅先生の指示が優先です」
「全く、千里も(新島)鈴世も融通が利かない」
「さあ帰りましょう」
千里はすぐに雨宮先生と一緒に航空会社のカウンターに行き、6:50の成田行きに残席があるか尋ねる。
「ビジネスもエコノミーもございます」
「ビジネスで」
それで雨宮先生が自分のパスポートを提示し、カードは千里が雨宮先生のカードを財布から取り出し、GHさんに渡して決済してもらう。GHさんはカードをちゃんと千里に返してくれる!雨宮先生は不快そうである。
それで千里のチケットも提示して、並びの席を確保してもらう。それから保安検査場の方に向かった。
これが現地時刻で5:40、日本時刻で7:40頃である。
出国手続きを終えて搭乗口まで行ってから千里は今日練習を休みたいことを風田コーチに伝えていなかったことを思い出し、電話した。これは7:50くらいである。
「村山です。すみません。大変申し訳ないのですが、今日の練習をお休みしたいんですが」
と千里は言ったのだが
「村山君?やはり君おかしい。さっきもそれ僕の所に連絡してきたじゃん」
とコーチは言う。
「え?そうでした?」
「やはり一週間くらいしっかり休みなさい。次は25日からでいいからね」
「はい、分かりました」
それで千里3は電話を切ったものの、あれれ?と首を傾げた。
さて、京平と一緒にプラドを運転して東京に向かっていた千里2は、途中結局、三重県の御在所SAで1時間仮眠したあと、明け方神奈川県の中井PAでも休憩した。トイレに行ってこようと思ったら、京平が起きていた。
「あら、もう起きたの?」
「え?うん。さっきお母ちゃんがボクに呼びかけたから」
「あれ?私呼びかけたっけ?ごめんねー。起こして。まだ寝てていいんだよ」
「トイレ行ってくるよ」
「うん」
それでふたりでトイレに行く。
「トイレ、男の子トイレでひとりでできる?それともお母ちゃんと一緒に女の子トイレに入る?」
「ボク、男の子だから男の子トイレに行く」
「うん、行っといで」
それでひとりで行ってきたようであった。
「漏らさずにできたよ」
「よしよし。もうおしめ卒業してもいいかなあ」
「もう少ししたら」
「OKOK」
多分まだ少し自信が無いんだろうなと千里は思った。
京平も起きたのならということで、千里は京平をパジャマから普通の服に着替えさせてから一緒にPAの施設に入り朝御飯を取ることにする。
「あんたスカート穿くんだ?」
「だめかなあ」
「うん。別に構わないよ」
それで、24時間営業の中井麺宿に入って、ぶっかけうどんとカレーのセットを頼んだ。京平とシェアして食べたが、京平は「美味しい、美味しい」と言ってカレーはひとりで全部食べてしまうし、うどんも結局3分の2くらい食べてしまう。千里はそれを見ていて、幸せな気分になった。
食べている内に7時半くらいになったので、千里は京平と一緒に車に戻ってから、貴司に電話した。
「え?阿倍子がインフルエンザ?」
「うん。阿倍子さんは今は病院に居るけど落ち着いたらマンションに戻って寝てると言っているから、電話でも掛けてあげて」
「分かった」
「それで京平に移したくないからというので、私京平を預かってきたのよ。だから、19日まで預かって、貴司の合宿が終わってから引き渡すから」
「了解!どこで受け渡す?」
「合宿所に連れて行くよ。19日は何時頃終わる?」
「18時くらいに終わるから19時くらいには出られると思う」
「私もその頃に合宿所入りするから、合宿所の玄関で引き渡そうか」
「うん。じゃそれで」
「私プラド運転してこちらまで来たから、貴司は帰りそれを運転して大阪に戻ってくれる?」
「OK」
千里2は続いて、日本代表候補チームの風田コーチに電話する。これが7:40くらいになった。
「おはようございます。村山です」
「おお、村山君、どう?体調は?」
「体調ですか?体調はいいのですが、大変申し訳無いのですが今日の練習は休ませて頂けないかと思いまして」
千里はリオ五輪代表だったので、今回の合宿には参加の必要は無かったのだが、任意で参加していたのである。合宿は今日まであるのだが、京平を放置して合宿に行く訳にはいかない。
すると風田コーチは(千里2にとって)意外な反応をした。
「それはもちろんだよ。君が出てきても今日は帰すよ。一週間くらい休んで、しっかり体調回復させてね。次は25日からでいいから」
「はい。分かりました。申し訳ありません」
それで電話を切ったものの、しっかり体調回復させてねって、どういう意味だろう?と首をひねった。出てきても帰すって、私昨日の練習で出来が悪かったのかなあ、などと考えた。もっと頑張らないといけないかな。
風田コーチが千里3からも同趣旨の電話を受けるのはそのほんの10分後になる。
しかしともかくもこれで今日の合宿はお休みになる。しかも25日からにしなさいと言われた。実は次の合宿自体は20日からであるものの、リオ五輪の選手は25日に合流すればいいのである。千里は任意参加で20日から出て行くつもりであった。
じゃ19日は京平を貴司に渡しただけで帰って、24日までは休んでいるか、と千里は考えた。ともかくも19日夕方までの2日半は京平と一緒に過ごすことになる。
しかし・・・少し眠い。
「お母ちゃん、ちょっと寝てるね。その後、出るから」
と言い、千里はドアをロックした上で、念のため京平の所のドアだけアンロックした。そして運転席と助手席にまたがって横になり、仮眠した。
B中央病院。
4/17 1:25頃。千里0と千里1(第1世代)が合体して千里1(第2世代)になったのを廊下から確認して満足げに微笑むと病室には入らずに踵を返してエレベータに向かう女性の影があった。
「取り敢えず1つ完了。あと2つだけど時間が掛かりそうだなぁ。しかし、大宮万葉君もうまいタイミングでうまいものを醍醐さんに渡してくれたよ」
と彼女は独りごとを言うように呟いた。
この人物について、千里1も玲央美も気付かなかった。彼女を認識していたのは《くうちゃん》のみである。
千里1と玲央美はしばらく話していたものの緊張が解けたせいか玲央美がすぐ眠ってしまい、やがて千里1も睡眠に落ちていった。
千里1は病室のベッドで6時半頃目が覚めた。千里3がバンコクに到着する30分ほど前である。
「あ、起きた?起きたら体温測ってって」
と言って玲央美が体温計を出してくれた。
「ありがとう」
と笑顔で受け取って計る。1分ほどでピピピっと鳴る。出してみると34.8度である。
「比較的まともな体温だ」
と玲央美が言う。
「京平を出産して以来、34度未満に下がることが無くなった」
「体質が変わったのか、あるいは一時的にそうなっているのか」
「京平がおっぱい卒業したら元に戻るかも」
「千里、32度とかあり得ない体温になっていることがあるからなあ」
「脈拍とかもゼロになっていることあるんだよね〜」
「千里、実は死んでいるのでは?」
「それは時々疑問を感じることはある」