広告:放浪息子(13)-ビームコミックス-志村貴子
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■△・落雷(8)

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2時間半ほど前。
 
北区の合宿所玄関近くに倒れている女性のそばで、警備員は救急車の到着を待っていた。そこに本棟の警備員も駆けつけてくる。
 
「合宿している選手ですかね?」
「女子だからバスケットかも」
「ちょっとバスケ関係者に聞いてみましょう」
「お願いします」
 
それでもうひとりの警備員さんが本棟の警備室の方に走って行きかけたのだが、宿泊棟の玄関の所に1人長身の女子選手が出てきた。
 
「何かあったんですか?」
と声を掛けてくる。
 
「あなたバスケの人?」
「はい」
 
「女子選手らしき人が雷に打たれたみたいで倒れているんですよ。あなた知り合いかどうか見てもらえません?」
「はい!」
 
それでその選手が近寄ってくる。
 
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「千里!」
と大きな声をあげて、玲央美は千里に飛びつくようにして揺り動かす。
 
「あ、あまり動かすと脳震盪(のうしんとう)を起こすとまずい」
「分かりました」
 
「あなたバスケットの責任者の人に連絡取れる?」
「はい」
 
それで玲央美が風田アシスタントコーチに連絡を取る。驚いて風田コーチが自分の部屋から出てやってくる。ちょうどそこに救急車が到着したので、結局コーチと玲央美が付き添って病院に行くことにした。玲央美は急いで千里の部屋に行き、千里の着換えも取ってきてくれた。
 
「あ。携帯が真っ黒こげ」
「まあ当然ですね。でももしかしたら携帯が電気をそちらに誘導したから助かったのかも知れませんよ」
と救急隊員。
 
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「だとすると、ほんとに運の良い子だ」
と玲央美は言った。
 
他に千里が持っていた傘も真っ黒焦げだった。こちらは骨だけになってしまっている。携帯と傘は、お医者さんにも見てもらった方がいいだろうということで一緒に持って行った。
 

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救急車は5分ほど走り、近くのB中央病院に入った。これが23:30頃である。救急担当医の診察を受ける。
 
全身に火傷などが無いか確認するため服をハサミで全部切り取る(火傷していた場合、脱がせようとすると肌を傷める)。しかし服は多少の焦げがあるものの、千里自身はどこにも火傷などは負ってないようだ。
 
「火傷もしていないし、どこかを痛めたりもしていないようですね」
 
とあちこち触ってみた医師は言う。
 
玲央美が持って来た服を着せた上で、心電図を取ってみたものの異常は見られない。念のため脳を中心にMRIを撮ってみたものの、やはり異常は見られない。
 
全身のMRI画像を見ていて医師が尋ねる。
 
「患者さん、子供を産んでおられますかね?」
 
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玲央美が答える。
「一昨年の6月に産んでいます。まだ授乳中ですよ」
「なるほどですね。だったらこれは異常ではないな」
 
それを聞いて、玲央美はやはり千里は本当に子供を産んでいるんだろうなと思った。
 
医師は腕を組んだり拳を握って口に当てたり、膝を組み直したりしている。かなり悩んでいる様子だ。
 
実は患者が意識を回復しない理由が分からないのである。
 
「とりあえず一晩様子を見ましょう。朝までに意識を回復しなかったら、他にもいろいろ精密検査してみます」
 
「お願いします」
 
それで入院させることにし、病室に運び込む。風田コーチが入院の手続きをする。この夜はあちこちで入院ラッシュである。
 
23:40 桃香がF産婦人科に入院
0:10 阿倍子が市民病院に入院
0:40 千里がB中央病院に入院
 
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手続きを終えてから病室に来た風田コーチは玲央美に言った。
 
「僕が付いているから、君は宿舎に戻って寝ていなさい。明日も練習はあるし」
 
「コーチこそ戻っていてください。私は彼女に何度か助けられたことがあります。私、付いていたいんです」
 
「分かった。じゃ何かあったら遠慮なく呼んで」
 
それで風田コーチはいったん宿舎に戻ることにした。
 
これが0:35頃のことであった。
 
この時、桃香の所に行った千里(以下「千里1」)は桃香を入院させてからアテンザで合宿所に戻ろうとしており、京平の所に行った千里(以下「千里2」)は阿倍子を入院させてからプラドでマンションに戻った所。そして雨宮先生を迎えに行った千里(以下「千里3」)は既にタイに向かう飛行機の中である。
 
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入院している千里(以下「千里0」)には血圧・脈拍を計る装置が取りつけてある。そこから規則的な音が聞こえる。それを子守歌のようにして玲央美はいつしか眠ってしまっていた。
 
一方、王子から「千里が雷に打たれて倒れた」と聞いた千里1は、タクシーでB中央病院に駆けつけると、救急入口から入り、係の人に23時頃、雷に打たれたとして運び込まれた女性のことを聞いた。
 
「診察を受けたあと今入院していますが、そちら様は?」
「妹です」
「では512号室ですので」
「ありがとうございます」
 
それで千里1はエレベータに乗って、512号室に行った。ドアを開けると、千里(千里0)がベッドに寝ていて、そばの椅子には玲央美が座ったまま寝ている。
 
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千里1が入って来た気配にその玲央美が目を覚ました。
 
「千里!?」
と言って、こちらを驚いたように見ている。そしてベッドの方も見て
 
「え〜〜〜!?」
と声をあげた。
 
「レオごめーん。心配掛けたよね」
「こっちの千里は?」
 
「それ多分私の身体」
「じゃそちらは?」
「多分私の心だと思う。落雷のショックで心と体が分離したんだよ、きっと」
 
千里1はベッドのそばに寄ると、やはりちゃんと方向を合わせないといけないかな?と考え、寝ている千里0と同じ方向に向き直り、その上に重なるように寝た。
 
白い光に包まれてふたりの千里がひとつになる。
 
そして千里(0+1)はパッと目を開け、起き上がった。
 
「千里!」
と言って玲央美は抱きついた。
 
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「レオ、ほんと心配掛けてごめんね」
と千里は言った。
 
これが1:20頃のことであった。
 

後ろの子たちは仰天した。
 
部屋のドアを開けて千里が入って来た時点で、彼らは『何〜〜〜!?』と声をあげた。懸命に千里が意識を回復してくれるよう身体に刺激を与え続けていた《びゃくちゃん》も『うっそー!?』と叫ぶ。
 
そしてふたりの千里が合体し、寝ていた千里が目を覚まして起き上がると、彼らも涙を流して喜んだ。
 
『みんなにも心配掛けたね。ごめんね』
と千里は彼らに言った。
 
眷属達はこれで今回の騒動は収まった、と思ったのである。《くうちゃん》を除いては。
 

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玲央美がナースコールを押し、千里が意識を回復したことを告げる。医師が来て診察した。
 
「どこにも異常はないですね」
「じゃ帰っていいですかね?」
「朝になって再度検査させてください。それで異常が無ければ退院にします」
「分かりました」
 
医師としては、原因不明の意識喪失状態にあった人が意識を回復したからといってすぐ帰すのは、無責任なようでもあり、また怖い。
 
それで17日の午前中いっぱい色々検査を受け、お昼を食べてから退院する方向で考えようということにした。玲央美はずっと付いているよと言った。
 

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玲央美はかなり神経が張り詰めていたようで、診察を終えた医師が救急処置室そばの医師控室の方に戻ると、5分ほど意識を回復した千里と話した所で眠ってしまった。千里0+1(以下面倒なので単に「千里1」と書く)は彼女をいたわるように、その髪を撫でていた。
 
ふと気付いたように後ろの子たちに呼びかけた。
 
『今誰々がいるんだっけ?』
『全員いるよ』
『全員!?』
『緊急事態だったから全員呼び戻した』
『わっごめん』
 
『とうちゃん?』
『・・・』
『いない?』
『騰蛇は落雷があった時、千里の身体に巻き付いて、千里を雷の電気から守ったんだよ。だからまだ声が出せないけど2〜3日で回復すると思うから』
『わ、ごめんねー。でもありがとう』
 
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『落雷の衝撃自体はほとんど騰蛇が引き受けたはずだから、千里の心と身体が分離したのは精神的なショックだろうな』
 
『すーちゃんもいるの?』
『いるよ』
と彼女は“公共会話モード”で答えたあとで
 
『ロサンゼルス空港に向かう途中でこちらに転送されて戻って来た』
 
と“直信”で言ってきた。彼女のミッションについては知らない子もいる。
 
『ごめんねー』
『私、向こうに戻って再度日本行きに乗る必要ないんだっけ?』
『放置しておけばいいよ。そしたらこちらの須佐ミナミもアメリカに渡航したままという記録になる』
『そっか。じゃそれは放置で。タクシーの代金払ってないけど』
『その会社の名前と運転手さんの名前分かるかなあ』
『覚えてる。****という会社のBill Adamsさん』
『じゃその人宛に100ドルくらいトラベラーズチェックでも送りつけよう』
『あ、それはいいね』
 
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『りくちゃん?』
『俺はずっといるよ』
 
『こうちゃんはいるね?』
『あい』
 
『せいちゃん?』
『用賀で仮眠していた所を転送された』
『いつもお疲れ様。取り敢えず寝てて』
『そうする』
 
『きーちゃんは?』
『Jソフトで会議している最中に転送された。私は社内から蒸発したことになっているかも』
『いっそそのまま行方不明ということにする?』
『それは警察沙汰になるから戻るよ。天空さん、悪いけど、朝、人が出てくる前にマシン室のホストの裏側あたりにでも転送して』
『いいよ』
『ああ、そういう所で寝込んでしまうというのはあり得ることだよな』
 
『てんちゃんは?』
『京平を寝かせつけた後、阿倍子さんの様子を見ている時に転送された』
『阿倍子さんどうかしたの?』
『風邪か何かかと思ったけど凄い熱が出ていた』
『ホント?』
『という話をしていたんだけど、まさか覚えてない?』
『ごめーん。全然記憶が無い』
『きっと落雷のショックで記憶が少し飛んでいるんだろうな』
 
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『雨宮先生がバンコクで立ち往生しているから助けてと電話して来たのは覚えてる?』
『知らない』
『やはり記憶が飛んでいるようだ』
『雨宮先生は私が助けられなかったら毛利さんあたりに頼んでいると思うから放置しておけばいいよ』
『あの先生は、弟子たちに適当に扱われているようだ』
『まあ朝になったら電話してみるか』
 
『でも阿倍子さんどうしよう?まだ苦しんでいるかな』
すると《くうちゃん》が言う。
『今見てみたけど病院のベッドで寝ているようだよ』
『良かった!病院に行けたのか。だったら何とかなるね』
『病院にもし入院しているんだったら、京平君はひとりかな?』
『あの子はひとりでも御飯くらい食べられるし、伏見の人も付いているから大丈夫だと思う。朝になったら連絡してみるよ』
 
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『いんちゃんは?』
『桃香のアパートに様子を見に行った所を転送された』
『桃香の件は私が対応したから問題無いね』
 
『げんちゃんは?』
『ずっといるよ』
 
『たいちゃん?』
『合宿所の部屋に居た所を表に転送された。多分いちばん短い転送距離』
『私が表に倒れているのに、部屋の中にもいたら変だから問題無いね』
 
『びゃくちゃんは?』
『真琴ちゃんの所に付いていたのを転送された』
『わっ、お疲れ様。じゃ向こうどうしよう?』
『あちらには青葉の眷属も常駐しているから大丈夫だと思う。私はしばらく千里が心配だから、千里に付いてる』
『分かった。向こうもだいぶ落ち着いているから、常駐までしなくてもいいかな』
 
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『そしてくうちゃんは、いつでもお話できるね』
『暗号鍵さえ合えばね』
 
 
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