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「性別ってさぁ」
とその日、政子は言っていた。
「日本とかでは性別は男と女というイメージあるけど、インドだと男と女と中性だよね」
「インドだとマハーバーラタに出てくるアルジュナ王子が去勢されてアルジュニーヤという女性名を名乗り、王女に女の踊りを教えるというエピソードもあるね」
などと冬子が言っている。
「言語自体の文法的な性別も、フランス語は男性と女性ですが、ドイツ語だと男性・女性・中性ですよね。フランス語の場合、強引に男性と女性に分けようとして、結構歪みが来ている感じもある」
と青葉も言う。
「ただドイツ語の名詞の性別って自然の性別と一致してないものも多くて難しいね」
「意味より、語形で性別が定まる場合もあるからね」
「英語の感覚だと、惑星の性別も男性と女性にほぼ分けるんですけど、インド占星術だと最初から男女中に分けられますね」
と青葉。
「やはりインドは普通に中性が存在するんだよね〜」
「まあヒジュラの文化ですしね」
「そうだ!アクアに男の子、女の子、男の娘の1人3役をやらせる企画とか書いてみない?」
と政子は唐突に言い出した。
「それ誰が企画書書くのさ?」
と冬子。
「冬、書いてよ」
「マーサが自分でどうぞ」
「私、論理的な文章書けないもん」
「論理的に書こうとしたら、そういう企画は成立しないと思うけど」
今期のWリーグは2月28日のプレイオフ決勝第三戦で終了し、リーグは秋まで休止期間に入る。その間は日本代表の活動や若手の強化プログラムなどが行われる。今年の女子日本代表はまず3月21日に「日本代表候補」34名が発表された。むろん千里や玲央美、近日中に渡米予定の花園亜津子なども含まれていた。今年は9月にアジアカップ(旧アジア選手権)があり、これで4位以内に入ると来年のワールドカップ(旧世界選手権)に出場することができる。
その最初の合宿は4月6日から17日に掛けておこなわれた。今回の合宿は34名の代表候補の内、リオ五輪に参加した12名は免除ということであったが、千里・玲央美・王子・絵津子・江美子・百合絵の6人は任意で参加した。また候補になった人で怪我療養中の人もいたので、結局参加者は25名になった。むろん任意参加の選手の合宿費用はちゃんと協会から出るし、保険などにも加入している。
2017年4月に芸能界で最も驚かれたニュースはラビット4の騒ぎであった。
4月1日(土)の午前8時、ラビット4のリーダー因幡さんが突然ツイッター上に
「ラビット4は本日付けで龕龕(がんがん)レコードに移籍します」
と書いたのである。
ラビット4は2015年12月のデビュー以来、∂∂レコードから楽曲をリリースしてきていた。
この書き込みに対しては、レコード会社の中でも老舗のひとつである∂∂レコードが、斬新で今までにない音楽を作っているラビット4の制作に介入しすぎてメンバーの間に不満が出ていたようだという《関係者っぽい人》の書き込みなどもあり、騒然とするとも、一方ではデビューしてわずか1年の人気ユニットが移籍するなんてあり得ないとして「エイプリルフール」なのではという意見も出ていた。
案の定、同日10時になって、ラビット4のメインボーカルである四屋さんがやはりツイッター上に
「なんか俺たちがレコード会社移籍するという話が出ているらしいけど、そんなの俺知らないから」
と書いたので、
やはり因幡さんのジョークでエイプリルフール・ネタだったのだろうという見方が広まった。
そしてその後、メンバーを含めて関係者の発言は全く無かった。
ところが週明けの3日昼前、龕龕レコードのアーティスト一覧にラビット4の名前が掲載されているのをファンが見つけ、再度ネットは騒然とする。
しかも同社のニュースリリースの中に確かに「ラビット4移籍のお知らせ」というのがあり、因幡さんの移籍の挨拶が入っていた。しかも同社から今月末に新譜『ウサギとカメはウサギの勝ち』をリリースするということまで書かれていた。
やはり移籍は事実なのか!?
と騒ぎになっている間に、今度は∂∂レコードのサイトに15時頃になって新しい記事が掲載され、ラビット4が同社から今月末に新譜『鳴きウサギのバラード』をリリースするというものがあり、ボーカルの四屋さんのメッセージまで添えられていた。
ファンたちは完全に混乱する。
まさか2つのレコード会社に同時在籍するのか??
その内、ネットの住民達が、龕龕レコードへの移籍の話は因幡さんだけが書いていて、∂∂レコードの方には、四屋さんが書いているし、移籍を否定しているのも四屋さんであるという点に気付く。
「もしかして分裂?」
「そして双方ラビット4を名乗っているとか?」
商標関係のデータベースを確認してみると、ラビット4という名称は商標などには登録されていないことが分かる。この名前は元々因幡さんが「因幡の白兎」でウサギを連想させ、四屋さんの名前に4が入っているので、2人が2012年頃からライブハウスを舞台に活動し始めた頃から名乗っていたものである。そのままの名前でデビューしたので、権利関係はプロダクションやレコード会社には渡さず、自分たちで留保していたのかも知れない。
双方の“ラビット4”のリリースする楽曲のタイトルが意味深だという話も出てくる。
因幡さんの方のラビット4は『ウサギとカメはウサギの勝ち』だが、ウサギというのは、つまり因幡さんなのではないか。それで自分が勝つと言っている。一方、四屋さんの方のラビット4は『鳴きウサギのバラード』だが、これはラヴェルの名曲『亡き王女のためのパヴァーヌ』を連想させるという指摘がある。つまりこの曲のタイトルの本意は『亡きウサギのためのバラード』で、ウサギは死んでしまったことになっている。要するに因幡さんが死んだという意味なのではないかと(*1).
(*1)亡き王女のためのパヴァーヌ Pavane pour une infante defunte
はしばしば誤解されているが、王女が亡くなったのを追悼する曲ではなく、今はもう亡くなった遠い昔の王女が当時踊っていたようなダンス曲という意味である。つまり「亡き王女」はほとんど誤訳に近く「今は亡き王女」あるいはいっそ「昔の王女」とでも訳すべきであった。
4日火曜日になって、芸能記者たちが関係者に取材してまわった結果、やはりラビット4が3月に分裂し、双方とも「自分たちがラビット4」と名乗っていることが判明する。それで∂∂レコードに残るのがボーカルでギター担当の四屋さんとドラムス担当の佐藤さん、龕龕レコードに移籍するのがリーダーで篠笛担当の因幡さんとサブボーカルでベース担当の高橋さんであることが分かる。
同じ名前で紛らわしいので、∂∂レコードに残る四屋さんたちをラビット4A、龕龕レコードに移籍する因幡さんたちをラビット4Bとテレビ局はいったん仮称したのだが、因幡さんから「ABという名前は優劣をつけるようだ」というクレームが入ったので、テレビ局は扱いに苦慮する。
##放送の番組で生放送の最中にその件で「困ったね」と言っていた時、高柳あつみアナウンサー(高柳さとみ記者の妹)が
「いっそ、さくら組・いちご組とかにします?」
と発言し、それをベテラン俳優・内海四郎さんが
「いいね!それ採用!」
と言ったので、とりあえず同局の番組では、さくら組・いちご組と仮称することにした。大物俳優の内海さんが言ったのならよかろうという空気であった。そして他の局までそれに右にならえしてしまった!
それで結局
ラビット4さくら組(∂∂レコード)四屋(Gt/Vo)+佐藤(Dr)
ラビット4いちご組(龕龕レコード)因幡(篠笛)+高橋(B/Vo)
ということになってしまったのである。このネーミングについてはファンの間では初期段階で「まるで女の子バンドだ」と、高柳アナへの批判メッセージが多かったのだが、因幡さん本人が「可愛いじゃん」とツイッター上で発言し、四屋さんも「まあいいや」と発言して、それで定着してしまった。
むろん双方とも公式にはただの「ラビット4」を名乗る。結局このユニットの名前の権利は因幡さんと四屋さんが共同所有していたらしい。
なおレコード会社やプロダクションとの契約は2015年12月のデビュー時点ではまだ売れるかどうかよく分からないユニットであったことから1年単位で契約更新していくことになっており、契約の更新時期は3月末と定められていた。因幡と高橋はその更新をしなかっただけなので、違約金も発生しないらしい。
「過去にはセーラ(Sara)などのヒット曲を出したスターシップ(Starship)が分裂して双方スターシップを名乗るとか(*1)、アン・ヴォーグ(En Vogue)から離脱したメンバーが自分たちこそアン・ヴォーグだと主張して裁判になったケースもあるね」
と冬子は言っていた。
「分裂して名前で揉めたというと、ほっかほっか亭の名称問題も複雑だったよね」
と政子は言っている。やはり食の問題に結びつけるのはさすが政子である。
「あきれたボーイズとか、ドリフターズの分裂騒ぎも深刻だったね(*1)」
と千里が言うと、
「あんた、よくそんな古い話知ってるわね。やはりあんた年齢誤魔化してるでしょ?」
となぜかその場に居た雨宮先生が言う。
(*1)このスターシップあるいはエアプレインの名称問題はこのような簡単なことばではとても説明できない、極めて複雑な展開となった。様々なバンド名が生まれては消えている。出発点となったバンドはJefferson Airplaneだが、2016年時点では Starship featuring Mickey Thomas というバンドと、Jefferson Starship - The Next Generation というバンドが並立している。元々Airplane(飛行機)という名前が使えなくなったためShatship(宇宙船)にグレードアップ?したものである。
あきれたボーイズは1937年頃に結成されたコミックバンドで、1939年春に吉本興行から独立しようとしたものの、吉本側が引き留めに走り、結局、メンバーの中で川田義雄だけが残留し、益田喜頓(ますだきーとん)・坊屋三郎・芝利英(坊屋の弟)の3人は独立して新興キネマと契約した。
「あきれたボーイズ」の名前は益田らが継承し、残留した川田は新たなメンバーを加えて「ミルクボーイズ」を結成し、その後、どちらも売れている。
ドリフターズは1956年頃から活動していたバンドで、初期の頃はメンバーの入れ替わりが激しく、後に『上を向いて歩こう』で有名になった坂本九や後に女優として成功した木の実ナナなども一時在籍していた。
1964年に、当時新たな中心になりつつあった、碇矢長一(いかりや長介)に反発を強めていた小野ヤスシはクーデターを画策し、碇矢以外の全員に呼びかけて何の予告も無しに突然集団脱退を実行した。この事件は30年ほどの後に小野自身が自省を込めてTV番組の中で告白し、更に後にラジオ番組の中でドリフのメンバーに謝罪している。
この時、ドラムスの加藤英文(加藤茶)だけは碇矢の説得に応じて残留を決め、ドリフターズはかろうじて消滅の危機を免れる。そして2人だけになった後、新たにギタリストの高木友之助(高木ブー)を勧誘して加入させ、高木が同じくギタリストで歌もうまい仲本興喜(仲本工事)を誘い、更にピアニストとして荒井安雄(荒井注)をスカウトして、何とか次のステージに間に合わせた。
この時、次のステージまで時間の無い中で急いでメンバーを集めたため荒井注のピアノ演奏を実際には聞かないまま彼をスカウトしてしまったことを、碇矢は後悔したらしい(荒井注は楽曲が全く弾けないピアニストで、楽曲のノリにあわせて適当に鍵盤を叩くだけであった)。
なお脱退した小野ヤスシたちはドンキーカルテットを結成。こちらもドリフターズほどではないものの、そこそこ売れている。