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(C)Eriko Kawaguchi 2015-11-02
千里は7日夕方にManhattan sistersに関する作業を全て終了して最終新幹線で東京に戻った。そして8月8-9日は玲央美とも話したようにシェルカップというバスケット大会が行われた。
「あ、千里しばらく連絡がつかなかったからどうしたかと思った。こちらにはいつ戻って来たの?」
と麻依子から訊かれる。
「うん。昨日の夜戻って来た」
「やはり色々行事とかあってたんだ。でも頑張ったね」
「あ、うん?」
千里は何の話だろうと思ったのだが、それよりも麻依子が「助っ人を呼んできた」と言って佐藤玲央美を紹介するのでびっくりする。
「レオちゃん、うちのチームの助っ人だったんだ!」
と千里は本当に驚いたように言った。
「まあ半年ぶりにボールに触るからあまり期待しないでね」
と玲央美が言った時に、麻依子がえ?という顔をした。麻依子にとっても彼女がしばらくバスケから離れていたというのは意外だったのだろう。
「佐藤さん、自分のチームの規定には引っかからないの?」
とキャプテンの浩子が心配して尋ねる。
「私、今どこにも所属してないから」
「うっそー!?」
シェルカップはオープン大会なので、中高生からクラブチーム、大学生まで様々なチームが出場している。クラブチームにしても、ローキューツのような一応本格的(?)なチームや実質企業チームという所もあれば、バスケ協会に登録していない趣味で好きな人が集まってやっているだけといったチームまである。
ローキューツは1回戦を中学生チームに快勝した後、準決勝でローキューツと割と似た感じのチームである東京の江戸娘と対戦。前半は苦戦したものの、その苦戦が玲央美を覚醒させた感じがあった。
本当に5ヶ月ほどボールに触っていなかった人とは思えないほど物凄いプレイが炸裂する。そしてこの玲央美の覚醒によって強豪の江戸娘に勝って決勝に進出した。
そして決勝で対戦したのが、TS大学女子バスケ部の1年生5人で構成した「TSフレッシャーズ」であった。松前乃々羽・中折渚紗・前田彰恵・橋田桂華・中嶋橘花というラインナップはU18日本代表を3人入れたとんでもないチームである。
「うーん。日本代表が向こうは3人、こちらは2人、苦しいな」
などと麻依子は言っていた。
お互い顔見知りなので試合前からハグ大会となり、前田彰恵など
「こないだはお疲れ様〜。またやろうね」
と言っていた。
千里はこないだっていつだろう?ウィンターカップのことかな?などと彰恵の発言に首をひねった。千里はおそらく彰恵たちはU19世界選手権に出たのではないかとは思ったものの、自分が出なかった後ろめたさもあり、その件について尋ねるのは憚られた。
この試合は、千里と玲央美がかなり本気になったものの、日本代表の人数でも3対2、インハイ経験者の数でも5対3というのはやはり、じわじわと効いてくる。
かなりもつれにもつれたものの最後は中折渚紗のブザービーターでTSフレッシャーズが勝利した。
試合終了後、玲央美は笑顔で「バスケットって楽しいね」と言った。
「楽しいでしょ?」
と麻依子。
「そろそろバスケの練習も再開しようかなあ」
と玲央美。
「どこか入るチームが決まるまではうちで練習してもいいよ」
「そうさせてもらうかも」
と言って、玲央美は実際その後、9月まで、しばしばローキューツの練習に姿を見せ、主として千里や麻依子とマッチアップの練習などをしていた。
8月中旬。熊野サクラはKL銀行の女子バスケット部《ジョイフル・サニー》の部員を前に挨拶をしていた。
「こんにちは。シーズンの途中からですが、こちらに参加させて頂くことになりました、熊野サクラです。福岡県のC学園高校の出身です。ポジションは」
とまで言ったところで
「あ、言わなくても分かる」
「センターですよね?」
「はい」
「これで今期、最下位じゃなくなるかも」
「万一優勝しちゃったらどうしよう?」
などと部員たちの間で声が出ているのにサクラは苦笑した。
「あのぉ、ちなみに女性ですよね?」
「確認してみたい人は僕と一緒にスーパー銭湯にでも行ってみる?」
「行ってみたーい」
「でもサクラさんがもし男湯の方に入って行ったらどうしよう?」
「そんな時はみんなで男湯に突撃だよ」
これより少し前、U19世界大会が終わって帰国した数日後、サクラは高田コーチに呼ばれた。U19の活動をしていた間に知人に頼んで適当な仕事先を探してもらっていたらしい。
「まあKL銀行って所なんだけどね」
「済みません。その銀行の名前は知っていますが、バスケ部があるというのは知りませんでした」
「現在関東実業団の4部なんだよ」
「4部ですか!?」
サクラはいくら何でもという気になった。4部のチームって、趣味でバスケやってますという感じの人ばかりではなかろうか。
「むろん、君がフェイントを入れてパスを出してもそれをキャッチしてくれるような選手は居ないと思ったほうがいい。君がひとりでリバウンドもシュートもしないといけないだろうし、ディフェンスでは君ひとりで相手3人くらいを相手にしないといけないかも知れない」
サクラは黙って聞いている。
「しかしね。このKL銀行は来年4月1日付けで事実上経営破綻したJI信用金庫を吸収合併することになっているんだよ」
「あれ?」
「うん。JI信用金庫の女子バスケット部は2部なんだよ」
「それどうなるんですか?」
「だから女子バスケ部も合併して来季は2部に所属できる」
「わあ」
「その前にもしJI信金が今期優勝して入替戦にも勝てば1部スタートになるけどね」
「それは頑張ってもらわないといけませんね」
「だからまともなチームメイトが居ないのは今期だけ我慢して」
「でもどうせ一緒になるのなら、JI信用金庫の方には入れないんですか?」
「うーん。君がそちらがいいと言うならそちらでもいいんだけどね。但し向こうは経営破綻した会社だから月給5万円になるけど」
「私、KL銀行の方がいいです!」
それでサクラはKL銀行に入り、バスケ部のメンバーと練習しはじめるが、困惑したのが、ごく普通にパスを出してもみんな取り切れないということである。
「ごめーん。もう少し優しく出してもらえる?」
「うん。いいよ」
などといって、ボールをそっと投げてやるようにする。バウンドパスなどは反応が間に合わないようで、まず後ろにそらしてしまう。
相手の顔をしっかり見て
「○○ちゃん行くよ」
と声を掛けてからゆっくりとしたパスを出して、やっと受け取ってもらえる。また逆に他の子からサクラへのパスはコントロールが悪すぎて、全然こちらに飛んでこない。
おかげでプレシーズンの練習試合では、パスをカットされまくる。また相手はだいたいサクラに専用マーカーを付けて彼女を封じる作戦で来る。そうすると何もできないまま負けてしまう。
さすがに辛いぞ、と思い始めた秋のリーグ戦開始直前、
また1人新入部員が入って来た。
「池谷初美と申します。学歴は大学中退で英語とかもまともに使えなくて、I am a pen.と言って笑われたことあります。でもバスケは好きなので頑張りますのでよろしくお願いします。ポジションはセンターです」
と自己紹介する。
「初美さん、背が高〜い。サクラさんとどちらが高いかな?」
と言われて早速2人で並んでみると、初美の方が僅かに高いようである。
「大学中退って、どちらの大学ですか?」
「**大学です」
「すごーい!バスケの名門」
「ちなみに高校はどちらですか?」
「旭川L女子高といって。すみません。田舎の高校で」
「そこ、すっごい強豪ですよね?」
「すごーい。うちみたいな部にそんなに強い人が入ってくるなんて」
「いや、強いかどうかは」
などと本人は言っていたものの、彼女の加入でサクラはやっとまともなプレイができるようになったのである。
サクラと初美の間ではブラインドパスが通じるので、この2人でパスを交わしていると、味方でさえボールの所在位置を見失う感じであった。そしてサクラがシュートしたら初美がリバウンドを取り、初美がシュートしたらサクラがリバウンドを取るという連携ができるようになる。ディフェンスでも2人で左右を分担して守ると、簡単には相手の進入を許さないようになる。
そして会社はふたりが頑張っているのを見て数年前に結婚のため同社を退職・引退していたベテラン34歳のポイントガード伊藤寿恵子に声を掛けて契約社員として復帰してもらった。彼女の加入でサクラ・初美はまたやりやすくなった。
そのようにして、この春のリーグまで4年連続最下位を続けていたジョイフル・サニーは今季は一転して連戦連勝を重ねるのであった。
10月初旬。
花園亜津子が千里に相談したいことがあると言って連絡してきた。それは彼女が所属しているエレクトロ・ウィッカで、森下誠美と小杉来夢が解雇されてしまったので、取り敢えず3月まででも、ふたりをローキューツで引き受けてくれないかということであった。
ローキューツ側は彼女たちを受け入れ、結果的にはローキューツはかなりプロレベルに近いチームになる。更には春に交通事故で入院していた愛沢国香も退院の目処が立ったという報せも入り、来期は全国で上位を狙えるかもね、などという話をした。
「これだけ戦力が充実してきたのなら、あの子も勧誘しちゃおうかな」
と国香は言った。
それは同じ旭川出身で国香と同じ学年の旭川R高校・近江満子であった。彼女は仕事が忙しすぎて、なかなかバスケができないと嘆いていたのである。適当な仕事口を確保した上で勧誘しようと言っていたのだが、実際に国香が満子に連絡を取ってみたら
「ごめーん。先月末に別のチームに入っちゃった」
と言った。
「例の仕事は7月に辞めたのよ。そのあとずっとプライベートに練習してた」
「うん。辞めたほうがいいと思ってたよ」
「でも現役復帰おめでとう」
と国香は友人兼ライバルの復帰を喜んだのだが、その入ったチームの名前を聞いて、千里たちは驚くことになった。
2009年9月25日(金)。美花は閑散とした体育館でため息をついていた。
会社からは今期2部リーグで優勝するか準優勝して入れ替え戦に勝ち1部に上がることができたら女子バスケ部は存続させてもいいと言われた。しかし、同時に選手は全員プロ契約に切り替えることを要求された。しかもその報酬が年間60万円(取り敢えず10月から3月までは30万円)だと言うのである。
一応それ以外に1試合に出場する度に5000円の手当をもらえることになっている。しかしそれだけで生活していくのはかなり困難だ。
結果的に部に残ったのは、美花(PF), 亜耶(SF), 稀美(PF)の3人だけである。監督は無給を宣告されたが、当面残ってくれるらしい。
しかしバスケットは試合開始時に5人プレイヤーが居なかったら即負けになる。このままだとリーグ戦は全戦不戦敗となり、リーグ戦の成績が出るのを待つ前の段階で解散勧告が出かねないなと美花は思っていた。
ところがそこに監督が40代くらいの女性と、若くて背の高い女子3人を連れてやってきたのである。内1人は外人さんっぽい。
「紹介しよう。こちら藍川真璃子さん。元日本代表のシューティングガードで昨年は倉敷K高校のアシスタントコーチをしていた」
美花は目をぱちくりさせる。
「あのぉ・・・」
「こんにちは、藍川です。未熟者ですが、みなさんをしっかり鍛えてリーグ優勝を狙いたいので、一緒に頑張りましょう」
「コーチさんなんですか?」
「ええ。今期はスタッフにはお給料出ないという話だけど、私の弟子を3人入れてもらうことを条件にOKしました」
「佐藤玲央美です。ポジションはスモール・フォワードです。よろしくお願いします」
「アンダーエイジ日本代表の!?」
「はい」
と言って玲央美は微笑む。
「母賀ローザです。愛知J学園高校を経て、Wリーグのステラ・ストラダに一時期在籍していました。ポジションはセンターです。あ、私国籍は日本ですし日本語はふつうにしゃべれますからご心配なく」
「旭川R高校出身の近江満子です。なんか凄い人が2人も隣に居るので恐縮です。インターハイやプロ経験はありません。ポジションはポイントガードです」
「あのぉ、皆さんの報酬は?」
「半年30万円で」
「それでいいんですか〜〜?」
ともかくも、そういうことでJI信金《ミリオン・ゴールド》は土壇場で部員が6人になり、取り敢えず大会に参加しても不戦敗にならない人数となったのであった。
なお、玲央美・ローザ・満子の3人は月5万円の給料で生活するため住宅費節約で藍川コーチの2DKのアパートに同居することにしたらしい。
「2DKに4人寝られるんですか?」
「一応布団は敷けるんだけど」
「まあ朝起きた時はだいたい混沌としているよね」
「貞操の危機を感じたことはある」
「まあレズっ気は否定しないけど、当面自粛しているつもり」
「うーん・・・」
と美花は悩んだのだが、亜耶がこんなことを言い出す。
「すみません。私も給料5万円でどうやって暮らそうと思っていたので。もしよかったら、そこに泊めてもらえません?」
「もう布団を敷けないのでは?」
と稀美が心配する。
「そうだねぇ。台所には何とか敷けるかも」
と満子が答えた。
「6畳のほうにはあと1つ敷けると思う。台所はキッチンテーブルをどかせばたぶん布団2つ敷ける」
と玲央美が言う。
「じゃあと3人収容可能かな」
とローザ。
「私たち3人もコーチの所に泊まり込む?」
と美花も半ばヤケクソで言う。
「もう合宿所だな」
とコーチは笑って言っていた。