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7月24日夕方。鹿児島市内で春風アルトさんと車を交換した千里はプリウスの後部座席に雨宮先生を乗せて九州自動車道を北上していた。
22日に奄美で日食を観測した後、23日早朝にフェリーに乗って半日掛けて沖縄に移動。23日夕方に那覇港に到着して、24日の午後の飛行機で鹿児島に移動し、アルトさんと落ち合ったのである。
雨宮先生は最初寝ていたのだが、1時間もしない内に目を覚ましたようで言う。
「何か雨が凄いね」
「凄いです。警報とかが出ているようですよ」
「この車流されないよね?」
「まあ道路ごと流されたら仕方ないですけど、運がよければ大丈夫だと思います」
「運がいい方に賭けておくことにしよう」
しかし24-26日にかけて九州を襲った豪雨では、この九州自動車道の側壁が崩れて走行中の自動車が生き埋めになる事故まで起きている。千里たちの車は幸いにも事故もなく走行していたのだが、熊本近くまで来た時に雨宮先生の携帯が鳴る。
「あぁ、雷ちゃんか。何?はぁ? 分かった。ああ。そんなこと言ってたね。了解了解。それはこちらで何とかするから、あんたは茉莉花ちゃんとハネムーンのやり直し頑張りな。うん、それじゃ」
千里はその会話でいや〜な予感がした。
「千里、よろこべ、バイト代を30万円から100万円に積み増しするぞ」
と雨宮先生が言う。
今回の奄美行きの「バイト代」は5日間の拘束で25万円という約束だったのだが1日伸びたので30万円に増額されていた。それを100万円にって、まさか14日間拘束期間が延びるとか!?
「明日から8月7日まで福岡でお仕事」
「なんでですか〜?」
本当に2週間拘束されるのか!?
「上島がさあ、日食の方の日程は今日で終わるからと思って明日から7日まで福岡で開催中の音劇博に出演するManhattan Sistersっていう、アメリカ人のアイドルユニットのプロデュースをする予定だったらしいのよ。それを代わってあげることにした」
「そんなの代わっていいものなんですか?」
「興行元は私が代わるのなら構わないと言ったらしい。それに元々適当だし」
「そうなんですか!?」
「だいたいが寄せ集めの臨時編成ユニットなんだよ。歌う楽曲だけは事前に各自に渡して練習させている」
「酷い。それでお金取るんでしょ?」
「入場料は8400円だし」
「暴利では?」
「ブロードウェイで人気のアイドルグループとうたってるし」
「詐欺では?」
「ブロードウェイに出演した子が半分くらい混ざってる」
「うーん・・・あ、待って下さい。私8月3日から7日まで期末試験なんですよ」
「そのくらい延期しなさい」
「無茶言わないでください!」
「追試か何か受けられるようにできないの? 私も短期決戦だから助手がいないと手が回らない。もちろん新島と高倉も呼ぶけどさ」
高倉さんは熊本在住の雨宮先生の弟子である。
千里は考えた。元々が上島先生とアルトさんの関係を修復させるために計画したことである。何とかしてあげたい。千里は次のPAで車を駐めた上で、クラスの担任教官に電話してみた。
「夜分恐れ入ります。村山千里ですが、今度の期末試験の件なのですが」
と千里が言うと、教官は意外な反応をした。
「うん、聞いてるよ。こちらに戻って来るのが4日くらいになるんでしょ?」
「あ、いえ7日まで掛かるので、戻れるのは8日になると思うのですが」
聞いてるよって何??と千里は思う。誰かと勘違いしてないだろうかと不安になる。
「あ、そうだったっけ。それで村山君に関しては今期の受講科目については基本的に8月14日の金曜日までにレポートを提出してもらったら、それで審査することにしているから。英語・フランス語・体育に関してはこれまでの出席状況が問題ないので、無試験で単位認定してくれるそうだ」
「ありがとうございます」
と千里は答えながらも、なぜそんなに優遇してもらえるのだろう?と思う。しかし教官は確かに「村山君」と言っている。うちのクラスに他に村山は居ないので人違いでも無さそうだ。しかし優遇してもらえるのなら好都合だ。
「ご配慮ありがとうございます。それでは14日までにレポート提出します」
「うん。レポートのテーマは僕がまとめて郵便で君の住所に送っておいたから千葉に戻ってきたら見ておいて」
「はい、ありがとうございます」
そういう訳で千里は頭の中が「??」状態ではあったものの、レポートによって試験に代えるということにしてもらったのであった。
千里と雨宮先生は19時頃に鹿児島を出て、途中広川SAで休憩しただけでひたすら走って23時前に福岡市に到着した。そのまま舞鶴にある音劇博事務所で向こうのエージェントと会う。
「雨宮さんといえば、アメリカでもLana CrystalとかChristopher sistersとかのプロデュースをなさいましたね」
と言ってエージェントさんはご機嫌である。
「まあたまたま関わりができたので。こちらは助手の鴨乃清見です。あと2人助手を呼ぶつもりですので」
「鴨乃さんというと大西典香の『Blue Island』の作者さんですか!」
「はい、そうです」
「あれはアメリカでも凄いヒットだったんですよ」
千里は自分の名前まで認識してもらえているとは思ってもいなかったので驚いた。しかし先方は雨宮先生と千里のペアを気に入ったようである。
Manhattan Sistersの子たちには、今、明日の公演を前に最終練習をさせている所なので見て欲しいというので中央区内のスタジオに移動した。
そして千里も雨宮先生も見ている内に無言になった。
「Girls, Want you reboot from zero all over?」
と先生は言った。千里も厳しい視線で女の子たちを見ていた。彼女たちの中にはえ〜?という顔をしている子とむしろホッとしている感じの子とが混ざっていた。
それからが大変であった。
何しろ公演は翌日午後1時からしなければならないのに、とてもじゃないがお金を取って見せられるレベルではなかったのである。いったい上島先生はどうやってこの子たちをまとめるつもりだったのだろうと千里は疑問を感じた。
雨宮先生はまず彼女たちにステージ上のフォーメーションとして3種類のパターンを覚えさせた。それを代わる代わる使うことで変化をつける。また彼女たちの中で明らかに「輝いている」3人の子を抜擢して、その子たちを最前面に立たせる形を確立する。
雨宮先生が全体的な指示をする中で、千里は個別に何人かの子に「ここはこうした方がいい」とか「君タイミングがずれがちだから、早め早めに動くようにしよう」などといったアドバイスをしていった。ダンスのうまい子を4人認識したので、先生と相談してその子達をメインボーカル3人の斜め後ろに2人ずつ配置する形にした。
後ろの方でダンスとコーラスをさせていた子の1人が
「自分はスターだ。これまでCDも4枚売った。こんな後ろの方で集団で踊るだけなのは嫌だ。それにこんな遅い時間まで練習させられるのも不愉快だ」
と主張した。雨宮先生はその子に
「今すぐアメリカに帰れ」
と通告した。エージェントさんも頷いていた。その子は退場したが、これで逆にその後みんなが引き締まった感じであった。
午前3時頃、熊本から高倉さんが駆けつけて来て、手伝ってくれたが、何とかこれで形になるかなという状態に到達したのはもう朝の6時であった。ここまで付き合ってくれたエージェントさんもお疲れ様である。実際、昼過ぎから公演をやるという状況ではここで少し出演者を休ませないとやばい。それで雨宮先生は簡単な注意だけして11時半集合、時間厳守ということにして解散させた。
「ところで雨宮先生はご予定は無かったんですか?」
「うーん。それが8月1日だけ、東京で制作会議に出ないといけない。その日はあんたたちで何とかしてくんない?」
「まあ1日だけなら。高倉さんも新島さんもいるなら、何とかなるかな」
「醍醐さんも新島さんもいるなら何とかなるかな」
「毛利さんも呼びましょう。猫の手程度にはなりますよ」
「そうだなあ。まあ猫程度には役立つかな」
ということで、結局このユニットのプロデュースは雨宮先生を中心に、25日中に駆け付けてくれた新島さん、毛利さん、そして千里と高倉さんの5人によるチームで行ったのである。
ステージはひじょうに好評で雑誌などにも高い評価がなされていた。またこのメンバーでCD/DVDを制作することになり、8月4-5日の2日間でスタジオで録音作業をおこなった。また本当は臨時編成ユニットのはずだったのをアメリカに帰国しても当面存続しようということになったらしい。
千里は福岡でこのManhattan Sistersに関する作業をしている間、ああ、U19世界選手権も終わっちゃったしインターハイも終わったな。日本代表はどこまで行ったんだろう?と思いつつきっとバスケ協会のメルマガで送られてくるだろうしと思っていた。なお旭川N高校のインターハイの成績については、南野コーチからのメールで知ることになる。
2009年のインターハイは7.29-8.03の日程で大阪府(メイン会場は大阪市中央体育館)で行われた。
今回のインターハイでは、旭川N高校は準々決勝までは進出したものの、愛知J学園に敗れてBEST8に留まった。準決勝は岐阜F女子高−札幌P高校、愛知J学園−東京T高校の組合せで行われ、P高校とT高校が決勝に進出。P高校が勝ってインターハイ2連覇を達成した。
MVP・得点女王は渡辺純子(P高校)、スリーポイント女王は神野晴鹿(F女子高)、リバウンド女王は夢原円(J学園)、アシスト女王は水原由姫(F女子高)が取った。
そしてP高校とT高校がウィンターカップに出場することになったので今年のウィンターカップは、北海道が2校、東京は3校出場することが決定した。
旭川N高校はインターハイが終わったことから2年生中心の体制に移行。湧見絵津子が新しい部長(主将)、黒木不二子が副部長(副主将)に任命された。3年生の中で、揚羽・雪子・志緒の3人が特別枠でウィンターカップ出場を目指すことになった(道予選以上に出場する)。
またインターハイの予選・本戦でセンター陣の弱さが苦戦につながったことから、紅鹿(177cm)を久井奈や麻樹の居る旭川A大学、耶麻都(179cm)を葛美や留実子・暢子の居るH教育大旭川校に引き受けてもらい、徹底的にリバウンドを鍛え直すことにした。
8月3日の夕方、千里はManhattan sistersの公演も何とか折り返し。あと残りは4日か・・・などと考えながらひとりで大濠公園を散策していた。するとそこで思わぬ人物を見る。
「レオちゃん?」
「千里?」
「奇遇だね!」
とお互い言い合う。玲央美はトレーニングウェアの上下を着て公園をジョギングしていた。
「千里も走ろう」
「あ、うん」
それで一緒に走り出す。千里は今日はスニーカーにジーンズという格好であった。大濠公園は1周が約2kmでジョギングやウォーキングしている人も多い。50mごとに距離をあらわすラインまで入っている。
「久しぶりだね。なんで福岡にいるわけ?」
ふたりは2月に玲央美が失踪事件を起こして千里が福岡県の矢部村まで追いかけていき、帰りに羽田空港で別れて以来である。
「ちょっとお仕事で2週間ほど滞在してるんだよ」
と千里が言うと
「私もお仕事で2週間ほど滞在しているのよね。今夜で終わりだけど」
と玲央美は言う。
「わあ、夜間の仕事なんだ」
「うん。電話の受付」
「大変だね!」
「千里は?」
「こちらは昼前くらいから始めて夜12時くらいまでかな。実は歌唱ユニットの指導をしているんだよ」
「ああ、そういえば音楽に色々関わっているんだったね」
「うん」
「でもどちらも働く時間帯だけ聞いたら他人に誤解を与える時間帯かも」
「あ、そうかも!」
それでしばらく一緒に走っているうちに玲央美が言う。
「千里、かなり体力が落ちてる」
「うん。それは認識しているから今少しずつリハビリしている所。玲央美は結局今どこのチームに居るんだっけ?」
「どこにも入ってない」
「嘘!?」
「千里はクラブチームに入ったんだね」
「あ?知ってたんだ?」
「麻依子ちゃんから聞いた」
「へー!」
「でも私ももう半年ボールに触ってないからなあ」
「でもこうやって練習はしてるんじゃないの?」
「基礎体力を鍛え直しているんだよ」
「そっかー。でもバスケに戻って来るよね?」
玲央美は少し考えていた。
「千里、U19世界選手権には出たんだよね?」
「ううん。高田コーチからたくさんメール来てたけど、私、今とても世界でどころか全国で戦う自信も無いんだよ」
「確かに千里、かなり運動能力が落ちてる雰囲気だもんなあ」
と玲央美は言って立ち止まり、それに続けて立ち止まった千里の腕に触る。
「腕が凄く細くなってる」
「そうだね。半年前からするとずいぶん筋肉も落ちたかな」
「まるで高校1年の頃の千里みたいだ」
と言われてドキっとする。
「まさか男の子に戻ったりはしてないよね?」
「それはない。2度と男の子には戻りたくないよ」
「少し安心した」
「玲央美はU19出たんでしょ? どうだった? 私まだ結果聞いてなかったんだよ。いつ帰国したの?」
「私も出てない。私の所にも高田コーチからたくさんメール来てたけど」
「嘘!?」
「しかし千里も私も出なかったんなら、他のみんなに悪かったなあ。私もまだ成績は確認してないけど」
それでふたりはその場で携帯からU19の成績について検索してみたのだが、うまく検索に引っかかってくれず、成績は分からなかった。
「まあいいや、1〜2日中にバスケ協会のメルマガで送られてくるよね」
「あ、私もそう思ってた」
「じゃ千里、8日は一緒に頑張ろう」
「8日?何があるんだっけ?」
「シェルカップに出るよね?」
「うん。玲央美もどこかのチームで出るの?」
と千里が訊くと玲央美はなぜか物凄く可笑しそうに笑った。
「それじゃ当日」
と言って手を振って別れた。