広告:メイプル戦記 (第2巻) (白泉社文庫)
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■娘たちの逃避行(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2015-10-30

 
誰かさんと誰かさんがライ麦畑を通ってきて出逢ったら、 
誰かさんが誰かさんにキスしたら、誰かさんは叫んだりする必要ある? 
女の子はみんな彼氏がいるのに、私には誰もいないみたい。 
ライ麦畑を通ってくると男の子はみんな私に微笑みかけてくれるのに。 
 
Gin a body meet a body, Comin' thro' the rye,  
Gin a body kiss a body, Need a body cry?  
Ilka lassie has her laddie, Nane, they say, hae I.  
Yet a' the lads they smile on me, When comin' thro' the rye.  
 
(Gin=If, Ilka=Every, hae=have, a'=all, nane=none, lass(ie)=girl, lad(die)=boy) 
 

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2009年3月末、釧路市で阿寒カップが行われ、旭川N高校は男女ともこれに参加したが、湧見昭一は男子チームには出ずに、湧見昭子の名前で女子チームに参加した。また行き帰りのバスも女子のほうのバスに乗り、他の子たちとふつうにガールズトークしていた。
 
帰りのバスが旭川に戻ってきてから南野コーチは北本志緒と湧見絵津子を呼んで言った。
 
「あなたたちさ、湧見昭一をずいぶん唆して女装させているみたいだけど」
「あの子の心の中の願望を実現させるお手伝いをしているだけです」
「単に手伝っているだけ? ひたすら唆しているように見えるんだけど」
「ひとりではなかなか女の子として行動できないのを背中を押してあげてるだけですよ」
「私が見るに、背中押してるというよりロープ付けて引っ張ってるような気がするんだけど。あんたたちのってパワハラ・セクハラじゃないかってどうも気になってさ」
 
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「昭ちゃん、何か不満を訴えました?」
「ううん。あの子は訊いても『ボク女の子で居れて嬉しいです』と言うけどね」
「やはり本人の希望ですよ」
「でもあんたたち、あの子の男子制服取り上げてるでしょ?」
 
志緒と絵津子は顔を見合わせた。
 
「いや。そうしないと、なかなか女子制服を着る勇気がないみたいだから」
「そのあたりって、周囲が無理強いするのではなく、本人の自発的な行動に任せるべきじゃないかと、私は思うよ」
「そうですね・・・」
 
「男子制服、返してあげなよ」
「うーん・・・」
 
とふたりは悩んでいる。
 
「でもそうかも知れないね。本人に再度男として生きるか女として生きるか選ばせるべきかもね」
と志緒が言う。
 
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「まあ選ぶも何も、既に男としては生きられない状態になっている気もするけどね」
と絵津子。
 
玉も取っちゃったしね〜と絵津子は思う。
 
しかしともかくも、それで絵津子たちは昭子に男子制服を返してあげたのである。
 

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4月1日、大学の入学手続きの後、運転免許を取得し、東京からいったん旭川に戻った千里は、まずは引越の作業を始めた。
 
「高校の制服はどうするの?」
と美輪子叔母が尋ねる。
 
「今年N高校に入る女子バスケ部員で、あまりお金が無い子がいるのよ。その子にもらってもらうこと確定済み」
と千里は言う。
 
「男の娘が着たものでもいいのかね?」
と美輪子は心配するが
 
「大丈夫。その子も男の娘だから」
「え〜〜〜!?」
 
千里はコートは大学に入ってからでも使えるかなとも思っていたのだが、その話を聞いたので、コートも含めて全部あげることにしたのである。通学用のローファーも、気にしないならあげてもいいと思っていたのだが、その子は足のサイズが26.5cmということで、24cmの千里の靴は全く入らないので、ローファーは千葉に持って行くことにした。その子は背丈は177cmあるもののスリムな体型なので、千里の制服がきれいに着れるのである。
 
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さて千里の引越の荷物整理だが、バッシュは実は中学の時に使っていたもの、高校1年から3年の夏まで使ったものもまだ取ってあったのだが、この機会に捨てることにして、1月にウィンターカップの健闘の記念にもらったものだけをずっと部活で使っていたスポーツバッグに入れた。このスポーツバッグにはいつも着替え数枚と、サロンパス、生理用品などが入れてある。入れてみると少しスペースが余るので何となく下着数枚にTシャツ・スカートなどを何枚か入れた。
 
千葉でも使いそうな衣類は数個の段ボールに分けて詰めたが、どう考えても千葉では使いそうにない強烈な防寒服は玲羅に送りつけることにして「玲羅行き」と書いた箱に詰めた。
 

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「あんた、入学式は何着るつもり?」
と美輪子は千里に訊く。
 
「そうだなあ。背広上下にネクタイかな」
「あんた男に戻るつもり?」
「まさか。そもそも私、おっぱい大きいから男物の背広なんて着られないと思うなあ」
 
「レディスフォーマル、1着買っておいたら? けっこう使う機会あると思うよ」
「ああ、そのあたりが私もよく分からない」
 
今までは形式張った集まりなどにも、高校生ということで全部制服で押し通していたのである。春風アルトさんの結婚式だけは向こうが用意してくれていたドレスを着せられたが。
 
それで美輪子と一緒に町に出て、フォーマルを売っている店で色々見てから、5万円のピンクのフォーマルスーツを買った。またフォーマルでは堅苦しすぎるような場所で着るものとして、別の店で8000円のライトグリーン色のレディース・スーツも買った。フォーマルの方は入学式で着ることにして手荷物で持って行くことにし、普通のスーツの方はオリエンテーションの日に着ることにしてそちらは荷物に入れて送ることにした。
 
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4月7日。旭川N高校では始業式が行われる。湧見昭一は11月に志緒に取り上げられてしまっていたものの、やっと戻って来た男子制服を見て、ふっと息をついた。ここ4ヶ月ほど、男子制服が無いのでやむを得ず(?)女子制服で通学していたのだが、ほんとに恥ずかしかったなあ、と思う。トイレも男子トイレには入れず、ずっと女子トイレを使っていたものの、列に並ぶ時は恥ずかしくて、いつも俯いていた。
 
それでほんとに久しぶりにワイシャツを着ると男子制服のズボンを穿き、それで朝御飯を食べに出ていく。
 
「あら、昭ちゃん、それワイシャツじゃないの? しかもズボン穿いてるし」
と母が訊く。
 
「うん。やっと男子制服をえっちゃんが返してくれたから、今日からはこちらを着て行く」
「ふーん」
と母は何か考えるように声を出した。
 
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朝食が終わって、茶碗を洗い、昭一は自分の部屋に戻って出かける準備をする。今日は授業は無いので春休みの宿題と筆記用具だけ鞄に入っていることを確認。そして部活はあるので部屋の中に干していた練習用のユニフォーム上下、替えの下着・・・と思ってブラとショーツ、キャミソールを手に取った時、ドキドキした。自分が今実際にワイシャツの下に似たような下着を着けていることを忘れて、手に持っただけでドキドキした。
 
「男の子に戻っちゃったら、こういう下着も着けられなくて、トランクスとシャツなのかなあ」
などと独り言を言う。実は昭ちゃんは、ずっと女の子の下着を着けていたので、男子下着はもう持っていない。
 
その替えのブラやショーツをユニフォームと一緒にスポーツバッグに入れた。インターハイやウィンターカップの予選で男子チームに参加して試合をした時のこと、そして先日の阿寒カップや昨年も何度か女子と一緒に試合に出た時のことを思い出す。
 
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ボク、女の子の方がいいなあ。。。。
 
そっとお股に手をやる。タックして女の子の形に擬態しているのだが、その中に指を突っ込んで、もう玉が存在しないことを確認しホッとする。実は3月の連休に唐津の祖父の家で親戚の集まりがあったのに、絵津子とふたりで出席したのだが、その帰り福岡市内の病院で、昨年夏に1個だけ取ってもらったものの残っていたもう1個の睾丸も除去してしまったのである。病院には絵津子が「姉」として付き添ってくれた。
 
「お姉さん?お兄さんじゃないの?」と絵津子は医師から言われたので本人は開き直って「私はもう性転換済みなんですよ」などと言っていたが!? そもそも唐津行きの行程ではずっと女の子の格好をしていた。向こうの親戚にも女の子姿を披露して「可愛い!」とみんなに言ってもらった。たくさん写真撮られちゃったし、今更もう男には戻れないよなあとも思う。
 
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でも「性転換済みなんですよ」か。ボクもそんなこと言える日が来るかなあ。。。などと考えながら、昭子は取り敢えず学生服を取って袖を通した。
 

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「昭ちゃん、そろそろ出ないと朝練に間に合わないんじゃないの?」
と母親が声を掛ける。
 
「ごめーん、私また頑張るね」
と昭子は返事をして、女子制服の上着とスカートを穿いて部屋から出てきた。制服の下に着ているのもワイシャツではなくブラウスになっている。
 
そして母親は昭子が初めて「私」と自分のことを言ったのを聞き「へー」と思った。
 
「うん。行ってらっしゃい。車で送らなくてもいい?」
と笑顔で母は訊く。
「うん。走って行くから大丈夫だよ」
 
それで昭子はお弁当のバッグを持つと、通学用のローファーを履き
「いってきまーす」
と言って飛びだして行った。
 

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その日の朝練は、いつものように最初に久美子が来てひとりで練習を始めた。その内ソフィア、永子がやってくる。そのあと来た不二子と雪子が更衣室で着替えていた時
 
「おはようございます」
と言って女子制服姿の昭子が入って来た。
 
「おはよう」
「おはようございます」
と雪子・不二子が挨拶する。
 
「今日はちょっと遅くなっちゃったけど、明日から私、また頑張りますね」
と昭子が言う。
 
「うん、頑張ろう」
と雪子は言ったものの、今の昭子のことばに何か違和感があって何だろう?と思った。その疑問を不二子の言葉が解決した。
 
「昭子先輩、自分のこと『私』と言うようにしたんですか?」
 
「だって私、女の子だもん」
と昭子は笑顔で答えた。
 
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ちなみに朝練が許可されているのは女子バスケ部だけであり、男子バスケ部は他の部同様に禁止されている。昭子は湧見昭一の名前で男子バスケ部に在籍しているのと同時に湧見昭子の名前で女子バスケ部にも在籍しているので、朝の練習に出ることができるのである。
 
朝練に付き合って教官室に居た南野コーチは昭子が女子制服姿で更衣室に入って行ったのを見て頷いていた。
 

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4月10日の朝、千里は千葉のアパートで目を覚ましてから絶句した。
 
昨日は散々だった。引越の荷物を整理している最中に貴司が来たのはいいのだが、彼女連れで、しかも自分のことを「村山君」などと呼ぶ。確かに千里は先日大阪で貴司と会った時、彼女を紹介してよ、私男装して会ってあげるから、などと言うには言った。
 
それで荷物の片付けで、髪はまとめてショートカットみたいな感じにアレンジし、服装もラフなポロシャツとジーンズであったのをいいことに、そのまま男の振りをして貴司の話に合わせてやった。
 
しかし貴司は3人で居酒屋に行って話し込んだ後、自分の目の前で彼女をホテルに誘った。ショックで頭がよく働かなかった千里はその場を離脱し、そのあと何時間も雨の中、夜の町を彷徨した後、やっと自宅アパートに辿り着いてそのまま台所で眠ってしまった。
 
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ところが起きてみると、昨夜の雨のせいで、居室に置いておいた着替えの入った荷物が全滅していたのである。とりわけ今日のオリエンテーションに着て行くつもりだった、旭川で買ったライトグリーンのレディススーツがずぶ濡れなのには困った。そして荷物をチェックした千里は、今日学校に着て行くことができるのは、今自分が着ている男物にも見えるユニクロのポロシャツとジーンズしかないことを認識したのである。
 
「えーん、こんな服で学校に出て行きたくないよぉ」
と千里は昨夜の失恋のショックの余韻が色濃く残る中で泣き出したい気分だった。
 

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歌子薫は2007年7月、父親の定期預金を勝手に解約して去勢手術を受けたのがバレて怒った父親に金属バットで殴り殺されそうになり、北海道深川市の祖母の家に逃げ込んだ。そのまま結局旭川N高校に「女子生徒」として転入した上で「男子バスケット部」に入るが、その後祖母や兄の取りなしで父もかなり怒りの鉾を納めることになる。12月にN高校女子バスケ部がオールジャパンに出場するために東京に来た時に実家を5ヶ月ぶりに訪問。父に土下座して取り敢えず「預金の無断使用」については許してもらった。
 
更に「女の子になるのなら」ということで、母に連れられて美容外科に行ってヒアルロン酸によるプティ豊胸の施術を受け、女の子らしいボディラインを獲得した。薫はオールジャパンのエキシビション・マッチで女子チームの一員として出場して活躍したことから、北海道エンデバーに招集されるが、その時女子選手としてのIDカードを持っていなかったことから取り敢えず暫定カードが発行されるとともに、性別に関する診察を受けてくれと言われる。
 
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それで旭川市内の病院で診察を受けた結果、薫は睾丸も無く、全体的に見て、むしろ女子であると判定され、本人の希望も確認した上で女子チームに移籍され、2008年の国体道予選・ウィンターカップ道予選に女子選手として出場を果たした。但し全国大会の出場は2010年2月20日以降と言われている。
 
また父親がかなり軟化してきたことから、薫は大学は実家に戻って東京近辺の大学に進学することにし、紆余曲折の末、都内のA大学に進学することにした。A大学の女子バスケット部は関女3部のチームで、事前に監督とも会ったが、薫が出生時は男性であったこと、実質翌年度からしか選手としては活動できないことを理解した上で歓迎と言われた。
 
それで推薦入試で合格したのだが、その直後、不祥事をきっかけにA大学の女子バスケット部で内紛が起き部自体が分裂してしまって、混乱の責任を取って監督やコーチも退任してしまった。
 
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■娘たちの逃避行(1)

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