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■娘たちの逃避行(10)

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6月26日(金)。
 
千里の従姉の吉子が茨木市で結婚式をあげた。千里はまたまたインプで大阪まで走り、わざわざ千里中央の駐車場に車を停めるとモノレールで茨木市に入り、式場まで行った。そして本当に偶然に、この結婚式の披露宴会場で貴司と遭遇する。
 
新郎が貴司と同じ会社の同じバスケ部員だったのである。
 
結局貴司のマンションまでついて行った千里はそこで貴司からセックスを求められるが「貴司に恋人がいる限りは私はセックスNG」と拒否する。しかし我慢できない貴司は千里にとうとうそのことを告白する。
 
「彼女とこないだセックスしたんだけど、到達できなかった」
 
そこまでは言わなかったが、実は貴司は昨年の秋以降、千里とのセックス以外では1度も射精できずにいるのである。
 
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「ああ。浮気ばかりしてるからじゃないの?もう男性能力無くなったんなら、いっそ手術して女になっちゃう?」
「それは嫌だ」
 
ほんとかなぁ〜?結構貴司ってその気(け)ありそうだけど。
 
「そばでオナニーしてもいい?」
などと貴司が言うので、オナニーくらい勝手にどうぞと言ったものの、貴司がかなり苦しんでいるようだったので
 
「仕方無いな。私の左手だけ貸してあげる」
と言って左手を丸くして貴司の方に差し出した。
 
すると貴司は嬉しそうにそこに自分のものを入れて来てわずか2−3分で逝くことができた。
 
「やった!逝けた!」
と喜ぶ貴司に千里は微笑んで
「良かったね」
と言う。その晩は結局身体を密着させるようにして一緒に寝た。
 
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翌朝、千里はありあわせの材料にコンビニで少し材料を買ってきて足してカレーを作る。貴司は千里の手料理を嬉しそうに食べていた。千里はそれを見ながら、男女交際の基本は餌付けなのかなあ、などとも思った。
 
千里はこの週、結婚式のためにこちらに出てきていたので引き出物まで含めて荷物が多い。それで駐車場まで貴司が荷物を持つのを手伝ってくれたのだが、その時、貴司は
 
「これも持って行きなよ」
と言って、千里にバッシュを渡した。
 
去年の国体の時に貴司が買ってくれたバッシュで、千里はこれでアジア選手権とウィンターカップを戦った。
 
「うん。またもらう」
と千里は笑顔で受け取った。この日は半ばセックス同然のことをした後で、千里も素直になれたのである。
 
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結局ふたりで、この日貴司の試合がある京田辺市まで一緒にドライブした。そして千里はその試合を客席で見学したのだが、この時、千里は貴司を見ている女性が自分以外にもいることに気づく。
 
彼女と視線がぶつかる。彼女もこちらに気付き、そして自分のライバルであることを認識した雰囲気であった。お互いに激しい視線がぶつかりあうが、千里はこの子は手強いぞと思った。
 

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貴司のチームの監督は、友人であるという千葉ローキューツの監督宛てに千里を推薦する推薦状を書いてくれた。それで千里は週明けの月曜日、いつもの体育館に出て行く。
 
するとそこに旭川L女子高出身の友人・溝口麻依子がいるのでびっくりする。麻依子は関東の実業団に入るためにこちらに出てきたものの、そのチームが廃部になり、旭川A商業出身の愛沢国香に誘われてこのチームに参加していたのである。
 
それで結局千里はこのチームに入ることになり、ローキューツの監督はその場でノートパソコンを使って千里をバスケ協会に選手として登録した。
 
そうして千里がローキューツに入団しバスケ協会のデータベースに登録されたのは6月29日である。
 
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U19世界選手権に派遣される日本代表はその少し前、6月24日に発表されていた。
 

そしてその代表を発表する直前、6月23日になって、やっと高田コーチは熊野サクラを見付けた。
 
彼女は大阪近郊で居酒屋のチェーン店に勤務していた。彼女を見付けたきっかけは大阪の大学に進学した鞠原を訪ねてきた高校時代のチームメイトが「そういえば熊野サクラに似た子が居酒屋の厨房にいるのを見た」と言ったのがきっかけである。ただどこの店で見たかは記憶が曖昧であった。それで鞠原から連絡を受けた高田は鞠原の大学のバスケ部員に協力を求めて、目撃情報のあった近辺の居酒屋に総当たり攻撃を掛けたのである。多人数で3日間居酒屋に通って、やっと発見することができた。
 
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フロアスタッフではなく、厨房スタッフで、あまり客の前に姿を見せないことから、発見に時間がかかったのである。彼女はあまり気が回らないし話し方もぶっきらぼうなので接客には向かないとみなされたものの、身体は丈夫そうということで厨房の要員に使われていた。
 
「実家が苦しいんで、私が働くしか無いんです」
とサクラは高田コーチに訴えた。
 
「聞いてるよ。お父さんが破産したんだって?」
「ええ。父の事業は停止しているし、母も保証人になっていたので巻き添え破産して、その母の給料も今、最低生活に必要な分を除いては差し押さえられていて、妹の学費も出ないんですよ。だから私が働いて、妹の授業料を払っているんです」
 
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「どのくらい仕事してるの?」
「ここの会社は、従業員たるもの、365日・24時間働くべしということで。でも少しは寝ないとさすがにもたないので、今、朝9時から夜中3時頃まで働いて、いったん寮に帰って4時頃から7時頃まで寝てます」
 
「3時間しか寝てないの!?」
「ナポレオンは3時間しか寝てなかったと言われました」
「休みは?」
「休みを取るなんて怠け者の考えだって」
 
「なんか酷いなあ。それで給料いくらもらってる?」
「4月は最初だったから8万円でした。5月は12万円もらいました。でも寮費を3万円払わないといけないし、食費はまかないなので安くしてもらうけど月に3万円は掛かるから、4月は2万しか送金できませんでした。5月も私、4回も遅刻しちゃって1回につき5000円で2万円引かれたから4万送りました」
 
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「ちょっと待って。君、9時から3時までなら時間外勤務が10時間にも及ぶよ。それに土日も出勤していたら、残業代が凄まじい金額になるのでは?」
 
「残業代って何ですか?」
 

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高田コーチはこのサクラの一言で切れた。
 
「今すぐそこ辞めなさい」
「えーーー!?」
「僕がもっとまともな会社を紹介するから。給料20万円は保証する。そしたら7-8万円は妹さんに送ってあげられるんじゃない?」
 
「ほんとに?」
「君が勤めている会社はどう考えてもおかしい。労働基準法違反もいい所だよ」
 
「実は私も、社会で仕事するって、こんなに大変なんだっけ?と少し疑問を感じ始めていたんです。でも、毎日の勤務が厳しくて、あまりよく考えている時間もなくて」
 
「過酷な勤務を押しつけて精神的に疲労させ、思考停止にしてしまうんだよ。でもそんな状態で仕事をしていたらミスや重大事故を起こしかねない。君が加害者になってしまう可能性もあるよ」
 
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「実は・・・こないだ同僚が醤油と消毒薬を間違っちゃって。瓶が似てるんですよ。お客さんが臭いが変だというので食べる前に気づいたんで事故にはならずに済んだんですが」
 
「他のお店だけど、その手の事故で死者が出たこともあったはずだよ。君、人殺しで刑務所には入りたくないでしょ?」
 

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サクラは泣きだした。
 
そして「私やはりここ辞めます」と言うので、高田コーチは店長に電話させて辞意を伝えさせた。
 
「急に辞められたら困るから交代の人が見付かるまでは仕事してくれと言われてるんですが」
とサクラが言う。
 
それで高田コーチは電話を代わると、かなり強い口調で店長に労働基準法違反を指摘した上で、何なら弁護士を伴ってそちらに行くし、未払い分の時間外手当を請求する訴訟を起こす準備もあると言った。すると向こうは突然軟化し、辞めても構わないと言った。ただ時間外手当はこちらは残業を命令した覚えは無いので支払えないと主張した。
 
それで高田コーチがそのまま電話で交渉。残業手当の件はいったん棚上げにした上で、今月分の給料は日割り計算にして規定通り来月10日に支払うこと、寮は今月一杯で退去することなどを決めた。
 
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それで高田コーチは彼女を取り敢えず東京に連れて行き、ホテルを取って3日くらい、ひたすら寝なさいと言った。
 
それがもう代表を発表しなければならない24日の朝である。そして高田自身も少し仮眠した上で午後から篠原監督・片平コーチとも会談。3人の同意の上で、U19世界選手権・日本代表12名のリストを協会に提出。夕方キャプテンの入野朋美と副キャプテンの前田彰恵の2人だけ出席させて記者会見を開いた。
 
選手全員が揃った写真は7月1日の代表合宿初日に公開することを言明した。
 

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その日川崎美花(24)は、厳しい表情で業務部長のことばを聞いていた。
 
美花が勤めているJI信金は経営が実質破綻し、来年4月付けで第二地方銀行のKL銀行に救済合併されることが、つい1週間ほど前、総代会(一般企業の株主総会に相当するもの)の直前に発表された。総代会は大荒れだったらしい。
 
「当信金の経営状態がひじょうに厳しいため、福利厚生費関係をかなり切り詰める必要があります。そのため、女子テニス部、女子陸上部は6月いっぱいで廃部が決定しました。所属していた社員選手は全員退社が決まっています」
 
6月いっぱいと言われても今日は6月26日である。
 
「ただ女子バスケ部については2部リーグにあって3年前にリーグ準優勝を達成した実績もあり、判断をいったん保留することになりました。今期2部リーグで優勝した場合、もしくは準優勝でも入れ替え戦に勝ち1部リーグに昇格することができた場合は存続を認めることになりました」
 
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それは凄まじくハードな条件である。現状の戦力では絶対無理と美花は思った。
 
関東2部はABの2リーグに別れており、各リーグの優勝チームが戦って最終的な2部優勝チームを決める。つまり優勝にしても準優勝にしても、各リーグでの優勝が必要。そのためには事実上全勝する必要がある。
 
しかし2年前に準優勝した時の中心選手はみな、もっと強いチームに移籍していってしまった。良い成績をあげても給料などの待遇が変わらないので良い条件を提示するところに移動したのである。
 
業務部長は更に言う。
 
「また7月以降、このチームはプロ契約のみとします。現在社員選手の方はプロ契約に変更をお願いします。あるいはバスケ部を辞めて純粋な社員になりたいという方は、ご相談に応じます」
 
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確かに最近はどこもプロ志向だ。社員選手といっても実際には契約社員で仕事は何もしておらずひたすら練習をしている実質プロという選手もよそのチームでは多い。美花は午前中だけ融資関係の仕事をして午後からは練習をしていた。
 
「プロになった場合、どのくらいの報酬をもらえるのですか?」
という質問が入る。
 
それに対して業務部長が答えた内容は衝撃的であった。
 
「年俸60万円を基本とします」
 
60万か・・・意外にもらえるな、と美花は思ったのだが、再質問の応答を聞いて絶句することになる。
 
「年俸60万円って、それ毎月60万円ですか?それともまさか年間で60万円ですか?」
「1年で60万円です。1ヶ月に直すと5万円ですね」
 
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ちょっと待て。月5万円でどうやって暮らせと言うのだ!?
 

6月28日(日)。
 
美輪子の長年の恋人・浅谷賢二が、1年程度以内に正式に籍を入れる前提で、美輪子のアパートに引っ越してきて同棲を開始した。
 
正直美輪子としても、姪の吉子の結婚式に出席して、自分も結婚してもいいかなあと思ったのである。そのことをつい賢二に言うと
「じゃ、取り敢えず同棲しようよ」
と言って、半ば強引に押しかけてきたのである。
 
「押しかけ女房ならぬ押しかけ亭主かな」
などと本人は言っていた。
 
「賢二が女房になってもいいけど」
と美輪子。
 
「うーん。僕あまり女装は得意じゃないから」
などと本人は言う。
 

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