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「はなちゃん、背が高いね。ミニバスに入ってよ、って友だちから誘われたのがきっかけだったんですよ」
と中丸華香は高田裕人に語り始めた。
「それでミニバスでけっこう活躍したから、何となくそのまま中学のバスケ部に入って、それで全国BEST4になって、J学園に声掛けられて。僕って明確にバスケやりたいと思ってバスケやってた時期が無いんですよ。ずっと成り行きにすぎなかった」
「それでちょっと他のことをしてみたのね?」
「工事現場楽しいですよ。ここ2015年に新幹線が走るんですよ。新幹線は260km/hで走るんですよ。でもそれが通るトンネルを掘るのって1km進むのに1年掛かるんです」
と華香が言うと
「僕はよく佐藤や宮野と話してたよ。バスケって40分で試合終わるのにその40分のために400時間くらいの練習を重ねて試合に臨むってね」
「人間って、コンピュータとかネットとかできて高速に物事が動くみたいだけどその高速ネットだって、僕たちみたいなのが頑張って工事してケーブルを引いて初めて動くんですよ」
「まあ人間の文化ってそんなものだよな」
高田は華香を追って自分も作業員の中に入れてもらって2時間も山道を車にゆられてここまで辿り着いた。その日は1日華香と一緒に新幹線の工事現場で働いた。それで作業が終わった所で、ちょっとだけ他の作業員と別れて、飯場の外でふたりでワンカップ片手に!話していたのである。高田は華香がお酒に強いのでびっくりしたが、高校在学中は飲んだことは無かったと言っていた。
「どう?そろそろバスケに戻る気は?」
「でも僕、入学手続きしなかった」
「お母さんが代理でしているよ。女子バスケ部の入部届も書いている」
「お母さん、僕がバスケやるの、いつも反対してたのに。女の子がたくましくなっても仕方ない。良い人のお嫁になるのが女の子の幸せなんだって」
「君が頑張ってるの見て、好きなようにやらせてもいいかと思ったんじゃない?」
「・・・・・」
「帰る?」
「お手数おかけしました」
と華香は高田に頭を下げた。
6月20日(土)。
千里は5月末に貴司に振られたことから、千里の女装姿を偶然目撃した紙屋君にデートに誘われ、6月7日、13日、20日と3回のデートをした。
7日は「東京ドイツ村」でデートをしたのだが、先日ドイツにほとんどトンボ返りしたので、少しドイツ情緒を楽しもうかと思ったものの、結果的には上総情緒!?にひたることになった。
そして東京でのデートを経て、20日のデートではTDLでデートした後、とうとうホテルに行ってしまった。この時、千里はこのまま紙屋君と恋人になっちゃってもいいかなあ、などと思っていた。
それでふたりでベッドに入る。
「あれ?千里ちゃん、おっぱいあるんだ?」
「うん」
それで紙屋君は千里の乳首を舐めてくれたが、千里は凄く気持ち良かった。あーん。私、入れられる前に逝っちゃうかも。
そして紙屋君は千里のお股のあたりに手を伸ばしたのだが
「千里ちゃん、おちんちんどこ?」
などと言う。
へ?そんなものある訳無いじゃんと思う。
「無いけど」
と答える。
「性転換手術しちゃったの?」
「うん」
「ごめん、僕、おちんちんのない子には性欲が湧かない」
「えーーー!?」
要するに彼は基本的には男性同性愛で、おちんちんの付いた女装っ娘がツボらしいのであった。
それで結局彼とはセックスはしないままになり、服を着た上で、お互い人生相談でもするかのような会話をその後は時間までした。千里は実はこないだ彼氏に振られたんだということを打ち明けたが、紙屋君は
「でも諦めてないんでしょ?」
と言った。
「かも知れない」
と千里は答える。
「だったら頑張ればいい。彼が結婚しちゃうまでは挽回のチャンスはあるよ」
「そうだよねー」
それで千里はちょっとだけやる気を出した。
紙屋君と別れてから千里は街に出てクッキーの材料を買い込んできた。それで4時間掛けて、バタークッキーとチョコクッキーをたくさん作る。そして箱にそれを並べて黄色と黒の色の違いを利用して文字を浮かび上がらせた。
《20 TH》
という文字である。20は貴司がもうすぐ20歳の誕生日を迎えること。THはむろん細川貴司のイニシャルである。
千里はそれを少女趣味っぽい包装紙で包み、可愛いピンクのリボンを掛けた。更にそれをサンリオの袋に入れる。
「よし行ってこう」
と独り言を言うと、東西線の終電で駐車場の最寄り駅まで行き、駅からタクシーで駐車場の所まで到達した。それで《後部座席》に乗り込み、仮眠用の毛布を身体に掛けて
『じゃ、こうちゃんお願い』
と言った。
『俺が運転するのかよ!?』
『私、今日のデートとクッキー作りで疲れたもん』
『へいへい』
『きーちゃんも途中で交代してあげて』
『まあいいか。じゃ千里、おやすみ〜』
それで《こうちゃん》と《きーちゃん》が代わる代わる運転席に座って運転し、車は首都高・東名・名神・大阪中央環状線と走って千里(せんり)の貴司のマンションに到達する。
到着したのはもう6月21日、朝の6時である。
例によって暗証番号でエントランスをアンロックして中に入り、33階に上る。そして3331号室の新聞受けの中に、手作りクッキーの箱を放り込んだ。
「貴司、おやすみ〜」
と言って千里はエレベータの方に戻る。
『千里、今貴司君、女連れ込んでるぞ』
と《りくちゃん》が注意する。
『そんなこと玄関の所で分かったよ。だからピンポン鳴らさなかったんだから』
『鳴らせば良かったのに』
『今日はまだ準備不足』
と言って千里は笑顔で伸びをすると車の後部座席に戻った。
『じゃ、きーちゃん、こうちゃん、また運転よろしくね〜』
『千里は運転せんのかい?』
『いいじゃん。こうちゃんって関西弁だったっけ?』
『関西に住んでたこともあるけど、俺は九州が長かったんだよ』
『へー』
その日貴司のマンションで初めての一夜を過ごした緋那は物凄く不満な顔で朝、ベッドから出てトイレに行った。
貴司と結合することはした。しかし貴司は逝けなかったのである。貴司ってセックス初めてだったのかなあ、などとも思う。緋那自身は以前の恋人・研二と高校時代に数回、高校を出た後も数回セックスの経験がある。それで久しぶりだったのだが、自分ではうまくやったつもりだった。充分貴司のを刺激してあげた。彼も頑張っていたように思う。しかし彼は逝けないまま20分くらい頑張り、そして頑張ったものの最後まで到達できなかった。
セックスが弱そうには見えないし、私の服を脱がせる時のボタンの外し方とか経験者のように感じたんだけどなあ。
そんなことを思いながら勝手にコーヒーをいれる。コーヒーメーカーか。これ就職祝いか何かにお母さんからでももらったのかな?こんなの自分で買うような人には見えないし。
(実は千里からの高校卒業プレゼントである)
付属のミルでレギュラーコーヒーを挽き、その粉をドリップ部分にセットしたペーパーフィルターの上に入れて水を入れスイッチを押す。
上等なペアのコーヒーカップがある。取り出してみると深川製磁である。凄!さすが実業団チームの中心選手などと思う。でもまさか、元カノと一緒に買ったりしたものじゃないよね?などと思いながらもそのカップをひとつ出して、できあがったコーヒーを注ぐ。
(実は千里が銀行で口座とカードを作った御礼にもらったものをここに置いて行ったものである)
それでコーヒーを飲んでいた時、緋那はふと新聞受けに何かはさまっているのに気づいた。何だろう?ここはセキュリティ付きのマンションなので投げ込みチラシの業者などは部屋まで持ってくることはできない。それは1階の郵便受けに入れられるはずだ。宅配便関係も勝手にはエントランスを通ることはできない。ここまであがってこられるのは、マンションから特に許可を得ている新聞屋さんくらいのはずなのである。
それを取り出して緋那は顔をしかめた。
キティちゃんの紙袋!?
そしてその紙袋からは何か甘い感じの香りまでする(実は千里が食品用の香料を数滴垂らしておいたもの)。
そこに貴司が起きてきた。
「おはよう」
と貴司が笑顔で言う。しかし緋那は笑顔になれなかった。
「こんなのが新聞受けに入ってたんだけど」
「へ?何?これ」
と貴司が訊く。
「私も知らない。誰がここに入れたの?」
「うーん。宅急便屋さんかなあ」
「ここ宅急便屋さんは勝手に入って来られないよね?」
「うん。基本的には宅配ボックスに入れてくれる仕組み。ボックスに入らないような巨大なもの・重たいものは管理人さんから部屋に連絡が入る。新聞配達とヤクルト配達だけが特別扱い。新聞も日経だけ」
「そもそも、これ伝票とか付いてないよ」
「でも中身なんだろう」
貴司がそんなことを言いながら袋の中身を取り出すと可愛いリボンが掛けられた包装紙に包まれた箱である。
「デパートでラッピングしてくれたものかな?」
「そう?何か結び方が素人っぽいし、包装紙もこれお店のじゃなくてダイソーとかに売ってそうな女子中高生御用達っぽい紙だけど」
「そ、そう?」
このあたりで貴司はこれを持って来た(?)人物の心当たりが出来てきたので少し焦っている。
リボンを外して包装紙を外す。
「お店の物でないことは確定ね」
と緋那が厳しい視線で言う。
中に入っていた箱は元々は博多の「通りもん」の箱なのだが、それをカッターで切って切り詰めてあるのである。中身にサイズを合わせるためだろう。そして箱のふたを取ると、そこにはクッキーが敷き詰めてあった。
「手作りっぽいクッキーだ」
と緋那が言う。
「そ、そう?」
「そして20 TH って何?20周年?いや違う。THは Takashi Hosokawaだ」
「あ、そうか」
実は言われるまで貴司は気づかなかったのである。
「あ、貴司、もうすぐ20歳のお誕生日だよね?」
「えっと、まあそんなものかな」
「つまり、これお誕生日のプレゼントなんだ?」
「そうだったのか! 誰か僕のファンかなぁ」
「特別な関係のファンみたいね」
と緋那は貴司を鋭い視線で見つめながら皮肉るように言った。
「えっと、このクッキーどうしよう?」
と言いつつ貴司はかなり焦っている。
「食べましょう。きっと愛が込められたクッキーよ」
と言って緋那はクッキーの並びの中のTの字の中央のチョコクッキーを1個取ると自分の口に放り込んだ。
「美味しい、美味しい。これお菓子作りが好きな子だなあ」
と緋那は笑顔で言いつつ『くっそー、この子マジでうまいじゃん。負けるものか。今度私も渾身の1作を作ってやる』と闘志を燃え上がらせた。
一方の貴司はクッキーをやはり1個食べて、何度も食べた味であったことから贈り主が誰かが明確に分かった。千里〜。また爆弾投下して行ったな?僕に恋人作っていいよとか言いつつ、絶対それを許さない気だな?と考えていた。