広告:トロピカル性転換ツアー-文春文庫-能町-みね子
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■娘たちの逃避行(4)

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「うん。あれ、まだ18-19歳くらいだと思う。すっごく背の高い女の子。男でもあのくらい背の高い奴はそうそう居ないから目立つんだよね。みんな最初は普通に男だと思ってたんだけど、話し方が女っぽいんだ。それで声も男にしては高いからさ」
とその27-28歳くらいの作業服の男性。
 
「兄ちゃん、その子のこと詳しく教えてよ。まま、もう一杯どうだい?」
「お、サンキュサンキュ」
と言って彼は高田から焼酎のお湯割りを勧められて機嫌が良くなる。
 
「いや、どうも女みたいだぜって話になってさ。馬鹿な奴が1度夜這い掛けたけど、玉蹴られて悶絶してた。あの子腕も足も太いしさ。地引き網でも引いて鍛えたんかねー。でもいい奴だよ。素直だし。嫁さんにしたいくらいだと俺も思ったけど、うかつに強引なことしたら、こちらは男を廃業する羽目になりそうだったんで止めた」
 
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「それでその子、今でもそこの飯場にいるの?」
「そこの工事はゴールデンウィーク明けに工事終了したんだよ。あそこの組の大半はT市かK市のトンネル掘削に移動したと思う。もしかしてあんた、あの子と訳ありなの?あんたも腕太いね」
 
「まあ妹みたいな子なんだよ」
「ふーん。妹ねぇ」
と言って彼は勝手な想像をしているようだ。
 
「まま、もう一杯どう?」
「すまねえ、すまねえ。正確な移動先は佐々木さんに訊いたら分かると思う」
「ほおほお」
 

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桃香と佐藤さんは更衣室悲鳴事件をきっかけに、時々話すようになる。
 
「しかし佐藤さん、この腕がたくましくて惚れ込んでしまいそう」
と桃香が彼女の腕を触りながら言うと
 
「高校時代に結構腕フェチの子が部活仲間に居て、よくそんな感じで撫でられてましたよ」
と彼女は笑って言っていた。
 
「部活って運動部?そう言えばインターハイにも出たんだっけ」
「一応ね。出るには出たかな」
 
「へー。インターハイなんて凄い所ばかりだろうし。でもこんなに腕太いならソフトボールとかハンドボールとか?」
「ああ。ソフトボールは中学時代によく助っ人でピッチャーしてたよ」
「凄い凄い」
 
「今は何もしてないの?」
「うーん。何かよく分からないことをしている」
「分からないことって何だろう?」
「見学してみる?」
「するする」
 
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というので、ある月曜日、桃香は佐藤さんにくっついて彼女の練習場所に行ってみた。
 
「今2人だけでやっているんだよ」
と彼女は言っていたが、連れて行かれた総合運動場で彼女は外人さん(?)のローザさんという女性、およびコーチっぽい40代くらいの女性と合流し、トレーニングウェアに着替えてまずは総合運動場の敷地内を5周走る。その後、陸上競技場に行って、80m走を20本やる。
 
ふーん。陸上部なのかな?
 
と思って桃香は見ていたのだが、その内、バック走・横走りなどの練習が入る。前を向いて走るのにも、大きく膝を上げて走るとか、大股で走るなどというのもメニューに入っているようだ。
 
「高園さん、来て来て」
と言われるので行くと、桃香とコーチさんが3mほど離れて立ち、更にいくつか道路工事などの場所に立てるコーンも並べて、そこを佐藤さんともうひとりの選手がジグザグに切り返しながら駆け抜けるという練習を始めた。
 
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「私ってコーン代わり?」
と桃香が訊くと
「私もね」
と言ってコーチさんが笑っていた。
 
陸上競技場で2時間ほどの練習をした後、今度はプールに行く。そして泳ぎ始めるが、ふたりともなかなかスピードがある。佐藤さんは腕だけでなく足も凄く太い。ローザさんも身体はかなりがっちりした感じだ。結局ふたりともほとんど休まずに1時間ほど泳ぎ続けた。
 
その後今度はふたりは自転車に乗ってロードに出る。桃香はコーチさんの車(何か凄く格好いいスカイラインだと桃香は思った)に乗せてもらい、ふたりを先導するような形で走った。
 
「そうそう。紹介遅れました。私は藍川真璃子です」
「あ、すみません。私は高園桃香です」
 
「高園さん、車の運転は?」
「この春に自動車学校卒業して免許ももらったんですが、立て続けに切符を切られたら母が怒って取り上げていったんです。それで運転できないんですよ」
「あらあら」
「ブルー免許に切り替わる時に返すと言われました」
「完全にペーパードライバー化するね」
「既にマニュアル車の発進の仕方を忘れつつある気がします」
「あ、それはみんな忘れるから大丈夫」
 
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そんなことを言いながらも藍川さんはスカイラインのシフトレバーやクラッチを巧みに操作していた。桃香はそれを「この人、格好えぇ」と憧れるように見ていた。
 
「高園さん、もしかしてビアン?」
「はい、そうです」
「私もビアンはしばらくやってないなあ」
「したことあるんですか?」
「若い頃ね」
「へ〜!」
「女の子同士やるのも結構気持ちいいよね」
「ですよ!」
「ふつうの女の子とも、男装女子とも、女装男子ともしたことあるよ」
「女装男子ですか?」
「私が男役したよ」
「それは私も未経験だなあ」
「すっごく良かったよ」
「う・・・・一度試してみたい」
「ふふふ」
 

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「しかし走ったり泳いだり自転車とか、トライアスロンですか?」
「実は球技なんだけどね。ふたりとも基礎的な運動能力を鍛え直そうというので、7月くらいまではボールに一切触れさせないで練習しようということにしているんですよ」
「へー。確かにスポーツは基礎が大事ですよね」
「そうなんです」
 
結局この日は自転車を1時間走った後、体育館でマット運動と剣道の居合い?を1時間ほどやってから整理運動をして練習を終了した。
 
桃香はこんな感じの佐藤さんの練習に7月頃まで時々付き合い、計時などの補助や買い出しをしてあげたりなど、半ばマネージャー的な役割を果たしたのであった。
 

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佐藤さんは時々桃香をじっと見ると
 
「ちょっと変なのがついてる」
と言って、肩を手で払ったりしてくれることがあった。
 
そういう時は不思議と体調や気分がよくなることが多かったが、そのことについて桃香は深く考えていなかった。
 

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5月中旬。
 
千里は高校を卒業したらバスケもそれで終了と、本人としては思っていたので、大学のバスケ部にも入らなかった。
 
しかしずっとバスケットから離れていると、次第に千里はまた少し練習してもいいかなという気分になった。それでとうとうある日、通学路の途中にある体育館でボールも体育館のを借りて、その日はシューズを持っていなかったので裸足で、少しシュートを撃ってみた。
 
全然入らない!
 
千里は微笑んだ。歴史的な時間の上では自分が最後にバスケをしたのは3月中旬。「シューター教室」の最後の日なので、それから2ヶ月経っている。ところが今千里が使っている身体はあの時の身体ではない。
 
千里は5月7日から突然2008.2.22の高校2年生の身体に戻っていた。「時間の組み替え」の辻褄合わせの影響で、この身体はまだ性転換手術から3ヶ月ほどしか経っていなかった時期の身体なのである。まだ千里が充分全国で戦えるだけの肉体を造り上げ高2のインターハイに出る前の状態であった。
 
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千里はともかくも少しバスケをやる気になったので、次回体育館に行く時はちゃんと自分のバッシュを持って行こうと思った。
 
ところが、部屋の中を探すもののバッシュが見当たらないのである。
 
「あれ〜、どこやったっけ?」
 
千里は3年生の国体までは、1年生の時に買ったイグニオの安いバッシュを使用していた。その国体で頑張った記念にと言われて貴司からアディダスの結構なお値段がしそうなバッシュをもらった。このバッシュでアジア選手権とウィンターカップを戦い、アジア選手権で優勝、ウィンターカップで準優勝という輝かしい成績を上げた。正直、あの健闘はバッシュの性能に助けられた部分も大きいと千里は思っている。しかし千里はこのバッシュをウィンターカップの後、貴司に返却してしまった。ところがこのウィンターカップの決勝戦が凄まじい激闘になったことからスポンサーさんから「感動賞」ということでナイキのカスタムオーダーのバッシュをもらった。1年生の時から使っていたイグニオのはもう限界に達していたので、千里の手元に残っていたのはそのナイキのバッシュのみのはずだった。
 
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ところがそのナイキのバッシュが見当たらないのである。
 
考えてみる。
 
引越の時、あのバッシュはずっとバスケットの活動で使っていたスポーツバッグに入れて、ついでに着替えや生理用品なども放り込んだはずである。そういえばあのスポーツバッグ自体を引越以来見ていない。
 
あれ〜??
 
それで千里は美輪子に電話してみた。
 
「ああ、あのスポーツバッグ?ちょっと待って」
 
それで美輪子はアパートの中を探してくれたのだが、見付からないということであった。念のため母にも電話してみたのだが、留萌の実家にもそのバッグは行っていないようである。
 
本当にどこ行ったんだ??
 

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取り敢えず何か無いと困るので、千里は新しいバッシュを1つ買うことにした。それで千葉市内のスポーツ用品店に行ってみる。
 
そういや、私、まともにバッシュを選んだこと無いな、というのに気づいた。それで色々並んでいるのを見て悩んでいたら店員さんが寄ってきた。
 
「バスケットシューズをお選びですか?」
「ええ。でもどんなのがいいか分からなくて」
 
それで店員さんはこちらを初心者と思ったようである。
 
「最近よく出ているモデルはこの付近なんですけどね」
と言って1つ取ってくれたが、千里は触っただけで硬すぎると思った。
 
「これ柔軟性に欠けるし、衝撃をあまり吸収してくれない感じです」
「そうですねぇ。低価格モデルはどうしてもその付近が弱いので、少しお値段張ってもよければこのあたりはどうでしょう」
 
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「うーん。ちょっと重たいですね」
「ええ。重たいという問題はあるんですけど、クッション性がいいのでゴール下でジャンプを繰り返しても足に負担が無いんですよ。お嬢さん、背が高いからリバウンド取れと言われません?あ、リバウンドって分かりますか?」
 
「ええ、リバウンドは分かります」
と答える。取り敢えず「お嬢さん」と言ってもらって嬉しい!千里はここのところ結構中性的な服装をしていることが多かった。
 
しかし千里は168cmの身長で、日本代表などもやっていると自分としては背は低い方という認識だった。しかし世間一般のチームではこのくらいの身長でセンターやるケースは結構あるんだろうな、というのも店員さんの言葉を聞いて思う(実際には千里がリバウンド係をしたことがないのは、いつもチームメイトに長身の留実子がいたからである)。
 
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「でも私、シューティングガードなんです」
「あぁガードですか」
と意外そうだ。
 
「でしたら、軽いものがいいですね。これなんかいかがですか?」
と出してくれたのはローカットのモデルである。
 
「これフットワークがとても軽快なんですよ」
と店員さんは言ったのだが、千里は履いてみてそのローカットに不安を感じた。
 
「ちょっと足首が不安です。ミドルカットがいいかも」
「そうですね。あ、こちらはいかがですか?けっこうシューター向きですよ」
 
それで出してもらったのはけっこうしっかりと足首を支えてくれるし軽い割りにはクッション性が良い。
 
「これは女性の足に合わせて開発されたモデルなので、履き心地の良さが長所なんですよね。プロのシューターの方でこれを使う人は結構おられますよ。お値段は結構張りますけど」
 
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うん、確かに高い!
 
「高いけど、これ気に入りました。買います」
と言って、千里はアシックスのプロシューター向きという女性専用バッシュを買ったのであった。千里はその店でモルテンの6号ボールも購入した。
 
(バスケットのボールは2015年現在はミニバスが5号、中学生以上の女子は6号、男子は7号を使用する。ただし中学生男子はこの当時は6号であった。千里はミニバスの経験が無いので5号は使ったことがない。中学は男女とも6号だったので、7号を使ったのは男子の振りをしていた?高1の4月から11月までの間のみである。当時はボールが大きいなあと思っていたが、12月に女子に転向してすぐは逆にボールがとても扱いやすい気がした)
 
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