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■娘たちの始まり(11)

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演奏が終わり審査が行われた。
 
やはり1位は溝上さん、2位が竹野さんだった。今日は溝上さんの出来があまりに素晴らしかったので、ミスのあった竹野さんの評価が下がったのだろう。そしてケイが3位に入った。あの演奏なら当然だろうと成美は思った。そして4位が成美だった。結局自分は二次審査の時と同じ順位だ!
 
自分も前より随分うまくなったつもりだったが、ケイはやはりここぞという所で物凄い力を発揮するのだろう。だてにトップアーティストをやってないと思った。溝上さんはたぶん弦楽四重奏の伴奏に慣れていなかったので二次審査はあまり良くなかったのではという気がした。
 

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2014年6月29日(日).
 
千里はこの日はスペインでの練習はお休みなので、朝からミラを出して、まずは真利奈のアパートで桃香を拾い、それから彪志を彼のアパートで拾ってから、神社のある丘に登っていった。
 
結構暑いし、ヤブ蚊などもいるので車内で軽くエアコンを掛けて待機する。馬力の無いミラだが、停車中ならエアコンを掛けても大丈夫である(エアコンを掛けた状態ではここの坂は昇れない)。
 
「途中道路工事してたね」
「上下水道を神社まで引いていく工事みたいだよ」
「今そういうもの無かったんだっけ?」
 
「前建っていたボロ家は、まだ下水道とかの無かった時代みたいね。上水道の管はあったけど何十年も水を通してないから全交換が必要と判断されたらしい」
「それは錆が凄まじそうだ」
 
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「しかしここは夏になると、かなり蚊が集まるよな?」
「超音波式の虫除けを設置しようと神社の人とは話している」
「ああ、それはいいかも」
「それ、どのくらいの範囲をカバーするんですか?」
「1台で半径10mをカバーする。だから2個置けば充分」
「それは凄い」
 

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この土地は間口約7.2m(4間) 奥行き約14.4m(8間)の約32坪である。それで防虫器を、奥行きを3.6mずつに4分割した 1/4 3/4 の地点に設置すれば、土地全体をカバーできる計算になる。
 
(斜辺10m 底辺3.6mの三角形の高さは三平方の定理により9.3mなので充分間口幅をカバーできる)
 
実際には後に作られる駐車場との境付近に2個設置し、社務所の中にはアース・ノーマットを置くことになった。それで神社の土地のみでなく、駐車場まで守られるし、人が常時居る場所は別途守られる。
 

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一方この日、青葉は朝一番の新幹線で東京に出てきた。
 
高岡6:32(はくたか1)8:41越後湯沢8:49(Maxとき310)9:55東京
 
そちらには招き猫を受け取った冬子と政子が迎えに行っている。冬子のカローラ・フィールダーに同乗させて千葉に向かう。3人は千里たちが到着してから30分ほどした所で到着した。
 
ここにいるメンツの中では唯一の男子!である彪志が、フィールダーの荷室から招き猫を1体ずつ抱えて出しては、既に作ってある台座の上に置いた。彪志は左手を挙げた白い招き猫を向かって左の台座、右手を挙げた黒い招き猫を向かって右の台座に置いた。
 
「取り敢えず適当に置いたけど、これどちらがどっち?」
と彪志が訊く。
 
「ちー姉、どっちだと思う?」
と青葉は千里に訊くが、
 
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「そういうのは分からないから青葉が決めて」
と千里は言った。
 
冬子は「青葉、千里を試してみたのかな?」という気がした。実は青葉は千里が瞬嶽の一周忌に来ていて、しかも知らない内に「瞬里」などという名前を師匠からもらっていたというのを聞き、ひょっとしてちー姉って凄い人ということは?と初めて疑惑を感じたので少し試してみたのである。しかし千里は「分からない」と答えた。
 
ところが政子が言う。
 
「これは左側に右手を挙げた黒猫、右側に左手を挙げた白猫だよ。そうすると、各々外側の手を挙げる形になって門が広くなる。今置いてるみたいに内側を挙げたら狭くなっちゃう」
 
と言う。
 
青葉も頷いているので、彪志は左の白い招き猫を持ち上げ、
 
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「桃香さん、黒い子を左に移してください」
と言った。それで桃香が
 
「千里も手伝って」
と言って、ふたりで黒い招き猫を左側の台座に移動する。それで彪志は抱えていた白い招き猫を右側の台座に置いた。
 
「うん。これでいい」
と政子。
 
「ああ、確かにこの方が雰囲気良くなるね」
と桃香も言っている。
 

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そんなことをしていたら、近くにワゴン車が駐まり、そこからテレビカメラを持った人を含めた男女数人が降りてくる。関東不思議探訪のロケ班である。レポーターの谷崎潤子が
 
「おお、招き猫が座っている!」
と言った。
 
「おはようございます、潤子ちゃん」
と冬子も相好を崩して挨拶する。
 
「わぁ、洋子さんだ!おはようございます!って今日はケイさん?蘭子さん?」
 
「その洋子さんとか蘭子さんって知らないんだけど」
と冬子は困った表情で言う。
 
「あ、ケイさんですね。あ、マリさんもいる。おはようございまーす」
「おはようございまーす」
 
「でも可愛い招き猫ですね!」
「これを設置しに来たんですよ。もう少ししたら工務店の人が来るので固定してもらいます」
「だったら、そこまで取材していいですか?」
「いいですよ。って、これ生放送じゃないよね?」
「はい。生放送です。スタジオさん、いったんお返しします」
 
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ということで潤子の「洋子さん?ケイさん?蘭子さん?」というのもしっかり放送されてしまった!
 

ほどなく工務店の人が来て、常滑焼の招き猫2体をその位置にセメントで固定してくれた。作業をテレビカメラが撮す。これは録画のようである。後でこちらからの中継に切り替わった所で流すのだろう。
 
やがてスタジオからこちらにコントロールが渡され、生中継が再開される。
 
「はーい。みなさーん。招き猫2体が今設置された所です。ほんとに可愛いですね。奉納のおやつもたくさん置かれてます。でも招き猫って、色の違いとか、左右の挙げている手とかで意味の違いが出るんでしたっけ?」
 
と言って、潤子は、近くに居た千里にマイクを向けた。
 
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千里はびっくりしたようだが解説する。
 
「一般に左手を挙げた招き猫はメスで人を招き、右手を挙げた招き猫はオスでお金を招くと言います。また白い招き猫は開運の効果があり、黒い招き猫は厄除けの効果があります」
 
青葉も頷いている。
 
「あ、だったら、左手挙げた白い招き猫と、右手挙げた黒い招き猫でお金も人も呼んで、開運厄除けで何でも行けますねー」
 
「そうですね」
「じゃ、この右側にいる白い子がメスで、左側にいる黒い子がオスなんですね」
「そうです。陰陽で右は陰、左が陽ですから、その起き方が自然です」
 
ちー姉、ちゃんとそこまで分かってるじゃん!さっきは自分は素人だから分からないなんて言った癖に!と青葉は思っている。
 
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ここで潤子はとんでもないことを言い出す。
 
「オスの招き猫を拝むと男の子の機能が強くなったり、メスの招き猫を拝むと女の魅力が上がったりします?」
 
すると千里は苦笑しながらも解説する。
 
「元々、猫というのは結構生殖のシンボルです。一度にたくさん子供を産むので多産を表し、それは豊穣につながるんですね。ですから、古くから農業や牧畜の守護神として、また子孫繁栄の守護神として信仰されてきたんですよ」
 
「でしたら男の精力・女の魅力を磨きたい人は、ここに来て招き猫ちゃんにお供えするといいかもですよ」
 
と潤子はカメラに向かって言っている。するとマリが口を出す。
 
「だったら女の子になりたい男の子は白いメスの子、男の子になりたい女の子は黒いオスの子にお参りすればいいかな?」
 
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すると千里は笑って
 
「効果あるかも知れないですね」
と答えた。
 

生中継が終わった後で、潤子は千里に
 
「そちらの仮名C子さんもありがとうございました。今まで何度もここでお会いしましたけど」
と言った。
 
「妹がこの神社を設立したから、私は時々お掃除に来てるだけだけどね」
と千里は答えていた。
 
それでロケ班はケイたちにも挨拶して帰っていった。
 
青葉が千里に訊く。
 
「ちー姉、お掃除してくれてたんだ?」
 
「ここ結構ゴミが落ちてるんだよねー。だから週に1回くらいここに寄ってお掃除してたんだよ」
 
「ちー姉、ゴミ以外にも何か掃除してない?」
 
青葉は、千里がひょっとしてこの付近に溜まりがちな雑霊を“掃除”しているのではという気がしたのである。
 
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「ゴミ以外? ああ。草とかもむしってるよ」
「ふーん。ありがとう」
 

それでみんな引き上げる。青葉は千里を試してみたくなった。千里がミラの方に戻る目の前に、自分の眷属の《海坊主》を不可視の状態で立たせた。
 
すると海坊主が立った瞬間、冬子がギョッとしたような顔をした。彪志もあれ?という顔をした。
 
しかし千里は何の反応もせず、桃香とおしゃべりしながら海坊主を通り抜けてしまった。
 
青葉は考えた。
 
ちー姉にある程度の霊感があるなら当然《海坊主》の気配に気付くはず。実際今、近くに居た冬子さんは明らかに気付いたような反応をした。政子さんも彪志もあれ?という顔をした。しかし桃姉もちー姉も何も反応しなかった。気付いたらそこを通り抜けようとは思わないはずだ。霊感のある人はこの手のものを避けて歩く。自分の霊感に無自覚な人も無意識に避ける。通り抜けられるのは、やはり霊感がまるで無い人だけだろう。
 
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「やはり気のせいかな・・・・」
と青葉は小さな声で呟いたが、その言葉を聞いたのはいちばん近くに居た冬子だけであった。
 

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さて・・・。
 
むろん千里は海坊主に気付いたが、気付いてもその手のものには一切反応しない習慣が付いている。霊的な能力を持っている人が、妖怪や精霊の類いに反応したり、そちらを見たりするのは、しばしば自分を危険にさらす。だからきちんと訓練を受けている人は、気付かないふりをする癖が付いているのである。千里は中高時代の巫女生活の中で、その手の「身を守る術」を叩き込まれている。
 
これが瞬醒とか天津子とかでも、多分千里と同様の“無反応”をしたであろう。
 
それが例えば佐竹真穂とか、工藤和実などのように、霊的な力はあっても、その手の訓練を受けていない人は、つい反応して、相手にも自分が認識されたことを認識させてしまう。
 
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実は青葉もあまりその手の訓練を受けていない部類である!
 
これは能力が凄まじい人にはありがちである。
 

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千里も青葉も、招き猫の設置が終わった後、《姫様》が、三毛猫っぽい子猫の霊と戯れているのを見た。あの子、どこから来たんだ?
 

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招き猫の設置が終わった後は、6人で千葉市内のファミレスに入り、一緒に昼食を取った。
 
「4月から6月まで2ヶ月近いツアー、あらためてお疲れ様でした」
と彪志が冬子と政子に言った。
 
「確かにちょっと疲れたかな」
「綱渡り的なスケジュールもあったよね」
「ヘリコプターで次の会場へ移動したというんでしょ?凄いですね」
 
実は5月11日はお昼に福島でKARION、夕方から仙台でローズ+リリーのライブがあったので、冬子はその間をヘリコプターで移動したのである。ローズ+リリーのライブにはこの日幕間のゲストにKARIONが出たが、KARIONの他の3人は車で移動した。
 
「でも何とか終わったね」
「今はもうアルバム制作に入ったんですか?」
と彪志が訊くと
 
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「まだ入ってないよね〜」
と政子が言う。
 
「間に合うんですか?」
と彪志が心配して訊く。ローズ+リリーの今年のアルバムは8月発売が告知されている。8月に発売するには7月には完成していなければならない。今日は6月29日である。1ヶ月しか残っていない。
 
「でもアルバムの前にシングルも出すんでしょう?」
「そちらはもう完成した」
と冬子は疲れたように言う。
 
「ホルスという楽器を使ったんだよ。面白かった」
と政子。
 
「どんな楽器ですか?」
と彪志が訊くと
 
「口琴だよ」
と千里が代わって答える。
 
「聴かせてもらったけど魂が震える思いだった」
「ちー姉、そこに居たの?」
「その人が日本の固有の楽器を聴きたいというので私が呼び出されたんだよ」
「千里の龍笛初めて聴いたけど凄かった」
と冬子が言う。
 
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そういえばちー姉が龍笛を吹くというのは年末にも聞いた。冬子さんがそんなに凄いと言うのは、どんな演奏なんだろうと青葉は考えた。
 

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