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貴司は、韓国に到着し入国してからまずはホテルの部屋に荷物を置いた。そしてさっそく練習場所に確保している体育館に行って、夜まで汗を流した。日本と韓国の間は所要時間もそう長くないので、国内移動と大差無い感覚である。
それで夕食の後、コーヒーを飲んでいたら、龍良が貴司に話しかけてきた。
「俺、細川君の女装を初めて見ちゃった」
「うっ。。。もしかして神保町ですか?」
「そうそう。凄い美人になってたからドキッとした」
「そ、そうですか?」
「声掛けてぜひホテルに誘おうと思ったら、君の奥さんが迎えに来たから」
「あはは」
「奥さん公認で女装してるんだ?」
「えっと・・・」
「細川君、ほんとうはバイなんだろ?今夜俺としない?」
「遠征中にセックスなんてしてたら、代表から追放になりますよ!」
「だったら帰国した後、ホテルにでも行って」
「結婚しているので、勘弁して下さい」
龍良さんは日本の男子バスケットのトップ選手なのに、浮いた話が無いよなあと思っていたのだが、普通の女の子には興味が無いのかもという気がした。
6月下旬、また政子から青葉に電話が掛かってきて
「今週末に、まねきん設置するから、青葉出てきてね」
と言った。
青葉は何がなにやら、さっぱり分からなかった。マネキンってマネキン人形???
それで冬子に電話してみた。
「先日頼んでいた招き猫ができてきたんで、今週末に設置することになったんだよ。青葉出て来られるよね?」
「ちょっと待って下さい。招き猫ってなんですか?」
「政子が・・・5月に青葉に電話して許可取った・・・よね?」
「聞いてません」
それで冬子が説明したことによると、5月11日の仙台公演の後の打ち上げの時、美空と政子が青葉の神社には狛犬がいないから、その代わりに招き猫を設置しようと盛り上がったらしい。
「黒ですか?白ですか?」
「右手を挙げた黒猫と、左手を挙げた白猫」
「じゃ、左右対にして置くんですね?」
「そうそう」
「サイズはどのくらいですか?」
「63cmだって」
「そんなに大きかったら、置く場所を何とかしなければなりませんね」
青葉は最初10cm程度のものを想像したので、祠の正面左右に置けばいいかと思ったのである。
「うん。だからそれを置く台座を作ってもらったんだけど、その件、政子から聞いてない?」
「全く聞いていません」
「でも仙台公演の翌日に政子が電話してたからその件話してたかと思ったのに」
「私が聞いたのは作曲依頼の件だけです」
実際には、いきなり大宮万葉と命名されただけである!
「じゃ悪いけど事後承認で。もう作っちゃったから」
「まあいいですよ」
「で、その設置を6月29日にやるんだけど、出てこれる?」
「出て行きます!」
2014年6月22日(日).
彩佳・桐絵・龍虎・宏恵の4人は朝から大宮に出た。
「オーディションなんだけど、私一人では不安だから、龍にも一緒に出てくれないかなあと思って、勝手に応募しちゃったのよ。ごめんね」
と彩佳は言っている。
「まあいいけどね」
と龍虎もその程度はいいだろうという所である。
応募するのに本誌の応募券が必要ということで、結局彩佳は自分でももう1冊シックスティーンを買ってきて、自分と龍虎と双方『ロックギャルコンテスト』に応募したのである。応募には歌唱を録音したCD,MD,あるいはカセットテープが必要だったが、彩佳は龍虎の歌唱録音もたくさん持っているので、ローズ+リリーの『花園の君』を歌っている録音を入れておいた。自分ではAKB48の『ヘビーローテーション』を歌って録音し、どちらもCDにライトして同封し送付した。
すると彩佳も龍虎も書類審査を通ったのである。それでこの日は県ごと(但し、北海道・東京・大阪は地域2分割)に二次審査が行われることになっていた。この審査は原則として上位2名、落とすには惜しい人がいた場合は特に3位までが、来月のブロック単位の三次審査に進出する(東京・大阪は地区ごとに5名、愛知・福岡は3〜4名)。つまり三次審査に進出するのは全国で最大120名ほどである。
会場に到着し受付をして番号札をもらう。彩佳も龍虎もそれを付ける。もらった番号は彩佳が121, 龍虎は183である。
「たくさん参加者がいるんだね〜」
「でもなんでこんなに番号が離れているんだろう?」
すると龍虎が
「もしかして男女で違うとか?」
と言った。
「なるほどー」
と桐絵。
「でも男子は少ないね」
と龍虎は言うが“ロックギャルコンテスト”なのだから参加者は全員女子である。そもそも応募用紙には性別欄が存在しなかった。
オーディションは1人ずつ1分間で歌を歌い、1分間で質疑応答があるのだが、歌の成績が悪いと、質疑応答まで行かない場合もあるということだった。実際始まってみると、最初の付近に出てきた人は、みんな歌だけで不合格になり、質疑応答に進まない。始まって1時間ほど後、61番の番号札を付けた人が初めて質疑応答を受けた。その人はかなり歌が上手かった。彼女は質疑応答のあと待機していて下さいといわれ、銀色のリボンをつけてもらった。
彩佳はその様子を見ていて、今日の参加者番号は、歌の上手い子、そして可愛い子を後ろの方に集めたのではという気がした。きっと61番さんは応募の写真写りが悪いか、録音の仕方が悪かったんだ。
その後はぼちぼちと質疑応答に進む人が出始める。ただし質疑応答しても、待機してと言われずに「お疲れ様でした。帰っていいですよ」と言われる子も多い。見ていると質疑応答された子の半分くらいが残されているようだ。
やがて彩佳の番になる。彩佳はその場で指定された、ももクロの『サラバ、愛しき悲しみたちよ』を歌ったが、合格したようで質疑応答に進む。彩佳はここまでの質疑応答で質問される事柄について全部自分でも回答を考えていたので、全てすらすらと答えることができた。それで待機していて下さいと言われ、銀色のリボンを付けてもらった。
そして龍虎が登場したのは最後だった。つまり龍虎が書類審査で最もハイスコアだったのだろうと彩佳は思う。
『私の龍なら当然よね』
などと考えている。
龍虎はその場でAKB48の『桜の栞』を指定されて歌ったが、歌唱後会場で思わず凄い拍手が起きた。それほど龍虎の歌唱は素晴らしかった。その後の質疑応答は敢えて優しい問題が出た気がした。
「星座は?」
「獅子座です」
「好きな科目は?」
「音楽です」
「好きな歌手は?」
「ローズ+リリーのケイさんです」
「好きな食べ物は?」
「ビーフシチューです」
などと龍虎がよどみなく答えるので、実際の応答は30秒ほどで終わった。それで待機していて下さいと言われ、銀色のリボンをつけてもらった。
結局合格して待機になったのは30名ほどである。
審査は10分ほどで終わった。
「それではブロック予選に進出する人を発表します」
と審査員さんは言い、
「183番、田代龍虎さん、176番、****さん、121番、南川彩佳さん」
と名前を呼んだ。
「嘘!?ボク、上位進出?」
と龍虎。
「それは当然かもね」
と桐絵。
「私まで上位進出しちゃった」
と彩佳。
「いや、彩佳は出来が良かった」
と宏恵は言った。
それで龍虎と彩佳はブロック大会の招請状をもらい、記念品も何だかたくさんもらって帰宅した。桜野みちる・明智ヒバリのCDとか、§§プロの歌手のアメニティ、そして洋菓子の引換券もあったので、それはすぐに大宮駅近くの菓子店で引き替え、4人で山分けした。
「あの子、やはり凄くいいね」
と別室でモニターしていた紅川社長は言った。
紅川は昨年のクリスマス・イベントで見かけた龍虎が応募してきているのに気付き、実際に見に来たのである。
「福岡の子、札幌の子と、この子が最有力候補ですかね」
と立川ピアノ。
「今日3位で通した子も面白いね」
と堂本正登。
「1位の子とお友だちみたいね」
「このふたりペアで合格させてもいいかも知れませんね」
「うん。今回はフレームとかもまだ決めてないから女の子2人のツインボーカルというのもありだと思うよ」
「いっそ4人選んでガールズバンドにする手もあるかもですね」
「ああ、それもあると思う。今日3位の子はピアノを習っていると言っていたから、彼女にピアノを弾いてもらって、1位の子はギターも弾くらしいから、ギター兼メインボーカルで」
なおこのオーディションは「第1回ロックギャル・コンテスト」である。ロックと銘打っているので、ロックシンガーの堂本正登も審査に加わっている。立川ピアノは§§プロの現役歌手の中では最年長である。
2014年6月22日(日).
田中成美は新幹線で仙台に行き、ブルーリーフ国際音楽コンクール本選に出場した。東京での二次審査の時はパンタロンスーツにしたのだが、今日は普通に?ドレスを着ることにした。セーラー服で会場まで行き、そこで着換える。
二次審査の時は弦楽四重奏をバックに協奏曲を弾いたのだが、今日はフルオーケストラがバックである。ふだん、オーケストラで演奏したマイナスワン音源で練習しているので、この方が自分としてはやりやすいと思った。
今回は予選で下位になった人から順番なので、最初は6位のケイが弾いた。
「凄い」
と思わず声が出る。
「この人、予選の時より随分よくなったね」
と付いてきている母も言った。
二次予選の時は「有名芸能人だから話題作りに通したのかも」という気もしたのだが、今日のケイの演奏は、ふつうにクラシック演奏家として、かなり上位の部類に入る演奏であった。
5位の人が演奏するが、この人は予選では1ページ飛ばしてしまったのだが、今日もミスを多発する。たぶんあがりやすい性格なのだろう。それでは演奏家になるには前途多難である。どんなに練習の時にうまく弾けていても、本番でちゃんと弾けないのはどうにもならない。
続いて成美が出て行く。かなり気分良く弾けたのだが、それでも今日は先頭に弾いたケイに負けたと思った。あんな演奏をされたら、とても勝てない。自分はまだまだだなあと思った。
成美の後に弾いた人は、二次審査でも思ったが、全く解釈ができていない。譜面の通りに単純に弾いているだけで、これなら自動演奏か何かでもいい気がした。
予選2位の人も出来がすばらしかった。この人もケイ同様予選の時より今回の方がぐっと良い。これなら最後に弾く竹野さんと良い勝負になると思った。
しかし最後に出てきた竹野さんはいきなり転んでしまう。しかもその時にヴァイオリンのネックが折れてしまったのである。
予備楽器は持って来ていないと言う。彼女は仙台市内に住んでいる友人からヴァイオリンを借りてきたいから少し待ってもらえないかと言ったが、審査員はそれは認められないと言った。すると竹野さんは会場に向かって言った。
「済みません。どなたかヴァイオリンを貸して頂けませんか?」
会場を見ると、みんな聞こえないふりか下を向いたりしている。
「なるちゃん、貸してあげる?」
「私もそうしようかなと思った所」
と母と会話したのだが、成美が名乗り出る前に、ケイが立ち上がって
「私のデル・ジェズもどきでよければ」
と言った。
へー!あれデル・ジェズの本物じゃなくて“もどき”だったのかと思った。物凄くいい音が出ていたから、きっと本物だろうと思ったのに!
母も同じように思ったようである。
「あれ、たぶん本物のデル・ジェズより、いい音がしていた」
「うん。私も思った。たまにそういう作品があるんだよ」
「本坂先生からお借りしているそのファニョーラのロッカ・コピーも、まるで本物のロッカみたいに鳴るもんね」
「ヴァイオリンはどうしても、個体差が出るからね〜」
竹野さんは御礼を言ってケイからヴァイオリンを借りると、すぐに演奏を始めた。時間を消費してしまったので、時間オーバーで失格にならないようにオーケストラも早めのテンポで演奏してくれた。
しかしやはり慣れない楽器で演奏したせいだろう。彼女は結構ミスをした。彼女の愛用のガダニーニと、ケイの楽器グァルネリでは、まるで音の鳴り方が違う。それで竹野さんはどうしても音量の調整に苦労しているようだった。
もっともそれを聴き分けられるのは、今回の参加者や審査員くらいで、一般の人の耳には、ミスしていること自体分からないだろうと成美は思った。母なども
「今初めて触った楽器で演奏するのに、こんなに上手く弾くって、この人凄いね」
と言っていた。