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5月18日(日).
貴司たちは5回目の体外受精を実施した。今回は前回冷凍保存していた受精卵のうち、WF群とWH群の受精卵を使用する。最初各々1個ずつ解凍したのだが、WFの分は死んでいるようだった。それでWFをもう1個解凍したら、これは生きていた。それでこの2つを投入した。
残る冷凍受精卵は、WF1個とWH2個である。
そういう訳で今回は新たな卵子採取や射精は必要無かった。
「寂しいよぉ。デートしようよぉ」
と貴司は電話してきたが
「合宿に向けて禁欲して練習に励みなよ」
と言っておいた。
冬子は新しいマンションに防音工事などを施した上で7月14日(月)に引っ越すことにしたのだが、本格的に引っ越す前に、楽器や楽譜、ハードディスクなどの大事なものを、信頼出来る友人に頼んで移動させることにした。これに和実やあきら、千里などが協力した。
千里は40 minutesの友人、麻依子や真知なども連れてきた。特に真知は仕事に就いておらず暇なので、大いに戦力になった。冬子のカローラフィールダーを運転して、たくさん運搬してくれた。
2014年5月28日(水).
その日も引越を手伝おうと、千里が桃香・和実・淳と一緒に冬子のマンションに行くと、雨宮先生がいるのでギョッとする。
「あら千里じゃん」
と先生が言うので
「おはようございます。雨宮先生、ご無沙汰しておりまして」
と千里は言った。
本当は昨日も一緒に新宿で飲んだ所である!
「千里、あんた結局性転換手術は済んでいるんだよね?」
「ええ。とっくに済んでいますけど」
「だったら、あんた今度出すアルバムのキャンペーンに出演しなさい」
「は?」
何でも"Rose Quats Plays"シリーズで次に『Rose Quarts Plays Sex Change』というアルバムを作るらしい。そんなの出していいのか?と千里は呆れた。
雨宮先生は和実も転換者だと見抜いてキャンペーンに勧誘する。そして先生は更に何ヶ所か電話をして性転換者を5人集めてしまった。
これが花村唯香、新田安芸那(後の桜クララ)、近藤うさぎである。それで千里、和実と5人でキャンペーンをすることを雨宮先生が決めてしまった。千里も基本的には顔出し無しということなので、同意した。
6月1日発売の女子高校生向け雑誌《シックスティーン》に「第1回ロックギャルコンテスト」開催のお知らせが出ていた。主宰は§§プロとこの雑誌を発行している誠英社である。
高校生のお姉さんがいるような子が学校にその雑誌を持ってくる。本当はこの手の雑誌を学校に持ってくるのは禁止だが、この学校は緩いので、授業中に見ていたりしない限り、うるさく言われない。
「あれ?毎年恒例のフレッシュガールコンテストじゃないの?」
「それはまた秋にやるらしい。これは春から夏に掛けてやって、要するに年2回オーディションをするということみたいね」
「少し趣旨が違うみたいだよ。フレッシュガールコンテストは、親しみやすい女子を求めるということで、可愛くてスタイルがよければいいみたいだけどこちらは音楽性のある子を求むということで、歌唱テストに合格しないと審査対象外みたい」
「へー」
「音痴な子は除外するということか」
「この事務所は、満月さやかとか、秋風コスモスとか、浦和みどりとか、酷いのが多いからなあ」
「やはり少し反省して、最低限歌える子を選ぼうということでは?」
その時、彩佳が言った。
「ヒロ、そのページ1枚コピーとってくれない?」
「え?彩佳応募するの?」
「応募するのは龍に決まってるじゃん」
「おぉ!!」
「龍の写真ならたくさんあるから1枚プリントしてくるよ」
「本人には言わない訳?」
「言えば、女の子のオーディションとかに出ないよぉと言うに決まっている」
「でも龍なら充分書類審査通るよね?」
「通る気がする」
「二次審査の通知が来たら、嫌だと言うのでは?」
「欺して連れて行けばよい」
「ふむふむ」
「龍が応募するのなら、別にコピーとらなくてもいいよ。このページあげるよ」
と宏恵は言い、その場で雑誌からページをハサミで切り取って、彩佳に渡した。
「よし。可愛い服を着ている写真をプリントして同封しよう」
と彩佳は言っていた。
「むしろ龍が男の子の服を着て写っている写真が存在しなかったりして」
「ああ、そうかも」
6月2日(月).
千里が葛西のマンションで作曲をしていると、雨宮先生から電話が掛かってきた。
「明日の午前中、ちょっと龍笛持って、青山の★★スタジオの青龍に来てくんない?」
千里は午前中は基本的に睡眠の時間である。スペインでの練習が日本時間の朝4時頃終わるので、それから日本時間の朝10時頃まで、グラナダのアパートか、葛西のマンションのどちらかで寝ている。
「すみません。午前中はあまり動きたくないのですが。午後からならいいですけど」
「来なかったらあんたの最初のCD、ラジオで流すわよ。あんたの下手くそなヴァイオリン演奏が全国に流れるよ」
別にそのくらいどうでもいいと思ったが、要するに何かで龍笛吹きが調達できないのであろう。
「まあいいですよ、行きますよ」
と言った。
それで翌6月3日、出て行くと、冬子・政子もいる。
「そういえば、千里の龍笛は凄いと聞いていた。聞いてみたい」
と冬子は言っていた。
冬子から話を聞くと、ローズ+リリーの音源製作で、サハ共和国から偶然来日していた口琴演奏者に協力してもらったのだが、その後昨日話が盛り上がり、ぜひ日本の民俗楽器を演奏できる人を集めようということになって、雨宮先生が数人を強引に呼び出したということのようであった。
冬子自身も三味線と胡弓に篠笛(囃子用と唄用)を持って来ている。
尺八、箏、篳篥、笙の人も来ていて、素敵な演奏をしてくれた。千里もこの人たち、上手〜いと思って聞いていた。冬子の三味線、胡弓もさすが名取りさんである。篠笛もまあまあよく吹けている。ただフルートっぽい篠笛の吹き方だなと思った。
そして千里が龍笛を吹く。今日持って来ているのは煤竹の龍笛である。
10分ほど自由な感じで演奏したが、みんな真剣な眼差しで自分を見つめているのが快感であった。例によって龍が数体やってきて、演奏の御礼に雷を落としていった。
演奏が終わってから氷川さんが言った。
「村山さんでした?CD出しません?」
「私よりもっとうまい人がたくさん居ますよ。私、うちの妹(青葉)にも全くかないませんから」
と千里は笑顔で答えた。
「千里。私の音源制作に参加しない?」
と冬子がマジな顔で言う。
「やめといた方がいいよ。私が龍笛吹くと、さっきみたいにしばしば雷が落ちるんだよ。それが音源に入っちゃうから」
「それって、ほんとに龍を呼んでない?」
「ああ、今も来てたみたいね」
この会話を通訳してもらったのを聞き、サハ共和国の口琴演奏者の人は
「日本って不思議がたくさん残っている国なんですね!」
と言った。
「サハからわざわざ来て下さったのでしたら、この篠笛もご覧に入れましょう」
と千里は、“例の”篠笛を取り出した。
「この篠笛は今の所、私以外に吹ける人がいないんです。誰か吹いてみますか?」
と言う。
最初に冬子が吹いてみるが全く音が出ない。雨宮先生はこの篠笛を過去に見ているのでニヤニヤしている。尺八吹きの人が吹いてみたがやはりダメである。サハ共和国の口琴演奏者も吹いてみたが、スースーと空気の通る音がするだけである。
「この篠笛は和楽器の専門家や横笛の名人などに吹いてもらっても全く音が出ないんです」
と千里は言う。
しかし千里自身が吹くと、世にも魅力的な音が出る。
「やはり日本は不思議の国なんですね!」
と彼女は感動していた。
6月8日(日).
東京都バスケットボール夏季選手権がの1回戦4試合が行われた。この大会に女子は20チームが出ているので、まず16チームに絞るのに4つだけ1回戦が行われたのである。40 minutesは新規登録チームなので当然これに出て行く。そして大学生チームに勝って2回戦に進出した。
6月14-15日(土日).
同大会の2回戦8試合、3回戦4試合が行われた。40 minutesは2回戦では雪子の古巣であるN大学と当たった(雪子は現在でもN大学の学生である)が、その雪子が異様にハイテンションで、トリックプレイがどんどん決まり、20点差をつけての勝利となった。
翌日の3回戦では東京地区でも実力トップクラスのひとつである東女会(教員連盟)と当たったが、接戦の末、最後は7点差で勝利した。
今週勝ち残ったのは、W大学、ジョイフルゴールド、江戸娘、40 minutesの4チームである。
6月中旬、『Rose Quarts Plays Sex change』のPV撮影を数日掛けておこなった。むろん主役は雨宮先生がかき集めた性転換者5人−千里・和実・近藤うさぎ・新田安芸那・花村唯香である。着衣での撮影が大半だが、水着撮影もある。
千里はスポーツウーマンで引き締まった身体をしている。近藤うさぎはモデルとしてダイエットに心がけている。花村唯香は現役歌手なのでスタイルにもかなり気をつけている。和実は「可愛い女の子でいたい」という指向が強いので、ボディラインも魅力的な状態をキープしている。
それで新田安芸那が「なんでそんなにみんなスタイルがいいの〜?」と叫んでいた。もっとも雨宮先生は
「あまりにも理想的な女の子ばかりだと、自分は体型が悪いから女の子にはなれないと思っている人が萎縮するから、あんたみたいなのが混じっているのは充分価値がある」
などと言っていた。
全員でローズクォーツの曲(メインボーカルはタカ)にコーラスも入れたが、和実と千里がソプラノで近藤うさぎ・花村唯香・新田安芸那はアルトである。
「あんたたち、よくそんな高い声出るね」
と新田安芸那は感心していたが
「このふたりは生まれてすぐ性転換しているから」
と雨宮先生が言うと、近藤うさぎなどは
「いや、それでなきゃ、ありえない」
と先生のことばを半ば信じていた。
「だってふたりとも、骨盤が女性型ですよ。だから遅くとも小学3〜4年生頃には去勢して、女性ホルモンを摂っていたはず」
と近藤うさぎ。
「私はそれ認めてもいいけど、和実は否定するだろうね」
と千里が言うと、和実は困ったような表情をしていた。
「でも5人とも歌がうまいですよ」
と氷川さんなどは言っていた。
「和実ちゃんと千里ちゃんはマリちゃんより上手い」
と花村唯香が言うと
「そりゃ、マリちゃんよりは上手くなきゃね」
と千里は笑って言っていた。
6月8日(日).
龍虎たちの中学で体育祭が行われた。全員走る競技のどれか1つに出ることと、集団演技がある。龍虎は「どっちみちビリだし」と言って(男子)100m走に出て6人で走り、他の子から大きく離された6位であった。
集団演技については1年生男子は騎馬戦だったのだが、龍虎はそんなものに出して怪我してはいけない、と男子たちから意見があり、1年女子のダンスに出場した。龍虎はダンスはうまいので、一番前のラインで踊る子の一人に選ばれ、楽しくダンスをしていた。
ちなみにこの学校の体操服にデザイン上男女の差は全く無い。但し女子用は胸の付近が透けにくくできており、龍虎はこの女子用を着ている!
2年生の男子は祭神輿で、上半身裸で下は半股引(半ダコ)を着ていたが、西山君が
「あの衣裳にはなりたくない・・・」
と言っていた。
「西山は来年は田代さんと一緒に女子の方に行く?」
などと言われる。その2年女子たちはオレンジ色の上着とスカートでマスゲームをしていた。
「スカートも穿きたくない!」
「西山はスカート穿きたいんだと思ってた」
「西山はふだんスカート穿いているという噂がある」
「スカート穿いている西山と出会ったという証言も多数ある」
「どこからそんな根も葉もない噂が!?」
「しかし裸になるかスカート穿くかというのは究極の選択だな」
「田代さんは平気でスカート穿くだろうけど」
「あいつは持っている服の大半が女の子用で、学生服以外ではズボンはほとんど持っていないらしい」
「家の中ではだいたいスカート穿いているらしいよ」
「2学期からは、やはり女子制服にするという話も聞いたけど」
「田代さんは男子更衣室で着換えるのやめて欲しい」
「ああ、あれ気になって仕方ない」