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■娘たちの始まり(3)

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4月11-13日(金土日)、都内某市で、ブルーリーフ国際音楽コンクールの二次予選が行われた。1日目が声楽部門、2日目がピアノ部門で、3日目は弦楽器部門である。
 
二次予選の前に既に録音審査あるいは他の国内コンテストの成績などによる書類上の一次審査が行われていて、20名に絞られている。弦楽器なので、チェロやコントラバスで参加してもよいのだが、二次予選に残った20名は全員ヴァイオリンである。
 
これに田中成美は出てきた。昨年ジュニアの大会で入賞した実績と録音の審査で参加を認められたのである。なお、成美が今日持って来ているヴァイオリンは、成美の母が懇意にしている音楽家が所有しているヴァイオリンで、Giuseppe Roccaの銘が入っているコピー!である。しかしそのコピーを作ったのがAnnibale Fagnolaという名人作家なので、このヴァイオリンは極めて高価であり、その音楽家はこれを1200万円で購入している。ファニョーラは本人も名人だったにもかかわらずロッカやプレセンダのコピーを大量に作っており、本物のロッカやプレセンダと大差無い価格で取引される場合もある。
 
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この音楽家さんは実はもっといいヴァイオリンを買うためにこれを売れないかと考えていたあるプロヴァイオリニストからこの価格で買い取ってあげたものの、自分では宝の持ち腐れなので、誰か適当な人に貸そうと思っていたのである。その時、成美がヴァイオリンを弾くことを知り、聴いてみたら物凄く上手いので、君に貸すよといって無償で貸与してくれているのである。
 

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成美はこの日、パンタロンスーツを着て出てきている。MTFの子の場合は概して女の子らしい服を着たがるのだが、男の身体でいるのが嫌だったので性転換手術を受けた成美の場合、積極的に女の子になる気は無いので、しばしばこういう格好をしている。彼女のタンスの中身は男物と女物が半々である。成美は髪も女子として違反にならない程度のショートカットだし、こういう格好をしていると、男にも見える。本当に男で通らないかなあと思って男子トイレを使おうとしたら、さすがに「君、たぶん女の子だよね。こちらは男子トイレだよ」と言われて、追い出された。
 
(成美は小学3年の時までは学校では男子トイレ(の個室)を使っていたが、4年生で“男子を廃業する手術”を受けた後は、女子トイレの使用を敢行した。しかし誰も何も言わなかった。むしろ女子の友人たちは「田中さんは女子トイレ使えばいいのにとずっと思っていたよ」と言ってくれた。それ以来成美はもう男子トイレは使っていない)
 
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成美は今日の参加者の中にローズ+リリーのケイがいるのに気付く。この二次予選に出てくるのにも相当の審査があったはずである。自分が性別問題でずっと悩んできていただけに、ケイには関心を持っていたが、ケイがそんなにヴァイオリンを弾くというのは知らなかった。
 
ケイの方が先に弾いたが、使用しているのがどうもグァルネリ・デル・ジェズBartolomeo Giuseppe Antonio Guarneri "del Gesu" のようである。ストラディバリウスと並ぶ超名器である。価格は数億したであろう。凄いヴァイオリンを持って来たなと思ったが、成美のヴァイオリンも、今日の参加者の使用楽器の中ではかなり高価な部類になる。
 

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この日の結果。1位は竹野春嘉という人で、ダントツで上手かった。使用楽器はガダニーニ(Giovanni Battista Guadagnini)である。物凄い良い音がした。さっすが名器と思った。2位は溝上歌央さんという人だが、正直自分と大差無い気がした。彼女のヴァイオリンは前述のプレセンダ (Giovanni Francesco Pressenda)のようだ(ファニョーラによるコピーの可能性はある)。本物なら3000万円、ファニョーラ作でも1000万円と見た。今日はやたらと高額な楽器が集まっている。
 
3位の人はつまらない演奏だと思った。全く曲の解釈ができていない。機械的に弾いているだけである。超絶テクニックを正確に弾きこなしたので、それで評価が高かったのかも知れないが、音楽家としての魅力に欠ける演奏だと成美は思った。
 
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4位が成美だった。成績としてはやや不満だが、まあ本戦には行けるからいい。それまでに練習頑張るぞ、と成美は思う。
 
5位になった人は上手いのだが、途中であがってしまったのか、1ページ飛ばしてしまう!ミスをした(伴奏側は即合わせてあげた)。そのミスがなければこの人が3位だったかもという気がした。
 
6位にはケイが入った。ふーんと思う。ケイの場合、解釈はきちんと出来ている。その辺りはやはり音楽家としての能力が高いからだろう。ただ彼女の演奏はクラシック演奏家の演奏ではないと思った。やはりケイはポップス演奏家なのだろう。しかし彼女を本戦に進ませるのはありだと思った。
 
こういう演奏を聴けば“分かっている”演奏家には物凄く刺激になる。
 
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この6位までが6月に仙台で行われる本選に進出する。
 

その日、千里が千葉の玉依姫神社で朝掃除をしていると、またまた谷崎潤子のロケ隊がやってきた。
 
「先日来た時にはお賽銭箱が無かったのができていると聞いたので見に来ました」
「潤子ちゃんに言われたのですぐ設置してもらったんですよ。それで放送を見て見に来た人は、ちゃんとお賽銭箱にお賽銭を入れることができたようですね」
 
「それはよかった。ところで、ここおみくじとか無いんですか?」
「ああ。それは欲しいかも知れませんね。神社に連絡しておきますよ」
「おお、設置されるのが楽しみだ」
 
それで千里が辛島さんに連絡した所、青葉の許可も取った上ですぐに設置しようということになる。どうも関東不思議探訪を見て、女性の参拝客がかなり来ているようだというので、それで女子道社謹製の恋みくじを置くことにし、その週の内には100円を入れたらおみくじが出るタイプのおみくじ払出機を設置した。それで番組を見てすぐ来た人は買えなかったものの、その翌週くらいに見に来た人は、おみくじを買うことができた。
 
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(おみくじの価格相場は地域により極端な差があるのだが、関東方面では100円くらいものが多いようである。九州はわりと安い。なお女子道社は山口県の二所山田神社の関連会社で「女子道」という新聞を発行していたのだが、現在は全国の神社のおみくじを多数制作している。きちんと神道のルールに沿って制作しているので、その信頼度は高い。イベントなどをやる時にここからおみくじを購入することも可能である)
 
なお、おみくじをその付近の木の枝などに結びつけられると、周囲の林を管理している千葉市側から苦情が来る可能性があるので
 
「おみくじを木の枝に結ばないでください」
という看板も設置して、おみくじを結ぶためのステンレス製の横棒を多数並べた棚のようなものも設置した。
 
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これらの設置費用(払出機の価格と設置工事費、鉄棒棚の制作設置費、看板の設置費)+維持費(日々の補充と鉄棒からの除去の作業代)については青葉には辛いと思ったので、千里が取り敢えず払っておいた。その代わり、おみくじの粗利の一部を千里がもらうことにする。しかしこの設置費用は1年もしない内に取り戻してしまい、びっくりした! それで恋みくじ以外に、普通のおみくじの払出機も設置することにした。
 

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「でも千里ちゃん、そんなに頻繁にテレビで紹介されてたら、もっと参拝者が増えるのでは?」
と辛島さんは心配した。
 
「そう思います。たぶん御守りとか欲しいという話も出ますよ」
「御守りは・・・自販機って訳にはいかないだろうね」
「自販機を使うのもいいですけど、たぶんごちゃごちゃ多数設置するより、御札授与所を建てたほうがスッキリする気がします」
 
「その建設費は?」
「私が出しますよ」
 
「まあ建立者のお姉さんが費用出すのならいいよね」
 
それでL神社側から青葉に問い合わせてもらったら、事務用の建物を建てるのはOKということだった。それですぐに建築会社に依頼することにした。
 

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「小さな神社ですし、簡易な建設でいいですし、何ならユニットハウスでもいいですよ」
と千里は建設会社の人に言った。
 
「ユニットハウスで外側が木目シートのものありますが、それ使いましょうか?」
「ああ、こんな感じならいいですね」
と千里も写真を見て言う。
 
「これならマジでトレーラーに積んできて、クレーンで置くだけですね。現場での工事は配管接続だけで1日で済みますよ。イナバの物置と大差無いです」
 
「夏は暑そうだけど、エアコン入れたらいいですよね?イナバの物置程度ならエアコン入れてもあまり利かないかな?」
「壁に断熱材が入っていますから、イナバの物置よりは少しマシです。でもご予算があるならエアコン入れた方がいいですね」
 
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「ではそれで」
 
「ただ、近くに電線とかがあると、設置の時にクレーンがぶつかる可能性もあるのですが」
「あの付近は電線も何も無いですね」
 
「すると逆に大変なのは、ガス・電気・水道・下水道の工事かも」
「ガスはプロパンでもいいですよね?」
「その方がいいかも知れません。でも電気・水道は欲しいですよね?下水道はどうします?簡易トイレを置く手もあると思いますが」
 
「神社なのでトイレの臭いが漂うのは困るんです。ですから下水道も設置して欲しいです。その付近は、現金で前払いしてもいいですから、すぐ工事に掛かってもらえますか?」
 
「前払いですか!分かりました。すぐやらせます」
 
それでもいちばん近い一般住宅まで200mほど離れているため、本管を通す作業(これは市がやってくれる)に1〜2ヶ月掛かりそうだということであった。そのあたりは上水道も含めて建設会社で市と交渉してくれるということだったのでお願いした。
 
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「でも千里ちゃん、どういう御守りを置く?L神社で扱っているのは、神宮大麻、うちの神社の御札、肌守り、車の御守り、くらいだけど」
 
肌守りには、開運厄除・病気平癒・商売繁盛・家内安全・交通安全・学業成就、芸事成就・恋愛成就・必勝祈願・良縁祈願・子宝祈願・安産祈願などがある。
 
「たぶん若い参拝者が多いと思うんですよね。だから、カード型の御守りとか、作りません?」
「ああ、それは作ろうかという話は前からあった」
「あとは、パワーストーンとか人気だから、アメジストとかシトリンとかの、ポケットやバッグに放り込んでおけるものを」
 
「あ、それならパワーストーンの色違いで7〜8種類作りませんか?」
と千里の後輩巫女、友香が言った。
 
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「だったら、アメジスト・ラピスラズリ・ターコイス・ペリドット・グリーントルマリン・シトリン・ピンクトルマリン・ローズクォーツといったところで」
と千里。
 
友香は数えていたが「8種類だ!」と言った。
 
「でもカード型とかは原価も安いから良いけど、パワーストーンは原価高いよね。売れなかったらどうしようか?」
と辛島さんは心配して訊く。
 
「その場合は私が個人的に引き取りますから」
「だったら、パワーストーンについては、千里ちゃんを通して、神社が委託販売する形にしてもいい?」
「いいですよ。仕入れ販売なら、L神社側のリスクが高すぎますもん。私、タイとインドにコネがあるし、そこから輸入しましょう。すると原価も低く抑えられると思います」
「外国にコネがあるのは凄い」
 
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「じゃ、そのデザインとかパッケージとか、少し詰めようか」
「そのあたりは友香ちゃんに任せた」
「わっ」
と友香が驚いていた。
 
そういう訳でパワーストーン御守りについては、L神社とフェニックストラインの共同開発商品ということになった。その後調整した結果、こちらで決めたデザインで、インドとタイの宝石加工業者に制作してもらい、それを輸入して販売することにした。
 

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ところで中学校では生徒手帳には服装や髪などについての規則が書かれている。龍虎たちの生徒手帳にはこんなことが書かれている。
 
・化粧、整髪料、髪染め・脱色、パーマ禁止(天然の子は親の確認書提出)
・香水、コロンなど禁止。無臭の制汗剤はOK。
・派手なアクセサリー禁止(髪ゴムは黒・紺・茶など目立たない色)
・ワイシャツ・ブラウスは白系統で、派手でないもの。
・ズボンはくるぶし程度。長いのは折って縫う。
・スカートは立って膝が隠れる程度。長いのは折って縫う。
・男子の髪は、耳が見えること、眉毛に掛からないこと、襟に掛からないこと。結ぶの禁止。
・女子の髪は、肩に掛かるなら結ぶ(2つ結びまたは三つ編み)。結ぶ位置は耳より下。前髪は目に掛からない。特殊な事情がある場合を除いて胸より上まで。耳に掛からないような短髪禁止。
 
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ただこれらは「建前」であまりひどくない限り、言われないとコーラス部の先輩たちは言っていた。実際、4月下旬に抜き打ちで服装・頭髪検査が行われたものの、注意された子は少数である。
 
西山君などは小学校の頃は、女の子みたいな長い髪にしていたのだが「ここまで長いのは違反」と言われ、肩まで掛からないように、前髪は眉に掛からないよう切りなさいと言われ、女子たちから「可哀相」と同情されていた。
 
「それだと女の子の服を着る時に困るよね?」
「そうだ。ウィッグ使えばいいと思うよ」
「えっと、僕別に女の子の服は着ないけど」
「今更隠そうとしなくてもいいのに」
 
どうも“理解のありすぎる”女子が多いようだ。
 
龍虎の場合は、西山君より長い。完全に肩に掛かっているし、前髪は目には掛からないものの、眉を完全に隠している。耳は完璧に隠れている。
 
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が・・・
 
「君、肩に髪が掛かっているね。掛からない所まで切るか、あるいは結びなさい」
と言われた。
 

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「男子は結ぶの禁止なんじゃなかったっけ?」
「先生が言うんだから結んでいいんじゃない?」
 
それで龍虎は“規則通り?”ふたつ結びにした。
 
「可愛い!」
と他の女子たちから歓声があがっていた。
 
「三つ編みも見てみたい」
「それ朝時間が掛かるから」
「やってあげてもいい?」
「いいけど」
 
それで麻耶などがやってくれて、三つ編みになっている日もあった。
 

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