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■娘たちの収縮(8)

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そうこうする内に、車の駐まる音がする。
 
「お父ちゃん、玲羅、ただいま。ごめーん。メール今気付いた。後でまたビール買いに行ってくるよ」
と母は言っている。
 
その母に続いて千里が入ってくる。玲羅は緊張する。
 
「あれ?お客さんか?」
と父が言う。
 
千里は
「お父ちゃん、私千里だよ」
と言った。
 
「は?」
「私のこと分からない?」
と言って、靴を脱いであがり、父の前に正座した。母は少し斜め後ろの方に立っている。
 
しばらく父は千里を見つめていたが言った。
 
「お前、何て気持ち悪い格好してんだ?仮装大会にでも出るのか?」
と父。
 
「ううん。私、女の子になったの。だから、いつもこういう格好している」
と千里は真面目な顔で父に告白する。
 
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「お・・・女になったって・・・・まさかチンコ取ったのか?」
「おちんちんは7月にあらためて手術して取る。でも、おっぱいは大きくしてるし、タマタマはもう取ったよ(本当はお父ちゃんの身体についてるけど)」
 
「しゅ、しゅじゅつ〜〜〜!?」
「うん。おちんちんを取って、ちゃんと割れ目ちゃん作って、女の子の形に変えるの」
 
父はしばらく口をパクパク開けて、言葉にならない
 

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その時、父は唐突に床の間まで歩いて行くと、そこに飾られている日本刀を手に取り、こちらに来た。
 
玲羅もギョッとしたが、母は「しまった!」という顔をしている。千里は動じない。そのまま座っている。
 
「お願い、お父ちゃん、話を聞いて欲しいの。私、物心付いた頃から自分は女の子だと思っていた」
 
と千里は自分のことを説明しようとしている。
 
しかし父はそんな千里の話を聞く耳を持っていなかった。
 
「そこに直れ。叩っ斬ってやる。そんな気持ち悪い奴、俺が成敗してくれる」
と言って、刀を抜く。
 
「お父ちゃん、やめて!」
と言って母が駆け寄り、父を抑えようとする。千里は動かず正座したまま説明を続けようとする。
 
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「だから私、完全な女の子になりたいの。お父ちゃんは怒るかも知れないけど」
と千里が説明を続けようとした時、父は刀を大きく振り上げると、千里目掛けて振り下ろした。
 
さすがに千里はスポーツ選手の反射神経で刀を避けて飛び退く。
 
父の振り下ろした刀が畳に刺さる。
 
「お父ちゃん、落ち着いて」
と言いながら母が父の身体を抑えている。玲羅は立ち上がると千里の手を取った。
 
「姉貴、とりあえず逃げて」
 
と言い、千里の手を取って無理矢理引きずるようにして外に出る。
 

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「こら待て!」
と言って父が追いかけようとするのを母が必死に停めている。玲羅は千里の手を握ったまま通りまで引っ張っていく。ちょうどタクシーが通りかかる、玲羅が手を挙げて停める。
 
「乗って」
と言って千里をタクシーの座席に押し込む。
 
「運転手さん、留萌駅まで行って」
「分かりました」
 
それでタクシーはドアを閉めて発車する。
 
「こら待てぇ!!」
と父は刀を振り上げたまま、タクシーを追いかけようとしたが、一発母から殴られて!その場に倒れた。
 
「玲羅!その刀を取り上げてどこかに持って行って」
「うん」
 
それで玲羅は父の手首をぐっと握る。父が思わず刀を手放すので、それを持って走り、近所の友人の家に駆け込んだ。
 
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そういう訳でこの日、留萌では殺人事件の発生だけは避けられたのであった。
 

玲羅が千里の荷物を一緒にタクシー内に放り込んでいてくれたので、財布とかはその中にあった。おかげでタクシーの料金は払えたものの、靴を玄関の所に置いてきちゃったよと思った。
 
取り敢えず13時半の深川行きに乗ることにする。
 
「お土産を渡しそこねたなあ」
と独り言をいう。
 
「千里ちゃん、どうかしたの?」
と顔見知りの駅員さんから訊かれる。
 
「実は性転換手術を7月に受けるから、そのことを父に言いに来たんですけどね。父が激怒して、全然話にならなくて。そうだ。このお土産渡しそこねちゃって。あとで玲羅に取りに来させますから、ちょっと預かっててもらえませんか?」
 
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「ああいいよ。でも性転換手術って、千里ちゃん、男の子になるの?」
「えっと女の子になる手術を受けます」
「でも千里ちゃん、女の子だよね?」
「そうなんですよねー」
「じゃ女の子から女の子になる手術?」
「私もだんだん分からなくなってきました」
 
「靴履いてないのもそれで?」
「そうなんですよ。もう靴を履く暇も無かった」
 
「スリッパでもよければ1足あげようか?」
「あ、助かります!」
 
それでスリッパを1足もらって履くと、確かに少し落ち着いた。
 

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列車を待っている間に母から電話がある。
 
「お父ちゃん、お前を勘当するって言ってるけど」
「仕方ないね。今日はお父ちゃんに理解してもらうための出発点だと思ってる。5年掛かっても10年掛かっても理解してもらえたらいいんだけど」
「100年掛かるかもよ」
「かもね〜。それからお土産を渡し損ねちゃったんだけど、留萌駅の近藤さんに預かってもらっているから、あとで玲羅にでも取りに来させて」
「了解」
 
「それからさっきは、そこまで話をする暇が無かったけど、私、手術前に戸籍を分離するから」
 
「どうして?」
 
「性別を変更すると、どっちみち戸籍は強制的に分籍されるのよ。でないと私の性別が女に変更されると、長女が2人出来ちゃうし」
「なるほどー」
 
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「でも、性別変更で強制分離になる以前に自分で分籍しておいた方がスッキリする」
「確かにね。でも、手術代って高いんでしょ?大丈夫?」
 
「うん。それは大丈夫。バイト代貯めてるから」
「偉いね。手術はいつ受けるの?」
「7月中旬。正確な日付が決まったら連絡するよ」
「うん。その日は私、神社に行って手術の無事をお祈りするから」
「ありがとう」
 
「父ちゃんはあんな感じだけど、私はあんたの事は自分の子供だと思ってるからね。男とか女とか関係無く」
 
「お母ちゃん、ありがとう」
千里は涙が出た。
 

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列車に乗ってから《きーちゃん》から直信がある。
 
『千里、話は終わった?そろそろ換わろうか?』
『全く話にならなかった。あやうく日本刀で斬られそうになった』
『運動神経が違うから斬られることはないでしょ』
『まあそれはそうかもしれないけど。あ、そうそう。入れ替わる時にさ、何か適当な靴を手に持って入れ替わってよ。私、靴履く暇も無く逃げ出してきたから』
『まあ、そのくらい余裕が無かったことにしておくのが、千里のお父ちゃんへの誠意だね』
『そうだね・・・・』
 
やはり《きーちゃん》には見透かされているなあと千里は思った。
 

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なお、刀を振り回すのを多数の人に見られたので、所轄の警部さんが来て、父はきつーくお説教されたらしい。結局書類送検もされたが千里が処分軽減を求める上申書を出したので起訴猶予で済んだ。日本刀は権利放棄して警察に回収してもらった。実際には危険だと思った母が内緒で刃を落としておいたので、銃刀法違反にはならないそうであった。
 
しかし父は警察に絞られたことと、日本刀を取り上げられたことで、更に機嫌を悪くしたらしい。
 

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5月1日、彪志は無事自動車学校を卒業した。卒業試験は一発で合格することができた。そして翌5月2日、幕張の近くにある千葉運転免許センターを訪れ、交通法規に関するマークシート試験を受けて合格。無事緑色の帯の入った運転免許証を手にした。
 
そしてその真新しい免許証を手にした彪志は、免許センターから20分ほど歩いた所にあるイオン幕張店(*1)まで歩いて来た。スタバに入ると、千里が手を振るので会釈してその席まで行く。千里はライダースーツ(?)を着ている。
 
(*1)免許センターすぐそばのイオンモール幕張新都心は2013年12月20日オープンなので、この時期はまだ無い。イオン幕張店(旧カルフール幕張)は2000年12月8日開店である。
 
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「免許取れた?」
「はい。頂きました」
と言って、もらったばかりの免許証を見せる。
 
「おめでとう」
「それで本当に車を貸して頂けるんですか?」
「うん。だって、彪志君はすぐにでも青葉を乗せたいでしょ?」
「次に青葉さんが岩手に行く時、僕が仙台から運転して行く約束なんです」
「だったらそれまでに人を乗せられる程度には練習してもらわないとね」
「はい!」
「でも私が車を貸して練習させたことは青葉には内緒で」
「いいですよ」
 
それでお店を出てから、駐車場に行く。
 
「へー!ハイゼットですか?」
「バイクをトランポするのに使っているんだよ。だから私が使う日以外は使っていいから」
「分かりました!」
「多少はぶつけてもいいけど、彪志君自身が怪我しないようにね」
「慎重に運転します」
 
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「駐車場はここ使って」
と言って駐車場の地図を渡す。進入方法も黄色いマーカーで記入している。
 
「17番に駐めて。暗証番号はここに書いているけど、覚えたらやぶって捨てて」
「分かりました。これうちの近くだ」
「桃香のアパートに近いから借りているんだよ」
「なるほどー」
 
「鍵1つ預けておくね」
「はい。お預かりします」
「ガソリンは適当に補充しながら使って」
「はい」
 
「じゃ私はバイクで帰るから」
と言って千里はハイゼットに積んでいるNinja ZX600Rを降ろすと、エンジンを掛け、彪志に手を振って走り去った。
 

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1月に入院した瞬醒は胃の大半を摘出する手術を受けたものの、2月には退院して、薬を飲みながら★★院で静養していた。静養とはいっても掃除や院内整備、日々の体力を使う修行などを免除してもらうだけで、徹夜の読経などはこなすので「瞬醒さん大丈夫ですか?」とみんなが心配するほどであった。
 
4月27日に青葉が来たのは察知したが、彼女は★★院には寄らずにそのまま瞬嶽が寝起きして修行の拠点としている庵に行ったようである。
 
そのことを考えていた時、唐突に瞬醒は1月に千里と会った時に玉置に行けと言われていたことを思い出した。
 
「俺ももうろくしてきたのかなあ。忘れてるなんて」
 
それで5月4日、千里から預かった数珠の玉を3個持つと、玉置まで出かけた。1人で行ってくるつもりだったが、病み上がりの瞬醒を心配して醒環(後の瞬環)が付いてきてくれた。
 
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1日で80kmくらいの行程を歩く。瞬醒は現在73歳で病み上がりではあるものの、長年修行を積んだ身体なので、このくらいは平気である。49歳の醒環の方が何度も遅れて瞬醒を待たせてしまった。
 
玉置の神域に入ってすぐ、何かチッといった感じの音がした気がした。
 
「ん?」
 
瞬醒は懐に入れていた3つの玉を取り出す。
 
「これは・・・」
「きれいに針が入ってしまったな」
「なぜこんなことに?」
「ここの“場”の凄まじいパワーを感じないかい?」
「そのあたりが私はどうも鈍くて・・・」
 

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5月5日にまた歩いて★★院まで戻る。そして6日には単独で師匠の庵まで登っていった。醒環は2日にわたる80km歩行でダウンしていた。
 
「これ、青葉ちゃんが使っている数珠に取り付けるといいよ。元々糸が通せるようになっているから」
と言って、玉置まで持って行った玉を3個、青葉に渡した。
 
「訳あって、うちの寺に納められた数珠の一部なんだけど、この3個は青葉ちゃんに渡さないといけない気がしてね。でもその前に玉置に持って行く必要がある気がしたんで、昨日持って行ったら、持って行く前は透明な水晶だったのに、玉置に持って行ったとたん、針が入った」
と瞬醒は説明した。
 
「あそこは凄いパワースポットですからね」
と青葉は言う。
 
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「そういう訳で、君が持っていなさい」
「分かりました」
 
それで青葉は自分のローズクォーツの数珠にその3個の玉を取り付けた。そして青葉は瞬醒と一緒に山を下りた。
 
「青葉ちゃん、しばらく何も食べてないでしょ?」
「山の空気をいっぱい食べました」
「その状態でいきなりふつうの御飯食べたら吐くから」
「あ、そうかも」
「今夜はうちのお寺のお粥でも食べていきなさい」
「いただきます!」
 
 
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