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■娘たちの継承(13)

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(C)Eriko Kawaguchi 2018-02-20
 
8月26日、大船渡。
 
青葉は沖合で行われている引き上げ作業を、朋子および千里が派遣してくれた弁護士さんと一緒に見守っていた。青葉が千里に連絡したら、色々面倒な手続きが必要だと思うからと言って、今回色々青葉の件の処理をしてくれている弁護士さんを東京から行かせてくれたのである。確かに中学生の青葉では何をするのにも“保護者”の承認が必要である。そして平田さんの件は、おとなであっても色々面倒な問題が関わっている。
 
青葉はこの作業が始まる前に、費用を全部持つという誓約書に朋子と一緒に署名している(最終的には車の保険でかなりカバーされた)。しかし戸籍上は何の関わりもない平田さんに関する様々な処理についてうるさいことを言うと、必要な公示をしたり裁判所に許可を求めたりなど、かなり面倒な手続きが必要なのだが、震災という特殊な状況であることと、青葉が地元の警察の人たちにも“顔見知り”であることから、意外に簡単に済んでしまった。
 
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青葉は「女の子にしか見えないけど戸籍上は男の子」であること、「物凄い霊能者で失せ物なども見つけてくれる」「幽霊を退治してくれた」「病院では治らない病気が治った」、「長年の腰痛が治った」などというので、地元ではかなり有名であった。実際青葉は何度か警察に協力したこともあったし、今回の震災では多数の行方不明者を発見している。
 
今回もそれで、万一平田さんの親族などからクレームがあった場合、青葉が全面的にその責任を負うという念書にサインしただけである。
 
引き上げられた車が海岸まで運ばれてくる。
 
助手席のドアが少し開いていて、恐らく礼子の遺体はここから外に飛び出したのであろう。
 
運転席のシートベルトが切断されて遺体が取り出される。この時青葉は朋子に「目を瞑っておくか後ろを向いてた方がいいよ」と言い、朋子も「そうする!」と言って、後ろを向いていた。
 
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遺体は検屍のためいったん病院に運ばれることになる。車は自動車工場に運ばれた上で廃車の手続きをすることになる。
 
警察が車内を点検していた。車内に積んであった荷物が取り出され、念のためその写真が取られている。
 
「あっ」
と青葉は声を挙げた。
 
「どうした?」
 
「その龍笛!」
 
警察官が「この笛ですか?」と尋ねた。
 
「そうです。それ、私の曾祖母の形見の品なんです。てっきり津波で失われたと思っていたのですが」
 
「ダッシュボードの中に入ってましたよ」
と言って写真を撮った上で、青葉に渡してくれる。
 
「それ、きっとお母さんが大事なものだからと思って持ち出してくれたんじゃない?」
と朋子が言った。
 
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「うん」
と言って青葉はその龍笛を抱きしめた。そしてその瞬間、これまで強い反感を持っていた母を許す気持ちになることができた。
 

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8月26日大村。この日は休養日であったので、地元の自治体は激励会の準備をしていたようだが、大会期間中なのでと言ってお断りした。そして、日本代表チームは“有志のみ”ということにして報道陣をシャットアウトして、練習場所の体育館でひたすら練習をしていた。
 
「休養日って休むんじゃないのか!?」
とベテラン勢の選手たちから驚きの声があがっていた。
 
「うん。だから練習するのは有志だけ」
と城島監督。
 
「休む人は、市役所に行って来て。市長さんがお昼をおごってくれるらしいよ」
「じゃ、羽良口ちゃん行っといでよ」
と三木キャプテンが言うので、副キャプテンでもある羽良口が選手を代表して、松本代表と2人で市役所に行った。
 
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それ以外のメンバーは全員この自主練習に参加した。羽良口も2時すぎには戻って来た。
 
濃厚な練習が続く。緩慢なプレイ、よく考えていないプレイには厳しい声が飛ぶ。18時に、ポイントガードの2人は明日に響くからあがるようにという指示があったが、羽良口は「私はお昼の時間抜けていたから」と言って最後まで練習に参加した。武藤と、もう1人、かなり辛そうにしていた黒江があがることになる。黒江は昨年の骨折に伴う入院があったので、やはり体力が完全には戻って来ていないようである。先日も3ピリオド出したら最後の方で足が停まっていた。
 
「三木さんもあがる?」
「いや。私は若い人の倍練習しないと追いつけない」
と言ってエレンは若い選手たちに混じって、たくさん1on1や3on3の練習を続けていた。
 
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その日の夜、練習終了後。
 
城島チームではこれまで試合前に相手戦力の分析をするような会議を開いていなかったのだが、千里と玲央美は最初亜津子に相談し、亜津子も賛同したので、亜津子がチームメイトの武藤さんに相談し、武藤さんが飯田アシスタントコーチに相談した。
 
飯田コーチは驚いたものの、それはいいことだと言った。
「へー、U21ではいつもそういうのやってたのか!」
「各選手の癖とかもそれで全員でしっかり情報共有していたんですよ」
「U21の躍進の鍵はそれか!」
と飯田コーチは感心していた。
 
「でもそういうの明日の朝じゃなくて今夜やった方がよくない?」
「一部、一晩寝ると全部忘れてしまう子がいるので」
「なるほどー!」
 
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それで飯田コーチが城島ヘッドコーチに上げて、城島ヘッドコーチも賛同したので、27日準決勝の当日朝、朝食が終わった後、ホテルの会議室を借りて分析会議を開いたのである。
 
「これまで使っていなかった10.白(パイ)と13.黒(ヘイ)ですが、怪しいと思いませんか?」
と玲央美は言った。
 
「うちも結果的にそうなったけど、中国もアジア選手権とユニバーシアードで戦力を分けたみたいだよね。だから25歳以上が主体な中でこの2人はまだ24歳だし、それに身長が低いじゃん。それでボーダーラインの選手なので韓国戦や日本戦には使わなかったのかと思った」
 
と月野英美が発言する。
 
実際、スモールフォワードの他のふたりが182cm, 185cm なのに対して白さんは178cm, パワーフォワードの他のふたりが194cm, 192cm なのに対して黒さんは188cmと、他の選手より背が低いのである。
 
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「言われて気がついた。それって隠し球の可能性があるよね?」
と三木エレンが言う。
 
そこで飯田コーチが発言する。
 
「実は、僕の知人がこの2人のプレイを中国国内での試合のビデオから見つけ出してくれてね。その幾つかをこちらに送って来てくれたので、ちょっと見て欲しい」
 
そのビデオは実際には玲央美が高田コーチからもらったものであるが、このチームでは下っ端の玲央美が出すと、上の年齢の選手が面白くないだろうという判断で飯田コーチに出してもらったのである。
 
そしてビデオを見た一同はシーンとなる。
 
「なんでこんな選手をここまで使ってなかった訳!?」
「使わなくても他の選手で充分な成績をあげられると考えたからだと思う」
「うーん。。。」
「でもこのビデオは工作されている可能性もある」
と飯田コーチは言う。
 
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「工作?」
 
「以前の大会(実はU20アジア選手権)であったんだけど、まだ未熟な頃のビデオをわざとyouku(中国の動画投稿サイト)にたくさん上げて実力を誤認させようとしていたんだよ」
 
「こちらが情報収集するであろうことを見越してわざとそうする訳か」
「マジで情報戦だね」
 
「ということは、これよりもっと進化している可能性があると?」
「むしろそうだと思う」
と飯田コーチは言った。
 

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「そのあたり、情報戦は向こうはしっかりやっていると思うよ」
と松本代表が腕を組んで言う。
 
「この選手を中国はいつ使ってくると思う?」
と城島さんが他のコーチに投げかけるように訊く。
 
「私なら第1ピリオドに使いますね。日本が大したことないと思っていたら第4ピリオドですが、第4ピリオドに出した場合、もう追いつけない可能性もあります。中国は決して日本をあなどっていません」
と飯田コーチは言った。
 
「だったら、この2人は広川君と黒江君に任せる。何とかしてくれ」
と城島さん。
 
「分かりました。コーチ、そのビデオ貸してください」
「じゃこの後、僕のパソコンごと貸すよ」
 

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それ以外の10人については一昨日の予選リーグでも当たっているのでだいたいの感覚は分かる。それで各々が試合中に感じたことについて意見を出し合った。ベンチで見ていて気付いたことなども積極的に各自に言わせた。
 
ただ、向こうは本気では無かった可能性はあるというのを三木キャプテンは指摘した。
 
「中国の目的は優勝、ただそれだけなんですよ。だから予選リーグは4位以上であれば全然問題無いんです」
 
「その辺りの割り切りがやはりしっかりしてるよね」
「参加することだけに意義があると思っている国は別として、それは当然のことなんですけどね〜」
 
「そういう訳で、中国が使っていなかった2人は別として、やはり警戒すべきなのが、201cmのセンター潘(パン)とパワーフォワードの侯(ホウ)、シューティングガードの殷(イン)ということで」
 
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「殷はペネトレイト(ゴール近くへの進入)もうまいし、スリーも成功率が高い。離れて守ればスリーを撃つし、近接ガードしようとすると、高確率で抜かれて中に進入される。物凄くやっかいなプレイヤーだよ」
 
「うちのレオちゃんと似たタイプだよね」
と広川さんが言う。
 
「そうそう。この選手は自分が行けないと思うと絶妙なパスを出す。この人、たぶん敵味方の居る位置を常に完全に把握しているんだと思う。だから得点も多いけどアシストも多い」
 

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8月27日17:30.
 
シーハット大村のコート上に、中国と日本の選手団が整列した。わずか2日前にも対戦した同士だが、前回とはまるで違うラインナップである。
 
CHN 殷/于/侯/向/潘
JPN 羽良口英子/花園亜津子/広川妙子/黒江咲子/馬田恵子
 
向こうは白と黒を少なくともスターターには使わなかった。ベンチで会話がある。
 
「後から使ってくるつもりですかね?」
と山倉コーチ。
 
「それなんですけどね」
と三木エレンが言う。
 
「今朝の会議の場ではタエちゃんとマーちゃんに悪いから言わなかったんだけど、その2人は決勝戦用の隠し球の可能性があります」
 
「うっ・・」
と飯田ACが声を漏らす。
 
「中国にとって、日本は弱小なんですよ。韓国の方がよほど怖い」
とエレンは言う。
 
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「確かにその可能性はあるな」
と城島監督。
 
「でもそれなら、日本にとってはチャンスですね」
と武藤さん。
 
「うん。だからその油断を突いて何とか勝とうよ」
とエレンは言った。
 

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190cmの恵子と201cmの潘でティップオフをする。身長で11cm、手を伸ばした長さでは約14cm違うが、それ以上に潘のジャンプ力が凄かった。千里がベンチで見ていた感じでは25-26cmの差があった。潘の圧勝で中国が先に攻めて来る。日本は“急いで戻った”。
 
「あ、いけない」
と横山さんが声を出す。
 
日本が中国の各選手から離れてしまっているのを見た中国は殷にパス。殷が速い弾道でスリーを決めた。
 
3-0.
 
中国が先制する。
 
誰が誰に付くかが混乱した感じもあったので英子がコート上で指示を出す。この声掛けで、日本側も先制されたことはいったん忘れて、攻撃に集中しようとする。英子が妙子にパスを出すが、向こうの侯が激しい近接ガードをする。それで妙子はいったん英子に戻そうとした。
 
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「あ、ダメ!」
とベンチで声があがる。
 
そのパスを予め予想していたかのように走り出していた向がカット。そのまま走って行く。向は走るスピードが速い。ドリブルしているのに日本側の選手が誰も追いつけない。
 
そのままシュートに行くかと思ったのだが、ゴール近くでピタリと停まる。そこに何とか妙子と英子が追いつく。ところが向は、ゴールの方を向いたまま、後を全く見ずに、追いかけてきていた殷にパス。英子と妙子は虚を突かれた。結局殷はフリーである。素早くスリーを撃つ。
 
6-0.
 
中国の連続得点である。
 

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