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■娘たちの継承(9)

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(C)Eriko Kawaguchi 2018-02-17
 
2011年夏、KARIONはツアーをしていた。
 
7.29(苗場) 30福岡 31岡山 8.02金沢 3仙台 5横浜 7札幌
 
という日程である。冬子(=らんこ/ケイ)も参加する予定だったのだが、急にローズクォーツの『夏の日の想い出』が発売されることになり、そのキャンペーンで全国を飛び回ることになる。
 
「ごめん。参加できない」
「それいつまでキャンペーンあるの?」
「7月31日まで」
「だったらその後のライブには参加できるよね?」
「頑張る」
 
「最終日はどこにいるの?」
「高松から大分・福岡・広島」
「私たち岡山だから、その途中で寄れるよね?」
「無理〜!」
 
「7月30日は?」
「京都から大阪・西宮」
「じゃついでに福岡に寄って」
「私、身体2つ無いよぉ」
「らんこは身体が3つくらいあると思ってた」
 
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「でも7月29日の苗場には出てよ」
「その日は1日名古屋」
 
「どういうスケジュール?」
「朝10時に名古屋の栄、11時にナゴヤドーム前、13時に名駅前、15時イオン扶桑店、17時テラスウォーク一宮」
 
「ドーム前?」
「うん。ドームの前で歌う」
「ドームで歌うんじゃないの〜?」
「そんなお金は無い」
「名駅も?」
「うん。名駅前。たぶん入口付近」
 
「名駅は何時に終わるの?」
「多分13:20くらい。解散させられると思うから」
「ちょっと待って。許可取って演奏するんじゃないの?」
「そんな所での演奏が許可取れる訳ない」
 
「でも13:20に終わって15:00から扶桑なら、1時間40分ほど時間があるね」
「その間に苗場に来てよ。KARIONの演奏は13:30から14:30までだから」
「どうやって移動するの〜〜!?」
「F15イーグルなら5分で来れると思う」
「勘弁して」
「来ないと、らんこは男の娘だって言いふらすぞ」
「それ今更だから」
 
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青葉の家族の葬儀が7月23日(土)に終わった後、桃香と千里は23日夜の新幹線で東京に戻ったのだが、千里が瞬嶽を送って行くことになり、桃香は千葉に戻って、翌24日朝から頂いた香典の整理を始めた。
 
「かなり高額包んでくれた人もあったけど、費用がベラボーに掛かったからなあ」
と桃香は独り言を言いながら整理を始めた。
 
「千里が用意してくれた200万円はすぐには返せないかも知れないなあ」
などと言いながら整理を続ける。
 
多くの香典袋は5000円である。たまに1万円入っているものもある。冬子と政子の連名のものは100万円入っていたが、大金を持っておくのは怖いので、昨日の内にコンビニに行ってスルガ銀行の口座に入金しておいた。何人かの霊能者さんから5万とか10万とか包んであったのも一緒に入金して、金額だけ控えている。
 
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桃香の手が止まった。
 
それは北海道から来た越智舞花という人のもので、青葉のスポンサーのような人らしい。舞花の一家が命を狙われて、舞花自身やお母さんなどが呪殺されそうになっていたのを青葉が助けて、それ以来、色々青葉に相談を持ちかけるとともに経済的に青葉を支援してくれていると聞いた。
 
舞花の香典袋には小切手が1枚入っていた。
 
「小切手か。こういうケースは考えてなかったな。小切手って現金化するのは銀行の窓口に持っていけばいいんだっけ?」
などと言いながら桃香は小切手の額面を読んだ。
 
「20万円かな」
と口に出したものの、どうも違和感がある。
 
¥20,000,000※
 
と印刷されている。
 
「いち、じゅう、ひゃく、せん、・・・・」
 
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桃香は数え間違いかと思った。それでもう一度数えた。
 
更に数えた。
 
「にせんまんえん!?」
 
桃香は自信が無かったので、友人の朱音を呼び出した。それで彼女にも数えてもらった。
 
「うん、これは二千万円の小切手だよ。桃香、悪いこと言わないから警察に行こう。私、付いていってあげるから」
などと朱音が言う。
 
「ちがーう!盗んだんじゃない!」
と桃香は言った。
 
「青葉の家族の葬儀に行ったんだよ。そしたら参列者のひとりが香典袋にこの小切手を入れていた」
 
「だったら金額の打ち間違いというのに1票」
「そうだよね!それなら分かる」
 
それで桃香は青葉に電話して、舞花さんの香典袋に小切手が入っていて額面が2000万円になっているということを伝え、多分金額の打ち間違いだと思うから返送するか、あるいはこちらで責任を持って廃棄したいのだがと言った。
 
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青葉も驚いて、すぐに連絡してみると言った。
 
青葉からの電話は10分後に掛かってきた。
 
「その金額で間違い無いって。確かに2000万円らしい」
「マジ!?」
「私には本当に色々お世話になっているから、家族の葬儀であればこのくらいはしてあげなければとお父さんと話し合って決めたらしい」
「でもさすがにもらいすぎ」
「うん。私もそう言ったんだけど、もし余ったら私の性転換手術の代金に使ってもいいよと言われた」
 
「そうしよう、そうしよう」
「ちー姉の性転換手術代にも使っていいかと聞いたら、それもOKだって」
「んじゃ、300万円くらいリザーブしておくか」
「桃姉、よく2人で300万とか金額が分かるね」
「まあ、そういう方面の知り合いが多いからね」
 
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先日研二や緋那とそういう話をしたばかりである。手術自体の費用は100万円くらいらしいが、その周辺の費用、手術後のメンテに掛かる費用などで150万は見ていた方がいいらしい。そしてFTMは倍掛かると言われ、桃香はやはり男になるのはやめようと思った。
 
「それでもたくさん余る気がすると言ったら、最終的に余った分は大船渡市に震災の復旧費用として寄付してもいいよということだった」
 
「じゃそうさせてもらおう。1300-1400万くらい寄付することになるんじゃないかな」
 
「費用は最終的にどれだけ掛かった?」
 
「分からん。ともかく青葉が用意していた300万とこちらで用意した200万の現金はきれいに無くなったんだけど、クレカで払った分とか、旅行代理店の分は後日請求書をもらうようにしたから、そういうので最終的には600万円を越すかも知れない。でも香典も昨日コンビニのATMで預けた分だけでも150万円あった」
 
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「そしたら、400万円くらいの赤かな?舞花さんのを除いて」
「そのくらいになりそう。だからその補填に使わせてもらって、青葉と千里の性転換手術代をキープしても、1000万円は大船渡市に寄付できる気がする」
 
「私はまたお金貯めるからその分も寄付に回してよ」
「そうか?もらっておけばいいのに」
 

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瞬嶽を高野山まで送っていった千里は26日の夜帰って来た。それで舞花の小切手を見せると“千里”も驚愕していた。
 
「ところでこれどうやって現金化するんだっけ?銀行に持っていけばいいの?」
「ああ。私が処理しとくよ。数日以内に桃香の口座に入金できるようにしておくから」
「サンキュ、頼む」
 
“千里”は千里の口座のある###銀行千葉支店に持っていけばいいなと考えた。顔見知りの行員さんが処理してくれるだろう。
 
「あ、私の口座に入金する時に、千里が出していた分200万円と性転換手術代の150万円は差し引いて入れてよ。こちらに入れてから、また千里の口座に振り込むのは手数料がもったいないから」
 
「手術代は別にいいよ。でも200万はもらっとくね。あ、そうそう、桃香。私、夏休みでもあるし、海外とかにも出て行く出張のバイトを入れちゃったから、しばらく戻って来ないから」
 
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「千里、先月も海外に行って来たよね?」
 
「うん。先月のはアメリカだったけど、今度は中国。後半は九州で缶詰になる」
「大変そうだ。いつ帰ってくる?」
「8月30日くらいになると思う」
「了解〜」
 

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《きーちゃん》は7月26日の朝1番に###銀行の札幌支店に小切手を持って行った。この小切手が###銀行札幌支店で発行されていたので、そちらの方が早いと考え直したのである。###銀行札幌支店は、千里が受け取る印税の受け取り口座も置いているし、千里の個人会社の法人口座もあるので、千里の顔を知っている行員さんも多数居て、スムーズに現金化できた。実際にはいったん千里の口座に入金(斜線が引かれていて銀行渡りなので口座に入金する必要がある)してもらった上で窓口で現金を引き出した。日本銀行の封がしてある札束で受け取る。高額なのでATMでの引き出しは事故の元である。
 
その上で千葉に戻って、桃香の口座のある銀行に桃香の通帳を持っていき、これも窓口で入金した。
 
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そういう訳で、桃香の口座には26日のお昼前に(千里が出していた分200万円を差し引いて)1800万円が入金されたので、入金のお知らせメールが来て、そのまま携帯で残高確認した桃香は
 
「すげー!」
と言って、また何度も携帯に表示されている金額の桁数を数えた。
 
桃香はまず青葉に450万振り込み、一部の費用を立て替えてくれていたことが判明した彪志の母にもその金額を振り込んだ。その後、旅行代理店でバイトしていて今回色々支援してくれた友人に尋ねて請求金額を確認。これは実際にそのお店に行って現金で精算してきた。
 
それ以外で桃香が自分のクレカで決済していた分については、放置する。これは来月あるいは再来月の引落し日に引き落とされる
 
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また高額の香典を包んでくれた人に記念の品を贈ることにして、その手配をした。またハガキを沢山買ってきて、自分のパソコンでお礼状を作成し、住所の分からない人の分は青葉に尋ねて、千里のプリンタを借りて印刷。郵便局に持っていってまとめて投函した。
 
このあたりの作業で桃香は29日(金)の午前中まで忙殺された。
 

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7月29日(金).
 
桃香は午前11時半すぎに、やっと一息つくと、一休みしようと町に出てカフェに入った。お酒が大好きな桃香がカフェに入るというのは珍しいが、なぜかここ半月ほど、あまりお酒が飲みたくない気分だったのである。
 
やはり疲れているからかなあ、などと考えながらキャラメル・マキアートを飲みつつ、クラブハウスサンドイッチを食べる。桃香はお酒も好きだが、甘い物も好きである。それで「私、両刀使いなんだよね〜」などというと
 
「桃香、男の子もいけるんだっけ?」
などと友人たちから言われる。
 
全くみんなよく自分のことを“理解”しているよ、などと思う。
 

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お昼時でもあり少し客が多いようだったので、あまり長居せずに出ようかと思った。
 
「済みません、相席していいですか?」
と言って女子高生っぽい子が訊く。
 
「ああ、どうぞどうぞ」
と桃香が言うと
 
「では失礼しまーす」
 
と言って彼女は座った。彼女はカフェラテにシフォンケーキである。そして座るとiPhoneで何か見ている。しかし女子高生でそもそもこういう単価の高いお店に入ってきたこと、iPhoneなど持っていることから、お嬢様という雰囲気ではないものの、結構お小遣いの豊かな子なのかな?と桃香は思った。普通の女子高生ならロッテリアとかマクドだろうし、携帯を持っていても、普通のフィーチャホンだろう。
 
その彼女が
「あっ」
と言う。
 
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「どうかしました?」
と桃香は思わず声を掛けた。
 
「バッテリー切れになっちゃって」
「ああ。iPhoneって便利なのはいいけど、バッテリーの消費も激しいらしいですね」
「そうなんですよね〜。朝フル充電していたのが夕方までもたないこともよくあるんですよ」
と女子高生は言う。
 
「そういう時は不便ですね」
と桃香。
 

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「あの、すみません。大変申し訳ないんですけど、そちらの携帯で福岡から成田行きの飛行機が何時に着くかとか調べてもらえないですよね?」
 
「ああ、そのくらいいいですよ」
と言って桃香は携帯の乗換案内を使って時刻を確認した。
 
「今からなら、JAL3054が14:00, ANA2144が15:20, JAL3056が19:40ですね」
「ありがとうございます!友だちがそれで来る筈なんですよ。多分15:20の便かな。あの子“青組”だから」
 
「福岡のお友達ですか・・・あれ?あなたも九州の人?」
 
桃香は彼女のイントネーションが《ノーアクセント》っぽいのを感じて訊いた。『橋と箸』『牡蠣と柿』などをアクセントで区別せずに同じように発音して文脈だけで判断するのは、西九州地域(長崎県・佐賀県と福岡県の一部)の特徴である。
 
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「ええ。長崎なんですよ。夏休みなんで東京に出てきていたんですけどね」
「なるほど〜」
「私、歌手志望で、自作曲を録音したCDを持ってあちこちの事務所に売り込んでいるんです」
「おお、それは頑張ってください」
 
昔はカセットテープと言ってたけど、今はCDなんだなあ、などと桃香は思った。
 

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娘たちの継承(9)

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