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■娘たちの継承(7)

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今回の壮行試合の日程は下記である。
 
8.6(土) 19:00 CAN - JPN 福岡市民体育館 8.7(日) 14:00 CAN - JPN シーハットおおむら
8.9(火) 15:00 CAN - JPN 長崎県立総合体育館
 
5日は特に練習日程などは入っていなかったのだが、王子および月野さんと一緒に「どこかで少し練習したい」と言ったら、中央区の体育館を使っていいよということであったので、3人で行くことにした。実際には行こうとしていたら「私も混ぜて」と言って亜津子が来たので4人で行って練習した。
 
なおカナダチームは博多区の体育館で練習していたようである(福岡市民体育館も博多区だが、博多区の体育館とは別の場所にある)。
 
6日は「試合前だから」ということで、午後は練習禁止ということだったので、昨日夕方福岡に入った玲央美も誘い5人でやはり中央区体育館に行き、午前中“濃厚な”練習をして、汗を流した。そしてお昼を食べた後は仮眠した。三木さんは「若いっていいね〜」などと言っていた。
 
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エレンはしばしばこういう発言をするが、実はこっそり激しいトレーニングを積んでいたりするから、彼女のことばは顔面通りには受け取れない。36歳の年齢で肉体的には27-28歳くらいの身体を維持しているのは、日々物凄い鍛錬をしているのは間違い無い。
 
「そういえば、三木さんのお名前ってカタカナですけど、ニューハーフか何かですか?」
と王子が、食事の時に訊いた。
 
「ニューハーフではない」
「あれ?お父さんかお母さんが外国人だっての何て言いましたっけ?」
「ニューハーフではなく、ハーフね」
「ニューハーフって何でした?」
「オカマちゃんのこと」
「ごめんなさい!」
 
「まあ男と女のハーフということで」
「お父さんかお母さんが男か女って意味ですか?」
「ふつうお父さんは男でお母さんは女だ」
「あれれれ?」
「たまにお父さんが女でお母さんが男ということもあるらしいが」
「それ?お父さんから生まれたんですか?」
 
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かなり訳が分からなくなって来たところでエレンが言う。
 
「私はクォーターなんだよ」
 
「へー!」
 
「お母ちゃんが、イギリスというか正確にはスコットランドに移住した日本人のお祖父ちゃんとスウェーデン系スコットランド人のお祖母ちゃんとのハーフ。お父ちゃんは青森県の八戸生まれだけどね。私はお母ちゃんの実家のあるスコットランドのエジンバラ(Edinburgh)で生まれたんだよ」
 
「へー!!」
 
エレンがかなり複雑なことを言ったので、実際ちゃんと理解できた子は少ないと思う。なお「エレン(Ellen)」というのは元々スウェーデンに多い名前である。エレンはユニフォームも Ellen Miki と染めてもらっている。
 
(しばしばどちらが苗字でどちらが名前か分からんと言われる)
 
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「だから実はイギリスと日本の二重国籍(*1)だったんだけど、1992年のジュニア・アジア選手権で日本代表になったから、イギリス代表にはなれなくなった」
 
「イギリス代表になるか日本代表になるか悩みました?」
「私、英語が苦手だし」
「あら」
 
「ジョイフルゴールドの母賀ローザもフランス生まれなのにフランス語が話せない」
「あの子の電話番号、私のアドレス帳に入ってる。牛丼屋さんで遭遇したことある」
 
「日本人ですね〜」
 
(*1)イギリスでは1983年まで血統主義と出生地主義が併用されており、イギリスあるいはイギリス国外領土で生まれた人はイギリス国籍が取得できた。それ以降もイギリスで生まれて10歳まで国外に出ずに育った人はイギリス国籍が取得可能である(10歳までの間に国外に出た日数が合計90日以内であることが必要)。
 
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6日の試合では、亜津子・千里・玲央美・王子といった若手を中心に運用した。相手が引いて守る作戦で来たので、点数としてはロースコアになり、54-63で勝利した。
 
7日の“シーハットおおむら”では逆に名前のよく知られているベテラン勢を中心に運用したが、最後の最後で逆転され、56-54で敗れた。
 
9日の長崎市の試合でもベテラン勢中心に起用したが、この日は昨日の雪辱に燃えるエレンや横山温美などが頑張り、61-68で勝利した。
 
そういう訳でこの壮行試合は2勝1敗となり、何とか面目を保った感じであった。
 

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この壮行試合の日程と並行して、ユニバーシアード代表はNTCで6日から11日まで合宿をしていた。12日に大会が行われる深圳(シェンチェン)に移動することにしている。シェンチェンは香港の隣町であり、外国人も多く中国語も広東語より北京語を話す人が多いなど、“世界都市”の様相を帯びており、《中国のシリコンバレー》の異名まである。
 
この年はユニバーシアードが開かれたし、2019年には男子のバスケット・ワールドカップ(東京五輪の予選を兼ねる)が開催されることになっている。
 
現時点でユニバーシアードの代表はこのようになっている。
 
(OG ) SF千石一美(茨城TS大修士OG) PF月野英美(東京W大修士OG)
(院2) PG中村亜樹奈(東京W大修士)
(院1) PF山原和恵(京都R大修士) SG福原陽菜子(千葉K大.OG)
(大4) PF日吉紀美鹿(愛知J学大) SF平木有佳(栃木K大) PG入野朋美(愛知J学大)
(大3) SG村山千里(千葉C大)C中丸華香(愛知J学大 182)
(大2) SF丸山愛理紗(神戸M大)
(大1) C夢原円(愛知J学大 186)
 
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ユニバーシアードは大学または大学院を卒業した翌年まで(但し開催年の年初の時点で17歳以上28歳未満:1983.1.2-1994.1.1生まれ)出場できるので、千石一美と月野英美も出場できる。
 
このチームは他のアンダーエイジあるいはフル代表との兼任者が多く、実際千里と月野英美は壮行試合が9日に終わったので10日の朝からこのチームに合流した。
 
千里はこのチームの練習に参加するのはこれが初めてである。
大会は2日後に始まるというのに!!
 
「初めて12人揃った」
 
などとヘッドコーチの須崎さんが言ったが、このチームにずっと入っていた日吉さんなどに訊くと、合宿の度に参加者が違うので、連係プレイの練習が全然まともにできなかったと言っていた。
 
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入野朋美はU21と兼任していたが、5月の名古屋合宿、その後のトルコ遠征には参加している。またU21が7月14日に終わったので、その後はU24合宿に参加している。
 
中丸華香も千里同様U21,フル代表と兼任だったが、7月26日のフル代表発表で落ちたので、7月29日からの合宿、及び今回の最終合宿に参加している。
 
夢原円はU19との兼任だが、名古屋合宿とトルコ遠征には参加している。またU19が7月27日で終わったので、29日からの合宿と最終合宿に参加している。しかし彼女も海外から帰ってきて1日しか休まずに合宿に入って、かなり疲労がたまっているようだ。
 

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実際、千里自身、このチームに入って練習していると、ほぼ初顔合わせのメンツが結構居るので、パスの取り損ないが起きるし、アイコンタクトの意図が正しく伝わらないことも多い。千里はこのチームでわずか3日後に大会に出ることに、はなはだ不安を感じた。こんなことならフル代表の壮行試合みたいなイベントには出ずにこちらの練習に参加したかったよと思った。U21チームなら一瞬見ただけでお互い意図が伝わっていたのに、などと思う。千里の“視線フェイント”に味方がひっかかってしまうのである。
 
この練習を見ていて、須崎さんが頭を抱えていた。
 

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千里はその日の夜、須崎ヘッドコーチに電話をして言った。
 
「これまで全くこのチームの練習に参加していなかったので、まともにプレイする自信がありません。辞退とかはできませんよね?」
 
「それ数人から言われている」
と須崎さんは言う。
 
複数というのは、自分と英美、それにひょっとすると華香もかもと思った。華香もパスの取り損ないがかなりあったのである。
 
「しかし連携プレイはお互いに声を掛け合ってやれば何とかなると思うし、スタンドプレイで得点することもできると思うので、何とか頑張って欲しい」
 
「分かりました。とにかく頑張ってみます」
「頼む」
 

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11日も不安を抱えながらの練習が1日続いた。
 
そしてその日の夜9時頃、千里と月野英美がヘッドコーチに呼ばれた。
 
やはりクビかな〜、などと思いながら須崎さんの部屋に行くと、そこに須崎さんの他、長浜AC、ユニバシアードチームの神山代表だけでなく、フル代表の城島ヘッドコーチと松本代表、更にバスケ協会の強化部長まで居るので、何事か?と思う。
 
「明後日からユニバーシアードが始まる訳だけど、試合が終わるのが20日だよね」
と強化部長が言う。
 
「はい、そう聞いておりますが、まさか日程変更ですか?」
と千里は訊いた。
 
「変更は無い。むしろ変更して欲しいんだけどね」
「はい?」
「一方でフル代表が出場するアジア選手権はユニバーシアードが終わった翌日の21日から始まる」
 
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「はい。でも21日の初戦・レバノン戦が19時からなので、一応試合には間に合うんです。また最悪間に合わなくても、負ける相手ではないからと言われました」
 
深圳から大村への(多分)最速の移動はこうなる。
 
SZX 7:50-10:05 PVG 11:55-14:25 FUK 15時頃 (車で2時間) 17時頃 シーハット大村
 
深圳の宝安空港(パオアン,SZX)からいったん上海(シャンハイ)の浦東空港(プートン,PVG)に飛ぶと、福岡空港(FUK)への便があるので、福岡空港国際ターミナルからバスケ協会が手配したタクシーで走ると2時間ほどで大村市に到着するのである。
 
浦東空港からは長崎空港への便もあるが時刻が9:40-12:10なので、朝1番の浦東行きに乗っても間に合わない。20日はもし決勝戦(21:30-23:00)に出た場合は、もう最終便が出た後である。また福岡空港から大村まではJRを使うよりそのまま車で高速を走った方がずっと速い。そもそも福岡空港の国際線ターミナルは離れた位置にあるので地下鉄駅までひじょうに時間が掛かる。
 
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なお、成田や関空を使うルートではどうしても大村到着は21時すぎになる。
 

「それがね、台風が発生しているんだよ」
「え!?」
 
「今はフィリピン付近にある。それがちょうど20日頃に香港付近に来るという予報になっていて」
「もし来たら・・・」
 
「飛行機が飛ばない可能性がある。すると帰国が大幅に遅れる可能性がある」
「うーん・・・」
 
「22日の相手は台湾。ちなみに台湾のナショナルチームは15日くらいに来日予定」
「台湾には先日のウィリアム・ジョーンズ・カップで負けているから油断できない」
「どうもあちらのU24チームもかなり連携の乱れが出たみたいですね」
 
「そうなんだよ。今年はカテゴリーの兼任者が多くて、ちゃんとまともな練習ができたのはフル代表とU21くらいのようで。U19だって高梁君や湧見君たちがU21の方に取られていたからチーム練習が足りなかった」
 
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「そして23日は韓国。もし君たちの帰国が23日までずれこむと、君たち抜きで戦う必要がある。22日に帰国できたとしても海外から戻った翌日の試合というのは、どうしても万全の体調にはならないと思う」
 
「まさか・・・」
 

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「それで話し合ったのだけど、君たち2人は深圳には行かずに日本でフル代表の合宿を続けてもらえないだろうか」
 
「私は構いませんが」
と千里は言って英美を見る。
「私も構いません。特に私はこのチームの練習には5月中旬以降参加していなかったので、どうも複雑な連係プレイができなくて」
と英美。
 
「私なんて、昨日初めてこのチームに合流しました」
と千里。
 
「そうだっけ!?」
と強化部長が驚いたように言う。
 
「第1次合宿はフル代表合宿とぶつかり、トルコ遠征はフル代表のヨーロッパ遠征とぶつかり、今回の最終合宿もフル代表の壮行試合とぶつかり」
と須崎さんが言う。
 
「すまーん!せめて壮行試合からは外すべきだったね」
と強化部長さんは申し訳なさそうに言う。
 
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