広告:オトコの娘コミックアンソロジー- ~強制編~ (ミリオンコミックス75)
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■女子高校生・3年の冬(4)

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12月13日(土)、まゆりと和也は星弥・月弥を連れて市内のスイミングクラブに行った。普通のおむつとベビー服の状態でウィングロードに乗せて連れ出し、スイミングクラブの駐車場でおむつを交換して水遊び用のおむつを着け、その上に水泳パンツを穿かせる。まゆりと和也は服の下に予め(女性用)水着を著ており、スイミングクラブの(女子)更衣室で服を脱いで水着姿になった。それでプールに行くが、やはり双子は目立つ。
 
「わあ、双子ちゃんですか。そっくりですね」
「一応色違いの水着着せました」
「なるほどー」
 
星弥には赤、月弥には青の水着を着せている。
 
「一人じゃ無理だから妹に付いてきてもらいました」
「まだ1歳にもなってない子供を触るのは恐いですけどね」
「9ヶ月くらい?」
「8ヶ月なんですけどね。動き回るから絶対目を離せなくて大変」
「ああ神経使うよね」
「家の中きれいに掃除しておかないといけないし」
「何でも口に入れるもんねー」
 
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子供は仰向けに水に浮かべると浮くので足をバタバタさせるとそれで推進する。ふたりとも楽しそうにそれで泳いでいた。和也が星弥を、まゆりが月弥を見ていて、むろん絶対に目を離さないようにしていた。それで1時間ほど水遊びしてあがった。
 
和也とまゆりは着替え用バスタオルを使って普通の服に着替えた。子供たちはそのまま水着を脱がせ、おむつを外したが
「おお、可愛いおちんちん付いてる」
「こんなの付いてたら、小さい内しか女子更衣室には入れないからねー」
「赤ちゃんの特権だねー」
などと言われていた。
 
すみません。ぼくおとななのに女子更衣室に入ってます、と一瞬和也は思った。
 
子供たちにはむろん普通のおむつを着け、ベビー服を着せた。星弥は赤、月弥は青を着せる。この2人はだいたいこういう色分けにされることが多い。
 
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しかし和也は初めて女子更衣室に入ったものの、子供のことで頭がいっぱいで余計なことを考える余裕は無かった。むろん女子更衣室の中でもプールでも女声を使用した。
 
この日の晩は身体の温まるおでんにしたが、星弥と月弥は離乳食である。おっぱいも欲しがり、ふたりでまゆりの左右の乳房に吸い付いていた。
 

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12月13日、ロビンは留萌のロゼ家を訪れると玲羅に
「今年はこちらに来ないと言ってたからこれクリスマスプレゼント+お年玉〜」
と言って、アルトサックスを渡した。
「わあ」
「ブラスチックのクラリネットはまだいいとしてプラスチックのサックスはあんまりだと思って1個買ってきた」
「なんか凄く派手な色なんですけど」
「かわいいでしょ」
 
このサックスは薄いピンク色をしているのである。
 
「ピンクゴールドのメッキがされている。だからとても耐久性が高い」
と千里は言う。
「金メッキのサックスはあるね」
「それをピンクゴールドでメッキしたものだよ」
「なるほどー」
 
ずっと後に青葉もピンクゴールドのサックスを買っている。
 
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「まあソロとか吹く時に使うと格好良いよ」
「ソロができるように練習しなくちゃ」
「まあ頑張ってね」
「ありがとう」
 

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ロビンが帰った後、ロゼも「派手な色のサックスだね」と言っていた。
 
なお本体とコピーでは本体のほうが強いのでロビンがロゼ家に行くとロゼは自動的に消える(留萌司令室地下の休眠所に飛ばされる)。それでロビンが帰った後、グレースがロゼを家に転送した。
 
これはY2とyなどでも同様である。
 
玲羅や裕美はこの手の排他制御が起きず、玲羅とライラが並んでいたりする。どうも千里はいろいろ特別なようである。
 
玲羅はもう慣れているので、千里姉が突然姿を消したり、何も無いところから出現しても全く驚かない。
 

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12月20日大阪体育大学の願書受付が始まったので双葉は願書を提出した。
 
また同志社大学・同志社女子大学の願書受付が始まったので、千里・公世・双葉は同志社大学に、清香は同志社女子大学に願書を提出した。
 

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12月20日(土)、吹奏楽部の子から頼まれたので夜梨子は銀桃を持って市民体育館に行き、吹奏楽部の合同クリスマスイベントに参加してきた。
 
12月23日(火祝)、コーラス部の子から頼まれたので、ロビンは市民会館に行って、コーラス部の合同クリスマスイベントに参加してきた。
 
この日は留萌では玲羅が吹奏楽部の市内の中学・高校の合同クリスマスイベントに参加し、フルート・クラリネット・アルトサックスと吹いてきた。サックスは先日千里姉からもらったピンクのサックスを使用した。
「村山さんのサックスが進化してる」
「クリスマスプレゼント+お年玉と言われてお姉ちゃんにもらったぁ」
「でも可愛い色だね」
 
今まで使っていたサックスはプラスチック製だったので、子供のおもちゃにしか見えなかった。
 
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それで玲羅は今年は姫路には行かずお勉強していた。
 
天子の家のおせちは今年は千里Υ(ゆり)が作った。姫路では公世がひとりで町に行きケーキを買ってきた。シャンメリーはローソンで千里が買ってきた。それと百合さんが作ってくれたフライドチキンでクリスマスにした。この日は清香の妹の明美も
「こちらの方が美味しいのがありそうな気がする」
と言ってやってきてフライドチキンをたくさん食べていた。
 

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12月下旬、11月に受けた模試の結果が返ってきた。
 
千里は神戸大学にBだが、ここに行くつもりはない。京都地区にしぼっている。それにロビンとしては神戸大学は青が受ける可能性もあると思っている。どっちみち国公立はセンター試験の後で決めることができる。
 
同志社大学にAのほか、京都教育大学の英語・数学にもAになった。ロビンとしては英語教師になるのはいいが、数学教師にはなる気がしない。数学に行く場合は夜梨子に任せて自分は京都國學院のほうに通おうと思う。
 
なお京都國學院の入試は既に終わっており合格している。4月から2年間通うことになる。授業は平日の午後1時から5時くらいまでである(他に実習が時々伏見稲荷や石清水八幡などでおこなわれる)。当然同志社や教育大と同時には受講できないから両者は別の千里が通う必要がある。ロビンは夜梨子とジャンケンかなぁと思っていた(決着が付かない気がする)
 
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公世は京都教育大の国語と社会にAになった。そのどちらかを受けるつもりである。
 
双葉は京都教育大の幼児教育・体育がA、国語と社会はBである。同志社にもBなのでそちらも受けようかなと言っている。彼女も京都地区に絞った。一応大阪体育大も受けるだけ受けると言っている。
 
清香は京都教育大の幼児教育と体育にB判定になり、センター試験の結果次第だが、ここを第1志望とすることにした。同女にはAになったので、ここを滑り止めにすることにした。
 

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12月23-29日、東京でバスケットボールのウィンターカップが行われ、東の千里が所属する旭川N高校はこれに出場した。決勝では同じ北海道から出場した札幌P高校と第5延長にまでもつれる大熱戦を演じたが最後は敗れた。千里もP高校の佐藤玲央美もこの試合で燃え尽きたような気分だった。
 
(実は筆者も燃え尽きた気分だった。もうこれ以上の試合は書けないと思った。あの試合はどこで誰が得点するかというのをExcel上で1月以上掛けて計画した。Excelだけでは足りず計画用のプログラムも書いている。最初に決めてたのは第5延長までやるということだけである)
 

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ロビンは姫路の家のおせちを作った。
 
「昆布巻きがたくさんできてる」
と清香も公世も言う。
「たくさん食べてね」
「うん。食べる」
 
白石たちが養殖した鰊(いったん干物にした身欠き鰊)と、北海道新鮮産業から買った羅臼昆布を使用している。身欠き鰊は峠の丼屋さんの集中厨房で作っている(昆布巻きも作っている)。
 
伊達巻きは10本作り3本はロゼの家に持って行った。姫路に残した分は年内に無くなった。
 
「伊達巻きが自作できるとは知らなかった」
と清香は言っていた。工場とかでないと作れないものと思っていたらしい。
 
姫路の家では年内にお餅の2kg入りが5袋無くなった。
 

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ロゼ家には、姫路でロビンが作ったおせちを少しと、旭川の天子の家でゆりが作ったおせちを少し持って来た。ロゼ自身でも黒豆を煮て、筑前煮を作った。
 
千里の岡山県の農園で穫れたゴボウ・レンコン・ニンジン・里芋、留萌新鮮産業の菌床椎茸、留萌のAコープで買った群馬県産こんにゃく、プリンセスの契約養鶏場の“柑美鶏”を使っている。
 
この筑前煮は姫路にもお裾分けした。
 
ロゼ家では筑前煮は1月1日の内に無くなった。お餅も年内に2kgの袋がひとつ無くなった。
 
ロゼ家も姫路の家も餅は留萌市内で買った切り餅である。清香が丸い餅は「鏡餅を食べるみたい」と言って、切り餅のほうを好む。公世はどちらでもいいらしい。お腹に入れば形は関係無いと言っている。天子の家は切り餅だが、万一にも喉に詰まることが無いよう普通の切り餅を瑞江が包丁で4分割して小さくして使っている。
 
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12月27日、和也とまゆりは星月を連れ、桜ジェットを使って姫路から留萌に移動した。年末年始の御祈祷に応じる。今年はロビンは受験生なので留萌に行かない。P神社の笛は主として玲羅が吹く。夕方以降はロゼが対応する。ロゼが神社に行っている間、ロゼ家には代わりにビクトリアが入り、玲羅のお世話をする。
 
なお、まゆりたちが留萌に行っている間、姫路の立花K神社の留守は花絵と越智さんが預かる。夜梨子もできるだけ顔を出すようにする。
 
もっとも千里は「上町社のほうを頼む」と言われたので今年の年末年始、夜梨子は上町社に常駐して、美鈴、およびバイト巫女の女子大生花凛さんと3人で参拝客に対応した。ご祈祷の依頼は千里が出仕の資格で祝詞をあげたが
「あんた宮司さん(きっと花絵のこと)より祝詞が上手いのね」
と上町社の氏子さんたちは言っていた。
 
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夜梨子はこれまで大神への個人的な信仰で祝詞をあげていたが、初めてお仕事として祝詞の奏上をした。
 
なお、笛は星子に吹かせ、太鼓は美鈴さん(上町社の常駐巫女)が叩いた。北町社では笛は知帆さんと弓佳さんで交代で吹いたようである。太鼓は和子さんか越智さんが叩いたが光貴にも覚えさせて打たせた。光貴は巫女衣装である。
 
えとにちなんだ牛人形は留萌でも姫路の北町社・上町社でもたくさん売れた。これは足りなくなるぞと思ったので、前橋とロデムに常滑・会津に行ってもらい、たくさん仕入れてきた。
 
しらかば工房・イーグレットからは連絡して各々P神社・立花K神社に持って来てもらった。郵便局も宅配便屋さんも年末年始は多忙で短期間での配送が困難である。それで追風(南田弟の息子)に留萌まで往復して来てもらい、品物の移動をした。
 
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忘年会・新年会のシーズンなので立花会館は半分に区切って、母里食堂と冷水食堂でお料理を担当した。ここは厨房は元々2つ持っている。
 
留萌の三泊会館ではやはり2つに区切り、片方は北の宿(蓮菜の親戚が経営している民宿。但しその三泊支店)で、もう片方は昼間は桜観光の調理チームと峠の丼屋さんの集中厨房のスタッフの合同で対応した。夕方以降は桜観光のスタッフは船のほうに行くので集中厨房のスタッフだけで頑張ってもらった。この夕方以降のチームで中心になったのは札幌在住の青島美季さんという人である。横浜にも5年ほど住んでいたという。千里は彼女に春からは姫路に来てもらうことにする。彼女は横浜の洋食屋さんで見習いの調理人をしていたらしい。それ以前には和食の店にもいたことがあるらしく本当に料理がうまかったしレパートリーが豊富だった。最初は留萌で年末年始だけのつもりだったのだが、本人に打診したら
「給料もらえるなら姫路なら行きます」
と言ってくれた。
「イエメンに来てくれと言われたら考えますけど」
「さすがにそんなところには拠点は無い」
 
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彼女には2-3月はある用事で全国を駆け巡ってもらう(後述)。
 
どっちみち人手が足りないので旭川で大学生のバイトを10人集めて送り込んだ。留萌市内では高校生の巫女さんのバイトを5人集めて主として御札の頒布や境内の掃除などに使っている。
 
なおお酒は、留萌ではカムイ酒造(玖美子の祖母が杜氏をしている酒蔵)、姫路では母里酒造(清香の父が蔵元をしている酒蔵)の製品を使用している。ビールは留萌では北海道で絶大人気のサッポロビール、姫路では兵庫県の地ビールとして名高い六甲ビールを標準使用した。(むろんいづれもお客さんの指定があればそれを使う。姫路では西宮に工場があるアサヒの指定も多かった。また根強いファンがある恵比寿ビールは留萌でも姫路でもリクエストが結構あった。一応キリン・アサヒ・サッポロ・サントリー・ヱビスは揃えている。女性のグループには富良野ワインや缶チューハイもよく出た)
 
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年末年始、清香は両親の家には行かず千里家でずっとお勉強していた。千里も公世も自室で勉強していた。公世は今年は留萌には帰省しなかった。
 

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留萌P神社では今年も常弥と和也が1日交代で祈祷を担当した。笛と太鼓は、玲羅・千里(ロゼ)、善美、まゆりなどである。おみくじはセナや貞美など高校生巫女が交代で担当した。今年も3ヶ日に福引きをしたらたくさん売上があった。上位の当たりにはTDR、トマム、ガトー・キングダムなどが入っている。
 
年末年始はクルーズ船にもたくさんお客さんが来た。ほとんどが札幌からの旅行会社のオプショナルツアーの客だった。冬の北海道の海なんて寒いのではと思っていたら、船の中は暖かいので安心したなどという声が出ていた。また料理もシチューやポトフなど、またジンギスカンなど身体が温まる料理が多かったのも好評だった。ツアー客なのでみんな船内で一泊して翌日は稚内観光であった(お昼は稚内のソウルフード“チャーメン”)。翌日の夕方には、鰊の昆布巻きとカズノコのセットをお土産に渡した(希望者にはクール宅急便で自宅に送り届けた)。

 
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女子高校生・3年の冬(4)

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