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■女子高校生・3年の冬(2)

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清香は昨年のクリスマス以来、ずっと夜中にシルビアとお勉強をしているのだが、ある日言った。
「私はどうも英語のヒアリングが弱いようだ」
「だったら洋画を聴けばいいよ」
と言って、シルビアは多数のアメリカ映画がパソコンで見れるようにしてくれた。これは実は玲羅に渡したDVDのコピーである。玲羅に渡す前にDVDからハードディスクにコピーしておいたものである。
 
しかし夜中に洋画を見ていると、これはほんとに聞き取りの勉強になった。清香はシルビアのアドバイスで、寝ながら洋画の音声だけ聴くようにした。他に動画サイトに英語のニュースその他が転載されているのを見るのも勉強になった。これは時事英語に強くなった。おかげで政党名もliberal democratic partyとかDemocratic PartyとかCommunist Partyとか覚えた。公明党はKomei Party というのも「へー」と思った。これは訳しようが無いんだろうな。
 
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中国の総書記の名前(胡錦濤)が日本のテレビが読んでるような“こきんとう”ではなく本当は“フーチンタオ”であることも知った。なんで日本のテレビ局はわざわざ変な読み方するのだろうと不思議に思った。首相はprime minister。大統領はPresident, 総書記はgeneral secretary、国連の事務総長はSecretary General などといったのとか(よけい日本語では何と言ったっけ?と思った)、United Nations, European Union, などといった名前も自然に覚えていった。
 

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でも大統領と社長がどちらも president って不思議。何かとにかく偉い人は president なのかな。シルビアに訊くと銀行の頭取も英語ではpresident だと言っていた。また最近はCEO がトップという会社が多いし、もともと欧米では社長president より会長Chair of the board のほうが実権を持っていることが多いと言っていた。日本じゃ会長なんて社長を引退した人の名誉職みたいなものなのに。こういうのは単純には翻訳できない文化的問題だなと思った。またシルビアは学校の学年なんかも国によって学校の制度が違うしアメリカになると州ごとに違うので単純な翻訳は困難だとも言っていた。
 
「日本だって明治以来何度も変わってるしね」
「ああ、そうだよね」
 
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「学校の校長は何と言うんだっけ」
「principal」
「教頭は?」
「vice principal」
「なるほどー!副校長か」
「日本の教頭って実際そういう地位だしね」
「確かに」
 

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千里は紫微(自称:スーパー女子高生・湊夢子)に呼ばれて東北某所に来ていた。
 
「何かお地蔵さんがありますね」
「珍切地蔵というんだよ」
「へー」
「昔この付近で男の子が野糞をしていたら蛭(ひる)が珍に飛び付いたというんだよ。蛭を取ろうとしたがどうしても取れない。どんどん血を吸われてこのままだと危険というんでやむを得ず珍ごと切った。その珍を埋めたところに二度とこういうことが起きないようにと願いを込めてお地蔵さんを置いたのがこのお地蔵さんの始まりなんだよ(*14)」
 
何か突っ込み所の多すぎる話だと思った。珍を切らずに蛭を切ればよかったのでは。さすがに蛭も切られたら死んだのではという気もする。
 
「その切られちゃった男の子はどうなったんです?」
「珍が無くなり男ではなくなったから尼さんになって仏道に励んだらしいよ」
「へー」
「男はみんな兵隊に取られてしまうけど、その子は男で無くなったお陰でいくさに行かずに済んだから、いくさで死んだ男たちの菩提を弔ってあげたらしい」
「はあ」
 
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なんか塞翁が馬みたいな話だ(*15)。
 
(*14) この話は創作です。実際には九州の壱岐(いき)の“実切(さねきり)地蔵”の話を元にしています。その話では被害者は女の子で実(さね)とはクリトリスのこと。
 
(*15) 『塞翁が馬』では塞翁の息子が落馬して怪我するが、怪我のお陰で兵隊に取られなくて済む。
 

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「今では珍切りという名前に惹かれて珍を無くしたい男の娘がたくさんお参りに来るらしい」
「ああ」
 
などと言っているうちにそれっぽい子が来てお参りしてる。スカートを穿いているが可愛い子だ。千里はよけいな親切心を起こした。
 
「君何か付いてるよ」
と言って身体をはたいた。
「あ、すみません」
と言う声が中性的である。わりとレベルの高い子だ。
 

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「何かした?」
「明日の朝のお楽しみですね」
「君も親切だねー」
「夢子さんも女の子に変えてあげようか」
「じゃその気になったら頼む」
「いつでもどうぞ。連絡して」

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紫微はそのポイントから車で10分ほど山奥に入った。千里は顔をしかめた。
 
「何ですか、これ?」
 
「まそれで、こちらの神社を何とかしてくれという依頼なんだよ」
と紫微は言った。
 
「虚空ちゃんに頼んだら『まだ死にたくない』と言って帰っちゃった」
とセーラー服姿の紫微は言う。
 
「私もまだ死にたくないです。帰っていいですか」
と千里も言う。
 
「そんなこと言わずに頼む。これ何とかしないと大きな地震でもあったら、**の町が壊滅して30万人死ぬ」
「私も死にたくないんですけど」
 
元々何か強大な“もの”を誰かがここに封印して、そこに神社を建てたのだろう。しかし多分神社の参拝者が減ったために押さえ込む力が足りず封印が弛んでしまったように思われた。この封印が壊れると多分核爆弾並みの破壊が起きる。再封印が必要だが、かなり危険な作業になる。
 
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「虚空ちゃんに断られたら他には駿馬ちゃんくらいしか頼れそうな人がいないんだよ。瞬嶽も羽衣も老いぼれだしさあ。報酬は1億円払うから」
「まあ最低そのくらいはもらわないと、とてもやる気にはなりませんね」
 
千里は溜息をついた。30万人の命がかかっているなら、やるしかない。東北は地震が多い。地震以外でも大雨とかでも非道いことになりかねない。今は奇跡的に持ちこたえている。
 
「スーパー女子高生・湊夢子さん、車の後部ドアを開けた上で運転席に座っていつでも発進できる状態にしておいてください」
「分かった」
 

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千里は、車の中で白い装束に着替えた。そしてコリンを連れて神社の拝殿前まで行った。こんな場面で自分に命を預けてくれるのはコリンだけである。きーちゃんは万一の場合にそなえて鳥居の外側でこちらを見ている。きーちゃんの居る場所でもかなりの霊圧があるはずだ。彼女もかなり無理をしてくれている。千里も狛犬さんたちの助けが無ければとても拝殿前まで来られなかった。
 
千里は拝殿前で座り込むと靴下を脱ぎ、子牙のある術を起動した。
 
術が起動する。
千里が意識を失う。
コリンが千里の身体を抱えて車まで走る。
きーちゃんと2人で千里の身体を車に押し込み、自分も乗り込む。きーちゃんはバイクに飛び乗って先に発進する。
 
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「ゆめこさん出して」
とコリンが言う。
 
「分かった」
 
それで紫微は車を全速力で発進させた。背後で凄い音がした。
瓦礫が降って来るが紫微の車は何とか安全なところまで逃れることができた。紫微でさえ、きーちゃんのバイクが先行してなければ脱出経路を見失いかねなかった。ここは結界が複雑で通れる場所が限られている。以前処理した静岡のダム建設予定地などと似ている。爆発は危険な神霊を強引に封印した反動である。だから封印は成功している。
 
「夢子さん。たくさん御飯食べられるところに連れてって」
とコリンが言う。
 
「焼き肉とかでもいい?」
「それでいいです」
 

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それで千里は焼肉屋さんに連れて行ってもらったが意識を失ったままである。きーちゃんが出羽の美鳳を呼んだ。それで美鳳の力で千里はやっと意識を回復した。美鳳が
「どこ行ってきたのよ」
と驚いていた。しかし紫微から話を聞くと
「あれを封印したのか。凄い子だね」
と感心していた。出羽でも何とかしなければと言っていたものの誰にもできないと言っていたらしい。
 
「三大霊能者(瞬嶽・羽衣・虚空)にしかできないのではと言ってた」
 
「もう瞬嶽さんか羽衣さんに土下座して死んでくれと頼むしか無いと言ってたのよ」
 
以前子牙さんが書いてくれたものを信用すると、瞬嶽さんは122歳、羽衣さんは107歳である。封印できるのかも怪しいが、できたとしても封印するだけで命が尽きたかもしれない。
 
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「この子、子牙を継いだんですよ」
と、きーちゃんは美鳳にだけ聞こえるように言った。
 
このことは、きーちゃんだけが知っている。
 
「そうだったのか。やはりH大神は凄い子を見つけたんだな」
と美鳳は言っていた。
 
「あれ?十二天将は?」
「千里は数人居るんですよ。十二天将を連れているのは“青”の千里。この子は“赤”の千里で代わりに八大龍王を連れています」
「へー」
 
美鳳はそういえば旭川でこの子を初めて見たとき四重体であったことを思い出した。それが分離したのだろうか。赤と青が居るのなら、あと黄色と紫とかも居たりして。それで、八部衆とか十二神将(*8)を連れてたりして?
 
千里はこのあと2時間食べ続けた。
 
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(*8) 名前が似ているが十二神将は薬師如来の眷属。千里が連れている十二天将は陰陽道(おんみょうどう)の守護神である。また天竜八部衆は釈迦の説法に随行した8体の護法神。後述の二十八部衆とはまた別。

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