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第3ピリオド、千里と暢子が戻る。雪子を休ませてメグミ/千里/敦子/暢子/留実子、向こうは赤山さん・舞田さんが休んでここまでインハイで一度も出ていなかったシューティングカードの1年生岡田さんが出てきた。こちらのメンバーに一瞬緊張が走る。
もしかして本当に秘密兵器??
敦子がその岡田さんのマークに付く。
そして岡田さんはボールをもらうと、いきなりスリーを撃つ。
が外れる!
上村さんがリバウンドを取りに来たものの留実子が渡さない。しっかりボールを確保して、こちらの攻撃につなげる。
そして第3ピリオドの前半まで行った所でこのピリオドの点数は16対8になっていた。宇田先生がタイムを取った。
「やられました」
と暢子が言う。千里も同感である。
岡田さんは確かにスリーの確率はそんなに高くない。しかし入れば3点である。実際この第3ピリオド前半で12回のスリーを撃ち4本決めてひとりで12点取っている。L学園はこの前半の攻撃機会のほとんどで最後は岡田さんのスリーに持っていったのである。
「前半は全員攻撃・全員守備でやっていたから、そのイメージが残っていて、全員に警戒していたけど、向こうはこのピリオド敢えてスタイルを変えてきたんですね」
「うん。それに私もついさっき気付いた」
「確率0.33であっても、入る点数が1.5倍なら、確率0.5で入れているのと同じなんだよね」
と南野コーチが言う。
「スリーの怖さはうちと対戦するチームはみんな認識しているだろうけどね」
と寿絵が言う。
「まあ灯台もと暗しという面はある」
と暢子も言う。
「つまり岡田さんは赤山さん・舞田さんに続く第3のエースと考えないといけなかったんだ」
「たぶんL学園は昨日の山形Y実業との試合で赤山・舞田の両エースが消耗していたんですよ。だから休ませるのに今日は岡田さんを使った」
と千里は言う。
「えっちゃん入れるよ」
「ここからはもうラストスパートで」
それでメグミ/千里/絵津子/暢子/揚羽というメンツで出て行く。ここからは点の取り合いに行った方がいいので、センターは守備的な留実子ではなく攻撃的な揚羽にした。
千里が赤田さん、暢子が鳩山さん、絵津子が岡田さん、揚羽が枝野さんをマークする。すると絵津子が岡田さんをほぽ完全に封じてボールも渡らないようにしてくれたので、向こうは前半のような攻撃ができない。一方でこちらは相手のエース2人が下がっている間に、千里・暢子・絵津子の3人で猛攻を掛ける。
すると後半かなり頑張って追い上げて結局このピリオドは19対22と最終的にはこちらのリードで終えることが出来た。後半の相手の得点は絵津子のわずかな隙を見て岡田さんの撃ったスリー1回のみである。
第3ピリオドまで終わって点数は65対63と2点差である。
第4ピリオドは赤山さん・舞田さんが戻る。N高校はポイントガードを雪子に戻す。向こうは岡田さんを下げてしまったが、おそらくやはりこちらに完璧にマークされると仕事ができないのがわかったのと、そもそもあまり体力が無いのであろう。ポイントガードも橋本さんに交代する。
両者激しい戦いが続くものの、どちらもしっかりガードするので、なかなか点数が入らない。なかなかゴールができずに、このピリオドどちらも24秒ヴァイオレーションを1回ずつ取られたし、8秒ヴァイオレーションもN高校の激しいプレスでL学園側が1度取られた。
赤山さんは千里をかなり強烈にマークしてなかなかボールを取らせない。恐らくこの人はビデオを見て自分を相当研究しているなと千里は思った。
7分経過しても両者6点ずつしか取れていないという物凄いロースコアである。
しかし激しいマークをしているので、ファウルもかさむ。ふだんファウルの少ないN高校もこの試合では暢子と揚羽が1個ずつ、絵津子が2個ファウルを取られてN高校としてはファウルが多いのだが、向こうは赤山さんと舞田さんが3個、赤田さん4個、枝野さん3個とかなりのファウル数になっている。
試合は激しい攻防の末、残り50秒の所で絵津子がゴールを決めてとうとう78対79と逆転。しかしその後の速攻から赤山さんがゴールを入れて80対79。更にこちらの攻撃機会で舞田さんが雪子から暢子へのパスを根性でカットして、そこから自身で速攻。残り15秒のところでゴールを入れて82対79と突き放した。
N高校が慎重に攻め上がる。
向こうは千里に赤山さんと橋本さんの2人が付く。3点差でこの残り時間だからN高校は3点プレイをしない限り追いつけない。千里に仕事をさせなければ勝てるという読みである。暢子には舞田さん、絵津子には赤田さん、揚羽には枝野さんが付いていて、つまりボールを持っている雪子には誰も付いていない!
するとそれを見て雪子は自らスリーポイントラインの前で立ち止まり両手でボールを持ってシュート動作に入る。慌てて赤田さんがそちらにフォローに行く。が、それを見て雪子は片手投げに変えて、ボールをゴールのほうに向けて強く投げた。
ボールはバックボードの端に当たって、跳ね返り、絵津子の居る位置に飛んでくる。雪子は自分がスリーを入れきれないのは分かっていた。だから少しでも可能性のある絵津子か暢子にパスしたかった。赤田さんがこちらに走ってくるが、雪子と絵津子の間に入っていて、パス筋を塞いでいた。そこでバックボードを利用したパスをしたのである。
バックボードを利用したパスやドリブルはコントロールが非常に難しい。当然その会場のバックボードの性質によっても飛び方は違う。雪子ならではのパスであった。
絵津子はボールを取ると2歩でスリーポイントラインの所まで離れ、そこからシュート動作に入る。必死で走ってきた舞田さんがそれを停めようとした。
絵津子がシュートを撃ったのと、舞田さんがそれを停めようとして絵津子の腕に触れたのと、試合終了のブザーが鳴ったのが、ほぼ同時であった。
そしてボールはゴールに飛び込んだ。
会場がどよめく。
多くの人がブザービーターで延長戦と思った。
が審判はゴールは無効であるというジェスチャーをしている。
「ボールが青の15番(絵津子)の手から離れたのは、試合終了のブザーの後だったので得点は無効。しかし、その前、ブザー直前に白の7番(舞田さん)のチャージングがあった。よって、スリーポイントシュート動作中のファウルなのでフリースローが3本与えられる」
と審判は言葉で説明した。試合時間は終了しているので、このフリースローで試合は終わることになる。なお舞田さんはこれが4つ目のファウルである。
絵津子がフリースローサークルに行く。
客席から蘭の「絵津子!頑張れ!」という声が聞こえる。千里や暢子たちも声を掛ける。絵津子が審判からボールを受け取り、慎重にセットする。客席が静まりかえる。
撃つ!
入る! 82対80。
どっと観客席がどよめく。
絵津子が1本でも外せばそこでN高校の負けである。凄まじいプレッシャーが掛かっているはずだが、絵津子は平気そうな顔をしている。再び審判からボールをもらう。客席が静まりかえる。
撃つ!
入る! 82対81。
また観客席がどよめく。
蘭も志緒も「絵津子ー!!!」と叫んでいる。千里は「落ち着いて、落ち着いて」と声を掛ける。暢子が「何も考えるな!」と声を掛けている。再び審判からボールをもらう。客席が静まりかえる。
撃つ!
入る! 82対82。
延長戦!!
揚羽が走り寄って絵津子を抱きしめる。暢子が絵津子の頭を小突いてる!千里も「よくやった!」と言って絵津子の背中を数回叩いた。
「絵津子、ほんとによくやった。うちの体育館に湧見という名前を刻んでやりたいくらいだ」
と暢子。
「もうひとりの湧見も一緒に名前を刻めたらいいね」
「あいつ、やはり強引に性転換しちゃおう」
「本人は喜ぶと思いますが」
これでN高校は準々決勝のF女子高戦に続く延長戦である。
少しの休憩のあと第5ピリオド(5分間)が始まる。
こちらは雪子/千里/絵津子/暢子/留実子という布陣であるが、向こうは正ポイントガードの竹下さんを戻して、竹下/赤山/赤田/舞田/枝野というラインナップ。シューティングガードも居ないがセンターも居ない!フォワードを4人入れた布陣である。
たくさん点数を取ってやるという態勢なのだが・・・・実際には点はなかなか入らなかった。どちらももう体力の限界を超えているのだが、それでも激しく相手をマークする。
それで3分経っても両者6点ずつしか入れていない。4分経ったところでL学園の赤山さんが1ゴール決めて90対88となりN高校の攻撃。(延長戦は5分である)
暢子が雪子からのパスを取ろうとするのを停めようとして舞田さんがファウルを取られた。これで舞田さんは5つ目のファウルで退場になってしまう。ここでL学園の両エースの片方が退場するのは痛い。
そしてこちらのスローインから再開と思ったのだが・・・
審判はフリースローを指示している!?
チーム・ファウルの数が5個目だったのである。
第4ピリオドで赤山さん・赤田さん・枝野さんが1個ずつファウルをおかしていた。そして終了間際に舞田さんのファウルがあった。それで既にチーム・ファウルが4つになっていた。この状況でディフェンスのファウルにはスローインではなくフリースロー2本が与えられるのである(オフェンス時のファウルは普通通り相手スローイン)。
通常チームファウルの数はピリオド単位で数えられるのだが、延長ピリオドは第4ピリオドの続きとみなされ、カウントが継続するのである。このあとL学園はディフェンスでファウルをする度にフリースローを取られることになる。
暢子がフリースローサークルに立つ。審判からボールを受け取り慎重にセットして撃つ。入る。
これで90対89。
もう一度審判からボールを受け取る。シュートする。
ボールは外れてリングの端で跳ね上がる。
がそこに留実子が飛び込んで行ってダンク気味にボールをゴールに叩き込んだ。
90対91!!
逆転!!!!
むろん暢子はわざと外して留実子のプレイに賭けたのだが、ゴールより上まで手の先が到達する留実子が居なければ選択できなかったプレイである。
相手が攻めて来るが、赤山さんを千里がマークしているので、向こうとしては攻め手に欠く感じである。なかなかシュートできないまま、結局24秒ヴァイオレーションになってしまいN高校のボールになる。
N高校はゆっくりと攻め上がる。残り時間は10秒を切る。N高校としては確実に入ると思えない限りシュートしなくても良い。無理なシュートでボールを取られるより、時間を潰して勝ち逃げしたい。
雪子から暢子にパスが行く。さっきまでは暢子のマークは舞田さんがしていたのだが、退場になったので代わりに入った岡田さんが暢子の前に行き激しいチェックをする。むろんそう簡単にボールを盗られる暢子ではないのだが、岡田さんは凄まじく厳しくガードする。暢子は巧みなフェイントで岡田さんの身体が左側へ振れた瞬間、右側を抜いた。
と思った時、暢子は滑ってしまった。
ふつう体育館の床はこまめにモップで拭いているのだが、ゴール近くは攻防が激しいため、この部分が偶然にも滑りやすくなっていたようである。
ボールが転がったのを岡田さんが確保して高速ドリブルで反対側のゴールめがけて走って行く。そしてスリーポイントラインの手前で停まると、美しい動作でシュートした。
彼女がシュートするのとほぼ同時に試合終了のブザーが鳴る。
ボールはきれいな放物線を描いてバックボードに当たり、それからいったんリングで跳ね上がったものの、落ちてきてきれいにゴールに飛び込んだ。審判がゴールを認めるジェスチャーをする。
最後の最後での逆転であった。
ゴール下まで走り込むだけの時間は無かった。この場面ではスリーポイントラインが時間内にシュートを撃てるギリギリの場所だった。千里は自分が今の岡田さんの立場でありたかったという思いが込み上げてきた。
岡田さんを追いかけていた雪子が床で跳ねているボールをつかんだが、試合はもう終了している。
悔しそうな表情でボールを審判に返した。
岡田さんがL学園のメンバーにもみくちゃにされている。
取り敢えず彼女はヒーローだ。
千里はまだ動けなかった。暢子も立ちすくんでいた。留実子が泣いていた。
審判が整列を2度にわたって促す。
それでN高校のメンバーは整列した。少し遅れてL学園のメンバーも(だいたい)整列する。
「93対91で静岡L学園の勝ち」
「ありがとうございました」
赤山さんと暢子は握手したあとハグし合う。千里は舞田さんとハグする。その後、赤山さんと千里、舞田さんと暢子もハグした。そして千里と暢子、千里と留実子もハグした。
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女の子たちのインターハイ・高3編(15)