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ロビーに出ていた人が延長戦になったという放送を聞いて慌てて戻ってきた。チアリーダーたちが声を振り絞って応援している。
その中で休憩時間を置いて第5ピリオドを始める。
向こうは芳岡さんがもう限界を超えてしまっているので控えポイントガードの真坂さんが入る。前田さん・大野さんは4ピリオドずっと出ていたのに、そのまま出る。この2人でなければ千里と暢子を抑えきれないので、休むに休めなかったのである。その他、椙山さん・友綱さんというメンバーである。
一方N高校もさすがに雪子が限界なので、ここまで出場機会の無かった敦子をポイントガードに使う。千里・暢子・絵津子はそのまま出るが、センターには揚羽を入れる。留実子が体力限界であるし、向こうの外国人センターがもう出られないので安心しての登用である。
どちらもクタクタに疲れているのだが、激しい攻防が続く。
お互いさすがに相手のマークが甘くなる。停めきれないので「シュートまで行く」確率が高くなる。
前田さん・大野さんもどんどん得点するし、千里・暢子・絵津子もどんどん得点する。ただ、これ以外のメンバーも得点はするもののその数は少なかった。揚羽は4点、敦子は2点、椙山さんも2点に留まる。他のメンバーに得点は無かった。
その様子をJ学園の大秋さんたちは冷静に見ていた。
「砲台の数の差が出たね」
と大秋さん。
「F女子高で正確なシュートができるのは前田さん・大野さんだけ。対するN高校は村山さん・若生(暢子)さん・湧見(絵津子)さんと3人のエース級点取り屋がいる」
と白子さん。
「しかも村山さんのは3点ですもんね」
と佐古さん。
「更にF女子高はセンターが居ないからリバウンドでことごとく負けてる。ほとんどN高校の原口(揚羽)さんが取ってる」
と道下さん。
「勝負あったな」
と大秋さん。6分ほど前に同じセリフを言ったことは取り敢えず忘れている。
「全ては第4ピリオド最後のバスケットカウント・ワンスローにあった」
と佐古さん。
「いや、あれひっかかったラーマさんを責められないよ。あの意図に気付いて引っかからないのは、トップクラスのプレイヤーだけ。誰でも目の前でシュート撃とうとしていたら反射的に停めようとする」
と白子さん。
「試合の流れもあると思う。あそこは誰もがF女子高の勝利を確信していた。あとは時間を潰してしまえば勝てるはずだった。ところがまさかのパスカットがあって相手のエースがスタンドプレイでシュート動作に入る。半ばパニックになっても当然」
と中丸さん。
「あのプレイ、村山さんにしてはゆっくりした動作だったんだけど、普通の選手のレベルから見るとむしろ速すぎるくらい。だから仕掛けられていることに気付かないと思う。村山さんのプレイをたくさん見て充分研究している人でなければ」
と大秋さんは言った。
試合終了のブザーが鳴った。
前田さん・大野さんが天を仰いだ。
整列する。
「108対96で旭川N高校の勝ち」
「ありがとうございました!」
キャプテン同士握手した後、あちこちで握手したりハグし合ってお互いの健闘を称えた。千里は前田さん・大野さん・左石さんとハグした。
こうして旭川N高校は激戦を制してBEST4となり、明日の準決勝に進出した。
千里はフロアからでてチアリーダーたちから物凄い声援で迎えられると、控え室に向かうメンバーと別れてロビーの端の方に行き、病院に電話を入れた。
昨日龍虎君を連れに来た看護師さんが出てくれた。
「龍虎君、手術成功しましたよ」
「良かった!」
「実はMRIでは見ていたのより実際の腫瘍が大きくて大変で、腹腔鏡で手術を始めたのですが、途中で開腹手術に切り替えたんですよ。一時は血圧が下がって心臓まで停まりそうになったのですが、私が『龍虎君、おちんちん!』と耳元で言ったら心臓もちゃんと鼓動してくれたんですよ」
「あはは、よほど、おちんちん切られたくなかったんですね」
「その後、無事腫瘍も全部摘出しましたし、本人はもう意識回復して、元気そうです。麻酔が切れたら痛がると思いますが」
「目が覚めてから何かいいました?」
「僕のおちんちんある?って」
「まあ、そのおちんちん切られるぞ、という話で大手術に耐えきったんだから、結果オーライですね」
「全くですね」
千里は後でみんなでお見舞いに行きますねと言って電話を切った。控え室に戻り、手術の成功をみんなに伝えると歓声があがった。
着替え終わってから観客席に行き、第4試合を見る。千里たちの試合が長引いたこともあり、試合は既に始まっていた。
静岡L学園と山形Y実業の試合である。
試合を見ている内にさっきまではチアリーダーをして声をはらして応援してくれていた1年生の海音が言う。喉を酷使したので飴をなめている。
「このチーム、2年生が多いですね」
メンバー表は大会のプログラムに載っているのでそれを見ていたようだが、確かにL学園には3年生はトップエンデバーにも来ていた赤山さんと舞田さんの2人しか居ない。あとは1−2年生である。
「L学園は去年が凄かったんだよ。卓越したメンバーが何人も居て。でも今年の3年は不作だったみたいで」
と寿絵が言う。
「だから静岡県大会の決勝リーグでもあわやという状況で得失点差1点の差で何とか代表になってインハイに出てきたんだけど、それでもここまで勝ち上がってきたから凄いよね」
しかし実際には、L学園はバスケ王国・山形のY実業と接戦を演じている。
「たぶんこのチームは今年ずっと強い所との試合を経験することで伸びてきたチーム。恐らく1試合ごとに強くなってきている」
と南野コーチが言う。
「そういうチームは怖いですね」
と雪子。
「あれ?このL学園のシューティングガードってどの選手だろう?」
とメグミが訊く。
「14番付けてる1年生の岡田さん」
と事前にこのチームの分析をしている薫が言う。
「でもこの試合、1度もコートインしてないし、まだインターハイ本戦で一度も使ってない」
と薫は付け加える。
「秘密兵器ですか?」
と揚羽。
「いや、逆だと思う。私もそれ思ったから、念のため静岡県予選のビデオも確認したんだよ。県予選の1−2回戦でだけ使われているけど、スリーの精度も並みのシューターという感じだし、マッチングも下手。もっともその後成長したかも知れないけどね。うちのソフィアみたいに」
と薫。
成長したと言われて近くに居たソフィアが嬉しそうな顔をしている。
「コート上の動きを見ていると、ガード1人とフォワード4人という感じで試合運びしているから、シューターを使わないチーム構成なんだと思う」
と暢子も言った。
試合は結局L学園が赤山さんのブザービーターで逆転して接戦を制した。これで明日のN高校の相手はこのL学園と決まった。
第4試合を見てから千里・暢子・夏恋・川南・葉月の5人で病院に寄り、龍虎を元気付けてあげた。
川南がまたからかう。
「龍虎、女の子になったかなと思ってスカート買って来てあげたのに」
と言ってスカートを見せる(実は昭ちゃんに穿かせようと買ったものらしい)。
「ぼく、女の子なんかにならないもん」
「女の子になるのもいいぞ。可愛い服着られるし」
「いいもん。ぼく男の子だから、ふくはきにしないもん」
「気にしないならスカート穿いてもいいじゃん」
「女のふくはべつ。しょんべんするときこまるし」
「女はスカートの方が便利なんだけどな。ズボンだとズボンとパンツ下げないといけないけど、スカートならパンツ下げるだけで済むから」
「ちんちんなくしたくないもん」
「そうだ、ちさとおねえちゃん」
「ん?何?」
「ゆうべもらったにんぎょうがどこにいったかみあたらないんだよ」
そういえばあれは身代わり人形だった。
「きっと龍虎の代わりにおちんちん取られて女の子になっちゃったんだよ」
「そうかぁ。ぼくおちんちんとられなくてよかった」
「その内、女の子の格好で戻って来るかもね」
「女の子のにんぎょうをもってたら女みたいだから、おねえちゃんもらってよ」
「じゃ戻って来たら私のところにそのまま置いておくね」
「うん」
龍虎の親御さんにも挨拶したかったのだが、付き添っている叔母さんも、わざわざ仙台から出てきたお祖母さんも、手術の成功でホッとして今、下の食堂に行って休んでいるということであった。それで、よろしくお伝え下さいと看護師さんに言って千里たちは引き上げた。
帰りのバスの中で葉月が訊く。
「付き添ってるの叔母さんって言ってたね。お母さんは付いてないのかな?」
「居ないんだと思うよ」
と夏恋が言った。
「あ、そういうことだったのか・・・」
と葉月。
「うん。私も何でだろうと思ってたけど考えている内にその結論に達した。さすがに本人の前でそんなこと聞けないから黙ってたけど」
と暢子。
「昨夜、あの子言ってたよ。お母さん、あの子が小さい頃、お父さんともども死んだんだって。だから、おばさんが親代わり。他に亡くなったお父さんのお友達の男の人が時々来てくれて、遊びに連れて行ってくれたりするんだって」
と千里が言うと
「そうだったのか・・・」
とみんな言って、しんみりとした雰囲気になったものの、川南が首をひねる。
「千里、それいつ聞いたの?」
「夜中あの子とちょっとデートしたんだよ。その時、身代わり人形をあげたんだ。それが無くなっていたというのは、やはり人形が身代わりになってくれたんだろうね」
「やはり代わりにちんちん取られたのかな?」
「代わりに虹の向こうに行ったんだと思う」
「虹を越えたら性転換するんだろ?」
「まあそういう伝説もあるけどね」
「でもいつデートしたの?」
「夜の10時くらいだったかな」
「それ合宿ルール違反」
「南野コーチには内緒にしといて」
「でもどこで?」
「アクア・ウィタエ」
「何それ?」
と質問が出たが、夏恋が少し考えるようにして言った。
「それって蒸留酒のことだよね? Aqua Vitae. 直訳すれば生命(いのち)の水ということだけど」
「千里、未成年飲酒?」
「私は飲んでないよ。飲んだのはあの子だけ」
うーむ・・・とみんな少し悩んでいたが、やがて葉月が言う。
「この手の話、他の子が言ったのなら、出まかせ話しているんだろうと思うけど、千里の場合はたぶん真実なんだろうな」
「千里のまわりには不思議なことが多すぎるからね」
と暢子は言った。
なおこの日も伊香保温泉まで戻ると、暢子は宿舎で休んでいた部員にも呼びかけてしっかり全員に315段の石段往復をやらせた。試合でクタクタになっている留実子は最後は歩いていた。
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女の子たちのインターハイ・高3編(12)