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(C)Eriko Kawaguchi 2014-08-22
2007年のインターハイ・バスケットは佐賀県唐津市で行われていた。千里たち旭川N高校の女子部員たちは試合に出ない部員を含めて全員で21日から26日まで合宿をした上で、7月27日に唐津に移動。28日に開会式を迎えた。
そして7月29日(日)。いよいよ今日から試合開始である。千里たち旭川N高校の試合は第四試合(14:30-)なので、午前中は唐津市内のお寺に入り、座禅をしたが、居眠りする子続出であった。
「今日は練習しないんですか?」
と睦子が言う。
「試合前に疲れても仕方無いから」
と久井奈さんは答えるが
「私朝から敦子誘って10kmジョギングしてきたのに」
と睦子は言う。
「あんたタフだね!」
「それで敦子は座禅にも出て来ずにホテルで寝てたのか」
南野コーチが笑顔だ。コーチがいちばん睦子に期待しているのはこういう積極的な姿勢である。おそらく最初は「相棒」の夏恋を誘ったのだろうが、ベンチ枠に入っている夏恋はさすがに試合前に疲れるのを避けたのだろう。
「ホテルで寝るかお寺で寝るかの違いかな」
「座禅はちゃんと起きてたのは千里くらいかも」
「私も90%くらい寝てたよ」
「ほほぉ」
お昼は中華料理店で食べた。
バイキングではないのだが、お代わり自由と言ったら、酢豚とか青椒肉絲とかお肉料理をたくさんお代わりしているテーブルがあった。
「あんたたち食べ過ぎて身体が動かなかったら罰金だからね」
と南野コーチに言われていた。
「大丈夫です。1時間あればお腹はこなれます」
「私、控室で横になってようかな」
「ああ。確かに横になっている方が消化にはよいらしい」
「でも眠っちゃうと消化不良になる」
「音楽聴いてようかな」
「私、音楽聴いてたら眠る」
南野コーチは何人か居る偏食の強い子にも声を掛ける。
「穂礼ちゃん、ちゃんと食べられてる?」
「食べられないのは、全部久井奈の皿に移してますから大丈夫です」
と穂礼。
「まあ中華料理は和食よりは穂礼も食べられる率が高いだろ?」
と久井奈。
「山菜系がダメだし、キノコがダメだし、シソがダメだし」
「キクラゲは久井奈にプレゼント。ザーサイも」
「キクラゲ美味しいのに」
「でも中華料理は油もラードとかだから結構いけます。私、オリーブ油が苦手だから、フレンチとかイタリアンも苦手なんですよね」
「ああ、オリーブオイル苦手な人は結構いるみたいね」
「でもラードを使った料理はイスラム教徒は食べられないんでしょ?」
「そうそう。イスラム教徒は豚を食べないから。インドネシアで災害が起きた時に、うっかり普通のカップ麺を送っちゃったら、折角送ってくれたのに申し訳ないけど・・・と言われたらしい」
「やはりそれはこちらの配慮が足りないよね」
「うん。ちゃんとラードを使わずに作ったタイプもあるから、それを送れば良かったんだけどね」
「牛を食べないのはどこだっけ?」
「ヒンズー教徒」
「でも理由が逆だよね。イスラム教徒は豚が不浄だから食べない。ヒンズー教徒は牛が神聖だから食べない」
「他にユダヤ教では『母の乳で子を煮てはならない』というので、乳製品と肉を一緒に食べるのが禁止」
「日本でも競馬関係者は馬肉を食べないらしいですね」
「ああ、食べたくないだろうね」
「博多では山笠の期間中、キュウリを食べない」
「なんで〜?」
「キュウリの断面が櫛田神社の紋と似てるから」
「へー!」
「期間限定というなら厳格なキリスト教徒は謝肉祭から復活祭までの四旬節の間はお肉を食べない」
「元々は曜日によってお肉を食べていい日と食べてはいけない日があったみたいですね」
「うん。今でもそれを守っている人たちもいるよ。水曜日と金曜日はお肉禁止」
「中国はわりとその手の禁忌が少ないですよね」
「中国は四本足の物は机以外何でも食べるというし」
「何でも食べないと生きてこられなかったんだと思うよ。あの国土にしては異様に多い人口を抱えているし」
「そうそう。料理店では宦官に卵料理を出してはいけなかったらしい」
「なんで?」
「生殖能力を放棄した人に、生殖の象徴である卵を出すのは失礼だという話」
「でも宦官って分かるんですか?」
「昔は身分毎の服装が細かく決められているから、見れば分かったんじゃない?」
「ああ、そうかも」
「千里は普通にウズラの卵を食べてるな」
と久井奈さんが言う。
「そんなの気にしたこと無い」
と千里は唐突に話がこちらに飛んできて苦笑する。
「千里はむしろ卵が好きだよね」
と留実子が言う。
「うん。小学生の頃、卵を食べたら女の子になっちゃった男の子の話というのを読んで、女の子になれるようにたくさん卵を食べるようになった」
「なるほどー」
「卵を産むのはメスだから、メスと同一化するという象徴かな」
と穂礼がコメントした。
食事をした中華料理店は唐津駅のそばだったのだが、わざわざそこから大手口のバスセンターまで腹ごなしに歩き、そこから会場へバスで移動した。(本当は唐津駅からもバスに乗れる)
少し散歩したので、少し食べ過ぎた子も、結構いい感じになったようである。でも会場の控室で横になっている子もいた。
「試合は1時間後だからね。各自体調を万全にすること。水分は充分取らないといけないけど、取り過ぎて試合中にトイレに行きたくなったりしないように。それからコーヒー・コーラはカフェインが入っていて、興奮剤の摂取とみなされる可能性があるから控えて」
と南野コーチから注意があったが、暢子や久井奈さんなど数人は話を聞く前に既に寝ていた。
やはり夏は体力の消耗が激しい。
「千里は何してんの?」
「神経の99%くらいを眠らせている」
「ふむふむ」
「やはり寝てるのか」
「勝てるかなあ」
などと寿絵は不安そうに言う。
「勝てると信じることが大事。不安は自滅を招くだけ。でも絶対勝つぞ!とか思うのも良くない。試合に臨む場合、平常心が大事なんだよ」
と千里は言う。
「そのあたりのコントロールが私、へたなんだよね」
「久井奈さんはそのあたりがうまいよね」
「うんうん。見習わなくちゃとは思うんだけど」
初日の対戦相手は島根県のK高校である。
K高校については偵察隊の情報があるので、事前に説明されていた。
「ここは運動部強くて男子の野球部やサッカー部も全国大会の常連なんだけど進学校でもあるんだよね。だから学校の雰囲気はうちと似ていると思う。インターハイに3年ぶりに出て来たというのもうちと事情が似ている」
「3年ぶりに出て来たということは卓越した選手がいるんですね?」
「うん。星島君という2年生が凄いというのが偵察隊からの情報」
「へー」
「ポイントガードなんだけど、島根県大会の決勝戦ではひとりで50得点してる」
「すげー」
「フォワードにシュートさせるんじゃなくて自らどんどんシュートしちゃうんだ?」
「ポイントフォワードってやつですね」
「逆にそういう選手で成り立っているチームって、その選手さえ抑えれば何とかなるのでは?」
「決勝戦では相手チームは選手交代させながら常に2人でダブルチームしていたけど、簡単に振り切られていたらしい。要するに凄まじいスタミナとスピードがあるんだよ。この選手」
「女子でそこまでスタミナあるって凄いですね」
「女だてらに小さい頃から地引き網引いてたらしい」
「わあ、そういう系統か」
「だったら漁師の娘の千里に任せた」
「私体力無いよぉ」
「シャトルラン130なんて、とんでもない数値出した人が何を言う」
両者整列して笑顔で握手をする。そしてスターティングファイブが散るとみんな引き締まった顔持ちになる。宇田先生はこの試合の先発を、久井奈・千里・暢子・夏恋・揚羽にした。ティップオフは揚羽が勝ってボールを久井奈さんが取り、そのまま攻め上がる。向こうはマンツーマンだが、相手の中心選手・星島さんは長身の暢子をマークしている。暢子は背も高いしオーラも強いので、いちばん警戒すべき相手と考えたのだろう。それで向こうがこちらを全然研究していないことが想像できた。
当然千里にパスする。即撃つ。きれいに決まって3点。N高が先制して試合は始まった。
向こうは星島さんがドリブルで攻めあがって来る。早い時期から千里が付いてマークというより、ほとんどプレスに近い防御をする。いったん停まって千里とマッチアップになる。星島さんはドリブルしながら対峙する。
フェイントを入れて千里の左を抜こうとしたが、千里はそれをちゃんと読んでいる。相手がこちらを抜こうとしたその瞬間ボールを奪い夏恋にパス。夏恋がドリブルで駆け上がって暢子にパス。そして暢子がまだ相手の防御態勢が整う前に敵陣に進入して華麗にレイアップシュートを決めた。
相手のゴール近くに居た選手から、センターライン付近に居た星島さんへロングスローイン。しかし瞬間その前に飛び出した千里がボールをパスカット。体勢を崩しながら久井奈さんにパス。久井奈さんから夏恋につなぎ、夏恋は暢子と逆サイドに走り込んだ揚羽にパス。揚羽がシュートを決めて7対0。試合は最初からN高ペースで進んだ。
星島さんが自分でドリブルしてきた場合、千里がその行く手を阻む。マッチアップすると、星島さんは、まず千里を抜けない。バウンドパスでさえも先読みして、停められてしまう。
このあたりは島根県予選のビデオを千里が充分見て彼女の癖を読んでいたのも大きいし、そもそも千里が日々の練習で、チーム内の久井奈さんや雪子、M高校の橘花やL女子高の溝口さんなどマッチアップに強い人と散々戦って身につけた基礎力がある。
それで、何度かのマッチアップの末、さすがの星島さんも正面突破を諦め、横方向の他の選手にいったんパスする。そして制限エリアにそのまま侵入するのだが、どのようなルートで走り込んでも千里はピタリと彼女をマークしている。フェイントが通じないし、千里の瞬発力も凄いので、マークを外せず、他の選手からの制限エリア内へのパスは全く通らない。なかなかパスが取れないまま長居しすぎて前半で3度もヴァイオレーション(3秒ルール違反)を取られてしまった。
星島さんの運動量は凄いのだが、千里はその星島さんを大きく越える運動量で完全に彼女の動きを封じてしまった。
K高校はたまらず、もうひとり3年生のガードを入れてくる。そちらが星島さんに代わってゲームメイクをするが、N高校の守備が堅いので、なかなか中に入れないし、スリーを撃ってみても、そう簡単にはゴールに届かない。
N高校は第2ピリオドでは久井奈さんに代えて雪子、夏恋に代えて穂礼さん、揚羽に代えて留実子を入れ、第3ピリオドでは穂礼に寿絵、留実子に代えて麻樹さんを入れ、更に暢子も休ませてみどりさんを入れた。しかし千里はずっと出たままである。星島さんもずっと出たままだが、どちらも凄い運動量であるにも関わらず、全くスタミナ切れしない感じであった。
向こうは星島さんの体力が凄いので、強いプレスを掛けていたらこちらが先にスタミナ切れするだろうし、マーカーが交代したら、千里ほど凄くはないだろうと思っていたふしもあったが、マーカーは交代しないし、千里の運動量は全く衰えなかった。
試合は第三ピリオドまで終わって76対34とダブルスコアになっている。76点の内28点は暢子が取ったものである。揚羽が12点、留実子・寿絵が各々8点ずつ取っているし、千里も9点取っている。一方この試合で星島さんは一度もシュートさえ撃てない状況であった。
第4ピリオド、N高校はPGを久井奈さんに戻し、久井奈・千里・透子・暢子・留実子という布陣で行く。千里はひたすら星島さんをマークしている。透子さんの投入で、ベンチ入りメンバーは全員出たことになる。透子さんは短時間の出場なら結構気持ち良くスリーを放り込むし、暢子も15分ほど休んで体力充分なので、どんどん中に進入してはゴールを奪っていく。
最終的には102対46でN高校が初戦の勝利を収めた。
試合後両軍の選手で握手する。
「私、体力には自信あったけど、あなた凄い。悔しいけど今日は完敗です」
と千里と握手した星島さんは言った。
「冬の間ずっと雪の上を歩いて体力付けてました」
と千里。
「なんかハードな練習やってるみたいですね! 私も鍛え直します」
「また機会があったらやりましょう」
「ええ。それではまた」
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女の子たちのインターハイ・高2編(1)