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千里を連れて来た2人の侍女に連れられてホテルに戻った。そこに美鳳さんが居た。厳しい顔をして立っている。
「私の弟子が何か不都合など致しましたでしょうか?」
と美鳳が言うと、侍女は美鳳の前に跪いた。
「どちらの神様かは存じませんが、そちら様のお弟子様でしたでしょうか?いえ。我らが姫様と少しお話をしましただけで」
と侍女が言う。
「美鳳さん、姫様から羽黒山大神様へ、お土産を言付かったのですが」
と千里。
それで千里が姫様からもらった包みを見せると
「私がそれは持って行こう」
と美鳳は言う。
「ありがとうございます」
と千里。
「そちらからお土産をもらっただけでは悪いから、これをそなたたちの姫様に差し上げよう」
と言って美鳳は、さくらんぼのパックを侍女に渡した。
「もったいのうございます」
「今、この肥前国のあちこちで、こういう戦いがくりひろげられているのだよ。決して血を流すような戦いではないゆえ、大目に見てくれるよう姫様には伝えておいてもらえるかな?」
「はい、かしこまりましてでございます」
と侍女2人は地面に頭を付けて答えた。
侍女たちが帰ってから美鳳さんと話す。
「すみません。付いて行ったのまずかったですか?」
「平気平気。松浦佐用姫(まつらさよひめ)様も退屈なのだろう。何かされなかったか?」
「いえ。平和にお話しました。大神様へのお土産と、あと私にと言ってこんな勾玉を頂いたのですが」
と言って千里は白い勾玉を美鳳に見せる。
「ああ。このくらいはもらっておけば良いよ」
「どこに置いておこう。これ私が目を覚ましても残ってるかなあ」
「身体の中に入れておけばいい。必要な時は飛び出してくるよ」
「私の身体って容れ物なんですよね」
「ふふふ。私も何度か入らせてもらったけど、凄く快適なんだよ」
「まあそういう体質だから仕方無いのか」
そんなことを言っていると、白い勾玉はすっと千里の身体の中に吸収された。
翌日。開会式が行われた。総合開会式は佐賀市で行われているのだが、バスケは唐津市が会場で、交通の便の関係で出なくても良いようであった。佐賀県というのは、佐賀市などのある県南部(有明海沿岸)と唐津市などのある県北部(玄界灘沿岸)とが、文化圏的にも商業圏的にも交通網的にも断絶していて、南北の連絡は極端に不便である。
それでバスケットボール単独の種目別開会式に出席する。
選手入場の際、千里が2月に書いたLucky Blossomの『走れ!翔べ!撃て!』
の音楽が流れていた。つい心に笑みが湧く。自分で書いた曲を本番の現地で選手として聴くことができたのは最高だなと千里は思っていた。
そのために性転換までするとは思わなかったけどね!
国歌斉唱・高体連の歌を斉唱した後、昨年優勝した、男子は福井のH高校、女子は愛知J学園から優勝旗が返還された。J学園は1986年から昨年までの21年間に14回優勝している絶対的な王者だ。12月にウィンターカップで見た時も、5月に札幌P高校との試合を見た時も、格の違いを感じた。遙かな頂点のチーム。そしてその優勝旗を返還し、レプリカを受け取ったのが、キャプテンの花園亜津子だ。こちらは彼女に注目しているが彼女は千里など眼中にないだろう。千里は彼女と戦いたいという気持ちが高まるのを感じていた。
大会長の挨拶・祝辞の後、選手宣誓が行われる。これは抽選で選ばれたらしく、富山T商業(男子)と沖縄S高校(女子)の代表が1名ずつ出て一緒に宣誓のことばを述べた。
その後、エキシビションが行われる。
最初にステージに登ったのはParking Serviceである。6人のメンバーと後ろにダンサーだろうか6人の知らない女の子が入り、踊り始める。今年のインターハイ・バスケットのテーマ曲である『走れ!翔べ!撃て!』を歌う。千里はてっきり口パクするのだろうと思っていたら、ちゃんと歌っている!下手だけど!!
その時千里はバックダンサーの右端の子にちょっと注目した。
明らかに他の子たちより上手い。前面で歌いながら踊っている正メンバーより上手い。ダンスチーム自体のリーダーは左端で踊っている子のようだが、この子の方がリーダーより上手い。手足の使い方がすごくよく出来ている。恐らくバレエか何か小さい頃からしていたのではなかろうか。
ひょっとすると、別途近い内にデビューさせる予定の子をステージに慣らすためにダンサーさせているのだろうか?などとも千里は想像した。
Parking Serviceは『走れ!翔べ!撃て!』に続いて自分たちの持ち歌も2曲歌ったが、高校生世代にはファンが多いので何だか嬉しそうな顔で手拍子を打っている子たち(主として男子)が居た。彼女たちの後は、地元の高校の吹奏楽部による演奏が行われ、最後は唐津くんちの囃子の演奏が行われた。大きな太鼓と小さな太鼓に鉦(かね)、そして笛の合奏だったが、この笛が不思議な金属的な音がしていた。どういう笛なのだろう?と龍笛吹きの千里としては興味を感じた。
開会式の後は会場の体育館が練習用に開放されるのだが、千里たちのN高校は夕方の割り当てだったので、筑肥線で移動して福岡市に行き昨日も練習させてもらったK女学園でまた練習させてもらうことになっていた。
それで会場から出て、ぞろぞろと歩いて東唐津駅まで移動していたら、道の途中にマイクロバスが停まっていて、男の人がタイヤを交換しようとしている。パンクだろうか? そしてそのそばで、Parking Serviceのリーダー・マミカちゃんと、ダンサーの右端に居た子が様子を眺めていたので、N高のメンツがやや騒然とした。
「パンクですか?」
と宇田先生が声を掛けた。
「ええ。でもこのジャッキ弱いもんで、なかなかうまく持ち上がらなくて」
「貸してください。でも乗ってる人は降ろした方がいい」
と宇田先生が言う。
それでバスに乗っていたParking Serviceのメンバー、ダンサー、スタッフが全員降りる。なるほど女性ばかりで、男性はこの運転手さん?だけだったようだが、この運転手さんもあまり腕力は無さそうな感じだ。
それで宇田先生がジャッキを頑張って押して車体を持ち上げた。
N高のメンツはParking Serviceのメンバーに
「ファンなんですー」
などと声を掛けている。握手してもらったりしている子もいる。
「冬子ちゃん、列車の時刻は大丈夫?」
とマミカちゃんがダンサーの子に訊いていた。
「最悪、ここから歩いて行っても間に合うと思うから」
と冬子と呼ばれた子は答えている。
「お友だちが陸上に出ると言ってたね」
「うん。女子1500mにね。でも陸上は8月2日からだから、競技が始まる前に東京に戻らないといけないけどね。激励していくだけ。私は3日から別の予定が入ってるんだよ」
「相変わらず忙しいね!」
「今月中に10曲、編曲もしないといけないし」
「今月中って3日半しかないじゃん!」
「まあ、いつものことだよ」
と冬子は言っていた。
会話を聞いていて、この冬子って子はダンサーというよりスタッフに近い立場なのかなと思った。自分とあまり年齢が変わらない感じだが、恐らく音楽系の高校か何かに通っていて楽典的なスキルがあり、楽曲の制作などに関わっているのだろう。
千里は彼女を見ながらそんなことを考えていた。これが実は千里と冬子の初めての出会いだったのだが、この出会いのことはその後双方ともきれいさっぱり忘れてしまっていた。
「冬子ちゃん、何か笛を吹いてたね」
「これでしょ?」
と言って、冬子は良さそうな雰囲気の横笛を取り出す。さっきの唐津くんちの囃子の笛だ!
「素朴で良さそうな笛だね」
「お囃子やってた人にいいですね、いいですね、と言ってたら、1本もらっちゃった。ここの所に紙が貼ってあるんだよね。これのせいで、こういう金属っぽい音になるんだよ」
ああ、そういう仕組みだったのかと千里は納得した。
(注.この笛は明笛(みんてき)の一種である。九州から沖縄では明笛が比較的広い範囲で使用されている)
「でもいいですね、とか言ってもらったんだけど、実は私は横笛は苦手で」
と言って実際吹いてみせると、確かにまともに音が出ない!
「あの、ちょっとその笛貸してもらえません?」
と千里は彼女たちに声を掛けた。
「いいですよ」
と言って、冬子は笛の歌口をウェットティッシュで拭いて渡してくれた。
千里が吹くと、とても美しい音色が響く。千里はうろ覚えでさっきの囃子の節を吹いてみた。
「すごーい!」
とマミカちゃんが言う。
「ありがとうございました。これいい笛ですね」
と千里は言った。こちらもウェットティッシュで歌口を拭いて冬子に返す。
「笛、色々なさるんですか?」
「ええ。篠笛、龍笛、フルートと吹きます」
「それで!」
「今日は笛はどれも持って来てないので、吹いてみせられませんけど」
「バスケの選手さんですか」
「はい」
「頑張って下さいね」
「そちらはデビュー前夜くらいの方かな。そちらも頑張って下さい」
「はい、ありがとうございます」
それで千里と冬子は握手をした。その時千里は冬子の身体の中で何かカチッという感じの音がした気がした。
やがて、運転手さんと宇田先生は、ふたりがかりでパンクしたタイヤをスペアタイヤと交換。しっかりネジも締めて車体も降ろした。
「ありがとうございました」
「いえいえ。お互い様ですよ」
それでParking ServiceのメンバーとスタッフはN高のメンツに手を振ってバスに戻り、走り去っていった。
電車で福岡に行くが、東唐津の駅近くにあったコンビニでみんなおにぎりやパンなどを買っていた。千里も車中でコロッケパンにツナマヨおにぎりを食べた。
福岡に着いてからあらためて!お昼御飯を食べた後、K学園でたっぷり3時間ほど練習した。今日もK女学園のチームが練習相手になってくれた。
「組合せ見たら、N高校さんは福岡C学園と当たる可能性あるんですね」
「ええ。勝ち上がっていけばですけど」
「あそこはみんな凄い選手ばかりだから、総合力で攻めて守るんですよね。でも逆に個人技で突破するタイプには昔から弱いから」
「なるほど」
「それは貴重な情報ありがとうございます」
「うちも一昨年は凄いフォワードが居たんで、その人の力で勝てたんですけどその人が抜けてからは全然勝てません」
「ああ。その人はどちらに行かれたんですか?」
「今、栃木のH大学に行ってます」
「すごーい!関女の強豪校だ!」
その日の夜、夕食の後で千里が今日持ち歩いていたミニトートの中の物を整理していたら小さな鈴が転げ落ちた。
あれ?何かなと思ったら《たいちゃん》が言った。
『例の横笛を貸してくれた子が落としたものだよ。携帯ストラップに付いてた。笛を渡す時に外れて、千里のバッグに飛び込んだんだ』
『返してあげなくていいかな?』
『それは千里が持っておけばいいよ。その内返せるよ』
『ふーん。そういえばあの子と握手した時に、何かカチッという音がした気がしたんだけど』
『千里があの子の鍵を外したのさ』
と《りくちゃん》が言う。
『鍵?』
『千里はこれまでもしばしば人を覚醒させている。まあそれが千里が生きている使命のひとつなんだけどね。神様は直接人間には関われないから千里みたいなのが必要なんだよ』
『それって、つまり使い走りなのね』
『そうそう。実は千里自身が羽黒山大神の眷属』
『そうだったのか』
でもいつからそうなってるんだっけ?
『でも今回のは羽黒山大神のお仕事じゃないよ。佐用姫様の代理』
『あ、そうか。勾玉を頂いたし』
『佐用姫様も、実は今回は波上大神の代理』
『ふーん』
冬子が伊豆のキャンプ場で『あの夏の日』を書くのは、この一週間後である。
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女の子たちの水面下工作(8)